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2章、ヒーローはオメガバースに抗いたい。
番外編:兎の花嫁と亡びの蛇(軽☆)
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夜闇を和らげる花雪洞に淡く照らされて、籠を担いだ行列が静々と進み、やがて籠を置いて担ぎ手たちが引き上げていく。
中に残されたひとり――蒼く麗しい艶を放つ銀毛兎族の青年――ランは、自分の運命を思いながら手を祈る形に組み、震えていた。
身に纏うのは伝統的な結婚衣裳、龍鳳服。
綺麗な紅色の生地に金や緑、紫色の糸が華麗に祥雲や牡丹の柄を描く龍鳳服は、ランにとっては死に装束だ。
蜜色に煌めく金花の髪飾りをしゃらりと揺らして俯く中性的で可憐なかんばせは、恐怖で彩られていた。
紡ぐ息は淡く熱を帯びている。
弛緩する身体が恐怖と同時にどうしようもなく甘く疼いて切なさを持て余しているのは、逃亡防止と魔人を悦ばせるために盛られた淫蕩の薬によるものだ。
――ランは魔人の生贄としてこの場に残されたのだ。
魔人という生き物がどんな生き物なのか、ランは知らない。
知っていることといえばとても恐ろしい生き物であることと、兎族が住む地域一帯に住んでいることくらい。
兎族の集落は魔人の支配圏にあって、昔から定期的に供物を捧げているのだ。
(魔人というのは、果たしてどんな生き物でしょう? 眼はいくつあるでしょう。お口はどれほど大きいでしょう。獲物を召しあがるときは、一瞬で息の根を止めるでしょうか、残酷にいたぶってからでしょうか)
籠の中で息を潜めていると、やがて籠ごとふわりと何かに持ち上げられる。
「……!」
運ばれている。どこかへ。
――おそらく、魔人の巣へ。
ランは籠の中で身を固くして、いよいよ死を覚悟した。
元々あまり気が強いほうではない。ランは怖がりで小心者だ――だから供物役を押し付けられたというのもある。
(ぁあ、どうか魔人様、殺すならひと思いに……苦しませずに殺してくださいっ)
ぷるぷると震えながら一心に念じ続けていると、籠の入り口がふぁさりと開いて、暗闇の中で腕らしきものが伸びてくる。
(あ……あ……)
――魔人の腕だ。ランはぎゅっと身を縮めて、目を閉じた。
魔人の腕は、太くて硬い。そして、熱い。否、これは腕なのか――しゅるりと全身を絡め取られて、真っ暗な中をそのまま何処かに連れて行かれる。
自分の心臓がバクバクと脈打っていて、胸から飛び出してしまいそう。
やがてフワリと何処かに寝かされて――恐る恐る目を開けると、彼がいた。
彼は、大柄で逞しかった。
彼は、硬質な艶を持つ茶色の髪を後ろに撫でつけて流していた。
額には見慣れない紋様があって、真ん中に皮膚に埋め込まれたみたいな妖しい宝玉がある。
肌は黒曜石でできているみたいに黒くて、瞳は深い真夏の緑色だ。
――それが魔人、更夜と呼ばれる男だった。
「初めまして、俺の花嫁さん」
更夜には、獣の耳も尻尾もなかった。
ただ口吸いの時に触れた舌先は二又のようだった。
「こんなに発情して……俺のために準備してきたの? 可愛いね」
チロチロと二又の舌先で口腔を犯す更夜は、しばらく発情した兎の身体を検分するようにランの肌をまさぐった。
「や、ぁ……、ぁ……っ」
熱を内側に溜めていた肌を外から撫でられて、ランの脚がびくびくと活きの良い魚みたいに跳ねる。
膝裏をぬるぬると嬲り、股座に向けて進む愛撫が快楽のさざ波を立てながら欲望に身体を備えさせていく。
特異な形状をした蛇の欲望が秘密の蕾に挿入されて、質量を中で増していく。
棘のようなイボのような突起がぐるりとついた蛇種の陰茎が、挿入に興奮を萌したようにどんどんと大きくなって、発情した兎の内壁をぐいぐいと押し広げていく。
未知の感覚にゾワゾワと肌が粟立つ。
「あ、……あ……っ」
眼を見開き、呻くような声を喉奥から洩らすことしかできない。
腹が破かれてしまうのではないかという恐怖。
肚に受け入れたものの存在感を強く感じて、息の仕方を忘れてしまう。
「い……いや……ゆるし、……っ……? ぁ、あ……っ♡」
ランもまた、雄である。雄を受け入れるようにできていない器官は、刺激的過ぎる異種の陰茎にふるふるひくひくと痙攣して――発情した身体が覚える感覚は、段々と苦痛や恐怖よりも強い快感が勝っていく。
やがて、奥にどくどくと熱いものが流される。
たっぷりと注がれた後も陰茎は質量を保ち、一向に抜かれる気配がなく、強火で炙りつづけるような快楽の波は拷問めいていつまでも続くのだった。
更夜との交尾は二日に渡って続いた。
意識を失い、ふっと浮上すると変わらぬ体勢で深く繋がったまま、また果てるまで愛される。欲に溺れて精を注がれた二日を結婚の儀式として、ランは番になったらしかった。
満足いくまで精を注ぎ性器をようやく抜いて長い交わりに幕を引く更夜の瞳には理知的な色が宿っていた。
「悦かったよ花嫁さん。これからよろしくね」
更夜はランのことを『花嫁さん』と呼び、大切に大切に扱ってくれた。
一度味を知ってしまえば、癖になる。
兎族は元々旺盛な種族でもあり、火がつくと止まらない。浅ましい欲がずっと続いて、収まらない。
熱に浮かされたように発情を繰り返すランを「可愛い」と抱きしめて、更夜は何度も愛してくれたのだった。
――けれど、そんな日は突如として終わった。
(更夜は、滅びてしまった……いいえ。いいえ)
棺に愛しい人の亡骸を横たえて、保存の術をかけ、ランは夢をみる。
……およそ不可能と思われる、一度亡びた魔人を蘇生・復活させるという、その夢を。
中に残されたひとり――蒼く麗しい艶を放つ銀毛兎族の青年――ランは、自分の運命を思いながら手を祈る形に組み、震えていた。
身に纏うのは伝統的な結婚衣裳、龍鳳服。
綺麗な紅色の生地に金や緑、紫色の糸が華麗に祥雲や牡丹の柄を描く龍鳳服は、ランにとっては死に装束だ。
蜜色に煌めく金花の髪飾りをしゃらりと揺らして俯く中性的で可憐なかんばせは、恐怖で彩られていた。
紡ぐ息は淡く熱を帯びている。
弛緩する身体が恐怖と同時にどうしようもなく甘く疼いて切なさを持て余しているのは、逃亡防止と魔人を悦ばせるために盛られた淫蕩の薬によるものだ。
――ランは魔人の生贄としてこの場に残されたのだ。
魔人という生き物がどんな生き物なのか、ランは知らない。
知っていることといえばとても恐ろしい生き物であることと、兎族が住む地域一帯に住んでいることくらい。
兎族の集落は魔人の支配圏にあって、昔から定期的に供物を捧げているのだ。
(魔人というのは、果たしてどんな生き物でしょう? 眼はいくつあるでしょう。お口はどれほど大きいでしょう。獲物を召しあがるときは、一瞬で息の根を止めるでしょうか、残酷にいたぶってからでしょうか)
籠の中で息を潜めていると、やがて籠ごとふわりと何かに持ち上げられる。
「……!」
運ばれている。どこかへ。
――おそらく、魔人の巣へ。
ランは籠の中で身を固くして、いよいよ死を覚悟した。
元々あまり気が強いほうではない。ランは怖がりで小心者だ――だから供物役を押し付けられたというのもある。
(ぁあ、どうか魔人様、殺すならひと思いに……苦しませずに殺してくださいっ)
ぷるぷると震えながら一心に念じ続けていると、籠の入り口がふぁさりと開いて、暗闇の中で腕らしきものが伸びてくる。
(あ……あ……)
――魔人の腕だ。ランはぎゅっと身を縮めて、目を閉じた。
魔人の腕は、太くて硬い。そして、熱い。否、これは腕なのか――しゅるりと全身を絡め取られて、真っ暗な中をそのまま何処かに連れて行かれる。
自分の心臓がバクバクと脈打っていて、胸から飛び出してしまいそう。
やがてフワリと何処かに寝かされて――恐る恐る目を開けると、彼がいた。
彼は、大柄で逞しかった。
彼は、硬質な艶を持つ茶色の髪を後ろに撫でつけて流していた。
額には見慣れない紋様があって、真ん中に皮膚に埋め込まれたみたいな妖しい宝玉がある。
肌は黒曜石でできているみたいに黒くて、瞳は深い真夏の緑色だ。
――それが魔人、更夜と呼ばれる男だった。
「初めまして、俺の花嫁さん」
更夜には、獣の耳も尻尾もなかった。
ただ口吸いの時に触れた舌先は二又のようだった。
「こんなに発情して……俺のために準備してきたの? 可愛いね」
チロチロと二又の舌先で口腔を犯す更夜は、しばらく発情した兎の身体を検分するようにランの肌をまさぐった。
「や、ぁ……、ぁ……っ」
熱を内側に溜めていた肌を外から撫でられて、ランの脚がびくびくと活きの良い魚みたいに跳ねる。
膝裏をぬるぬると嬲り、股座に向けて進む愛撫が快楽のさざ波を立てながら欲望に身体を備えさせていく。
特異な形状をした蛇の欲望が秘密の蕾に挿入されて、質量を中で増していく。
棘のようなイボのような突起がぐるりとついた蛇種の陰茎が、挿入に興奮を萌したようにどんどんと大きくなって、発情した兎の内壁をぐいぐいと押し広げていく。
未知の感覚にゾワゾワと肌が粟立つ。
「あ、……あ……っ」
眼を見開き、呻くような声を喉奥から洩らすことしかできない。
腹が破かれてしまうのではないかという恐怖。
肚に受け入れたものの存在感を強く感じて、息の仕方を忘れてしまう。
「い……いや……ゆるし、……っ……? ぁ、あ……っ♡」
ランもまた、雄である。雄を受け入れるようにできていない器官は、刺激的過ぎる異種の陰茎にふるふるひくひくと痙攣して――発情した身体が覚える感覚は、段々と苦痛や恐怖よりも強い快感が勝っていく。
やがて、奥にどくどくと熱いものが流される。
たっぷりと注がれた後も陰茎は質量を保ち、一向に抜かれる気配がなく、強火で炙りつづけるような快楽の波は拷問めいていつまでも続くのだった。
更夜との交尾は二日に渡って続いた。
意識を失い、ふっと浮上すると変わらぬ体勢で深く繋がったまま、また果てるまで愛される。欲に溺れて精を注がれた二日を結婚の儀式として、ランは番になったらしかった。
満足いくまで精を注ぎ性器をようやく抜いて長い交わりに幕を引く更夜の瞳には理知的な色が宿っていた。
「悦かったよ花嫁さん。これからよろしくね」
更夜はランのことを『花嫁さん』と呼び、大切に大切に扱ってくれた。
一度味を知ってしまえば、癖になる。
兎族は元々旺盛な種族でもあり、火がつくと止まらない。浅ましい欲がずっと続いて、収まらない。
熱に浮かされたように発情を繰り返すランを「可愛い」と抱きしめて、更夜は何度も愛してくれたのだった。
――けれど、そんな日は突如として終わった。
(更夜は、滅びてしまった……いいえ。いいえ)
棺に愛しい人の亡骸を横たえて、保存の術をかけ、ランは夢をみる。
……およそ不可能と思われる、一度亡びた魔人を蘇生・復活させるという、その夢を。
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