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2章、ヒーローはオメガバースに抗いたい。
46、俺を捨てて勝手にひとりで幸せになったらあかん!
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畢方を退治した後、仔空は兄からふいっと視線を逸らしたまま、お婆さんをおうちまで送るといって離れていった。
「先程から見てましたが、良い腕をお持ちで……高位の魔人さんという噂もお聞きしましたが」
応援の魔人たちが来て後始末の段階に移ったのを見計らったように、身なりの良い上品な少年が音繰に話しかけてくる。
黒鋼色の髪に藍色の瞳をした少年は、見るからに利発そうだった。
「魔教が変わったというのは本当なんですね。素晴らしいご活躍でした」
少年は諸葛珪と名乗り、憧憬混じりに魔人たちを褒めちぎる。
「私は武術がからきしなので、本当に憧れます」
「そ、その気持ち、……わかります」
空燕がぽつりと呟き、共感を示しながら弟を視る。
弟である仔空はテキパキとお婆さんをおうちまで送り、式神を使って散乱した物を整えたりしている。
「憂炎、ちょっとあの子を頼むよ……や、闇墜ちしないように」
音繰は憂炎に囁いた。
(小説のヒーローなんだ。きっとこういう時にも気の利いたことを言ってくれるんじゃないだろうか?)
他人任せ極まりないが、音繰の胸には信頼があった。
「や……やみ、おち……?」
憂炎は『それはなんだ』という顔をしつつも、仔空の面倒をみてくれるようだった。
そんな一行を『面白い』って顔をした諸葛珪が眺めている。
視線を意識しながら、音繰は空燕の隣に座ってその手に自分の手を重ねた。
「こほん。こ、空燕……」
憂炎を仔空に付けたのは、話を聞かれるとちょっと恥ずかしい、という気持ちもあってのことだった。
「音繰様?」
「いいかい。えっと、空燕の気持ちは、私も少しわかるのだ。これは秘密にしてほしいのだけど」
音繰は軽く頬を染め、自分が以前に弟子の才能に嫉妬したことを語る。
「し、師匠というものは、弟子より上でないといけない。私には矜持というものがあってだな……」
「……兄は、弟を守るものだと……」
「こ、こんなに小さかったんだ。拾ったばかりの頃の憂炎は。それがどんどん大きくなって、私を越えて……」
「……おねしょの始末もした。夜に寂しくて寝れないって言うから、ずっと一緒に寝てた。考えてることは、なんでもわかった……」
「こ……恋人をつくるかもしれないと思って、ちょっと寂しい気持ちになったり……」
「……離れていく。そういうものなんや……」
二人分の声が雨垂れのようにほたり、ほたりと連なって小さな音の波紋を共鳴させる。
会話にならない、独白の連鎖。
けれど、重ねた手は温かくて、ひとつ気持ちを零すたびに互いに共感が湧くようで、胸の奥にわだかまっていたものが少しずつすっきりと整理されていくようだった。
(い……いい感じなのでは、あるまいか)
「し、……幸せになるまで見届けなければならないと……きっと、幸せな姿をみるのが自分の幸せなのだと……」
音繰は睫毛を伏せ、自己陶酔するように美しく締めくくろうとした。
「相手の幸せが自分の幸せ。そうだろう、空燕……」
ちょうど、憂炎と仔空がのんびりとこちらに向かってくる。
「……い……いやや」
傍らから、そんな声があがった。
「へ?」
今なにか、思ってたのと違う言葉が――音繰が目を瞬かせていると、空燕はすっくと立ちあがって駆けだした。
そして、勢いよく仔空に抱き着いた。
「――仔空」
「兄やん?」
仔空がびっくりした顔で狐耳をぴこぴこさせている。
兄はぎゅうっと全力で弟を抱きしめていて、加減というものを忘れたようだった。
「に……兄やん。ちょっと、い、痛……」
「あかん。兄やんをひとりにしないで、仔空。仔空がいないと、いやや。兄やん、ひとりじゃ生きていけへん……す、……捨てないで……」
激情に乱れる空燕の声は、完全に正気を失っている。
「捨てないで、仔空。俺を捨てないで。どこかに行ったらあかん。許さん……俺を捨てて勝手にひとりで幸せになったらあかん!!」
「に……兄やん……落ち着いて。ボク、兄やんを捨てたりせえへん……」
【なんか……お兄さんのほうが闇墜ちしたような――】
鈴の湊がりんと鳴く。
「音繰、彼は一体どうしたのだ?」
憂炎が眉を顰めて問いかける。
「あれぇ……私、失敗した……?」
音繰は冷や汗をかきながら憂炎を視た。
「いやあ……やっぱり私は悪役だから。私が話すとそっちに向かわせてしまうのかなぁ……? なんて……? 君、どう思う……?」
「な、なにを言っているかわからん」
「くすくす、面白い人たちですね」
素直な声色で笑う諸葛珪は音繰の新しい友となり、それから数日間『辺』の村に滞在して帰って行った。
妖狐兄弟はというと、その日以来、以前にも増してべったりになったのだという……。
「先程から見てましたが、良い腕をお持ちで……高位の魔人さんという噂もお聞きしましたが」
応援の魔人たちが来て後始末の段階に移ったのを見計らったように、身なりの良い上品な少年が音繰に話しかけてくる。
黒鋼色の髪に藍色の瞳をした少年は、見るからに利発そうだった。
「魔教が変わったというのは本当なんですね。素晴らしいご活躍でした」
少年は諸葛珪と名乗り、憧憬混じりに魔人たちを褒めちぎる。
「私は武術がからきしなので、本当に憧れます」
「そ、その気持ち、……わかります」
空燕がぽつりと呟き、共感を示しながら弟を視る。
弟である仔空はテキパキとお婆さんをおうちまで送り、式神を使って散乱した物を整えたりしている。
「憂炎、ちょっとあの子を頼むよ……や、闇墜ちしないように」
音繰は憂炎に囁いた。
(小説のヒーローなんだ。きっとこういう時にも気の利いたことを言ってくれるんじゃないだろうか?)
他人任せ極まりないが、音繰の胸には信頼があった。
「や……やみ、おち……?」
憂炎は『それはなんだ』という顔をしつつも、仔空の面倒をみてくれるようだった。
そんな一行を『面白い』って顔をした諸葛珪が眺めている。
視線を意識しながら、音繰は空燕の隣に座ってその手に自分の手を重ねた。
「こほん。こ、空燕……」
憂炎を仔空に付けたのは、話を聞かれるとちょっと恥ずかしい、という気持ちもあってのことだった。
「音繰様?」
「いいかい。えっと、空燕の気持ちは、私も少しわかるのだ。これは秘密にしてほしいのだけど」
音繰は軽く頬を染め、自分が以前に弟子の才能に嫉妬したことを語る。
「し、師匠というものは、弟子より上でないといけない。私には矜持というものがあってだな……」
「……兄は、弟を守るものだと……」
「こ、こんなに小さかったんだ。拾ったばかりの頃の憂炎は。それがどんどん大きくなって、私を越えて……」
「……おねしょの始末もした。夜に寂しくて寝れないって言うから、ずっと一緒に寝てた。考えてることは、なんでもわかった……」
「こ……恋人をつくるかもしれないと思って、ちょっと寂しい気持ちになったり……」
「……離れていく。そういうものなんや……」
二人分の声が雨垂れのようにほたり、ほたりと連なって小さな音の波紋を共鳴させる。
会話にならない、独白の連鎖。
けれど、重ねた手は温かくて、ひとつ気持ちを零すたびに互いに共感が湧くようで、胸の奥にわだかまっていたものが少しずつすっきりと整理されていくようだった。
(い……いい感じなのでは、あるまいか)
「し、……幸せになるまで見届けなければならないと……きっと、幸せな姿をみるのが自分の幸せなのだと……」
音繰は睫毛を伏せ、自己陶酔するように美しく締めくくろうとした。
「相手の幸せが自分の幸せ。そうだろう、空燕……」
ちょうど、憂炎と仔空がのんびりとこちらに向かってくる。
「……い……いやや」
傍らから、そんな声があがった。
「へ?」
今なにか、思ってたのと違う言葉が――音繰が目を瞬かせていると、空燕はすっくと立ちあがって駆けだした。
そして、勢いよく仔空に抱き着いた。
「――仔空」
「兄やん?」
仔空がびっくりした顔で狐耳をぴこぴこさせている。
兄はぎゅうっと全力で弟を抱きしめていて、加減というものを忘れたようだった。
「に……兄やん。ちょっと、い、痛……」
「あかん。兄やんをひとりにしないで、仔空。仔空がいないと、いやや。兄やん、ひとりじゃ生きていけへん……す、……捨てないで……」
激情に乱れる空燕の声は、完全に正気を失っている。
「捨てないで、仔空。俺を捨てないで。どこかに行ったらあかん。許さん……俺を捨てて勝手にひとりで幸せになったらあかん!!」
「に……兄やん……落ち着いて。ボク、兄やんを捨てたりせえへん……」
【なんか……お兄さんのほうが闇墜ちしたような――】
鈴の湊がりんと鳴く。
「音繰、彼は一体どうしたのだ?」
憂炎が眉を顰めて問いかける。
「あれぇ……私、失敗した……?」
音繰は冷や汗をかきながら憂炎を視た。
「いやあ……やっぱり私は悪役だから。私が話すとそっちに向かわせてしまうのかなぁ……? なんて……? 君、どう思う……?」
「な、なにを言っているかわからん」
「くすくす、面白い人たちですね」
素直な声色で笑う諸葛珪は音繰の新しい友となり、それから数日間『辺』の村に滞在して帰って行った。
妖狐兄弟はというと、その日以来、以前にも増してべったりになったのだという……。
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