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1章、悪役は覆水を盆に返したい。

番外編 博文は苦労している(5)

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 音繰オンソウが封印から解き放たれてから、すやすやと寝台で眠るのみの日々が続いている。

 
「花をお召し上がりになっていた。私が摘んだ花を」
 憂炎ユーエンはふさふさの尻尾をふぁっさふぁっさと揺らして、唇をゆるゆると喜びの気で緩めている。
「顔色がお健やかになられていた」

「そら、ようございましたねえ……爺やも嬉しいですよ」
 
 博文ブォウェンは半眼になって相槌を打った。


 毎日毎日、これである。これなのである。
 復讐とか殺すとか言ってたのに、いざ見つかってみるとこれなのである……。

 
「誰が爺やだ。博文ブォウェンはまだそんな歳ではないだろう」
 機嫌の良い声がそう言って、いそいそと仕入れたばかりの衣装を広げる。

 それを身に纏う麗人を想うように目を細め、尻尾をぶんぶん振って。
 言い訳するように「香主様の直系のお孫様である元師匠のお世話は、香主様の直弟子である私の務めだ。だからやってるんだ。それだけだぞ」などと言う。

 
「ああ、このワンコ……」

 頭痛を堪えるように頭をおさえていると、木陰からくすくすと笑い声がきこえてくる。

 視線をやれば、見知った道士服の男――推定神仙が、そこにいた。

 
 正黒魔人せいこくまじんの友人であったこの神仙は、名前すら明らかではない。

 
「仰せの書物は、燃やされておりました」

 この神仙が、例の洞窟を教えてくれたのだ。
 『緋家の秘伝書よりも手っ取り早く強大な力を得られる秘書があるよ』と友好的な笑顔で教えてくれたのだ。

 実際、行ってみると確かにそれらしき書はあった。
 何者かに燃やされたあとの燃え滓だったが。
 

「ふふ、そうか。残念だったね――けれど、拾い物もあったようでよかったじゃないか」

 神仙はたいして気にしていない様子で微笑んで、ふわりと風に溶けるように消えた。
   

(拾い物――小香主様のことだな。案外、実は封印されていた小香主こそが、あの神仙の見つけてほしい物だったのではあるまいか)


 博文ブォウェンは去り際の神仙が見せた瞳の色を想いながら、季節の移ろいを魅せる大空を仰ぎ見た。



 あたたかで寂しい、優しい色。

 世界はそんな色をゆったりのんびりとみせながら時の砂を音もなく流して、生きている。
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