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1章、悪役は覆水を盆に返したい。
番外編 博文は苦労している(3)
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「君たちの身の上は、私が保証しよう。拾ってきたって言えばいいっ!」
「そんなんでいいんですか、魔教」
正黒魔人がケタケタ笑い、肩をそびやかす。
「大丈夫だ。だって私、香主だから」
「今なんて仰いました?」
耳を疑う発言もあったが、とにかく博文たちは晴れて(?)魔人の身分を手に入れた。
憂炎は、大体独りだった。
師匠音繰は彼を放置していた。
「小香主様はたいそう冷血という噂ですが、放置以外に酷いことをされたりはしないのですか」
博文は正派の御山で育ったお花畑気味の頭で冷血な振る舞いを想像した。
「ごはん抜きにされたり、お掃除したあとにごみをばら撒いて『まだ汚れているではないか』といびったり、崖から突き落としたり、……ハッ、まさか、褥でこんなことやあんなことまで」
憂炎はそんな博文にちょっとずつ慣れてきた様子でスルーしつつ、湖のほとりで花を摘む。
「師は、花の精気をお召しあがりになる」
白い花の花弁に初々しい仕草で口付けする憂炎の頬が、淡い春花の色に上気している。
春風めいた声音が、ほたりと零れる。
「師は、うつくしい」
その姿を想像したのか、夢見るような瞳が日差しの中できらきらとしていた。
(――……ん゛っ!?)
博文は、なにかおかしな現実に触れた気分でその光景を見つめた。
(あ、あれ? 公子様? なんです、その顔。その言い方……は?)
まるで恋でもしているみたいじゃないか。
え? でも、復讐するんでしょ?
博文は現実を持て余して、呆然となった。
さや、さやと木々が穏やかな葉擦れの音を奏でている。
風は強く、くるぶし程までの疎らな草むらが、まるで波のようにざわめいていた。
遥かな天穹は、人が内に秘める心なんて知らないといった風情の、なんでも見透かすような青。目もくらむような、純然たる青だ。
地上では、もうひとつの青が鏡合わせみたいに煌めいている。
深い青――それをゆったりたっぷりと湛えた湖の煌きときたら、時間も呼吸も瞬きも忘れて見入ってしまいそうな美しさだ。
花々の梢を撫でゆく涼風は、甘酸っぱい花の香りをたっぷり含み、きらきら輝く陽射しに、薫る風も煌めいているかのよう。
ああ、透徹った水の青さの中を気泡が真珠のようにきらきらとして立ちのぼり、優美に鰭を動かす魚が漂っている。
水面下に瑠璃花が咲き並んでいるかと思えば、小さな魚たちの群だった。
玲々とした音を奏でて、正黒魔人が酒杯を傾けている。
なんか知らない道士みたいなのが隣にいて、仲良さそうに酒を飲み交わしている。
――ハッ。
現実逃避をしていた……!!
「復讐、なさるんですよね?」
博文はそろそろと憂炎に問いかけた。
すると、湖水より明るく澄んだ火燈し色の双眸が博文を見つめ返してくる。
「当然だ。オレはそのために生きていると言っただろう」
美しくも儚く夜闇を舞う蛍火のように、憂炎の眼差しに瞋恚の炎が揺らめいた。
それはなんだかとても危うくて不安定な情念で、博文は「この公子様は大丈夫なのだろうか」とすごく心配になったのだった。
「そんなんでいいんですか、魔教」
正黒魔人がケタケタ笑い、肩をそびやかす。
「大丈夫だ。だって私、香主だから」
「今なんて仰いました?」
耳を疑う発言もあったが、とにかく博文たちは晴れて(?)魔人の身分を手に入れた。
憂炎は、大体独りだった。
師匠音繰は彼を放置していた。
「小香主様はたいそう冷血という噂ですが、放置以外に酷いことをされたりはしないのですか」
博文は正派の御山で育ったお花畑気味の頭で冷血な振る舞いを想像した。
「ごはん抜きにされたり、お掃除したあとにごみをばら撒いて『まだ汚れているではないか』といびったり、崖から突き落としたり、……ハッ、まさか、褥でこんなことやあんなことまで」
憂炎はそんな博文にちょっとずつ慣れてきた様子でスルーしつつ、湖のほとりで花を摘む。
「師は、花の精気をお召しあがりになる」
白い花の花弁に初々しい仕草で口付けする憂炎の頬が、淡い春花の色に上気している。
春風めいた声音が、ほたりと零れる。
「師は、うつくしい」
その姿を想像したのか、夢見るような瞳が日差しの中できらきらとしていた。
(――……ん゛っ!?)
博文は、なにかおかしな現実に触れた気分でその光景を見つめた。
(あ、あれ? 公子様? なんです、その顔。その言い方……は?)
まるで恋でもしているみたいじゃないか。
え? でも、復讐するんでしょ?
博文は現実を持て余して、呆然となった。
さや、さやと木々が穏やかな葉擦れの音を奏でている。
風は強く、くるぶし程までの疎らな草むらが、まるで波のようにざわめいていた。
遥かな天穹は、人が内に秘める心なんて知らないといった風情の、なんでも見透かすような青。目もくらむような、純然たる青だ。
地上では、もうひとつの青が鏡合わせみたいに煌めいている。
深い青――それをゆったりたっぷりと湛えた湖の煌きときたら、時間も呼吸も瞬きも忘れて見入ってしまいそうな美しさだ。
花々の梢を撫でゆく涼風は、甘酸っぱい花の香りをたっぷり含み、きらきら輝く陽射しに、薫る風も煌めいているかのよう。
ああ、透徹った水の青さの中を気泡が真珠のようにきらきらとして立ちのぼり、優美に鰭を動かす魚が漂っている。
水面下に瑠璃花が咲き並んでいるかと思えば、小さな魚たちの群だった。
玲々とした音を奏でて、正黒魔人が酒杯を傾けている。
なんか知らない道士みたいなのが隣にいて、仲良さそうに酒を飲み交わしている。
――ハッ。
現実逃避をしていた……!!
「復讐、なさるんですよね?」
博文はそろそろと憂炎に問いかけた。
すると、湖水より明るく澄んだ火燈し色の双眸が博文を見つめ返してくる。
「当然だ。オレはそのために生きていると言っただろう」
美しくも儚く夜闇を舞う蛍火のように、憂炎の眼差しに瞋恚の炎が揺らめいた。
それはなんだかとても危うくて不安定な情念で、博文は「この公子様は大丈夫なのだろうか」とすごく心配になったのだった。
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