冷血な魔教の君は令和の倫理とハピエン主義に目覚められたようで

浅草ゆうひ

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3章、ハッピーエンドは譲れない。

54、公子様、血族の雪辱を晴らしてください。

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雪霧シュエウー、オレたちは全然気にしてないぜ」
「ああ、だってオレたち本当に汚らわしい魔人なんだ。綺麗なあんたとは、釣り合わない……逆に、謝らないとな」
 
 魔人義兄弟の泰宇タイユー泰軒タイエンが虹の花に囲まれながら雪霧シュエウーに頭を下げている。
 
「そんなことを仰らないでください! お二人はとても優しい魔人さんです、僕は……大好き……!!」
 
 雪霧シュエウーが二人の手を取り、懸命に繰り返していた。
 
「ごめんなさい、僕あんな酷いことを言って……ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 
 狐火を消した仔空シアが泣きじゃくりながら兄空燕コンイェンにしがみついている。
「兄やんは悪くない。ボクが悪い子や。ボクが悪いんやあ!」
 
 空燕コンイェンは取り乱す弟の背を優しく撫でて、懸命に言葉をかけている。
仔空シア、泣かないで。なあ、泣かないで……兄やんが悲しくさせて、ごめんなぁ……」



 
「将山派の方々、これはどういうことでしょうか?」

 諸葛家の護衛が世子を守るように将山派との間に立ち、殺気を放つ。
 世子である少年、諸葛珪しょかつけいりんとした眼差しで将山派へと羽扇うせんを向けた。

「その死霊はなんです?」

 死霊たちは、花に苦しみ悶えていた。
 怨嗟えんさの声を放ち、こんなもので浄化されてたまるかと足掻あがいていた。

【嫌だ、許すなどせぬ! 憎いのだ……!】

【この恨みを無かったことになど、するものか!】
 
【私の痛みを相手にも思い知らせてやらねば、気が済まない!】


 死者の眼が光花の術者に向けられる。

【公子様】

【我らが緋公子……】

 その人物を認知して、名を呼び、請い、けしかける。
 術者――憂炎ユーエンは静かな眼で死者を見た。

「緋家の者たちか……」
 その声に、音繰オンソウは胸が突かれたような心地になった。

(この死者たちは、緋家の亡者か!)
 だからあれほど音繰オンソウを拒絶したのだ。光の鎖に襲われた時を思い出して、音繰オンソウは納得した。
 同時に、緋家の生き残りである弟子の気持ちを考えると、どんな顔をしていいかわからなくなる。

栴揚せいよう様……公子様……】

【公子様、血族の雪辱を晴らしてください……】

栴揚せいよう様、もはやあなたしかいないのです】

【怨みを! 恨みを! この怒りを、悲しみを、苦痛を! 敵に!】

【復讐! 復讐! 復讐!!】

【敵を許してはならぬ! 敵を生かしてはおけぬ!】

【敵が苦しむ姿をみねば、我らの魂は浮かばれない!】 

栴揚せいよう――それは、憂炎ユーエンの本名か……)
 音繰オンソウは痛ましく目を伏せた。

(ああ、かけられる声のなんと生々しい憎悪と悲哀に満ち溢れていることだろう。仇敵を討てと叫ぶ声のなんて悲痛なことだろう)

 憂炎ユーエンは、そんな音繰オンソウの肩を抱いてそっと自分の胸に引き寄せた。
 ――無数の悪意や憎悪からその身を守ろうというように。

 そして、はっきりとした声を響かせた。

「私は復讐をしない」

 何者にも決して覆すことはできないのだという声が、響いた。

「血族諸兄の恨みは痛いほど理解する、わかっている。だが、私は復讐をしない……すまない」

 死者は、激昂した。
 冷たく恐ろしい気配が渦巻いて、負の感情をどろどろぐつぐつと煮込んだような煙が辺りに満ちた。

【公子!】

【裏切り者が!】

【無能者……】

【許せない、許せない……!】

 そんな中、年配のいかにも好々爺こうこうやといった声が煙を抑える風を呼ぶ。

【おやめ、おやめ……】

 中年の男女が、優しい声で呼びかける。

【我が門下の者たちよ。私たちの子は、復讐のための傀儡ではない】
【ああ、どうか皆さん、私の可愛い坊やをいじめないで】

 憂炎ユーエンは目を見開いた。

「袁爺……父上、母上……」

 死霊が死霊を抑え、宥め――彼らは少しずつ花の光に溶けるようにして、気を浄化させていったのだった。


 消えていく死霊たちを見届ける音繰オンソウは、その中に、ぽつんと黒い染みのようなもやが混ざっていることに気付いた。

 靄は、ふわふわと近寄ってきた。

 小さくて、弱々しくて、人の形を取ることもできない――吹けば飛ぶような、今までよく残っていたなと思えるくらいの、想いの残滓ざんしみたいな魂魄こんぱくの靄。

 それは、あたたかかった。
 それは、やさしかった。
 それは、懐かしい気配だった。

「ああ……」
 ――それは、音繰オンソウの瞳を熱くさせた。

「父よ。貴方なのですか?」

 靄は、それをきいてふわふわと溶けていった。
 透明な空気の一部になって、世界中に拡散していくように、あたたかな気配がそこら中に感じられる。



 世界は、色鮮やかだった。
 世界は、以前とは全くちがう顔を音繰オンソウにみせていた。

 
 否――音繰オンソウが、変わったのだ。
 
「父よ。もしかして貴方は、……貴方も、未来を変えようとなさったのですか?」 
 
 ……問いかけに応える声は、なかった。
 
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