冷血な魔教の君は令和の倫理とハピエン主義に目覚められたようで

浅草ゆうひ

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3章、ハッピーエンドは譲れない。

53、将山派と太祖老君、ハオリーハイ

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「この騒ぎは……」
「危険です、爺の傍から離れぬように! 護衛たちは周りを固めてお守りせよ……!」
 大騒ぎの中、諸葛珪しょかつけいが爺に守られている。


雪霧シュエウー!」
 魔人義兄弟の泰宇タイユー泰軒タイエン雪霧シュエウーの抜き放った道剣を辛うじて回避し、ショックを受けた顔をしている。
 雪霧シュエウーは綺麗な顔立ちを苦しみで歪ませ、剣の切っ先を震わせる。
 
「す、すみません! 僕、僕――僕の中に、怒りが……この衝動……っ、なんだ……?」
 剣が弱々しく振られる。
「ち、近寄らないでください。あなたたちを傷つけたくなってしまうんです……っ!!」
雪霧シュエウーっ!」
「名前を呼ばないで……け、けがらわしい……違う! そんなこと、思ってない……!」
 取り乱した金切声で言い放ち、自分の言葉に胸を抉られたように泣きそうな顔をして雪霧シュエウーが剣を落とす。
「思ってない。そんなこと、僕思ってない! お二人のこと、いやじゃないです……本当です……!!」
 
 悲痛な声は、妖狐の子供からもあがっていた。

「し、仔空シア……それをどうするつもりや」
 弟である仔空シアが虚空に無数の狐火を焚き、暴性を剥きだしにしてコロコロと笑っている。

「ああ、たのし、たのし。興行面白かった! ボク今とっても愉しい気分や……兄やん、どないしたん。そないな顔して」
 
 真珠の牙をみせて、仔空シアが邪悪に哂っている。

「ボクもみんなを愉しくさせたげる。まずはこの天幕を派手~に燃やして、次はお外の綺麗な建物! 全部燃やして、河を真っ赤っ赤に染めたる! 兄やん、ボク予想したる。兄やんは、『あかん』って言う……!」
「そ――そうや……? あかん……仔空シア、それはあかん……当たり前やん……」
 
 空燕コンイェンが弟の肩を抱き、必死に言い聞かせる。
 しかし、仔空シアはそんな兄に激昂した。

「兄やんは、あかんあかんっていつもいつも。そればっかり!」
 感情を爆発させたような声が、怒るというよりは哀しみの色を強くして、泣いているみたいだった。

「ボクは、兄やんにあかんって言われるために生きてるの」
「ち、違う。違う、仔空シア……」
 
 兄の手が弟を強く抱きしめる。
 その体温で想いが伝わればいいのにと願うように、懸命に。

「兄やんは、大切なんよ? 仔空シアに怖い思いや痛い思いをしてほしくないんよ――お外の世界はおっかないことがいっぱいあるけえ、兄やん怖いんや。仔空シアを守りたいんや……せやから。ううん、ちがう。兄やん、仔空シアにずっと自分の仔空シアでいてほしいんや。そうや……」

 懺悔でもするように、兄が語る。

「ごめんな。俺、悪い兄貴や。弟を自分の所有物みたいに思って、お前の意思なんて関係ないって、自分の好きにして、ずっと子供のままでいて欲しいなんて思って――自立してほしくなくて。ずっとずっと、いつまでも、今が続けばいいなんて……そうや。俺は毎日そう思ってる悪い兄貴なんや」


『兄やん……』 
 仔空シアの瞳が揺れて、透明な涙が溢れてくる。
 ちいさな唇が声にならない言葉を必死に伝えようとしていた。

「す、……捨てられても仕方ない。いつまでもちっこい弟やない。大きくなって、立派になって、仔空シアは強いもんな。お外出て行って、どんどん離れてって――いろんな人と知り合って、俺なんかどうでもよくなっていく――それが俺は怖い。それが嫌だ。嫌だった……!!」
 

『兄やん、ボク、兄やんを捨てたりせえへんて。当たり前やん』
 
 震える唇が想いを紡ぐ。
 声が続く。
 
「……でも、仔空シアにずっとつらい思いさせてもうたな。ごめんな。嫌な想いさせてごめんなぁ……な」

 ほろほろと涙を流しながら、弟が幼い声で想いをなんとか形にする。

「悪くない……っ、兄やんは悪くないぃ……」

 謝らなくていいんや。
 そんなことを言わせたかったわけじゃない。
 傷つけたかったわけじゃない――弟の嗚咽が痛々しく響く。
 
 
「趣味の悪い術だ」
 憂炎ユーエンが鼻にしわを寄せ、不快気に唸っている。

「憎悪や狂暴な感情をあおり高めるのだろうか? 私は平気だけど」
 音繰オンソウは恐る恐る憂炎ユーエンに視線を注ぐ。

 この弟子は、元々怒りを内に秘めていたのだ。
 さぞ煽られて辛いのではないだろうか――そんな心配が胸に渦巻いて、けれど憂炎ユーエンはそんな想いを見透かしたように首を振る。
 
「私が怒りに溺れることは、もはやない」
 断言した憂炎ユーエンの目には、毅然きぜんとした光があった。

「緋家の秘伝をご披露しよう」
 以前とは違う清かな神仙めいた気をのぼらせて、憂炎ユーエンが術を練る。

 
 印を結び術の字を切る指先は清冽な水の流れを思わせて、淀みない。
 その術を使うための正統な血統を持つ彼が唱える声は自信に溢れていて、頼もしい。
 

 その眼は、会場中に溢れる悲劇を塗り替えるという強い意思に溢れていた。
 
 音繰オンソウの視界に花が咲く。
 感情に振り回され、苦しんでいた人々の足元にふわりほわりと花が咲く。

 清らかな浄化の花は、瞬きするごとに彩りを変える虹色で、淡く柔らかな光を放っている。

 足元だけでなく天井付近からも雪のように清らかな浄化の気配を伴い、ひらりはらりと花弁が舞う。

 魔功とは性質の異なる、反発する類の力――正道の力だ。

 花弁に触れた人々は少しずつ心を落ち着かせていくようで、騒ぎは段々と収まっていった。
 

ハオリーハイすごいね
「はおりーはい!」

 そんな光景を場違いなほど陽気に褒め讃える声がして視線を向けると、一眼ひとめ只者ただものではないと思わせるような神聖な気配を纏った道士と子供のキョンシーが親子のように寄り添って立っていた。

 ――道士というより、神仙の類か。
 
 そのかもし出す雰囲気に音繰オンソウは思った。

 憂炎ユーエンが前に出て、警戒心を露わに臨戦態勢を取った。

「何者だ? この異変はお前が成したのか」

 神仙はおっとりと首を振る。

「私ではない。この場に放たれた【惑乱の術】はあちらにいる将山派と死霊たちによるものだよ」

 示された先には、将山派と呼ばれる正派の門弟たちが揃っていた。それも、見覚えのある死霊を連れて。
 見てみれば、なるほど――死霊たちが怨念を放ち、それを将山派が術を使って増幅しているようだった。
 
「私はサン。北部の海合という土地の生まれにて、かつて九山派にて学び昇仙を果たした者。太祖老君たいそろうくんと呼ぶ者もいるかもしれない」

 神仙、太祖老君はそう言ってちびっ子キョンシーを撫でたのだった。

 
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