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3章、ハッピーエンドは譲れない。
51、畢方の巣。以前は転生しないと私の人生には縁がないと思っていたものだけど
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初めて二人が繋がってから、数週間後。
音繰と憂炎は香主音洋や魔教の魔人たちと共に、畢方の巣に対処すべく出かけた。劉生率いる九山派の道士たちも一緒だ。
尚山から少し西、大森林地帯と山脈地帯の狭間。
点々と沼や湖が広がり、日差しを受けて鏡のように空を映している。
膝丈ほどの緑草が茂り、合間にちらほらと黄色や白の名もなき花が揺れている。
そこに畢方の巣があった。
「ああ、ごらん憂炎、卵がある。雛もいるよ」
巣の中には卵や雛が視えて、音繰は声をひそめた。
親である畢方は、我が子を守ろうと威嚇してくる。
以前の音繰であれば「知るか」と言って躊躇わずに討伐しただろう。
しかし、今は――、
「フン……あれは弱い。私たち魔教はあのような弱い鳥さんに怯えるような弱い狼ではない。そうではないか、皆の者?」
音繰は昂然と顎をあげ、魔人たちに言い放つ。
「巣の外に出て人を襲ってきたら、その個体は狩る。けれど、巣に籠っている親子まで根こそぎ狩るほど魔教は怖がりではない……そうだろう?」
「……でも卵のひとつくらいは頂いてもいいんじゃないか」
「お前さては腹が減ってるな」
灰色の魔人たちはやいのやいのと言いつつ、従うようだった。
「ふふ、我が孫もそなたら魔人衆も、変わったものよな」
祖父音洋は目を細めて号令を発した。
「我々は雛や卵など狩らぬ。狂暴性を誘う禍の種を刈る。皆の者、それでよいな」
「――応」
「承知」
「かしこまりました!」
魔人たちの不揃いな声が同じ感情を共鳴させ、一枚岩の気配をみせている。
「やるぞ!」
「おーっ!」
(ああ、なんだこの魔人たちの雰囲気。異世界でいいなと思った『青春』っぽいぞ……いいね。以前は転生しないと私の人生には縁がないと思っていたものだけど)
音繰は以前自分が「異世界転生してこんな体験をしたい、あんな体験をしたい」と思いを巡らせたのを懐かしんだ。
(思えば私は、やろうと思えばいくらでも現実を変えられたんだ。地位に恵まれているから。力があるから。私の人生に足りなかったものは、私がそれらを欲しいと思わず、手を伸ばさなかったから無かっただけなのだ)
「ここに巣があり、刺激すると危険なのだと周辺住民に知らせてはどうか」
「悪意ある人間や死霊が巣に近寄ればわかるように、干渉できぬようにと結界を張ってみようか」
――こうして、魔人たちは周辺に散らばって死霊を警戒し、協力して巣の周辺に結界を張り巡らせた。
「狂暴化した鳥たちは、我らが気を静めよう」
魔教の香主である音洋が簫を吹き、隣に座す九山派副総帥、劉生が琴を爪弾く。
友人同士でもある二派の佳音が美しい音の波となり、情感たっぷりの旋律は親鳥や雛たちを少しずつ落ち着かせていく。
「死霊は見当たらない、ようですね」
周囲の警戒に当たる憂炎が呟く声が近い。
「そのようだね。原因を根絶できないのは残念だ」
音繰はそっと頷いた。
「けれど畢方は気を静めていくようだね。さすがお爺様だ」
演奏を終えた劉生と音洋が頷きを交わす。
「このたびのご協力に感謝する、劉生殿」
「わしらは友であり、遠き日に枝分かれした家族のようなものである。いつでも協力しよう、音洋殿」
劉生の後ろでは道士たちも礼儀正しく頷いている。
彼らもまた、魔人たちと一緒に結界を張ったり死霊を警戒してくれたのだ。
黄陽の宴以来、二派は少しずつ互いを受け入れ協調路線に移行している。
小説ではこの時期すでに亡くなっている劉生は「この後もまだまだ現役で、二派の親和路線を主導していくぞ」とやる気を見せていて、音繰と湊は未来が変わりつつある手ごたえを確かに感じていた。
――劉生は美髯をしごきながら、気になる情報も教えてくれる。
「そういえば、九山派の道士らが数人気になる報告をしてきたのだ。畢方の暴性を煽った死霊たちが大都市『東営』で目撃された、と」
「『東営』ですと?」
「大都市『東営』には雑技団が訪れていて、興行が大賑わいだ。諸葛家の世子も滞在予定があるというので、ここはひとつ九山派が護衛しようと申し出たのだが」
劉生の言葉に、魔教の者たちが顔を見合わせた。
「音繰様が以前語った話だと、諸葛家の世子は争いに巻き込まれて生命を落とすのだったか」
「一大事ではないか」
音繰は魔人たちの視線を受けて、耳を落ち着きなく揺らした。
(あれは半分騙りだったのだけれどね。実際の小説では、諸葛家の世子である諸葛珪は死なないキャラだったよ……)
……真実はともあれ、魔教は九山派といっしょに大都市『東営』にて諸葛珪を護衛することになったのであった。
音繰と憂炎は香主音洋や魔教の魔人たちと共に、畢方の巣に対処すべく出かけた。劉生率いる九山派の道士たちも一緒だ。
尚山から少し西、大森林地帯と山脈地帯の狭間。
点々と沼や湖が広がり、日差しを受けて鏡のように空を映している。
膝丈ほどの緑草が茂り、合間にちらほらと黄色や白の名もなき花が揺れている。
そこに畢方の巣があった。
「ああ、ごらん憂炎、卵がある。雛もいるよ」
巣の中には卵や雛が視えて、音繰は声をひそめた。
親である畢方は、我が子を守ろうと威嚇してくる。
以前の音繰であれば「知るか」と言って躊躇わずに討伐しただろう。
しかし、今は――、
「フン……あれは弱い。私たち魔教はあのような弱い鳥さんに怯えるような弱い狼ではない。そうではないか、皆の者?」
音繰は昂然と顎をあげ、魔人たちに言い放つ。
「巣の外に出て人を襲ってきたら、その個体は狩る。けれど、巣に籠っている親子まで根こそぎ狩るほど魔教は怖がりではない……そうだろう?」
「……でも卵のひとつくらいは頂いてもいいんじゃないか」
「お前さては腹が減ってるな」
灰色の魔人たちはやいのやいのと言いつつ、従うようだった。
「ふふ、我が孫もそなたら魔人衆も、変わったものよな」
祖父音洋は目を細めて号令を発した。
「我々は雛や卵など狩らぬ。狂暴性を誘う禍の種を刈る。皆の者、それでよいな」
「――応」
「承知」
「かしこまりました!」
魔人たちの不揃いな声が同じ感情を共鳴させ、一枚岩の気配をみせている。
「やるぞ!」
「おーっ!」
(ああ、なんだこの魔人たちの雰囲気。異世界でいいなと思った『青春』っぽいぞ……いいね。以前は転生しないと私の人生には縁がないと思っていたものだけど)
音繰は以前自分が「異世界転生してこんな体験をしたい、あんな体験をしたい」と思いを巡らせたのを懐かしんだ。
(思えば私は、やろうと思えばいくらでも現実を変えられたんだ。地位に恵まれているから。力があるから。私の人生に足りなかったものは、私がそれらを欲しいと思わず、手を伸ばさなかったから無かっただけなのだ)
「ここに巣があり、刺激すると危険なのだと周辺住民に知らせてはどうか」
「悪意ある人間や死霊が巣に近寄ればわかるように、干渉できぬようにと結界を張ってみようか」
――こうして、魔人たちは周辺に散らばって死霊を警戒し、協力して巣の周辺に結界を張り巡らせた。
「狂暴化した鳥たちは、我らが気を静めよう」
魔教の香主である音洋が簫を吹き、隣に座す九山派副総帥、劉生が琴を爪弾く。
友人同士でもある二派の佳音が美しい音の波となり、情感たっぷりの旋律は親鳥や雛たちを少しずつ落ち着かせていく。
「死霊は見当たらない、ようですね」
周囲の警戒に当たる憂炎が呟く声が近い。
「そのようだね。原因を根絶できないのは残念だ」
音繰はそっと頷いた。
「けれど畢方は気を静めていくようだね。さすがお爺様だ」
演奏を終えた劉生と音洋が頷きを交わす。
「このたびのご協力に感謝する、劉生殿」
「わしらは友であり、遠き日に枝分かれした家族のようなものである。いつでも協力しよう、音洋殿」
劉生の後ろでは道士たちも礼儀正しく頷いている。
彼らもまた、魔人たちと一緒に結界を張ったり死霊を警戒してくれたのだ。
黄陽の宴以来、二派は少しずつ互いを受け入れ協調路線に移行している。
小説ではこの時期すでに亡くなっている劉生は「この後もまだまだ現役で、二派の親和路線を主導していくぞ」とやる気を見せていて、音繰と湊は未来が変わりつつある手ごたえを確かに感じていた。
――劉生は美髯をしごきながら、気になる情報も教えてくれる。
「そういえば、九山派の道士らが数人気になる報告をしてきたのだ。畢方の暴性を煽った死霊たちが大都市『東営』で目撃された、と」
「『東営』ですと?」
「大都市『東営』には雑技団が訪れていて、興行が大賑わいだ。諸葛家の世子も滞在予定があるというので、ここはひとつ九山派が護衛しようと申し出たのだが」
劉生の言葉に、魔教の者たちが顔を見合わせた。
「音繰様が以前語った話だと、諸葛家の世子は争いに巻き込まれて生命を落とすのだったか」
「一大事ではないか」
音繰は魔人たちの視線を受けて、耳を落ち着きなく揺らした。
(あれは半分騙りだったのだけれどね。実際の小説では、諸葛家の世子である諸葛珪は死なないキャラだったよ……)
……真実はともあれ、魔教は九山派といっしょに大都市『東営』にて諸葛珪を護衛することになったのであった。
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