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2章、ヒーローはオメガバースに抗いたい。
48、告白、告白、告白
しおりを挟む洞窟の前に人だかりができている。
緋家の秘伝書を持って数日間、中に籠っていた憂炎が出てきたのだ。
音繰が見守る中、憂炎は五体満足で前より強い気配をみせて力強い笑顔をみせた。
「緋家の秘伝は無事に会得した」
「おぉおおおおっ!!」
――吉報に歓声が湧く。
「さすが憂炎様」
「やはり」
「爺やは鼻が高いですよ、ぐすん」
「その『爺や』って言い方は気に入ってるの師兄?」
「年寄りぶりたいお年頃なんだろ」
次代の香主には音繰ではなく憂炎が相応しい――そんな声が次々上がる。
予想はできていた声だ。
現在香主の直弟子であり、新興派閥を率いていて、強大な力を有する憂炎。
二十余年近く行方不明になっていて、戻ったとはいえ力を大きく衰えさせている、音繰。
音繰は、自分でも思うのだ。
もしどちらかを選ぶなら、自分も憂炎のほうが相応しいと思う――と。
しかし、そんな中。
「私は香主にはならない」
憂炎のきっぱりとした声が、一帯に響く。
その内功の大きさを表す存在感のある声で。
「緋家の秘伝は他の門派の術と反発する性質があるようだ。そして、香主には告げていたが私は本日、皆に告白しなければならない……」
真剣な声に、音繰はぎくりとした。
止める間もなく、憂炎が語る。
「私は、以前あなた方に……魔教に滅ぼされた緋家の生き残り。奇縁にて師匠に命を救われ、拾って頂いたにも関わらず、長年恨みを抱いたまま機会があれば復讐しようと胸に野心を秘めていた」
魔人たちがざわざわと声を騒がせ、中には殺気を放つ者や武器に手を伸ばす者もいた。
「今は、そんな気はない。と言っても信じてもらえないだろうが……大恩を仇で返そうなどと不埒極まりない考えを抱いていて、申し訳なかった」
憂炎は深々と頭を下げた。
魔人たちは突然の告白に感情の整理がつかない様子であった。
そんなひとりひとりを見渡し、憂炎は頭をあげて腰に佩いた剣を地面に落とした。
――カラン、という硬質な音が恐ろしくよく響く。
皆がしんと静まり返って地面に転がる剣を見た。
「もはや、ここにはいられない。私はここを出ていく」
黒風の中を立ち去ろうとする背中は、孤独な気配を見せていた。
その背中は逞しく、広く。
その男は才気溢れて、強く。
……そして、孤独なのだ。
音繰は、出会った時の子供を思い出した。
ああ、あんなにボロボロだった。
もう限界なのだと倒れていた。
それでも戦う意思を瞳に煌めかせていて、胸の奥に炎を燃やし続けていた。
秘めて心の内側をじりじりと焦がしていた。
師匠の自分はその負の気配に気づきつつ――幼い弟子を愛さなかった。
冷たく接した。
酷いことをした。
一人で復讐のために敵の中にいたのだ、憂炎は。
ずっとずっと、堪え忍んでいたのだ。
(私の弟子だ。私が拾ったんだ。私が名をつけたんだ、この子に)
【いやや】
空燕の声が思い出される。
(ああ、私にはわかった。わかったぞ、その気持ち……これは、これが……『執着』。そうだね?)
……どうしようもなく、執着している。
そんな特別な存在が、目の前にいる。
それが、自分から離れようとしている。
……そんなの、【いやだ】!!
「待て……!」
音繰はその前に立ち塞がり、両手を広げて引き留めた。
「裏切らない、その気はなくなった。それ、信じるよ。私は信じる……信じるとも!」
「お師匠様……」
元弟子は、音繰の前に膝をつき、頭を垂れた。
まるでそのまま首を落としてくれとでも請うように。
断頭台に愛しく恍惚と傅くように。
「お師匠様――私を助けてくれて、ここまで育ててくださりありがとうございました」
少年時代にそうしていたように、敬語でそう語るのだ。
「憂炎は師をお慕いしております」
ああ、少年の頃の憂炎はこうだった。
こんな風に喋っていた。
それを懐かしむ一方で、【再会してからの彼を知る今となっては、そんな殊勝な敬語の方が『らしくない』】――と、音繰には、そう思えるのだった。
「弟子として師の期待に応えることもできず、あろうことか二心を抱いて……申し訳ございませんでした」
「……憂炎!」
師匠は、弟子の手を引っ掴んで立たせた。
そして、ぎゅっと想いの丈を込めて弟子を抱きしめた。
「弟子だ。君は、私の弟子だ」
憂炎の手が背に回る。
大きな手は、迷子のように彷徨って、飢えて温もりを欲するようだった。
「……お師匠様……、」
子供みたいな声がする。
「そうだ。私が師匠だ」
――子供みたいな彼がひとりで抱え込み、苦しんできた。
「師は弟子を慈しみ、守るのだ――けれど私は、全く師匠らしいことをしてこなかった」
そう思うと、心が痛んだ。
「私は良い師匠ではなかった。本来そうされるべき年頃の君に、親のように接して愛情を感じさせてあげたり、相談に乗ってあげたりしなかった――酷い接し方をした」
手を伸ばして頬を撫でると、熱かった。
こんな風に弟子を撫でたことがないと思うと、その年月を想うと――後悔の念が胸に湧いた。
「すまなかった」
音繰は弟子の瞳を労わるように覗き込んだ。
「君はよく耐え忍び、ひとりぼっちでよく頑張った。君が立派に育って、師匠の私は誇らしい。君は、幸せになるべき人だと思う……君はしないと言ったけれど、望むなら私に復讐してもいいんだ。私は、それでもいいと思う。君が望むなら」
……無数の視線を痛いほど感じる。
魔人たちだ。
「誰にも文句は言わせない」
音繰が言い切れば、憂炎は目を伏せた。
「復讐は、いたしません」
大声が響く。
その心を堂々と響かせる。
「誓って。必ず。私は師を害しません」
音繰は魔人たちを見回した。
「……私の弟子はこう言っている。私は、この弟子を手放したくない」
「師匠……」
憂炎が首を振る。
「私はそんな風に庇って頂く資格は……」
「愛してる」
憂炎が固まった。
音繰はそれを愛しく見つめて、息を継ぐ。
想いが溢れて、止まらない。
「私は憂炎を愛している。だから、離したくないんだ」
「――ひゅう!」
見守っていた魔人たちが口笛を吹き、地を踏み、ひゅうひゅうと囃し立てる。
「いやー、私は知ってました。知ってましたよ。だって皆さんも見たでしょう、憂炎様がせっせとお花集めたり貢ぎ物選ぶ姿」
博文が訳知り顔で語っている。
「どれだけお好きなのかと……ええ、まったく」
「えっ、あれ師弟愛だろ。なに、違うの?」
「わからん。わからんが……あっ、キスしてる」
「キスくらい挨拶だろ」
泰宇と泰軒が大騒ぎしている。
泰然は赤子を抱いてニコニコしながら、「ちなみに術は結構前に解いてましたが、お二人は気づかないようで」とネタバラシしている。
「――はっ!?」
「……ん!?」
二人の声が、綺麗に揃った。
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