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2章、ヒーローはオメガバースに抗いたい。
45、ボク、兄やんに守ってもらう必要なんてないねん。
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「畢方……妖鳥だっ」
怯えた少年の声が響く。
「任せてよ! こんな時に村を守ってこその新生魔教!」
音繰は俄然張り切った。
青空の下でひらりと衣が翻る。
つむじ風と化したように身軽に跳ぶ音繰は、自然樹木の力を借りていた。
「滅びよ!」
跳躍した音繰の両腕が剣を振り上げる。
妖鳥が火を吐く――けれどその火は届く前にジュワッと消えてしまった。
太陽の光が剣の切っ先にきらりと反射する。
光の軌跡を引くようにずばりと縦一閃を振り下ろせば、確かな手ごたえと共に畢方の悲鳴が耳を劈く。
「成敗っ」
――妖鳥が討伐されると歓声が湧いた。
「上に吐かれた火が途中で消えたのは……憂炎か」
音繰の海青の瞳が流れるように憂炎を見る。
憂炎が軽く肩をすくめて頭を下げると、音繰は花が綻ぶようにふわりと微笑んだ。
「助けなんてなくても、私は大丈夫だったよ。でも、まあ、その――ありがとう……」
頬がほんのり赤くなっている。
そんな表情を視て、憂炎は口元に手をあてて視線を彷徨わせた。
「あ……貴方のその顔は、ずるい……」
へにゃりと眉を下げ、睫毛を伏せる憂炎の顔は林檎のように火照っていた。
「あっちにもいるぞ!」
村人の悲鳴がまたひとつ聞こえる。
「空に、新しいのが!」
地面にモザイク模様を描くように斑に影が落ち、頭上を仰ぎ見れば妖鳥が次々と現れていた。
「憂炎は村の東側を。私は西を守る」
「承知だ、我が師よ」
咄嗟に返ってきた『我が師』という呼称に、音繰は尻尾を揺らした。
(こんな一言で浮かれてしまうんだ、私は)
「ほぎゃあ、ほぎゃあ……!!」
赤子が泣いている。
「おお、よしよし。お父様が一緒ですから怖くありませんよ。……お二人が戦いやすいようにしますね」
泰然が我が子をあやし、守っている。何か術もかけてくれるようだった。
村の西側へと音繰が駆け付けると、妖狐の兄弟が畢方と対峙していた。後ろには、お婆さんがいる。地面には食材が大量にばら撒かれていた。
「う……うわわ……こっち来んなっ……、し、仔空! あかん、兄やんの後ろにお下がり!」
空燕が弱気な声をこぼしつつ、前に出ようとする仔空に手を伸ばし、自分の後ろに下げようとした。
「兄やん、弱いやん。喧嘩できひんやん」
「よ、弱くても弟を守るのが、兄の……」
仔空はするりと身軽に兄の手から逃れた。
兄空燕は、料理や占いは巧いが戦いの能力は低いのだ。
仔空が尾をふわりと揺らすと、そこから蒼白い狐火が生まれる。いくつも、いくつも。
「ボクのほうが、強い」
幼い手は恐れを知らぬ様子で狐火の弾を畢方に向けて放った。
流星が群れを成して流れるように、狐火が尾をひきながら畢方に命中し、焔をあげる。
空燕はそれを視て、黙り込んだ。
「兄やんはいつもそうや。ボクがちっこいからって、過保護なんや。ボク、兄やんに守ってもらう必要なんてないねん。逆や。ボクが兄やんを守るんや」
仔空の銀朱の瞳が日差しの中できらきらと輝いている。
そこには、伸びざかりの少年の溌剌さがあった。
青空のように無限に広がる未来とこれからの可能性を思わせる、そんな気配があった。
「仔空……」
兄弟のよく似た桜色の髪が、熱風にはらりと揺れる。
藤色の瞳を見開いて、空燕は自分の手を離れた弟の姿をじっと見つめた。
(あーっ、闇墜ちの気配がするーっ!?)
「け、喧嘩をするな~!?」
音繰は冷や汗をかきつつそこに加勢した。
「音繰様」
ホッとした様子で空燕が縋るような目を見せる。
「もう、大丈夫だ」
(もう、『ひっ』とは言わないんだな)
音繰は安心させるように微笑み、畢方に剣を躍らせた。
「仔空、えーっと……」
(一体、なんて声をかけるのが正解なのだろうっ?)
音繰は迷った。
と、そこに割り込んだのは、兄である空燕の声だった。
「仔空の言う通りや。仔空は強くて、もう自立する年齢なんやなあって、兄やんも最近はそう思う……」
声は、弟を誇るようでもあり、どうしようもない淋しさを持て余すようでもあり――音繰はそこに何故か『出来の良い弟子をもつ自分』を重ねて胸を突かれる想いがしたのだった。
怯えた少年の声が響く。
「任せてよ! こんな時に村を守ってこその新生魔教!」
音繰は俄然張り切った。
青空の下でひらりと衣が翻る。
つむじ風と化したように身軽に跳ぶ音繰は、自然樹木の力を借りていた。
「滅びよ!」
跳躍した音繰の両腕が剣を振り上げる。
妖鳥が火を吐く――けれどその火は届く前にジュワッと消えてしまった。
太陽の光が剣の切っ先にきらりと反射する。
光の軌跡を引くようにずばりと縦一閃を振り下ろせば、確かな手ごたえと共に畢方の悲鳴が耳を劈く。
「成敗っ」
――妖鳥が討伐されると歓声が湧いた。
「上に吐かれた火が途中で消えたのは……憂炎か」
音繰の海青の瞳が流れるように憂炎を見る。
憂炎が軽く肩をすくめて頭を下げると、音繰は花が綻ぶようにふわりと微笑んだ。
「助けなんてなくても、私は大丈夫だったよ。でも、まあ、その――ありがとう……」
頬がほんのり赤くなっている。
そんな表情を視て、憂炎は口元に手をあてて視線を彷徨わせた。
「あ……貴方のその顔は、ずるい……」
へにゃりと眉を下げ、睫毛を伏せる憂炎の顔は林檎のように火照っていた。
「あっちにもいるぞ!」
村人の悲鳴がまたひとつ聞こえる。
「空に、新しいのが!」
地面にモザイク模様を描くように斑に影が落ち、頭上を仰ぎ見れば妖鳥が次々と現れていた。
「憂炎は村の東側を。私は西を守る」
「承知だ、我が師よ」
咄嗟に返ってきた『我が師』という呼称に、音繰は尻尾を揺らした。
(こんな一言で浮かれてしまうんだ、私は)
「ほぎゃあ、ほぎゃあ……!!」
赤子が泣いている。
「おお、よしよし。お父様が一緒ですから怖くありませんよ。……お二人が戦いやすいようにしますね」
泰然が我が子をあやし、守っている。何か術もかけてくれるようだった。
村の西側へと音繰が駆け付けると、妖狐の兄弟が畢方と対峙していた。後ろには、お婆さんがいる。地面には食材が大量にばら撒かれていた。
「う……うわわ……こっち来んなっ……、し、仔空! あかん、兄やんの後ろにお下がり!」
空燕が弱気な声をこぼしつつ、前に出ようとする仔空に手を伸ばし、自分の後ろに下げようとした。
「兄やん、弱いやん。喧嘩できひんやん」
「よ、弱くても弟を守るのが、兄の……」
仔空はするりと身軽に兄の手から逃れた。
兄空燕は、料理や占いは巧いが戦いの能力は低いのだ。
仔空が尾をふわりと揺らすと、そこから蒼白い狐火が生まれる。いくつも、いくつも。
「ボクのほうが、強い」
幼い手は恐れを知らぬ様子で狐火の弾を畢方に向けて放った。
流星が群れを成して流れるように、狐火が尾をひきながら畢方に命中し、焔をあげる。
空燕はそれを視て、黙り込んだ。
「兄やんはいつもそうや。ボクがちっこいからって、過保護なんや。ボク、兄やんに守ってもらう必要なんてないねん。逆や。ボクが兄やんを守るんや」
仔空の銀朱の瞳が日差しの中できらきらと輝いている。
そこには、伸びざかりの少年の溌剌さがあった。
青空のように無限に広がる未来とこれからの可能性を思わせる、そんな気配があった。
「仔空……」
兄弟のよく似た桜色の髪が、熱風にはらりと揺れる。
藤色の瞳を見開いて、空燕は自分の手を離れた弟の姿をじっと見つめた。
(あーっ、闇墜ちの気配がするーっ!?)
「け、喧嘩をするな~!?」
音繰は冷や汗をかきつつそこに加勢した。
「音繰様」
ホッとした様子で空燕が縋るような目を見せる。
「もう、大丈夫だ」
(もう、『ひっ』とは言わないんだな)
音繰は安心させるように微笑み、畢方に剣を躍らせた。
「仔空、えーっと……」
(一体、なんて声をかけるのが正解なのだろうっ?)
音繰は迷った。
と、そこに割り込んだのは、兄である空燕の声だった。
「仔空の言う通りや。仔空は強くて、もう自立する年齢なんやなあって、兄やんも最近はそう思う……」
声は、弟を誇るようでもあり、どうしようもない淋しさを持て余すようでもあり――音繰はそこに何故か『出来の良い弟子をもつ自分』を重ねて胸を突かれる想いがしたのだった。
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