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2章、ヒーローはオメガバースに抗いたい。
43、本能と理性の狭間で(軽☆)
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「――クエェェエ!」
夜の静寂を鳥の奇怪な声が騒がせる。
耳をつんざくような高い鳴き声は、聞いている者の気持ちを不安にさせるような耳障りで不吉な声だった。
「火寄せの羽ばたきだ!」
憂炎が叫ぶ声が聞こえた瞬間に、音繰の体がふわりと浮遊感を覚える。
「……ふぁっ!?」
咄嗟の速度で、体が横抱きに持ち上げられている。
お姫様抱っこと呼ばれるやつだ。
音繰を抱き上げた憂炎は、羽でも生えたかのように身軽に跳躍して木の枝に着地する。
一瞬前まで二人がいた場所を赤い炎が通過していって、近くの木にぼわりと着火する。
ぱちぱちという火の爆ぜる音がたちまち辺りに満ちて、黒煙がもうもうとあがる。
「疾」
舌打ちするように憂炎が炎を睨み、狼の尾を揺らす――すると、揺れた毛先からゆらりと濁り水が生まれて、炎に向かって飛んでいく。
「ハオリーハイ!」
ちびっ子キョンシーがぴょんぴょん飛び跳ね、笑っている。
勢いよく水蒸気を上げて火が消されていくと、ちびっ子キョンシーに抱っこされた鍋も蓋をパカパカさせて喜ぶようだった。
(憂炎は剣から炎気を飛ばせるとは聞いていたが、水を創り出すこともできるのか……)
音繰は憂炎の才能と、才能の元になっているであろう生い立ちに思いを馳せた。
邪派、魔教の扱う術――いわゆる魔功の心訣――コツとは、感情だ。特に邪悪な術の場合は負の感情を理解していると良いらしい。
色々な経験をして、世の負を感じなさい――音繰の亡き父が存命であった頃、そう語っていたのを思い出す。
(憂炎は……明らかに内面に鬱屈した負の感情があって、魔功の上達が異様に速かった。それで父は彼を気に入ったに違いないね)
「……」
音繰は敗北感を心中に隠しながら自分を抱える憂炎を見上げた。
自分は前とは違うのだ。そんな思いが胸の奥を灯している。
「私の元弟子は、天才だね」
言葉に驚き、喜ぶ元弟子の気配がある。
自分のような師匠の言葉でも、弟子とは喜ぶ生き物なのだ。
――憂炎が喜ぶのが嬉しい。
音繰はそう思った。
「……っ」
どきりとするほど、顔が近い。
精悍な顔立ちは真剣で、音繰の視線に気づいてちらりと視線を向けられれば、なぜか顔が熱くなる。
「……」
沈黙が返される。
微妙な気まずさが二人の間に訪れて、音繰は言葉を探した。
そして、何かを思いついて言葉として発する前にハッと二人を取り巻く現実に気付く。
畢方がさっさと暗闇に逃げていってしまうではないか。
「あっ、待て……」
あれを逃したら、山火事でも起こされてしまうのではないか。
音繰は慌てて追いかけようとして、自分を抱く腕から逃れようとした。
すると、逃げようとする体がぎゅっと抱きしめられて、首筋に憂炎の顔が寄せられる。
「……っ、憂炎!」
何をやってる――と、言いかけて、音繰は気付いた。
(君、私に発情しかけているのか!)
微妙に熱い吐息が甘い刺激となって首にかかる。
脚の間で胎の奥がキュンとなり、熱を持つ。
――いけない。
――憂炎に責任を感じさせてしまう。
「は――離れなさい」
身を捩って叫べば、ハッとした様子で憂炎が地面に体を降ろしてくれる。
「すまん、ぼうっとしてた」
尻尾をたらりとさせ、耳をへたりとさせて言う姿はいかにも『反省してます』って感じだ。
「正気に戻ってくれてなにより……この術、そろそろ他の実験参加者も増えてきたみたいだし、私たちは解呪してもらおうか」
「それがいいかと」
憂炎が頭を抱えて頷いた。
気づけば二人きりだ。
いつの間にか畢方はもとより、ちびっ子キョンシーと鍋まで姿を消している。
「畢方出没注意、と付近に警告を出しとこう」
言いながら憂炎はおそらく無意識に距離を詰め、腰を抱くようにしている。
「私も人のことを言えないのだけど、術の影響下にある時はあまり近づかない方がいいと思うんだ……」
油断すると声に甘やかな色が混ざってしまいそうで、音繰は耳を伏せた。
「無論、私もそう思う」
頷く男の体温が布越しに熱い。
心臓の鼓動が速まって、胸の内で昂り脈打つ音が相手に伝わりそうで恥ずかしくなる。
どうしようもなく、意識している。
身体の奥が疼いて、求めてしまう。
それが術の影響なのだと言い訳できるのは、せめてもの救いだろうか……。
音繰はあえかにまつげを伏せて、吐息をついた。
「わかってるなら……あっ……」
腰をさする憂炎の手が尾に触れる。獣人にとって敏感な部位に触れられて、音繰は思わず動揺の声を溢してしまう。
「私は、……触れたい」
大きな手が毛並みを堪能するように尾を撫でる。
ぞくぞくと湧く甘く痺れるような感覚に、音繰の吐息が色めいていく。
「ぁ、ぁ……だめ」
小さく身を震わせながら逞しい胸板に身を委ねるようにして、脱力していく。
「は、……は、は……っン……」
「獣のように何も考えずに、劣情のまま貴方を抱きたい」
伏せた耳先を吐息でくすぐるようにして、熱に浮かされたような憂炎の声がする。
「い、いけない。憂炎、いけない……だめだ……っ」
「自分が制御できなくなる……修行が足りない。本当にそうだ」
渇望に耐えるように言って、憂炎の体が離れていく。
それを寂しく思い追い縋りたくなる情動を自覚して、音繰は自分の身を両腕でぎゅっと抱いて衝動と戦った。
「すまなかった」
くるりと背を向けた憂炎は、苦しそうに声を吐いた。
「私は、フェロモンに屈して抱くのではなく、私が愛しているから抱くのだと胸を張って断言して抱きたい」
素直な声色がそよ風のように囁く。
獣の本能に抗うように頭を抱え、眉間に深い皺を刻み、振り返る憂炎の瞳は燃えるような熱と強い理性の色をせめぎ合わせていた。
「愛している」
「……」
音繰はその真剣な声に目を見開いた。
「大切なんだ。目で追ってしまうんだ。いつも貴方のことを考えてしまうんだ。傍にいたいんだ……」
そこには、異様な気配を纏って、物凄く真剣な顔で自分を見つめる憂炎がいた。
「え、影響が出て……」
頬に熱が集まるのを意識しながら、そっと目を逸らして言えば、憂炎の声が同意を示す。
「それも自覚している」
少し戸惑うような恥いるような声は人間らしくて、微笑ましい感じがした。
夜の静寂を鳥の奇怪な声が騒がせる。
耳をつんざくような高い鳴き声は、聞いている者の気持ちを不安にさせるような耳障りで不吉な声だった。
「火寄せの羽ばたきだ!」
憂炎が叫ぶ声が聞こえた瞬間に、音繰の体がふわりと浮遊感を覚える。
「……ふぁっ!?」
咄嗟の速度で、体が横抱きに持ち上げられている。
お姫様抱っこと呼ばれるやつだ。
音繰を抱き上げた憂炎は、羽でも生えたかのように身軽に跳躍して木の枝に着地する。
一瞬前まで二人がいた場所を赤い炎が通過していって、近くの木にぼわりと着火する。
ぱちぱちという火の爆ぜる音がたちまち辺りに満ちて、黒煙がもうもうとあがる。
「疾」
舌打ちするように憂炎が炎を睨み、狼の尾を揺らす――すると、揺れた毛先からゆらりと濁り水が生まれて、炎に向かって飛んでいく。
「ハオリーハイ!」
ちびっ子キョンシーがぴょんぴょん飛び跳ね、笑っている。
勢いよく水蒸気を上げて火が消されていくと、ちびっ子キョンシーに抱っこされた鍋も蓋をパカパカさせて喜ぶようだった。
(憂炎は剣から炎気を飛ばせるとは聞いていたが、水を創り出すこともできるのか……)
音繰は憂炎の才能と、才能の元になっているであろう生い立ちに思いを馳せた。
邪派、魔教の扱う術――いわゆる魔功の心訣――コツとは、感情だ。特に邪悪な術の場合は負の感情を理解していると良いらしい。
色々な経験をして、世の負を感じなさい――音繰の亡き父が存命であった頃、そう語っていたのを思い出す。
(憂炎は……明らかに内面に鬱屈した負の感情があって、魔功の上達が異様に速かった。それで父は彼を気に入ったに違いないね)
「……」
音繰は敗北感を心中に隠しながら自分を抱える憂炎を見上げた。
自分は前とは違うのだ。そんな思いが胸の奥を灯している。
「私の元弟子は、天才だね」
言葉に驚き、喜ぶ元弟子の気配がある。
自分のような師匠の言葉でも、弟子とは喜ぶ生き物なのだ。
――憂炎が喜ぶのが嬉しい。
音繰はそう思った。
「……っ」
どきりとするほど、顔が近い。
精悍な顔立ちは真剣で、音繰の視線に気づいてちらりと視線を向けられれば、なぜか顔が熱くなる。
「……」
沈黙が返される。
微妙な気まずさが二人の間に訪れて、音繰は言葉を探した。
そして、何かを思いついて言葉として発する前にハッと二人を取り巻く現実に気付く。
畢方がさっさと暗闇に逃げていってしまうではないか。
「あっ、待て……」
あれを逃したら、山火事でも起こされてしまうのではないか。
音繰は慌てて追いかけようとして、自分を抱く腕から逃れようとした。
すると、逃げようとする体がぎゅっと抱きしめられて、首筋に憂炎の顔が寄せられる。
「……っ、憂炎!」
何をやってる――と、言いかけて、音繰は気付いた。
(君、私に発情しかけているのか!)
微妙に熱い吐息が甘い刺激となって首にかかる。
脚の間で胎の奥がキュンとなり、熱を持つ。
――いけない。
――憂炎に責任を感じさせてしまう。
「は――離れなさい」
身を捩って叫べば、ハッとした様子で憂炎が地面に体を降ろしてくれる。
「すまん、ぼうっとしてた」
尻尾をたらりとさせ、耳をへたりとさせて言う姿はいかにも『反省してます』って感じだ。
「正気に戻ってくれてなにより……この術、そろそろ他の実験参加者も増えてきたみたいだし、私たちは解呪してもらおうか」
「それがいいかと」
憂炎が頭を抱えて頷いた。
気づけば二人きりだ。
いつの間にか畢方はもとより、ちびっ子キョンシーと鍋まで姿を消している。
「畢方出没注意、と付近に警告を出しとこう」
言いながら憂炎はおそらく無意識に距離を詰め、腰を抱くようにしている。
「私も人のことを言えないのだけど、術の影響下にある時はあまり近づかない方がいいと思うんだ……」
油断すると声に甘やかな色が混ざってしまいそうで、音繰は耳を伏せた。
「無論、私もそう思う」
頷く男の体温が布越しに熱い。
心臓の鼓動が速まって、胸の内で昂り脈打つ音が相手に伝わりそうで恥ずかしくなる。
どうしようもなく、意識している。
身体の奥が疼いて、求めてしまう。
それが術の影響なのだと言い訳できるのは、せめてもの救いだろうか……。
音繰はあえかにまつげを伏せて、吐息をついた。
「わかってるなら……あっ……」
腰をさする憂炎の手が尾に触れる。獣人にとって敏感な部位に触れられて、音繰は思わず動揺の声を溢してしまう。
「私は、……触れたい」
大きな手が毛並みを堪能するように尾を撫でる。
ぞくぞくと湧く甘く痺れるような感覚に、音繰の吐息が色めいていく。
「ぁ、ぁ……だめ」
小さく身を震わせながら逞しい胸板に身を委ねるようにして、脱力していく。
「は、……は、は……っン……」
「獣のように何も考えずに、劣情のまま貴方を抱きたい」
伏せた耳先を吐息でくすぐるようにして、熱に浮かされたような憂炎の声がする。
「い、いけない。憂炎、いけない……だめだ……っ」
「自分が制御できなくなる……修行が足りない。本当にそうだ」
渇望に耐えるように言って、憂炎の体が離れていく。
それを寂しく思い追い縋りたくなる情動を自覚して、音繰は自分の身を両腕でぎゅっと抱いて衝動と戦った。
「すまなかった」
くるりと背を向けた憂炎は、苦しそうに声を吐いた。
「私は、フェロモンに屈して抱くのではなく、私が愛しているから抱くのだと胸を張って断言して抱きたい」
素直な声色がそよ風のように囁く。
獣の本能に抗うように頭を抱え、眉間に深い皺を刻み、振り返る憂炎の瞳は燃えるような熱と強い理性の色をせめぎ合わせていた。
「愛している」
「……」
音繰はその真剣な声に目を見開いた。
「大切なんだ。目で追ってしまうんだ。いつも貴方のことを考えてしまうんだ。傍にいたいんだ……」
そこには、異様な気配を纏って、物凄く真剣な顔で自分を見つめる憂炎がいた。
「え、影響が出て……」
頬に熱が集まるのを意識しながら、そっと目を逸らして言えば、憂炎の声が同意を示す。
「それも自覚している」
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