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2章、ヒーローはオメガバースに抗いたい。
28、旧派閥と新興派閥はまさに将来の正派と邪派となるわけです。
しおりを挟む「久方ぶりでございます、爷爷、お爺様。本日は……説教でしょうか」
音繰は柔らかに声を紡いで、体重を感じさせぬ所作で祖父音洋の前に進み出た。
十分な休息を取った結果、体調はすっかり回復している。
いわゆる『内功』――異世界のRPG風にいえばMP、魔教風にいえば魔功は、あまり回復する気配がないが。
(まあ、ゆっくり回復させればいいさ)
音繰は楽観の気を纏い、ふわりと腰を落ち着けた。
座る姿ひとつ取っても、見た印象が前とは違う。
以前は他者への敬意などないとばかりに傲然として、身なりも着崩していたものだが、今は身なりを整え、背筋がぴんとして、凛然とした雰囲気がある。
そんな孫をみて祖父音洋は目を細め、おっとりと語り始めた。
「音繰、おぬしは――よくぞ戻った。わしはまず祖父として、孫の帰還を喜ぼう」
香主の声が室内に響く。
あまり大きな声で話そうとしている雰囲気がないにも関わらず、大声を発したみたいに響くのは、内功によるものだ。
異世界風にいえば、内功=MPが高いとマイクを通したみたいにあり得ないくらいの大声だって発せられる。
武侠者たちは、そんな風にしてちょっとしたことからその人の力量が窺えるのだった。
音繰の祖父は、現在この『魔教』の香主だ。
香主とは、教団の長、教主のこと。
その一門の一番上の地位にいる指導者の呼び方は門派ごとに色々あって、他の門派では掌門とか総帥とか呼ばれたりする。
『魔教』の場合も以前は『教主』と呼んでいたらしいのだが、数代前からはお上品ぶって香の文字を当て、雅やかに『香主』と呼ぶようになったのだ。
ひとことで言うと、偉い。
群れのボスみたいなものだ。
(しかし、爺様は私が父に封印されたのをご存じないのか)
音繰はその事実に気付いた。
「それはそれとして、事情は聞かせてもらわねば、のう。何者に封印されたのか。その変貌ぶりはいかなる事情によるものか。おぬしが何をしたいと考えているのか」
祖父音洋は、音繰の行いをよく見ているようだった。
その声がひとつひとつ、戻ってからの孫について語る――、
「『疯狂』の禁術研究処を訪ね、攫われてきた正派の道士を逃がした。正派と仲良くするなどと言って、門下魔人らに身の振る舞い方や心の有り様を改めるように呼びかけている……」
集う魔人たちの視線が、痛いほど感じられる。
音繰はそれを意識しながら、にこりと微笑んだ。
声は、祖父ほど響かせることができない。
封印される前よりも弱々しい。
力が衰えているのだということがはっきりとわかってしまう。
けれど、音繰の青海の瞳には以前は宿すことがなかった情熱と確信がある。
「ああ。やはり。お爺様も、それがよいと思われるのですね?」
祖父、音洋が息を呑む。
(私には、情報があるのだ。祖父は正派に友人がいて正派との友好を望んでいる……間違いない)
小説では、その望みは叶わなかったらしいが。
祖父音洋から言葉が返されるより先に、音繰は声を連ねた。
「まず、『正派が私を封印した』という噂は誤りです。そして、私は不在にしていた間、ただ封印されていたわけではありません」
視界の端で憂炎が「えっ? 正派じゃないの』って顔をしている。
(私は『まあ、そんなところかな』としか言ってないから、嘘ではない……)
音繰は澄まし顔で話を続けた。
皆が耳をそばだてる中、涼やかな言葉が続く。
「正派と邪派は、もとを辿ればひとつの九山派でした。それが、ちょっとした方針の違いで――より高みを目指すという目的地は同じなのに、そこに至るための手段、通過する道の方針で意見を違えて派閥が分かれたのです」
この話は、異世界の小説で語られていた話で、現世で知る者はごく一部なのではないかと思われた。
祖父、音洋も驚いた様子である。
「音繰よ、それをどこで知ったのか」
――そのような問いかけをするということはつまり、音繰の言葉が真実なのだ。
居合わせた魔人たちが、静かに視線を交差させた。
「派閥というのは、人が集まればどうしたって出来るもの。今、魔教に出来ている旧派閥と新興派閥がまさに将来の正派と邪派となるわけです」
音繰は淀みなく語り続けた。
「さて、この音繰。封印されている間に未来を知りましてございます。それを知るには絶大な魔功を必要としたため、かくも消耗しているわけです」
――魔功うんぬんは嘘だが、自信たっぷりに言えば祖父も魔人たちも信じる様子だった。
「このままですと、将来、【国が滅びます】」
「――!!」
高らかに宣言すれば、場を張り詰めた空気が支配した。
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