冷血な魔教の君は令和の倫理とハピエン主義に目覚められたようで

浅草ゆうひ

文字の大きさ
上 下
40 / 99
2章、ヒーローはオメガバースに抗いたい。

28、旧派閥と新興派閥はまさに将来の正派と邪派となるわけです。

しおりを挟む

 「久方ぶりでございます、爷爷イエ イエ、お爺様。本日は……説教でしょうか」 
 音繰オンソウは柔らかに声を紡いで、体重を感じさせぬ所作で祖父音洋オンヤンの前に進み出た。 
 
 十分な休息を取った結果、体調はすっかり回復している。
 
 いわゆる『内功ないこう』――異世界のRPGロールプレイングゲーム風にいえばMPマジックポイント、魔教風にいえば魔功まこうは、あまり回復する気配がないが。

(まあ、ゆっくり回復させればいいさ)
 
 音繰オンソウは楽観の気をまとい、ふわりと腰を落ち着けた。
 
 座る姿ひとつ取っても、見た印象が前とは違う。
 以前は他者への敬意などないとばかりに傲然ごうぜんとして、身なりも着崩していたものだが、今は身なりを整え、背筋がぴんとして、凛然りんぜんとした雰囲気がある。
 
 そんな孫をみて祖父音洋オンヤンは目を細め、おっとりと語り始めた。
  
音繰オンソウ、おぬしは――よくぞ戻った。わしはまず祖父として、孫の帰還を喜ぼう」
 
 香主祖父の声が室内に響く。
 
 あまり大きな声で話そうとしている雰囲気がないにも関わらず、大声を発したみたいに響くのは、内功によるものだ。
 異世界風にいえば、内功=MPが高いとマイクを通したみたいにあり得ないくらいの大声だって発せられる。
 
 武侠者たちは、そんな風にしてちょっとしたことからその人の力量りきりょううかがえるのだった。

 音繰オンソウの祖父は、現在この『魔教』の香主トップだ。

 香主とは、教団の長、教主のこと。
 
 その一門の一番上の地位にいる指導者の呼び方は門派ごとに色々あって、他の門派では掌門しょうもんとか総帥そうすいとか呼ばれたりする。
 
 『魔教』の場合も以前は『教主』と呼んでいたらしいのだが、数代前からはお上品ぶって香の文字を当て、雅やかに『香主』と呼ぶようになったのだ。
 
 ひとことで言うと、偉い。
 群れのボスみたいなものだ。

(しかし、爺様じいさまは私が父に封印されたのをご存じないのか)
 音繰オンソウはその事実に気付いた。
 
「それはそれとして、事情は聞かせてもらわねば、のう。何者に封印されたのか。その変貌へんぼうぶりはいかなる事情によるものか。おぬしが何をしたいと考えているのか」
 
 祖父音洋オンヤンは、音繰オンソウの行いをよく見ているようだった。
 その声がひとつひとつ、戻ってからの孫について語る――、
 
「『疯狂ファンクァン』の禁術研究処を訪ね、さらわれてきた正派の道士を逃がした。正派と仲良くするなどと言って、門下魔人らに身の振る舞い方や心の有り様を改めるように呼びかけている……」

 集う魔人たちの視線が、痛いほど感じられる。
 音繰オンソウはそれを意識しながら、にこりと微笑んだ。

 声は、祖父ほど響かせることができない。
 封印される前よりも弱々しい。
 力が衰えているのだということがはっきりとわかってしまう。
 
 けれど、音繰オンソウ青海シーブルーの瞳には以前は宿すことがなかった情熱とがある。
 
「ああ。。お爺様も、と思われるのですね?」

 祖父、音洋オンヤンが息を呑む。

(私には、情報があるのだ。祖父は正派に友人がいて正派との友好を望んでいる……間違いない)
 小説では、その望みは叶わなかったらしいが。
 
 祖父音洋オンヤンから言葉が返されるより先に、音繰オンソウは声を連ねた。

「まず、『正派が私を封印した』という噂は誤りです。そして、私は不在にしていた間、ただ封印されていたわけではありません」

 視界の端で憂炎ユーエンが「えっ? 正派じゃないの』って顔をしている。
(私は『まあ、そんなところかな』としか言ってないから、嘘ではない……)
 音繰オンソウは澄まし顔で話を続けた。
 
 皆が耳をそばだてる中、涼やかな言葉が続く。
 
「正派と邪派は、もとを辿ればひとつの九山派でした。それが、ちょっとした方針の違いで――より高みを目指すという目的地ゴールは同じなのに、そこに至るための手段、通過する道の方針で意見を違えて派閥が分かれたのです」

 この話は、異世界の小説で語られていた話で、現世で知る者はごく一部なのではないかと思われた。
 
 祖父、音洋オンヤンも驚いた様子である。

音繰オンソウよ、それをどこで知ったのか」

 ――そのような問いかけをするということはつまり、音繰オンソウの言葉が真実なのだ。
 
 居合わせた魔人たちが、静かに視線を交差させた。

「派閥というのは、人が集まればどうしたって出来るもの。今、魔教に出来ている旧派閥と新興派閥がまさに将来の正派と邪派となるわけです」

 音繰オンソウは淀みなく語り続けた。

「さて、この音繰オンソウ。封印されている間に未来を知りましてございます。それを知るには絶大な魔功を必要としたため、かくも消耗しているわけです」

 ――魔功うんぬんは嘘だが、自信たっぷりに言えば祖父も魔人たちも信じる様子だった。
 
「このままですと、将来、【】」

「――!!」 
 高らかに宣言すれば、場を張り詰めた空気が支配した。
 
 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。

N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ ※オメガバース設定をお借りしています。 ※素人作品です。温かな目でご覧ください。 表紙絵 ⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人 「後1年、か……」 レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

処理中です...