25 / 99
1章、悪役は覆水を盆に返したい。
24、覆水を盆に返す道。ワンコは桃饅がお好き。
しおりを挟む――雪霧を助けてから、数日。
垂雲が見事な空の広がる、野天修練場の端。
音繰は朱塗りの長机の上に竹製の丸いせいろを置いて、蓋を開けた。
中からほわほわ湯気があがる。
桃饅頭だ。
「桃花飯店の桃饅頭だよ。食べるだろ?」
木材の温かみのある椅子に落ち着いて弟弟子たちを見れば、泰宇と泰軒は同時にため息をついている。
「はあ……」
「ふぅ……」
理由は簡単――恋煩いだ。
「雪霧……会いたい……」
「魔人やめようかな……」
二人は雪霧に一目惚れして以来、すっかり恋の病に苦しんでいるのだった。
「会いに行けばいいじゃないか」
音繰は見かけるたびに言うのだが、二人は揃って首を振る。
「だって、敵同士ですぜ」
「オレたちは相容れない存在なんだ……」
悲壮感を漂わせて嘆く二人に、音繰は桃饅を差し出した。
「今度雪霧を誘って桃花飯店に行こうと考えているから、正派の感性から見て魅力的に映るようにアプローチするといいんじゃないかな」
自分でもひとつ手に取り、ぱくりと食む。
ほかほかの桃饅は可愛らしく、生地はふっくらとしていて、中の餡は優しい甘さで口の中を幸せにしてくれる。
「小香主様は、取り巻きと遊んでばかり」
「正派に封印されて力を失ったらしいから、遊ぶぐらいしかすることがないのでは?」
(おや。新興派閥とやら)
風に乗り、聞こえよがしの軽侮の声が聞こえてくる。
「無礼な! その暴言、聞き捨てならないぞ!」
「表へ出ろ!」
泰宇と泰軒が毛をぶわりと逆立て、気色ばむ。
今にも喧嘩を始めそうだ。
「いい。いいよ。言わせておくように」
音繰がぽふぽふと尻尾を揺らすのと、新興派閥の魔人たちがその場でサッと畏まるのは、同時だった。
「憂炎様!」
視線をやれば、悠々とした足取りの偉丈夫、憂炎が腹心の博文を連れてこちらに来るところだった。
「何を騒いでいる? 小香主様に無礼を申したのが聞こえたが?」
太陽石に似た瞳が不穏に煌めいて、周囲をはっきりと威圧する。
「も……申し訳ございません!」
新興派閥の魔人たちが頭を垂れ、口々に謝罪の言葉を発した。
「配下の連中はともかく、憂炎は師兄を一応立ててくれるみたいですね」
「敬語も敬称も使わないのが『立ててくれる』になるかあ?」
泰宇と泰軒が視線を交わし合い、そんなことを言っている。
「敬称はたまに使うだろ」
音繰の隣の椅子に端然と着席し、憂炎は『待て』を命じられたワンコのような顔で竹製せいろを見つめる。
「……」
(憂炎は、もしかして桃饅頭を食べたいのかな?)
そういえば、泰然に持て成された月餅も美味しそうに食べていた。
(そういえば、あれだけ長く近くにいたのに私は弟子の食べ物の好みひとつ把握していなかったのか)
音繰の胸に、なんともいえない申し訳なさがこみ上げた。
「憂炎、よかったらどうぞ」
音繰がせいろの桃饅頭を勧めると、憂炎は目に視えて嬉しそうな顔をした。
(この憂炎が魔教を滅ぼさなくてもいいやって気分になるには、どうしたらいいだろう。なんか、普通にこうしていると全然裏切りそうにないのだけれど)
美味しそうに桃饅頭を頬張る憂炎を見ながら、音繰は考えた。
(……ひとりで考えてもわからないことは、みんなにも相談しながら。まあ、『君、魔教を恨んでるよね? 恨みを晴らさないと気が済まない?』なんてストレートには聞けないけどさ)
異世界のライトノベルやアニメは、いつもそんな感じで仲間たちがいっしょになって同じゴールに向かっていて、それが音繰の心を熱くさせた。
だから音繰は、魔人たちにきいてみた。
「憂炎、それに、ここにいる全員に意見をききたいのだけれど、魔教が正派や外部の民から嫌われているところはどんなところだと思う? どんな風になったら、『悪』と呼ばれなくなって正派と仲良くやっていけるだろうか?」
――魔教の小香主が投げかけるにはあまりにおかしな問いかけに、ざわりと周囲がどよめいた。
「先日も、あの『白いの』にそんなことを言ってたな」
憂炎は低い声で呟いて、不思議な生き物に出くわしたみたいな顔で元師匠を見つめるのだった。
その口の端に餡が付いているのに気付いて、音繰は無意識に手を伸ばして指で拭い、ぺろりと舐めた。
「私は魔教のあり方を変えたい……、憂炎?」
呟く音繰が元弟子を見ると、憂炎はなぜか真っ赤になって固まっている。
その後ろでは博文が「憂炎様、お気を確かにっ」と悲鳴をあげて肩をゆすっていた。
10
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
こじらせΩのふつうの婚活
深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。
彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。
しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。
裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
上位種アルファと高値のオメガ
riiko
BL
大学で『高嶺のオメガ』とひそかに噂される美人で有名な男オメガの由香里。実際は生まれた時から金で婚約が決まった『高値のオメガ』であった。
18歳になり婚約相手と会うが、どうしても受け入れられない由香里はせめて結婚前に処女を失う決意をする。
だけどことごとくアルファは由香里の強すぎるフェロモンの前に気を失ってしまう。そんな時、強いアルファ性の先輩の噂を聞く。彼なら強すぎるフェロモンに耐えられるかもしれない!?
高嶺のオメガと噂される美人オメガが運命に出会い、全てを諦めていた人生が今変わりだす。
ヤンデレ上位種アルファ×美しすぎる高嶺のオメガ
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます、ご注意くださいませ。
お話、お楽しみいただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる