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1章、悪役は覆水を盆に返したい。

24、覆水を盆に返す道。ワンコは桃饅がお好き。

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 ――雪霧シュエウーを助けてから、数日。
 
 垂雲が見事な空の広がる、野天修練場の端。
 音繰オンソウは朱塗りの長机の上に竹製の丸いせいろを置いて、蓋を開けた。
 中からほわほわ湯気があがる。

 桃饅頭ももまんじゅうだ。
 
桃花飯店とうかはんてん桃饅頭ももまんじゅうだよ。食べるだろ?」
 木材の温かみのある椅子に落ち着いて弟弟子たちを見れば、泰宇タイユー泰軒タイエンは同時にため息をついている。
 
「はあ……」
「ふぅ……」
 
 理由は簡単――恋煩こいわずらいだ。

雪霧シュエウー……会いたい……」
「魔人やめようかな……」
 二人は雪霧シュエウーに一目惚れして以来、すっかり恋の病に苦しんでいるのだった。

「会いに行けばいいじゃないか」
 音繰オンソウは見かけるたびに言うのだが、二人はそろって首を振る。

「だって、敵同士ですぜ」
「オレたちは相容あいいれない存在なんだ……」

 悲壮感を漂わせて嘆く二人に、音繰オンソウは桃まんを差し出した。

「今度雪霧シュエウーを誘って桃花飯店とうかはんてんに行こうと考えているから、正派の感性から見て魅力的に映るようにアプローチするといいんじゃないかな」

 自分でもひとつ手に取り、ぱくりと食む。
 ほかほかの桃饅ももまんは可愛らしく、生地きじはふっくらとしていて、中のあんは優しい甘さで口の中を幸せにしてくれる。

「小香主様は、取り巻きと遊んでばかり」
「正派に封印されて力を失ったらしいから、遊ぶぐらいしかすることがないのでは?」

(おや。新興派閥とやら)
 風に乗り、聞こえよがしの軽侮けいぶの声が聞こえてくる。

「無礼な! その暴言、聞き捨てならないぞ!」
「表へ出ろ!」

 泰宇タイユー泰軒タイエンが毛をぶわりと逆立て、気色ばむ。
 今にも喧嘩を始めそうだ。 
 
「いい。いいよ。言わせておくように」
 音繰オンソウがぽふぽふと尻尾を揺らすのと、新興派閥の魔人たちがその場でサッとかしこまるのは、同時だった。

憂炎ユーエン様!」
 視線をやれば、悠々とした足取りの偉丈夫、憂炎ユーエンが腹心の博文ブォウェンを連れてこちらに来るところだった。

「何を騒いでいる? 小香主様に無礼を申したのが聞こえたが?」

 太陽石サンストーンに似た瞳が不穏に煌めいて、周囲をはっきりと威圧する。
 
「も……申し訳ございません!」
 新興派閥の魔人たちが頭を垂れ、口々に謝罪の言葉を発した。


「配下の連中はともかく、憂炎ユーエンは師兄を一応立ててくれるみたいですね」
「敬語も敬称も使わないのが『立ててくれる』になるかあ?」
 泰宇タイユー泰軒タイエンが視線を交わし合い、そんなことを言っている。
 
「敬称はたまに使うだろ」
 音繰オンソウの隣の椅子に端然と着席し、憂炎ユーエンは『待て』を命じられたワンコのような顔で竹製せいろを見つめる。

「……」

憂炎ユーエンは、もしかして桃饅頭を食べたいのかな?)
 そういえば、泰然タイランに持て成された月餅も美味しそうに食べていた。

(そういえば、あれだけ長く近くにいたのに私は弟子の食べ物の好みひとつ把握していなかったのか)
 音繰オンソウの胸に、なんともいえない申し訳なさがこみ上げた。

憂炎ユーエン、よかったらどうぞ」

 音繰オンソウがせいろの桃饅頭を勧めると、憂炎ユーエンは目に視えて嬉しそうな顔をした。

(この憂炎ユーエンが魔教を滅ぼさなくてもいいやって気分になるには、どうしたらいいだろう。なんか、普通にこうしていると全然裏切りそうにないのだけれど)
 美味しそうに桃饅頭を頬張る憂炎ユーエンを見ながら、音繰オンソウは考えた。
 
(……ひとりで考えてもわからないことは、みんなにも相談しながら。まあ、『君、魔教を恨んでるよね? 恨みを晴らさないと気が済まない?』なんてストレートには聞けないけどさ)
 
 異世界のライトノベルやアニメは、いつもそんな感じで仲間たちがいっしょになって同じゴールに向かっていて、それが音繰オンソウの心を熱くさせた。

 だから音繰オンソウは、魔人たちにきいてみた。
 
憂炎ユーエン、それに、ここにいる全員に意見をききたいのだけれど、魔教が正派や外部の民から嫌われているところはどんなところだと思う? どんな風になったら、『悪』と呼ばれなくなって正派と仲良くやっていけるだろうか?」
 
 ――魔教の小香主が投げかけるにはあまりにおかしな問いかけに、ざわりと周囲がどよめいた。
 
「先日も、あの『白いの』にそんなことを言ってたな」
 憂炎ユーエンは低い声で呟いて、不思議な生き物に出くわしたみたいな顔で元師匠を見つめるのだった。

 その口の端にあんが付いているのに気付いて、音繰オンソウは無意識に手を伸ばして指で拭い、ぺろりと舐めた。

「私は魔教のあり方を変えたい……、憂炎ユーエン?」

 呟く音繰オンソウが元弟子を見ると、憂炎ユーエンはなぜか真っ赤になって固まっている。
 その後ろでは博文ブォウェンが「憂炎ユーエン様、お気を確かにっ」と悲鳴をあげて肩をゆすっていた。
 
 
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