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1章、悪役は覆水を盆に返したい。
6、再会した元弟子の尻尾がモフモフだ。
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「小香主様……この二十余年、姿を晦ましていたと思えばこんなところに――さては『太祖老君の書』はあなたが燃やしたのですか!」
「……? 神仙がどうしたって?」
太祖老君というのは、実在するかどうかもわからない伝説上の神仙の名だ。
何かおかしな言いがかりをつけられている。太祖老君云々に、身に覚えがまったくない。
それにこの博文の言い分では、音繰は自分で勝手に行方不明になったみたいではないか。
「音繰――お前は、いや貴方はこんなところで何をしてるんだ。そんな岩の下……」
憂炎がまた自分を呼び捨てにしている。『お前』とも呼んだ。
前はバレバレながらも瞋恚の炎を胸の内に隠す気配があって、無礼な発言などはせず、従順で健気な弟子の振る舞いをしていたのに。
(私は、元弟子に嫌われてるなぁ)
音繰は寝ている間に過ぎた年月と、弟子の心境の変化を想った。
(まあ、二十余年だからな……変わるか……私も変わったし)
――それにしても、『こんなところで、なにをしてるんだ……そんな岩の下』とは。
(私が父に封印されたのだとは知らないようだけど、このシチュエーションはどう見ても封印されているではないか。わからないのかい、憂炎? 博文?)
「……はぁ……」
ため息が自然とこぼれる。
「!!」
そうすると、憂炎と博文は緊張を高めてサッと後ろに跳んで音繰から距離を取った。
(えぇ……? 私をなんだと思ってるんだ。そんなに危険物扱いする必要あるぅ……? 見るからに弱ってるだろ……)
音繰は内心で呆れつつ、元弟子である憂炎に助けを求めたのだった。
「憂炎、ちょうどいいところに来たね。別に困ってなんかいないけど、私の上にある岩を除けてくれても構わないよ」
あっ、なんだか微妙にツンデレ風――音繰は内心で自分に自分でツッコミをいれた。
憂炎は、海月の骨を眺めるような顔をして困惑の声を返してくる。
「い、今なんと仰った? 博文、今のが聞こえたか、私の聞き間違いだろうか? 師が私に妙な発言を……」
憂炎の朱華色の瞳は雄弁だ。
言葉よりもはっきりと『私の師匠は目の前にいるような、こんな生き物ではなかった』と語っている。
(驚いているね。その気持ちわかるよ。私も以前の自分を想い出すと、ちょっと冷たくてヤバイ感じだったなと今は反省しているんだ)
音繰は心の中で言葉を返しつつ、それを現実の声として相手に伝えるべきかどうかで悩んだ。
「その岩は――封印されているのか? どこかの正派道士にでもやられたのか……? お前ほどの魔人が」
「ま、まあ。そんなところかな」
本当は父にやられたのだが。
恐らく現在の父は、相変わらず魔教の香主で、かつ憂炎の現師匠の位置づけになっているに違いない。
そうすると、父にやられたとは言わないほうがいいだろう――きっと助かるものも助からなくなってしまう。
音繰はそんな思いを胸に、そっと目を逸らした。
「正派が……」
言葉を反芻する憂炎の背で尻尾の毛が一瞬、ぶわりと逆立った。
モフモフだ。
とても毛並みがいい――音繰は異世界で人間たちに可愛がられていた柴犬を思い出した。
(柴犬はのほほんとしていて、癒し系だよねぇ。ちょっとアホのコっぽい感じが、可愛いんだ)
音繰は、猫も好きだが犬も好きだ。
どちらも違った良さがある……片方だけなんて、選べない。
「……その顔はなんだ、音繰。そんな顔、初めて見る。一体御身に何が……こんなに弱って……」
元師匠がモフモフを思い出して萌えている顔を熱っぽく見つめて、憂炎の手が伸びてくる。
――ひさしぶりに接触する人膚は、熱かった。
顎をつかまれ、顔が寄せられる。
恐ろしいほど真剣な顔が、近い。
苛立ちのような憎しみのような――どろどろとした感情を、感じる。
「……無様だな、音繰。そんな姿に成り果てて、私に助けを求めるなんて」
口の端を歪めて笑う憂炎は、音繰がまったく知らない人物のような気配を纏っていた。
そういえば、一人称も変わっている。
(『私』とな。大人びていて、お上品じゃないか。ふーん。二十年前は『オレ』って言ってたのに)
――元弟子にこんな頼みをするのは格好悪い、情けない。無様だ。
と、そのように、異世界に染まった現在の音繰の感性でも思うのだ。
――ああ、負け犬だ。自分は負け犬なのだ。
音繰は眉を寄せ、なけなしの矜持を胸に自嘲気味に笑った。
(散々弟子時代にいびってやったからな。恨みつらみは、そりゃあもう、たっぷりとあるだろうね)
――これも、自業自得だ。
音繰は自虐的に笑い、冷めた声で言ってやった。
「ふふ、別に無理に助けなくても構わないよ? 私を殺したいのだろう――殺してもいいよ」
(なんだっけ、こういうの……『クッコロ』って言うのだっけ)
『クッコロ』は――異世界の漫画やアニメで見かけた。『くっ、殺せ』というのは女騎士とか高潔なキャラで、大体えっちなことになる……。
「……殺す……?」
憂炎が知らない単語に出会ったみたいな顔で言葉を繰り返して、ショックを受けたような顔をする。
「いや、殺さないが」
(あ、殺さないんだ? なら、助けてくれると嬉しいんだが? だめか? だめかな?)
「……!! 小香主様が絶世の美人とはきいていましたが……っ」
音繰が渇望を眼差しにこめて見上げれば、憂炎の隣にいた博文が軽く頬を染め、数秒の間うっとりと目を奪われてから、首を振る。
「くっ、かような上目遣いひとつで心が乱されるとは……これは、誘惑の術か……」
(いやいや、なにもしてないよ……)
どうも気の抜ける音繰だが、とりあえず憂炎は助けてくれるようだった。
「……? 神仙がどうしたって?」
太祖老君というのは、実在するかどうかもわからない伝説上の神仙の名だ。
何かおかしな言いがかりをつけられている。太祖老君云々に、身に覚えがまったくない。
それにこの博文の言い分では、音繰は自分で勝手に行方不明になったみたいではないか。
「音繰――お前は、いや貴方はこんなところで何をしてるんだ。そんな岩の下……」
憂炎がまた自分を呼び捨てにしている。『お前』とも呼んだ。
前はバレバレながらも瞋恚の炎を胸の内に隠す気配があって、無礼な発言などはせず、従順で健気な弟子の振る舞いをしていたのに。
(私は、元弟子に嫌われてるなぁ)
音繰は寝ている間に過ぎた年月と、弟子の心境の変化を想った。
(まあ、二十余年だからな……変わるか……私も変わったし)
――それにしても、『こんなところで、なにをしてるんだ……そんな岩の下』とは。
(私が父に封印されたのだとは知らないようだけど、このシチュエーションはどう見ても封印されているではないか。わからないのかい、憂炎? 博文?)
「……はぁ……」
ため息が自然とこぼれる。
「!!」
そうすると、憂炎と博文は緊張を高めてサッと後ろに跳んで音繰から距離を取った。
(えぇ……? 私をなんだと思ってるんだ。そんなに危険物扱いする必要あるぅ……? 見るからに弱ってるだろ……)
音繰は内心で呆れつつ、元弟子である憂炎に助けを求めたのだった。
「憂炎、ちょうどいいところに来たね。別に困ってなんかいないけど、私の上にある岩を除けてくれても構わないよ」
あっ、なんだか微妙にツンデレ風――音繰は内心で自分に自分でツッコミをいれた。
憂炎は、海月の骨を眺めるような顔をして困惑の声を返してくる。
「い、今なんと仰った? 博文、今のが聞こえたか、私の聞き間違いだろうか? 師が私に妙な発言を……」
憂炎の朱華色の瞳は雄弁だ。
言葉よりもはっきりと『私の師匠は目の前にいるような、こんな生き物ではなかった』と語っている。
(驚いているね。その気持ちわかるよ。私も以前の自分を想い出すと、ちょっと冷たくてヤバイ感じだったなと今は反省しているんだ)
音繰は心の中で言葉を返しつつ、それを現実の声として相手に伝えるべきかどうかで悩んだ。
「その岩は――封印されているのか? どこかの正派道士にでもやられたのか……? お前ほどの魔人が」
「ま、まあ。そんなところかな」
本当は父にやられたのだが。
恐らく現在の父は、相変わらず魔教の香主で、かつ憂炎の現師匠の位置づけになっているに違いない。
そうすると、父にやられたとは言わないほうがいいだろう――きっと助かるものも助からなくなってしまう。
音繰はそんな思いを胸に、そっと目を逸らした。
「正派が……」
言葉を反芻する憂炎の背で尻尾の毛が一瞬、ぶわりと逆立った。
モフモフだ。
とても毛並みがいい――音繰は異世界で人間たちに可愛がられていた柴犬を思い出した。
(柴犬はのほほんとしていて、癒し系だよねぇ。ちょっとアホのコっぽい感じが、可愛いんだ)
音繰は、猫も好きだが犬も好きだ。
どちらも違った良さがある……片方だけなんて、選べない。
「……その顔はなんだ、音繰。そんな顔、初めて見る。一体御身に何が……こんなに弱って……」
元師匠がモフモフを思い出して萌えている顔を熱っぽく見つめて、憂炎の手が伸びてくる。
――ひさしぶりに接触する人膚は、熱かった。
顎をつかまれ、顔が寄せられる。
恐ろしいほど真剣な顔が、近い。
苛立ちのような憎しみのような――どろどろとした感情を、感じる。
「……無様だな、音繰。そんな姿に成り果てて、私に助けを求めるなんて」
口の端を歪めて笑う憂炎は、音繰がまったく知らない人物のような気配を纏っていた。
そういえば、一人称も変わっている。
(『私』とな。大人びていて、お上品じゃないか。ふーん。二十年前は『オレ』って言ってたのに)
――元弟子にこんな頼みをするのは格好悪い、情けない。無様だ。
と、そのように、異世界に染まった現在の音繰の感性でも思うのだ。
――ああ、負け犬だ。自分は負け犬なのだ。
音繰は眉を寄せ、なけなしの矜持を胸に自嘲気味に笑った。
(散々弟子時代にいびってやったからな。恨みつらみは、そりゃあもう、たっぷりとあるだろうね)
――これも、自業自得だ。
音繰は自虐的に笑い、冷めた声で言ってやった。
「ふふ、別に無理に助けなくても構わないよ? 私を殺したいのだろう――殺してもいいよ」
(なんだっけ、こういうの……『クッコロ』って言うのだっけ)
『クッコロ』は――異世界の漫画やアニメで見かけた。『くっ、殺せ』というのは女騎士とか高潔なキャラで、大体えっちなことになる……。
「……殺す……?」
憂炎が知らない単語に出会ったみたいな顔で言葉を繰り返して、ショックを受けたような顔をする。
「いや、殺さないが」
(あ、殺さないんだ? なら、助けてくれると嬉しいんだが? だめか? だめかな?)
「……!! 小香主様が絶世の美人とはきいていましたが……っ」
音繰が渇望を眼差しにこめて見上げれば、憂炎の隣にいた博文が軽く頬を染め、数秒の間うっとりと目を奪われてから、首を振る。
「くっ、かような上目遣いひとつで心が乱されるとは……これは、誘惑の術か……」
(いやいや、なにもしてないよ……)
どうも気の抜ける音繰だが、とりあえず憂炎は助けてくれるようだった。
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