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1章、悪役は覆水を盆に返したい。

4、令和は突然やってくる。

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 封印された音繰オンソウは、狂気の果てに長い夢をみていた。

 夢の舞台は、ここではない異世界『地球』。
 日本という国、令和という時代。
 
 獣人がいなくて、呪術や魔術もない。
 科学技術が発達している――そんな世界だ。
 
 音繰オンソウは、その異世界で『高橋たかはし みなと』という名前の人物の人生を追いかけていた。

 視点はいわゆる神の視点、高橋たかはし みなとの近くである。
 背後霊みたいな感覚がイメージしやすいだろうか――外から見守る立ち位置で、みなとの人生をひたすらながめたのである。

 嬰児えいじから幼少期を経て、階段を順に登るような小学、中学、高校、大学、就職と進む人生のステージ……。

 その世界の日々は音繰オンソウの心を癒し、感性を染め替えるようだった。
 
 長生きの狂魔人の身でも、限界まで精神が追い詰められ虚無に陥った状態から人間が幼児から成人するまでの月日を全く異なる価値観の世界だけにひたしていれば、感性が少なからず影響を受けてしまうのも無理のないことで、音繰オンソウの心にはだんだんと変化が生じた。

 みなとが「だあ、だあ」と喋り、ハイハイをして、少しずつ言葉を覚えて、世の中を知っていく。
 それと伴うようにして、虚無しかなかった音繰オンソウの心が回復・再生し、成長するみなとと一緒に情緒が育っていく。
 
 物を感じる自分を認識する。
 自分と他人を感じる。
 世界を認識して、物を考える。

【ああ、ここに自分という存在がいる!】

 音繰オンソウは感動を覚えた。

【ああ、ここに他人という存在がいる!!】

 音繰オンソウは喜びを感じた。
 
 どんなに気に入らないと思う他者でも、誰もいない世界よりはよっぽどよかった。
 ああ、この人は生きている他人なのだ、自分と違う生き物なのだ――それを感じると、嬉しくて仕方がなかった。

【ああ、あとは私という存在を誰かにみてもらえたら、もっとよいのに】
 
 誰も音繰オンソウには気づかない。
 それだけは残念だった。
  
 亡霊のように他者の目に留まらず存在する音繰オンソウは、孤独を感じた。
 ……けれど洞窟にひとりでいる現実よりは、全然マシだった。
 
 不変の現実環境と違って、異世界環境には日々変化があった。
 そこに生きる人間たちは毎日同じ日常を繰り返すようでいて、家族や友人たちと日々を積み重ねての人間関係を築いていたし、湊が学ぶ学問の内容も階段を登るように少しずつ難しくなっていった。
 
 社会情勢も日々変わり、平和な世の中だと思っていたら戦争が起きたりもするのだ。
 離れた場所の出来事も、ネットの動画で観たり聞いたりすることができる。
 
 令和の世界には、情報が兎に角沢山あって、気を紛らわしてくれる娯楽もたっぷりあった。
 音繰オンソウが特に令和の世界で気に入ったのは、そこだ。

 みなとがよく読む漫画や、視聴する動画、アニメは、どれも面白かった。
 
 少年が主人公で努力して仲間と絆を深めて勝利するストーリーに音繰オンソウは大いにハマった。
 冒険、熱血、青春――そんなモノに胸が熱くなって、少年のようにワクワクどきどきして楽しんだ。
 
 ハーレム系――主人公がモテモテのストーリーでは魔人のくせに『主人公は罪深いな。相手の娘を勘違いさせるような思わせぶりな態度はほどほどにしないか』とツッコミをいれたり、『みんな可愛くて良い娘ではないか。こうなったら全員幸せにするしか……選ばれなかった娘が可哀想ではないか……っ』と感情移入しまくった。
 
 勘違い系――ポンコツな主人公が他人の視点で格好良いと称えられるストーリーには、『まるで憂炎ユーエンに虚勢を張って尊敬される私のようだ』と自嘲じちょうした。
 
 ざまぁ系――悪役を見返したり復讐ふくしゅうするストーリーでは、悪役憎しをこじらせて誰にも聞こえないのに悪役への罵詈雑言ばりぞうごんを画面に向かって浴びせ、『この悪役をざまぁするまで私は死ねない……』と没入した。
 
 ヤンキーものを楽しんだ日は、誰も話し相手がいないのに一人称を私から俺と変えて、ひとりでオラついてみたりもした――むなしかったので、すぐにやめた。

 また、音繰オンソウは小さくてふわふわした生き物を愛でる気持ちも理解した。
 動物好きのみなとは毎日のようにネットで可愛い動物の写真や動画を観ていて、それがどれも可愛いのだ。
 子猫、柴犬、小鳥、ハムスター、ペンギン、アルパカ、温泉に浸かったカピバラさん……音繰オンソウは自分の狼尾をふわふわと揺らして可愛い生き物にうっとりとした。
 
 
 そんな日常を積み重ねて、年月は過ぎる。
 みなとは大人になり、教師になった。

 学生たちに優しく語りかけるみなとは、初々しく一生懸命で、応援したくなる。
 それを見守る音繰オンソウの胸には、これまでの日々を思い出されていた。
 
(ああ、あの生まれたての子が、ぴったりと寄り添い見守り続けた子が。……教師になったのだなぁ……) 
 音繰オンソウの胸の奥に不思議な感動が湧いて、じーんとなった。

 ――親心みたいなものだろうか?

 とにかく、冷酷れいこくな魔人の心はその二十余年でジャパニーズカルチャーに染まり。
 音繰オンソウは令和の倫理観をそれなりに理解して、人間らしいあったかな情緒を抱いたのである。
 
 しかし、夢は突然終わりを迎えた。

「……?」
 こんこんと眠っていた音繰オンソウの意識が、ある時ふっと現実に目覚めさせられたので。

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