板チョコになっても、愛してる~本を介して無言の逢瀬を繰り返す僕たちが最後のページを迎えるまで

浅草ゆうひ

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 ぱらり、ぺらり。
 本のページをめくる日々は、それでも続いた。

 ためらいながらページをめくると、板チョコの姿をした彼はピョンピョン跳ねて、全身で喜びをあらわしてくれる。
 僕が迷えば迷うほど彼は大袈裟な動きをするようになっていく。

 わかってるんだ。きっと。
 伝わってるんだ。僕の迷い。

 
 ――ああ、もう、あの格好良い彼の姿も思い出せなくなってしまいそうだ。
 
 
 僕はギュッと目を閉じた。
 真っ暗な視界には、彼がいない。
 でも、僕が見ていなくてもきっと彼は一生懸命、僕とコミュニケーションしようと頑張っている。僕を楽しませようとしてくれている。

 そっと目を開けると――ほら、やっぱり。すごく頑張っているのが、わかるんだ。
 揺れる板チョコは可愛くて、

「ごめん、ね……っ」

 言っても、聞こえないのに。
 僕は言わずにいられなかった。

 
「君が頑張ってる姿、好きだよ」

「君が好きだよ」

 
 ――僕、最後まで、君を愛していたい。
 君のことが好きだよって本心から言える僕でいたい。
 
 
 本のページは、あと少し。

 僕は震える手で残りのページ数を指で数えて、彼との残り日数を大切に過ごすことにした。
 
「僕たち、きっともうすぐ、終わりだね」

 きっともう、この日々は終わるのだ。
 そう思うと、切なくて、辛くて、寂しくて、悲しくて。
 ……僕は、彼が自分にとって、とても大切な存在なのだと感じた。

「僕、君と別れたくない。別れたく、ないよ。チョコの姿でも、なんでも。……僕、君が」

 ――好きだ。

「好きだ。好きだよ。愛してるよ。どんな君でも、僕は、ちゃんと愛せる」
 
 わかった。
 それが、わかったんだ。
 
 ゆるぎない愛情を見つけた僕は、それを胸の中ですくすくと育てながら彼との残り時間を過ごした。

 本をブックスタンドに置いて固定し、狭い部屋の中で体を揺らしたり、ジャンプしたりした。
 そうすると、彼は歓んでくれたようで、一緒になって同じような動きをしてくれた。

「楽しい」

 一緒にダンスをしてるみたいだ。
 
「楽しいね」
 言葉も、外見も、いらない。
 触れ合えなくても、残り時間があと少しでも。

 ――――彼と過ごす時間は、楽しかった。
 

「あと7日……」

「あと5日……」
 
「あと3日……」 

「あと2日……」

「……あと1日」

 そして、最後のページをめくる日がやってきた。

 

 
「あ、れ……」

 最後のページをめくっても、彼はあらわれなかった。
 代わりに、普通の本みたいに、文字が書いてあった。

 
 そこには、今までの相手の気持ちが書いてあった。

 『本をひらくと、想い人に会える』
 
 『黒い髪も、黒い瞳も、大人しそうな雰囲気も、すきだ』

 僕の外見が好みだと、書いてある。

 『明日も会えるかな』

 同じことを考えていた。

 『声を聞いてみたいな』

 そういえば、僕もそんなことを思っていたんだった。最初のころは。

 『一生懸命ジェスチャーしてくれていて、可愛い』

 『ちょっと恥ずかしそうにしているのが、可愛い』

 『オレの変顔にびっくりして、笑ってくれた!』
 
 『突然、チョコレートになってしまった』

 嬉しいようなくすぐったいような気分で読んでいた僕は、続きを見て息を呑んだ。
 
「あ……」

 『チョコレートになっても、俺は彼が好きだ。絶対だ』

 『俺もチョコレートに見えているのか?』

 『俺のことが好きだという気持ちが冷めてしまったりしないだろうか』

 『そういえば、俺たちは互いを深くしらないな』

 『よく知ってみたら、幻滅されたりする可能性もあるんだな……』
 
 そこには、そこには……僕と同じような不安や葛藤がつづられていた。彼もまた、僕と同じ気持ちだったのだ。

 『本のページはもうすぐ尽きる』

 『怖い』

 『でも、会いたい。会いたくて、仕方ない』

「……」
 
 彼は、それでも僕に会いたい、好きだと思ってくれていた。

 『彼を愛したい。愛したい。彼がどんな姿でも、愛せる。彼をずっとずっと、愛している――――会いたい』


「僕も」

 僕は、無音の世界に声を響かせた。

「僕も好きだよ。僕も、愛してるよ。僕も…………会いたいよ……!!」


 叫んだ瞬間、パァッと本が光り輝いた。

 眩しい。
 真っ白に染まった世界に目をギュッと瞑って――――気付けば、彼が本のページにいて、手をこちらに差し伸べていた。
 久しぶりに見る、人間の姿の彼だ。


 会えた。
 彼に、会えた。
  
 僕が夢中で本に手を伸ばすと、指先が触れる感触がした。リアルな感じだ。本物の人間みたいだ。彼が手を握ってくれる。
 不思議だ。僕たち、手を握ってる。

 くい、と手を引かれて、僕はするっと何かを越えた。

「あ…………」
 
 気づけば、僕たちは抱き合っていた。
 息遣いを感じる。匂いがわかる。体温があたたかい。
 
 ここは、ここは――――彼の部屋? 彼の世界? 僕は本の中に入ったんだろうか?
 ううん――そんなこと、いい。それよりも、今、目の前にいる彼が……愛しい。
 

「名前、知りたい……」

 呟くと、声が返ってくる。

「オレは、フェイト」

 ああ、初めて聞いた。
 こんな声をしてるんだ。こんな風に喋るんだ。
 フェイトって名前なんだ。

「……僕は、ソラ」

 
 見つめ合う距離が、近い。
 吐息を感じる――生きている。
 そっと頬に手が添えられて、顔がさらに近づいてくる。

 鼻先が擦れて、笑みの形をした唇が僕の唇に寄せられて。
 幸せな気持ちで目を瞑ると、小鳥がついばむみたいな可愛らしくて甘酸っぱいキスをしてくれる。


 ……はじめてのキスだ。

「最後のページ、読んだ」
「僕もだよ」

 唇を離して熱っぽく甘ったるく言葉を交わして、僕たちは改めて想いを伝え合った。

 
「ソラ、君のことが好きだよ」
「フェイト……僕も、――――君が好き」
 
 
 こうして、僕たちは、触れ合って、言葉を交わせる恋人同士になったのだった。
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