3 / 4
2、
しおりを挟む
ぱらり、ぺらり。
本のページをめくる日々は、それでも続いた。
ためらいながらページをめくると、板チョコの姿をした彼はピョンピョン跳ねて、全身で喜びをあらわしてくれる。
僕が迷えば迷うほど彼は大袈裟な動きをするようになっていく。
わかってるんだ。きっと。
伝わってるんだ。僕の迷い。
――ああ、もう、あの格好良い彼の姿も思い出せなくなってしまいそうだ。
僕はギュッと目を閉じた。
真っ暗な視界には、彼がいない。
でも、僕が見ていなくてもきっと彼は一生懸命、僕とコミュニケーションしようと頑張っている。僕を楽しませようとしてくれている。
そっと目を開けると――ほら、やっぱり。すごく頑張っているのが、わかるんだ。
揺れる板チョコは可愛くて、
「ごめん、ね……っ」
言っても、聞こえないのに。
僕は言わずにいられなかった。
「君が頑張ってる姿、好きだよ」
「君が好きだよ」
――僕、最後まで、君を愛していたい。
君のことが好きだよって本心から言える僕でいたい。
本のページは、あと少し。
僕は震える手で残りのページ数を指で数えて、彼との残り日数を大切に過ごすことにした。
「僕たち、きっともうすぐ、終わりだね」
きっともう、この日々は終わるのだ。
そう思うと、切なくて、辛くて、寂しくて、悲しくて。
……僕は、彼が自分にとって、とても大切な存在なのだと感じた。
「僕、君と別れたくない。別れたく、ないよ。チョコの姿でも、なんでも。……僕、君が」
――好きだ。
「好きだ。好きだよ。愛してるよ。どんな君でも、僕は、ちゃんと愛せる」
わかった。
それが、わかったんだ。
ゆるぎない愛情を見つけた僕は、それを胸の中ですくすくと育てながら彼との残り時間を過ごした。
本をブックスタンドに置いて固定し、狭い部屋の中で体を揺らしたり、ジャンプしたりした。
そうすると、彼は歓んでくれたようで、一緒になって同じような動きをしてくれた。
「楽しい」
一緒にダンスをしてるみたいだ。
「楽しいね」
言葉も、外見も、いらない。
触れ合えなくても、残り時間があと少しでも。
――――彼と過ごす時間は、楽しかった。
「あと7日……」
「あと5日……」
「あと3日……」
「あと2日……」
「……あと1日」
そして、最後のページをめくる日がやってきた。
「あ、れ……」
最後のページをめくっても、彼はあらわれなかった。
代わりに、普通の本みたいに、文字が書いてあった。
そこには、今までの相手の気持ちが書いてあった。
『本をひらくと、想い人に会える』
『黒い髪も、黒い瞳も、大人しそうな雰囲気も、すきだ』
僕の外見が好みだと、書いてある。
『明日も会えるかな』
同じことを考えていた。
『声を聞いてみたいな』
そういえば、僕もそんなことを思っていたんだった。最初のころは。
『一生懸命ジェスチャーしてくれていて、可愛い』
『ちょっと恥ずかしそうにしているのが、可愛い』
『オレの変顔にびっくりして、笑ってくれた!』
『突然、チョコレートになってしまった』
嬉しいようなくすぐったいような気分で読んでいた僕は、続きを見て息を呑んだ。
「あ……」
『チョコレートになっても、俺は彼が好きだ。絶対だ』
『俺もチョコレートに見えているのか?』
『俺のことが好きだという気持ちが冷めてしまったりしないだろうか』
『そういえば、俺たちは互いを深くしらないな』
『よく知ってみたら、幻滅されたりする可能性もあるんだな……』
そこには、そこには……僕と同じような不安や葛藤がつづられていた。彼もまた、僕と同じ気持ちだったのだ。
『本のページはもうすぐ尽きる』
『怖い』
『でも、会いたい。会いたくて、仕方ない』
「……」
彼は、それでも僕に会いたい、好きだと思ってくれていた。
『彼を愛したい。愛したい。彼がどんな姿でも、愛せる。彼をずっとずっと、愛している――――会いたい』
「僕も」
僕は、無音の世界に声を響かせた。
「僕も好きだよ。僕も、愛してるよ。僕も…………会いたいよ……!!」
叫んだ瞬間、パァッと本が光り輝いた。
眩しい。
真っ白に染まった世界に目をギュッと瞑って――――気付けば、彼が本のページにいて、手をこちらに差し伸べていた。
久しぶりに見る、人間の姿の彼だ。
会えた。
彼に、会えた。
僕が夢中で本に手を伸ばすと、指先が触れる感触がした。リアルな感じだ。本物の人間みたいだ。彼が手を握ってくれる。
不思議だ。僕たち、手を握ってる。
くい、と手を引かれて、僕はするっと何かを越えた。
「あ…………」
気づけば、僕たちは抱き合っていた。
息遣いを感じる。匂いがわかる。体温があたたかい。
ここは、ここは――――彼の部屋? 彼の世界? 僕は本の中に入ったんだろうか?
ううん――そんなこと、いい。それよりも、今、目の前にいる彼が……愛しい。
「名前、知りたい……」
呟くと、声が返ってくる。
「オレは、フェイト」
ああ、初めて聞いた。
こんな声をしてるんだ。こんな風に喋るんだ。
フェイトって名前なんだ。
「……僕は、ソラ」
見つめ合う距離が、近い。
吐息を感じる――生きている。
そっと頬に手が添えられて、顔がさらに近づいてくる。
鼻先が擦れて、笑みの形をした唇が僕の唇に寄せられて。
幸せな気持ちで目を瞑ると、小鳥がついばむみたいな可愛らしくて甘酸っぱいキスをしてくれる。
……はじめてのキスだ。
「最後のページ、読んだ」
「僕もだよ」
唇を離して熱っぽく甘ったるく言葉を交わして、僕たちは改めて想いを伝え合った。
「ソラ、君のことが好きだよ」
「フェイト……僕も、――――君が好き」
こうして、僕たちは、触れ合って、言葉を交わせる恋人同士になったのだった。
本のページをめくる日々は、それでも続いた。
ためらいながらページをめくると、板チョコの姿をした彼はピョンピョン跳ねて、全身で喜びをあらわしてくれる。
僕が迷えば迷うほど彼は大袈裟な動きをするようになっていく。
わかってるんだ。きっと。
伝わってるんだ。僕の迷い。
――ああ、もう、あの格好良い彼の姿も思い出せなくなってしまいそうだ。
僕はギュッと目を閉じた。
真っ暗な視界には、彼がいない。
でも、僕が見ていなくてもきっと彼は一生懸命、僕とコミュニケーションしようと頑張っている。僕を楽しませようとしてくれている。
そっと目を開けると――ほら、やっぱり。すごく頑張っているのが、わかるんだ。
揺れる板チョコは可愛くて、
「ごめん、ね……っ」
言っても、聞こえないのに。
僕は言わずにいられなかった。
「君が頑張ってる姿、好きだよ」
「君が好きだよ」
――僕、最後まで、君を愛していたい。
君のことが好きだよって本心から言える僕でいたい。
本のページは、あと少し。
僕は震える手で残りのページ数を指で数えて、彼との残り日数を大切に過ごすことにした。
「僕たち、きっともうすぐ、終わりだね」
きっともう、この日々は終わるのだ。
そう思うと、切なくて、辛くて、寂しくて、悲しくて。
……僕は、彼が自分にとって、とても大切な存在なのだと感じた。
「僕、君と別れたくない。別れたく、ないよ。チョコの姿でも、なんでも。……僕、君が」
――好きだ。
「好きだ。好きだよ。愛してるよ。どんな君でも、僕は、ちゃんと愛せる」
わかった。
それが、わかったんだ。
ゆるぎない愛情を見つけた僕は、それを胸の中ですくすくと育てながら彼との残り時間を過ごした。
本をブックスタンドに置いて固定し、狭い部屋の中で体を揺らしたり、ジャンプしたりした。
そうすると、彼は歓んでくれたようで、一緒になって同じような動きをしてくれた。
「楽しい」
一緒にダンスをしてるみたいだ。
「楽しいね」
言葉も、外見も、いらない。
触れ合えなくても、残り時間があと少しでも。
――――彼と過ごす時間は、楽しかった。
「あと7日……」
「あと5日……」
「あと3日……」
「あと2日……」
「……あと1日」
そして、最後のページをめくる日がやってきた。
「あ、れ……」
最後のページをめくっても、彼はあらわれなかった。
代わりに、普通の本みたいに、文字が書いてあった。
そこには、今までの相手の気持ちが書いてあった。
『本をひらくと、想い人に会える』
『黒い髪も、黒い瞳も、大人しそうな雰囲気も、すきだ』
僕の外見が好みだと、書いてある。
『明日も会えるかな』
同じことを考えていた。
『声を聞いてみたいな』
そういえば、僕もそんなことを思っていたんだった。最初のころは。
『一生懸命ジェスチャーしてくれていて、可愛い』
『ちょっと恥ずかしそうにしているのが、可愛い』
『オレの変顔にびっくりして、笑ってくれた!』
『突然、チョコレートになってしまった』
嬉しいようなくすぐったいような気分で読んでいた僕は、続きを見て息を呑んだ。
「あ……」
『チョコレートになっても、俺は彼が好きだ。絶対だ』
『俺もチョコレートに見えているのか?』
『俺のことが好きだという気持ちが冷めてしまったりしないだろうか』
『そういえば、俺たちは互いを深くしらないな』
『よく知ってみたら、幻滅されたりする可能性もあるんだな……』
そこには、そこには……僕と同じような不安や葛藤がつづられていた。彼もまた、僕と同じ気持ちだったのだ。
『本のページはもうすぐ尽きる』
『怖い』
『でも、会いたい。会いたくて、仕方ない』
「……」
彼は、それでも僕に会いたい、好きだと思ってくれていた。
『彼を愛したい。愛したい。彼がどんな姿でも、愛せる。彼をずっとずっと、愛している――――会いたい』
「僕も」
僕は、無音の世界に声を響かせた。
「僕も好きだよ。僕も、愛してるよ。僕も…………会いたいよ……!!」
叫んだ瞬間、パァッと本が光り輝いた。
眩しい。
真っ白に染まった世界に目をギュッと瞑って――――気付けば、彼が本のページにいて、手をこちらに差し伸べていた。
久しぶりに見る、人間の姿の彼だ。
会えた。
彼に、会えた。
僕が夢中で本に手を伸ばすと、指先が触れる感触がした。リアルな感じだ。本物の人間みたいだ。彼が手を握ってくれる。
不思議だ。僕たち、手を握ってる。
くい、と手を引かれて、僕はするっと何かを越えた。
「あ…………」
気づけば、僕たちは抱き合っていた。
息遣いを感じる。匂いがわかる。体温があたたかい。
ここは、ここは――――彼の部屋? 彼の世界? 僕は本の中に入ったんだろうか?
ううん――そんなこと、いい。それよりも、今、目の前にいる彼が……愛しい。
「名前、知りたい……」
呟くと、声が返ってくる。
「オレは、フェイト」
ああ、初めて聞いた。
こんな声をしてるんだ。こんな風に喋るんだ。
フェイトって名前なんだ。
「……僕は、ソラ」
見つめ合う距離が、近い。
吐息を感じる――生きている。
そっと頬に手が添えられて、顔がさらに近づいてくる。
鼻先が擦れて、笑みの形をした唇が僕の唇に寄せられて。
幸せな気持ちで目を瞑ると、小鳥がついばむみたいな可愛らしくて甘酸っぱいキスをしてくれる。
……はじめてのキスだ。
「最後のページ、読んだ」
「僕もだよ」
唇を離して熱っぽく甘ったるく言葉を交わして、僕たちは改めて想いを伝え合った。
「ソラ、君のことが好きだよ」
「フェイト……僕も、――――君が好き」
こうして、僕たちは、触れ合って、言葉を交わせる恋人同士になったのだった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
魔性の男は純愛がしたい
ふじの
BL
子爵家の私生児であるマクシミリアンは、その美貌と言動から魔性の男と呼ばれていた。しかし本人自体は至って真面目なつもりであり、純愛主義の男である。そんなある日、第三王子殿下のアレクセイから突然呼び出され、とある令嬢からの執拗なアプローチを避けるため、自分と偽装の恋人になって欲しいと言われ─────。
アルファポリス先行公開(のちに改訂版をムーンライトノベルズにも掲載予定)
シャルルは死んだ
ふじの
BL
地方都市で理髪店を営むジルには、秘密がある。実はかつてはシャルルという名前で、傲慢な貴族だったのだ。しかし婚約者であった第二王子のファビアン殿下に嫌われていると知り、身を引いて王都を四年前に去っていた。そんなある日、店の買い出しで出かけた先でファビアン殿下と再会し──。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

王子様のご帰還です
小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。
平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。
そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。
何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!?
異世界転移 王子×王子・・・?
こちらは個人サイトからの再録になります。
十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。
置き去りにされたら、真実の愛が待っていました
夜乃すてら
BL
トリーシャ・ラスヘルグは大の魔法使い嫌いである。
というのも、元婚約者の蛮行で、転移門から寒地スノーホワイトへ置き去りにされて死にかけたせいだった。
王城の司書としてひっそり暮らしているトリーシャは、ヴィタリ・ノイマンという青年と知り合いになる。心穏やかな付き合いに、次第に友人として親しくできることを喜び始める。
一方、ヴィタリ・ノイマンは焦っていた。
新任の魔法師団団長として王城に異動し、図書室でトリーシャと出会って、一目ぼれをしたのだ。問題は赴任したてで制服を着ておらず、〈枝〉も持っていなかったせいで、トリーシャがヴィタリを政務官と勘違いしたことだ。
まさかトリーシャが大の魔法使い嫌いだとは知らず、ばれてはならないと偽る覚悟を決める。
そして関係を重ねていたのに、元婚約者が現れて……?
若手の大魔法使い×トラウマ持ちの魔法使い嫌いの恋愛の行方は?

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

【完結済】王子を嵌めて国中に醜聞晒してやったので殺されると思ってたら溺愛された。
うらひと
BL
学園内で依頼をこなしていた魔術師のクリスは大物の公爵の娘からの依頼が入る……依頼内容は婚約者である王子からの婚約破棄!!
高い報酬に目が眩んで依頼を受けてしまうが……18Rには※がついています。
ムーン様にも投稿してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる