板チョコになっても、愛してる~本を介して無言の逢瀬を繰り返す僕たちが最後のページを迎えるまで

浅草ゆうひ

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 喉を潤すために用意したホットココアの香りが、甘い。
 マグカップはお気に入りのネコの柄で、ほわほわと湯気をあげる光景の日常感に安堵しながら、僕は非日常の象徴みたいな本をひらく。
 ……恋人に会うために。
 
 ――――僕の恋人は、本の中にいる。
 
 本は、大きくて分厚い、鈍器とかお弁当箱とか言われるタイプの本だ。
 抱えると、ずっしりとした重さを感じる本だ。
 大学教授だった亡き祖父の部屋から出てきたこの本は、タイトル不明。
 見たことのない文字で書いてあるのだ。
 
 分厚い本をひらくと、本のページの中に彼がやってくる。感覚としては、ビデオ通話に近い。
 
 彼は僕を見て、嬉しそうに手を振ってくれた。笑顔は、すごく爽やかなイケメンって感じ。
 髪はキラキラ輝く自然な金髪で、瞳は青い。
 着ている服は、コスプレみたいだ。西洋ファンタジー風とでもいうのか。騎士みたいな。最初のうちはコスプレが趣味の外国人だと思っていたけれど、最近ではいわゆる「異世界人」というやつじゃないかと思い始めてる。だって、本の中にいるのだし。

「こんにちは。今日も、あなたに会いたくて本をひらきました」
 僕は声に出してそう言った。

 彼は首をかしげている。声は聞こえていないのだ。

 ぱくぱくと口を動かして、彼もまた何かを話してくれる。
 でも、僕にその声は聞こえない。お互いに、相手の声は聞こえないのだ。

 でも、僕たちは恋人同士だ。
 
 僕は本をゴソゴソと固定して両手でハートの形をつくった。
 すると、相手も頷いてハートをつくってくれて、投げキッスをしてくれる。
 愛情を伝え合うみたいにジェスチャーをしあって、お互いニコニコして、またね、と手を振って本のページを閉じる。

 一度ひらいたページをひらいても、この交流はできない。見開きの1、2ページをひらいて交流したら、また会うためには3、4ページに進まないといけない。
 3、4ページをひらいて交流したあとで1、2ページに戻っても、彼とは会えない。彼に会うためには、必ず前回会ったときの次のページをめくらないといけないのだ。

 名前も知らない。
 素性もわからない。
 
 ――――本のページを介した、身振り手振りだけの関係。

 ……これが、僕たちの恋愛だ。
 
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