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2章、黒豹の王子と惑乱の妖狐

44、白き雲の伸びる先、アオテアロアの遺跡

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「遺跡までは、トロッコで行こう」 
 風や光を近くに感じながら、移ろわぬ常夏の絶景を往く。
 断崖絶壁を下にみて、絶壁を打つ波の白い海を見下ろしながら、鮮やかで華やかな花咲く木々のトンネルを通過する。
 そこで追いかけてくる獣らに気付いて振り返り、同時に進路側に目的地が視えて、潮風の中で息をつく。



   44、白き雲の伸びる先、アオテアロアの遺跡

 多尾狐らがアオテアロア白き雲の伸びる先の遺跡の入り口で騒いでいる。
 ケアヌの声で妖狐の君が語るのは、妖精たちの勢力図。
 人間が土地を巡って争うように、妖精もまた争うのだという。
 
「南の海、つよき古妖精イシュメル・ララの眷属にかこまれて、島の妖狐は孤立していた。しかし、我らの同族は東方クレストフォレスにもいる――大陸に渡って同族と友誼を結びたいと思う者は昔から多いのだ。また、人間とのかかわり方についても、上位種として力で支配するという意見と友好的な隣人として接するという意見とがかねてより対立している」

 妖狐の君と一尾狐らが友好的な眼をみせて、納得しない様子の多尾狐を抑えている。

「なあ、なあ。妖狐たち。俺は人魚と友誼を結んだ。人魚との約束は守らねばならぬので、杯はやれないのだが、海をお前たちが通るのを許してくれるようお願いすることならできると思うのだ。もともとアロブールの人間は船で大陸と行き来もしている。お前たちが大陸の同族と交流したいというなら、俺はお前たちを支援するよ」

 アウティー王子がそう語り駆ければ、妖狐の何匹かが心を動かされた様子で目を向けた。

「ふうむ。俺のみた未来では、妖狐の君がアウティー殿下を弑して島を滅ぼしてしまい、さらに妖狐は大陸妖精たちの祝祭とやらに乱入して暴れたり、空に飛んで行ったりしていたのだ」
 サミルは夢と雰囲気を変えた妖狐の君をみて肩の力を抜いた。
「未来が変わりそうなら、なにより」

 
 アウティー王子と一行がひんやりとした空気の鍾乳洞を進む。
 吸い込まれそうな蒼白い空間は、自然がつくりあげた神秘に満ちた綺麗で神聖な雰囲気のある場所だった。

 透明度が高いエメラルドグリーンの地底湖のある場所は、光が反射して天井が緑にみえる。
 人工のあかりに薄ぼんやりと照らし出される光景は、幻想的の一言。

「涼しいし、いいね」
「お前はそういや北の出身だったな」
 気持ちよさそうに伸びをするハルディアに、サミルは気づかわし気な眼差しを向けた。
「暑いのは苦手だったか」
「苦手だね……」
 くしゃりと苦笑する顔は、けれどすぐに悪戯小僧のように楽し気になった。
「俺のことを気にしてくれるのが、嬉しい」
「お前はそういうのをストレートに言うんだ」
 自然と手が伸びる。
 頬に手を当てて一瞬絡む眼は、吸い込まれるような美しい色をしていた。
 そのままキスをしたくなって、「さすがに今はどうか」と手を離す。
 すると、爽やかな風が掠めたようにサッと頬に唇が寄せられて、小鳥がついばむようなキスが落とされて、何もなかったみたいに離れていく。
「……♪」
 機嫌のよさそうな青年の鼻歌が調子はずれに響いて、サミルは肩をすくめた。
「悪戯小僧め」
「その年上ぶるのやめない?」
「じゃあ、お兄ちゃんって呼んでやろうか……っと」
 思わず以前とおなじノリで言い返してそっと口を噤むのは、アウティー王子を気遣って。
 気遣われたアウティー王子は楽しそうにニコニコと二人を見ていた。
「仲の良いのはいいことじゃ! まわりも釣られて楽しくなるけえ、もっとやれ。あまり濃厚に致されると反応に困るかもしれんが、まあそれもよし」
「いいのかよ」
 ハルディアがツッコミを入れている。
 ――なんだかんだ、この二人も仲良くなれそうな雰囲気だった。


 途中は水中を膝まで浸かって細い道を進む。
 水の流れに逆らうように進む人の支えとなるのは、水流で削られたような険しい形の壁だった。

 天井から伸びたつららのような鍾乳石は、ストローと呼ばれていて、一滴一滴ぴしゃんぴちゃんと水が滴る。
 水に溶けた石灰が棚田めいて層を重ねる地面をおそるおそる踏んで、天然の彫刻のような巨大な像のような成形の壁に囲まれた扉の前に辿り着く。

 白灰色の扉は硬質で、無機質で、冷たい印象があった。
 アウティー王子が扉の前に立つと、真ん中から割れて左右に扉がひいて、内部へと招き入れるようだった。

 歩む左右の壁に経年を感じさせる壁画が並んでいるのをみつけて、サミルはメモを取った。
「壁画があるな……さて、俺はこれも仕事なんだ」
 ――中央の『石ころさん』は、この壁画の物語をご所望なのだ。
「手伝うかい」
 ハルディアが一緒になってメモを取る。
「俺は左側をメモするからさ」
「じゃ、俺は右側」

 アウティー王子はそんな二人に目を細め、「二度とは訪れぬ場所だろうし、ゆっくりいくか」と呟いて自身も周囲に視線を巡らせるのだった。

 羽根の生えた人間たちが、雲の上に描かれている。
 たくさんの竜がそんな人間たちと共にいる。

 神々の議論する様子が描かれている。
 黒いローブ姿をした男神が杖をかざし、稲妻のような光が羽根の生えた人間たちを滅ぼしていく。
 
 堅く目を閉じてぐったりとする幼子を抱いた女神が、男神になにかもの申している。

 女神が手をあげて、滅ぼされた雲の上の魂が地上へと降りて、それを源にあらたな生命が芽吹いていく――。
 
「このような神話はきいたことがないな」
「俺も」 
 神話物語をおもわせる続き絵に感想をこぼしながら、最奥に進む。

 またひとつ扉があって、アウティー王子が前に立ち、中へ入る。
 四角く切り出されたような部屋は、そこで遺跡が終わりなのだと告げていた。
 ――そこには天井からぴしゃりぴしゃりと滴る水を受け、溢れさせる杯があった。

「代々、王家を継ぐ者はここで杯の水を飲む。俺はこれを人魚のイシュメル・ララに渡す……」
 アウティー王子はそう言って、杯を取った。
「飲まずに?」
 ハルディアが素直な声を響かせている。
「よくわかりませんが、ひとくち飲んでから渡すのはいかがでしょう?」
 そういう儀式だというなら、自身の気持ちにけじめをつけるような意味合いでもしきたり通りにしてはどうだろうか。
 サミルはそう提案した。 
 
「これは対価なのだから、俺はそのまま手つかずで渡そうと思う。対外的には、俺がこれを飲んだと言えば、それでいいんじゃなかろうか。本当に飲んだかどうかなど、ここにいる皆しか知り得ぬことだし」
 アウティー王子はそう言って杯を大切そうに仕舞い、遺跡を後にしたのだった。
 

 鍾乳洞の外に出ると、妖狐たちが大人しくなって待っていた。
 人魚たちが待つ海に向かって海に杯を掲げると、人魚たちを従えたイシュメル・ララが嬉しそうに歌をつむいでそれを受け取る。
 
 北の方角からはちょうどアイザールからの『押し付け支援』船団がやってくるところだった。

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