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2章、黒豹の王子と惑乱の妖狐

28、ラグーン、水上バンガロー、馬鹿王子!

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 足跡を砂地につけて鳥が走る。

 背に人間を乗せた鳥は、そらは飛べぬが脚は達者で、すたこらせっせと走るさまは、大自然と共にのびのびと生きる生き物ならではの、素朴で力強い生命の魅力を感じさせる。
 クエッと鳴く声は愛嬌たっぷり、人によく懐いた黒い瞳は優しくて、草むらで赤いくちばしのタカヘ鳥が見守る中、走るのが楽しくて仕方ないといった様子で道を往く――
 

   28、ラグーン、水上バンガロー、馬鹿王子!

 赤いアロアロハイビスカスの花が揺れる中、巨鳥モアを借りて乗せてもらうと、視界がぐんと高くなる。
 前に抱える子狐が爪をたててちょこんと服にしがみつくのが庇護欲をそそる。

「よし、よし。落とさぬよう気を付けるからな」
「きゃん」

 子狐の黒い目が健気に顔を見つめて、愛らしく鳴く。
 自然と相好を崩してしまう――だって、可愛いんだもの!
 
「こっちじゃあ」 
 パパヘナ爺さんのモアが先頭を行く。

 背から見る視界が軽快に揺れる。
 男女滝と呼ばれる滝のそばを通り抜けるときは、パパヘナ爺さんは観光ガイドよろしく『夜になると若いものがこの滝つぼで湯あみする』と教えてくれた。

 遠景に水車を眺めながら夜に灯りになるのかもしれぬランタンと干物が揺れる道をとおり、群れ咲く黄色い花ゼンテイカに囲まれて、巨鳥モアの足が楽しそうに歩を進める。

 塩田脇を通過して、白い岩でつくられた獅子の像を目印に曲がり、帆かけ船ピローグが優雅に浮かぶ海を臨む白い砂浜に向かっていく。並ぶヤシの木の幹も白くて、空と海の青と、白のコントラストが美しい。

「ここは鮫海岸とよばれる海岸でござる」

 そこから浜辺をすこし走れば、サンゴ礁により外海から隔てられつつ、ごく狭い水道により外海とつながるターコイズブルーのラグーンに水上バンガロー群が視えた。

「しばし待たれよ」
 パパヘナ爺さんが木につるされてぷらぷらしていた小太鼓を独特のリズムで鳴らすと、赤い腕章をつけた男たちがバンガロー群から出てくる。
 事情を話す声を背景に、ハルディアとサミルは巨鳥モアから降りた。

「クェエ!」
「良い乗り心地だったぞ、ありがとう」
 労うように首筋をなでれば、鳥の眼が心地よさそうにしている。
「これ、餌だって」
 ハルディアが緑葉を分けてくれたので口元に運べば、嬉しそうに食べてくれた。
「うごく口元を見ていると、こちらまで腹が鳴るな」
「同感だね」  
 
 ちらちらと赤い腕章の集団をみていると、パパヘナ爺さんが頭を下げてくれた。
騎乗鳥モアは配下のものが近くの鳥舎に御留し世話をいたすゆえ、お二人は中へどうぞ」
   
 縦の木目がうつくしい扉をひらき、内部に案内される。

 広く開放的な造りのベランダにテーブルセットがあり、手すり付き階段で部屋から直接海に飛び込める。
 海景色がうすく視える帷幕カーテンは清潔感があって、ゆったりしたドレープが日差しを透かすようにして、まぶしい色を見せていた。

 クッションがふかふかのデイベッドに落ち着けば、背の低いテーブルに所せましとご馳走が運ばれる。

 客人だけでなく、赤い腕章をつけた集団も一緒に集まってテーブルを囲み、軽く当たり障りのないやりとりをしながら賑やかに食事を楽しむ時間が始まった。赤い腕章をつけた集団は、派手で見慣れぬ衣装の若者たちの集団と、古参風の爺さん婆さんたちで構成されていて、いずれも南国気質をおもわせる陽気でフレンドリーで、ちょっとルーズというか、おおらかな感じだ。

 テーブルに並ぶ料理は多種類あって、名前もわからぬ、マグロの切り身をエビの頭をすりつぶしたスープに漬け込んだ料理がまず気になった。
 何かの根を主成分とする、ココナッツのお椀に入ったカヴァとかいう飲み物は飲むとふわふわして、酩酊感が湧く。
 大陸文化を感じさせる籠盛りバゲット縦長パンは故郷の味がして、嬉しくなる。
 
「酒かな、いいねこれ」
「美味いな」 
「酒を好まれるなら、岩魚の骨酒もどうぞ」
  
 梅貝とのどぐろが寄り添い、スパイスに塗れて焼かれた料理は、皿のふちに刺されたカットオレンジが爽やかな色を添えていた。
 ホタルイカの沖漬け、カニの塩蒸しを薦めるヒネという名の婆さんの手が働き者ならではの手をしていて、好ましい。
 
 波音をききながら、食事が進む。
 子狐もおおはしゃぎで海鮮や胡桃くるみにありついていた。

「骨酒にはこのへんが合うね」
 ハルディアが上機嫌で寛ぎ、キャバキャバという魚の天ぷら、パカパカという魚のフィレのたたきを薦めてくれる。
リュウテンサザエのつぼ焼きもいいぞ」
「きゃんっ」
「子狐くんがこれ美味しいってさ」
「どれどれ」
 
 しばし溺れるように皆で夢中になったのは、縦長イエローのカニのオムレツにしっとりキャッサバのハッシュドポテト。
 茂る緑地に雪がかかったみたいなグリュイエールチーズ入りスフレにエビのフリッターも、美味い!

「肉もあるじゃないか」
 ハルディアが悦ぶのは、豚ロースの炙りに鴨の燻製くんせいで、子狐がいっしょになって欲しがり、分けて貰った。
 
「お前さんは肉が好きだね」
 タコのトマトソースとフエフキダイのソテーを一口ずつ味見して、キャビアのサラダを発見して薦めてやると、葡萄酒に手を伸ばして併せて楽しむようだった。

「いくらでも腹に入りそうだ。食事が美味いのはいいな」
「わかるぞ。味を楽しむ贅沢な歓びはたまらんな。金を払う必要がないというのがなによりイイ。塩漬けにしたプラムも俺のオススメ。シェーブルチーズと野菜のパニーニも美味いぞ」

 浅黒い肌にしっとりした黒髪の若者がそう言って、ナイフの先で生ハムをひっかけるようにして口に放り込んでいる。
 
 細身ながら無駄なくきっちりと筋肉がついた体に、神話を想起させるタトゥーが美しく映えている。
 島の伝統では、歴史や家の由緒をタトゥーとして体に刻んで身分をあらわしたり、文化を継承したりするらしい。
 タトゥーはともかく、顔に派手な赤やオレンジの化粧がされていて、纏う着物も艶やかで華やかな文様入りの上質で多種色使ったカラフルで目立つものだった。それを着崩して片側の肩と胸を露出し、頭には花や鳥羽をかざり、腰には手のひらサイズの小さな太鼓や横笛を引っ提げて、今は外しているが頭には珍妙なデザインのお面なども括りつけている。

 独特な出で立ちだが、同じくらいの年頃の男子らは揃ってそんな恰好をしているようだった。

(おや、おや。いるじゃあないか)
 見た目が予知夢でみたより大分、歌舞いて道化めいた風体だけれど。
 サミルは破顔した。
「これはこれはアウティー王子殿下。お会いできて光栄です」  
   
 黄金を蕩かしたみたいな金色の眼が一瞬、虚を突かれたようにサミルをみた。

「ええっ? ああ~っ、ども。俺、俺! よろしくぅ! なんでわかったん? すげえビビった! うわ~、なんで? 俺ビビったわぁ!」
 声はノリが軽く、愛嬌はあるが威厳がない。パパヘナ爺さんが「そんな挨拶がありますかいッ」と叱っている。
「……?」
 ハルディアがまじまじとアウティー王子とサミルを見比べた。
「えっ、これ? 王子!? んっ!?」
 
「けぇん!」
「おおお! 今日は触ってええんかあ? ええのんかあ!? 触っちゃるぞお!?」 
 子狐がアウティー王子に寄っていくと、アウティー王子はたいそうハイテンションで子狐を抱っこしてわしゃわしゃした。
「もふっもふ! そーれそれ! わしゃわしゃ、わしゃわしゃ~、俺の愛を感じてくれぇ! 可愛いんじゃあ、このちっこいふわふわが溜まらんのじゃああ!」
「きゅあああ!」
「こら、こら。乱暴すぎますぞ!! 馬鹿!」
「パパヘナ爺ちゃんはついにボケて俺の名前忘れちまったか、哀しいが歳だからな、自然ってもんだな――美人の楽師さんには、お近づきのしるしにコレやるよ! 俺と熱い一晩どう? なんちって! そうそう、名前なんてーの?」

 赤い花に似た紋様がペイントされている白石がころりと転がされる。
「馬鹿殿下ァッ!」
 パパヘナ爺さんが説教をしている。
「王子ともあろうお方が、そんな軽々しく名石を初対面に配布してまわってはなりませぬ!」 
(これは、名刺みたいなものかな。ふむ、ふむ――パパヘナ爺さんが『軽はずみに配るな』というからには、『俺王子にこれもらったんだぜ』と見せれば一目置かれたりするのだろうかね)
 サミルはパパヘナ爺さんに取り上げられる前にいそいそと石を懐に仕舞い、ニコニコした。

「ありがたく頂こう! その感じだとアウティー殿下はフレンドリーな方なのだな、俺はサミルと申すのだが、よき関係が築ければ幸いだ」
 ハルディアが茶々をいれてくる。
「一晩はだめだよ!」
「そうそう。売約済なんだ」
「オーケー!」
「軽っ、え、なにこの。なに? 王子?」
「いえす俺、王子俺!」
「はああ~~っ??」

 ハルディアがひたすら驚いている。
「そっちの君は~、酒好きか! 酒飲みはみんなフレンドだよね。俺も酒飲み! やったぜ俺らフレンド!」
 肩をぐいっと組み、アウティー王子が麦酒入り樽杯をかかげて音頭を取っている。
「君のお名前、なんてーの!」
 歳の近い、若干上のアウティー王子にぐいぐいといかれて、ハルディアがびっくりしている。
「は、ハルディア」
「おーけーハルディア! 俺らベスティ親友!」
「は、はああ~~っ??」

乾杯チンチンかんぱーいヒパヒパ! みんな! 夜は娼館にこいつらをつれてって派手に遊ぶぞー!! 金はぜーんぶっ、俺がパパ上におねだりするから好きなだけ騒げよなっ!」

 赤い腕章と妙な衣装を揃えた集団が歓声をあげている。

(なるほどなるほど、『馬鹿王子』。おーけー、おーけー。俺は把握したぞ)
 サミルはニコニコしながら集団に同調して酒杯を傾け、諸島の未来を想うのだった。
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