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6章、幸せのかたち
75、エンディング~幸せのかたち
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75、エンディング~幸せのかたち
北国の春は、自然な雪解けに潤む柔らかな土の露出と、そこに芽吹く初々しい緑を尊ぶ民の声で溢れていた。
清らかな花のような香りと、柑橘系の果実みたいな香りが漂っている。
大陸北西の国エインヘリアのお城の廊下に、靴音が響く。
小さな赤竜を肩に乗せた、この国の国主――『騎士王』だ。
手のひらサイズの小さな妖精フェアグリンがあわい光を発しながら、皇帝を導くように飛翔していた。
官吏たちや騎士たちは道の脇に寄り、頭を下げて皇帝のために道をあけていく。
皇帝――北西の国主である『騎士王』に手を引かれて歩くのは、赤竜と同じサイズの黒竜を肩に乗せた皇配だ。
やわらかな茶髪は陽の光に蕩けそうな艶をみせ、白皙の肌は西洋人形のように滑らかで、美しい。
睫毛は長く、目元に優しい影を落としていて、瞳は幻想的な夜や毒花を連想させるような紫水晶色。
エインヘリアの民が待つバルコニーに二人が並んで姿をあらわせば、割れるような歓声が湧いた。
「『騎士王』陛下!」
「皇配殿下……!」
その二つ名を呼ぶ民の顔は、明るい。
クレイは観衆をしばし眺めてから、そっと傍らの『騎士王』を見上げた。
騎士兜で顔を覆った『騎士王』は、慣れた様子で兜を脱いで顔を晒した。
北方の民には珍しい南国の特徴濃き顔立ちは精悍で、自信に満ちていて、男の色香を漂わせている。
観衆の中にはそれに憧れ、懸命に肌を日焼けさせて雄々しさを真似ようとする者もいて――北国では南国の肌色を持つ者がうらやましがられ、憧れの的となっているのだった。
(僕知ってる。カリスマだ。偶像だ。あんな風になりたいって思うひとが増えたら、流行が生まれるんだ。ならば、その風潮を後押しするように僕も日焼けに挑戦してみるべきだろうか)
クレイがほわほわとそんなことを考えていると、騎士鎧の腕が伸びてきて――ふわりと抱き上げられて、視界が高くなる。
「っ、ニュクスっ……」
(いつも、突然なんだから)
クレイは慌てて両腕を『騎士王』の首にまわしてしがみついた。
近い距離で、青年の声が空気を震わせる。
「ご覧なさい、俺の殿下。俺たちの大切な家族が、みなさん本日も元気そうに明るい表情をみせていますよ」
――あたたかな青年の声は、この土地を自分たちの生涯の居場所と定めて、国民を家族と親しむ声だった。
「うん、うん……」
クレイはあたたかな体温に心を震わせ、春の日差しを喜ぶ咲き始めの花のように初々しく微笑んだ。
「僕たちの愛しい家族は、いっぱいいますね、陛下」
「さあさあ、本日はこれまで! おしまいッ!」
――このあとは、二人きりで過ごしましょう。誰が何と言っても、譲りません。
そう囁いて切り上げて、『騎士王』はクレイを抱っこしたまま観衆に背を向けた。
コツコツと通路に響く靴音は上機嫌を物語り、背で夜色のマントが揺れて、歓声が遠くなる――
北国の春は、自然な雪解けに潤む柔らかな土の露出と、そこに芽吹く初々しい緑を尊ぶ民の声で溢れていた。
清らかな花のような香りと、柑橘系の果実みたいな香りが漂っている。
大陸北西の国エインヘリアのお城の廊下に、靴音が響く。
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「『騎士王』陛下!」
「皇配殿下……!」
その二つ名を呼ぶ民の顔は、明るい。
クレイは観衆をしばし眺めてから、そっと傍らの『騎士王』を見上げた。
騎士兜で顔を覆った『騎士王』は、慣れた様子で兜を脱いで顔を晒した。
北方の民には珍しい南国の特徴濃き顔立ちは精悍で、自信に満ちていて、男の色香を漂わせている。
観衆の中にはそれに憧れ、懸命に肌を日焼けさせて雄々しさを真似ようとする者もいて――北国では南国の肌色を持つ者がうらやましがられ、憧れの的となっているのだった。
(僕知ってる。カリスマだ。偶像だ。あんな風になりたいって思うひとが増えたら、流行が生まれるんだ。ならば、その風潮を後押しするように僕も日焼けに挑戦してみるべきだろうか)
クレイがほわほわとそんなことを考えていると、騎士鎧の腕が伸びてきて――ふわりと抱き上げられて、視界が高くなる。
「っ、ニュクスっ……」
(いつも、突然なんだから)
クレイは慌てて両腕を『騎士王』の首にまわしてしがみついた。
近い距離で、青年の声が空気を震わせる。
「ご覧なさい、俺の殿下。俺たちの大切な家族が、みなさん本日も元気そうに明るい表情をみせていますよ」
――あたたかな青年の声は、この土地を自分たちの生涯の居場所と定めて、国民を家族と親しむ声だった。
「うん、うん……」
クレイはあたたかな体温に心を震わせ、春の日差しを喜ぶ咲き始めの花のように初々しく微笑んだ。
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「さあさあ、本日はこれまで! おしまいッ!」
――このあとは、二人きりで過ごしましょう。誰が何と言っても、譲りません。
そう囁いて切り上げて、『騎士王』はクレイを抱っこしたまま観衆に背を向けた。
コツコツと通路に響く靴音は上機嫌を物語り、背で夜色のマントが揺れて、歓声が遠くなる――
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