清らかに致すだけ~下剋上後の主従が「その一線を越えてこい」ってするだけだけどそれが本人たちには意外と難しいって話

浅草ゆうひ

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6章、幸せのかたち

72、赤竜と秘密の地下室

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   72、赤竜と秘密の地下室

 
 旺盛おうせいな欲を燃えるがままにし続けるかと思われた二人だが、唐突に異変は訪れた。

「殿下、殿下。ご覧くだされ!」
 翌日、上機嫌のニュクスフォスが夜になってクレイに見せるのは、いつもの花ではなかった。
 いつかクレイが拾ってきて『あげる』と贈った、猫ほどのサイズの竜の卵だった。

 それは、空の国で白竜と黒竜以外の竜が滅びたとき、親を失って竜の巣でかえることなく冷えた卵たちのひとつだ。
 クレイとエリックは以前その巣を訪れて、いつかえるかわからないが生きているらしき卵たちのうち一個ずつを持ち帰ったのだ。
 
 もう何年も経っているが――それが、なにやら孵りそうな気配ではないか。
「えっ、これ、孵るの」
 クレイは驚いた。

「竜とは長命な生き物だけあって、孵化ふかものんびり屋なのですな、……なっ」 
 おくるみに包まれ、壊れ物を扱うようにそおっと寝台に置かれた卵に耳を当て表面を撫でてみると、確かに以前とは気配が違う。
 
「殻を内側から破ろうとしたり、鳴き声がしたら外から助けてあげればよいのかな」
 殻を割るのが早すぎるとホビロン孵る直前に亡くなられた子になってしまう。タイミングは慎重にはからないといけない――クレイはホビロン孵る直前に亡くなられた子を想像して身震いした。

「い、急いではいけないね」
「ここから殻を破るのにどれだけかかるでしょうかな!」
 その夜の二人は、卵をふわふわと囲んで布や呪術で保温して、わくわくと見守りながら寝たのだった。

 そこからの数日間、卵は目に視えて変化していった。
 外から見ていても不思議な生命力みたいなものを感じさせて、内側からじんわりと熱を放っているのだ。

「エリック殿下に知らせたところ、あちらの卵も孵りそうだとか」
 ニュクスフォスはそう言って、「お互いの卵が孵ったら竜の子どうしを会わせて、いっしょに遊ばせてやりましょう」と笑う。
 
 交代で卵を見守る日々の中、おんぶ紐などを持ち出して卵を大切そうに抱っこして過ごす『騎士王』はありとあらゆる噂のもとになって、面白がる『歩兵』や混沌騎士団も好き放題騒ぎ、「皇帝が産んだ」「皇配が産んだ」だのという議論が楽しまれる――それは、まさに平和な日々であった。

 やがて二人が見守る中、卵からは真っ赤な可愛らしい仔竜が生まれて、ポッと火を吐いて部屋を燃やしかけたりするのだった。
 
 カロン英雄、と名付けた赤竜を上機嫌で肩に乗せ、『騎士王』はおおやけに唱える。

「我が国には竜がいる。ここ数百年の間、竜という生き物は伝承の中の存在であり、中央の国に二柱のみが神のようにあがめられ存在するのみだった。しかし、いにしえの時代には竜は人間や獣と同じく、群れをなして生きていたのである」

 古妖精のフェアグリンが、興味津々に赤竜をつっついたりしている。

 赤竜がフェアグリンをきらきらした目で見て、ほわりぷかりと火の輪を吐き出すと、フェアグリンは楽しそうに火の輪をくぐり、竜の頭にちょこんと座った。
 
「新しく生まれた竜は、我が国の赤竜のみならず。空の国や中央の国にも、新たな命は誕生している。竜という種は絶えていない――これより先も続き、その数を増やしていくのである」

 妖精と竜は、仲が悪い生き物だった。

 中央の国で当たり前だった犬猿の仲の二種が仲睦まじく寄り添うのをみて、クレイはニコニコと微笑み――、

「俺たちの赤竜さんはなんて可愛いのでしょう!」 
「うん、うん。可愛いね……」
 赤竜は可愛い。
 しかし、それを我が子のように猫可愛がりするニュクスフォスをみると、クレイはちょっとだけ嫉妬してしまうのだった。
 

 ◇◇◇

 春花がひらひらと舞う頃、クレイが何度目かになる孤児院に『歩兵』たちと一緒にカロンを連れて訪れると、子供たちもおおはしゃぎだった。
 
「わーっ、竜だー!!」
  
 子供たちは未知の生き物に目を輝かせ、カロンの火遊びも怖がる様子がない。

「ぼく、はじめてみる!」
「わたしも~!」
 病気がすっかり治って身体もちょっと育った子がボーイフレンドになったらしき少年と甘酸っぱい感じで手をつないでいる。
 二人がいっしょにカロンを撫でるのを見て、病気の子を特に気にかけていた『歩兵』のアドルフは「な、なんだこの落ち着かない気分は。おい、手を繋ぐのはまだ早いんじゃないか……っ、これが親の心境か……っ?」などと戸惑いを口にするのであった。
 
「坊ちゃん、坊ちゃん」
「うん?」 
 ほんわか、のどかな空気の中、そろそろとテオドールが妖精牛のポッチーを連れて近づいてきて耳打ちをする。

「ポッチーだ!」
「ポッチー、お水ちょうだい」
 子供たちが妖精牛を囲み、ぺたぺたと体に触れて遊んでいる。
「もぉぉぉおう」
 ――ポッチーも満更ではなさそうだった。

「こいつを」
 差し出したのは、クレイも気にしていた大陸新聞だった。

 竜に関する記事や、紛争地域の状況、ゴシップなどが並ぶ中、気になる記事がある。

 ――『北西と中央が呪術や魔術をつかい、秘密の共同研究をしている』『両国の竜は研究の結果つくられた』……。

「ああ、これ……僕もちょっと気にしてたよ。悪意的な記事は規制したほうがいいのかなって……」
「探ってみたんでさあ」
「ん?」
「奴は地下によく行くんでさあ――そこが研究場所だと思われますぜ」
「ん……? 本当に、何か研究をしているの?」

 テオドールは神妙な顔で言って、壁際に空気のように控えるレネンを気にする視線をみせた。

「レネンさんも奴に協力してるんです。ここは内緒でいきましょうや」
「ほう。レネンとニュクスが」
 クレイの脳裏に、異母妹の声が蘇った。

『あの二人、周りを巻き込んで何か研究をしているようですよ』

『昨日はお父様にも二人一緒に対面なさって』

「あっ、忘れてた……」
 刺激の強い日々が続いていて、クレイはすっかり忘れていたのだった。

「よし、ちょっと調べてみようではないか……レネン。すまないが、妖精牛を牛舎に返してくれる?」
 レネンにポッチー係を命じて、その姿が見えなくなってから、クレイは残りの『歩兵』と段取りを決める。

「善は急げというから、今すぐ行こう。この時間なら、ニュクスも政務で忙しいし――。一応、僕の不在を隠したり足止めをするように頼むよ」
 
 テオドールが地下室に案内してくれる。

「ここに入って行くんですが、術か何かで守られてて俺はこっから先に行けないんでさあ」
 そんな風に言って悔しがるテオドールに、クレイは頷いた。

「ここを突き止めただけでじゅうぶんだ、テオドール。よくやった」

 地下室の奥にある扉には、よく見ると直線と曲線で紋様が――四角い枠に囲まれた絵が並んでいる。

「ふーん……僕は、ちょっとこれで遊んでみる。テオドールは邪魔が入らぬように外を守っておくれ」
 頷く気配が外に出る。

 ひとりきりの室内は静かで、クレイはちょっとドキドキした。

(ニュクスは何を研究しているのだろう。レネンやエリック、アクセルも一緒にやっているの? 僕も混ぜてくれてもいいではないか)
 ――そりゃあ、僕は術が使えないけどさ。


 ……彼らの秘密が、未知がこの先にある。
 
 それを思うと、母譲りの紫の瞳がきらきらした。


「一番上に描かれた横長の四角。ここには、神話にある『選択』のシーンが描かれている……」
 
 その下には、異なる絵を描いた正方形が左右に並ぶ。
 一段、二段、三段。
 そして、一番下の横長の四角には『聖杯に王が口付けする』シーンが描かれている。

「ああ、ニュクスらしいや……これは、こういう仕掛けは……。本で読んだことがあるよ。『騎士フィニックスと選択の扉』――創作小説のワンシーンだ。遺跡の奥に、この仕掛けがあったね」
 クレイは愛しく呟いて、左右に並ぶ正方形の絵を上から順に選んだ。

「竜と妖精。オスカーは、竜が好きなんだ」
 
 触れる絵は、何も反応を示さない。
 けれどクレイは気にすることなく、そのまま下の絵に進んだ。

「火と水。ニュクスは、水が好きだね」

 クレイは最後の二つで少しだけ切ない気持ちになった。

「南と北……、」
 ……こんな選択肢を置いている。

 それがなんだか、胸の奥をきゅうきゅうと切なくさせるのだった。
 
「君は北を選ぶんだ。ここに来るたび、そう自分に言い聞かせているんだ」

 最後の絵を選ぶと、扉がひらく。

 続き部屋には、神秘的な光をゆらゆらさせる不思議な輪があった。
 人ひとりが余裕で真ん中を通れるような幻想的な輪は、フェアグリンの光にそっくりな綺麗な光でできている。

「……妖精の輪フェアリーサークル

 クレイはそっと呟いた。

 それは、幻想の入り口。
 人間の世界と、妖精の世界をつなぐ、とても珍しい扉。

 フェアグリンの光が導くその入り口を通れば、その先には――不思議と幻想でできた、クレイの大好きな妖精たちの世界があるのだ。
 
「ずるいよニュクス。君は竜が好きなのに。僕は妖精が好きなのに。こんな特別を好きにできるのは、僕ではなくて君なんだ……」

 ……淡く微笑み、クレイは迷わず妖精の輪フェアリーサークルに飛び込んだ。
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