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6章、幸せのかたち

71、君の母語は母国語と違うね、フラーフィエ(☆)

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   71、君の母語は母国語と違うね、フラーフィエ(☆)

 
 ――どうやらお二人はちゃんとできたらしい。
 数日の間に配下たちはそんな見解をひとつにして、こっそりと視線を交わし合っていた。

 というのも、彼らの主君『騎士王』がわかりやすく浮かれてのぼせ上がっているからだ。
 ――元から浮かれ気味という声もあるが、ここ数日は、配下に『ちょっと落ち着け』と言われるほど元気でやる気に満ちていた。

「殿下、殿下!」
 溌剌はつらつとした声が響いて、その夜もニュクスフォスがいそいそと花を捧げる。満面の笑みで。

 一方、迎えるクレイは微妙なテンションだった。
 初めて繋がって以来、毎晩情熱的に求められ責められるようになったので、元々体力がないクレイの側はちょっと疲労をおぼえつつあるのだ。
 
 これまでと打って変わって挿れることを優先し、挿入してからの行為に重点を置いたニュクスフォスは、ある意味わかりやすかった。
 そんな変化が感じられて、クレイは『ニュクスは可愛いな……』と最初の一日二日は思ったものだった。
 
 しかし、抑圧の反動か、ニュクスフォスの欲求にはなかなか果てがないようで、日が経つにつれてクレイには疲労感と危機感が湧いてきたのである。

(体力の差を感じる――)
 一言でいうと、それだった。
 クレイは思ったのだ。
(すまない、ニュクス。これをずっと続けると、僕の身体がもたない……)
 それは、割と真剣な悩みであった。
  
「本日は殿下のお好きな赤いお花、俺の燃え上がる慕情ぼじょうを代弁してくれる大輪の薔薇でございますよ! つまり、『大好き』ッ!!」
 快活な声は、声量を抑えるのを忘れました! ……というような大きさ。
 表情は、『これが俺の愛!』……というようにキラキラ、あるいはギラギラしている……。
 
「ありがとう、ニュクス……、んっ」
 受け取ろうとしたクレイがふわふわと抱き上げられて、寝台に運ばれる。
 いつものお礼をする前に、ニュクスフォスの方からキスをされる。

 寝台にさっさと押し倒されて、閉じ込めるみたいに上から顔を寄せられる。
 もし尻尾があればはち切れんばかりにぶんぶん振っているに違いない――そんな元気いっぱいの笑顔で、ニュクスフォスは夜の始まりを告げるのだ。
 
「さあさあ、花は俺がいない時にでていただいて、今は俺! 俺は殿下を抱きしめるこの瞬間のために今日という日を生きたのです……」
「んっ……う、うぅ……」

 上に被さるようにして顔を覗くニュクスフォスのキラキラした紅色の目が、じーっとクレイがを見つめている。
 『俺がいたしたいように、殿下も俺といたしたいですよね?』……というような眼だ。
 
(う、うぅ。ニュクス~っ!)
 クレイの胸に嬉しさと辛さが湧いた。

「麗しの俺の殿下マ・ルーン。貴方の伴侶は、つまma moitiéに触れたいのですが……?」
 乞い願うように陶然とうぜんと囁かれると、クレイは困り果ててもじもじとした。

「ん……ウン、……」
 
 触れられるのは、気持ちがよい。
 触れられたい気持ちは、当然ある。
 性の喜びを知った若い身体は、いつも大袈裟おおげさなほど伴侶の手によろこんで求めてしまうのだ。
 止まらなくなるのだ――、
 
 だから毎晩のように限界を越えてしまって、危険なのだが……。
 
「おやっ……、ご気分が優れぬのですかな?」
 クレイが見せる煮え切らない気配に、ニュクスフォスの首が傾げられる。
「いや……それが……うん……」

 クレイはじっとりと背に汗をかいた。
(『いっぱい気持ちいいことしようね』と誘ったのは僕だもんなぁ……っ?)
 それが、たった数日で『ちょっといっぱいしすぎだと思うんだ……』なんて言いにくいではないか。
 
 ニュクスフォスはそんなクレイに色めいた気配をひっこめ、代わりに保護者めいた空気をまとうのだった。
「おお、殿下。何かお悩みがあるのならなんでも仰い。貴方の『お父さま』が全部叶えてみせましょう!」

(いけない、『お父さま』になってしまったではないか)
 クレイはそっと頬を赤らめて、視線を逸らした。
「僕は、『毎日致すのは疲れないかな……?』と、考えていただけだよ」
 
 ひたりと見つめられること、数秒――、

(うっ……、せっかく楽しそうなのに、水を差してしまってごめんね)
 クレイはどきどきと罪悪感を胸に沈黙した。
 
 見つめる紅色の瞳は、渇望を慣れた様子で奥に引っ込める。
 それがクレイの胸をちくちくと痛ませるのだ。

「……なんと、そんなことでしたか! 毎日はしんどい、と!」
 
 明るい声が降ってくる。
 ニュクスフォスはクレイが何を言いたいか把握してくれたようだった。

「ご、ごめんね」
 
 そっとクレイが謝れば、ニュクスフォスは眉尻をさげて柔らかに微笑んで首を振る。
 
「いや、俺も毎晩はどうかと思っていたのですッ! ちとはしゃぎすぎましたな! 申し訳ない――」
 
 こうして、その晩は何もすることなくふんわりと抱擁するだけで就寝することになり、クレイはすやすやと健やかに眠るのだが――、


 ◇◇◇

 夢だ。
 夢を見てる。間違いない――クレイはそう確信しつつ、夢に溺れていた。

「ご覧なさい、俺の殿下。エインヘリアの民が貴方の可愛らしさに夢中ですよ」 

 ――だってこれ、あまりにもおかしい……。

「はっ……、」

 お城のバルコニーで大勢の民の視線に晒されながら、ではないか。

 最初は密やかに戯れる程度、見えないように気持ちの良い箇所をくすぐる程度の刺激が、少しずつ過激になるエスカレートする
 脇を掠めて、下に降りる指先。腰のあたりをいたぶって、尻のラインをゆるくたどり窄みを探るように押してから、前へ……、前と後ろの中間を彷徨い、会陰で遊ぶようにとんとんとして、刺激する。

「そんなに腰を揺らすとバレてしまいますよ、クレイ殿下」
「……!!」
 遊んでいた手を放し、いったん後ろから両腕で抱きしめるようにして、ニュクスフォスが熱っぽくささやく。そして、また『おいた』を再開するのだ。

 衣装の内側に潜り込む手が、触れられるのを待っていた小さな胸の果実をつまむように遊んでいる。
 同時に、もう片方の手は腰を撫でて、脚に降りて――さわさわと内側できざしている膨らみを目指していく。

「っ、――ふ……っ」
 全身の神経をそこに集めて快感を拾おうとするような自分を意識しながら、クレイは声を殺した。

「殿下の雄は、俺の手に触れて欲しいと待っているようですね」
 
 甘く神経を犯すような声が、耳朶じだを食む。
 腰とはらがひくんっと欲しがる動きを示してしまう。
 股間のあたりから衝動がぐつぐつと沸いて、どんどんその気が高まっていく。

「さあ、お父さまのおててが可愛い殿下を撫でてあげましょうね――そうして欲しかったのでしょう」
 優しい声がそう言って、手がそこを撫でる。

「ふぁ……っ」
 ああ、我慢しきれない。
 はしたなくとろけた顔をしてしまう。
 びくびくと腰を震わせて、手に押し付けるように動いてしまう――、

「大衆がいやらしい貴方に釘付けですよ、クレイ」
「や……っ」

 無数の視線が、自分たちを見つめている。
 一挙一動に注目されているのに、こんなに乱れてしまっている。
 
 視線から、逃れられない。
 こんな風にいやらしい声で泣いてはいけないのに、身をよじってがってはだめなのに……気持ちよくて、泣いてしまう。

「は、はぁ、はぁ……っ! ぁ、あぁ……っ」
「俺たちの家族に、可愛い貴方をもっとよく見せてあげましょうね」
「ふ、あぁ――っ!!」

 衣装を解かれて、抱きあげられる。
 抱えられたまま股を開かされて、興奮に反り返ってぽたぽたと涙をしたたらせる雄を国民の衆目に晒される――、
 
 ああ、観衆の中に憧れの騎士フィニックスや、異母妹ユージェニーや、実父アクセル、メルギン伯に『歩兵』たちに、レネン、エリックまで。
 
 知り合いがいっぱいだ。
 みんなが観てる。
 えっ、みんなが視てる――、

 ニュクスフォスが愛し気に耳元でささやいて、恐ろしいことを言う。
「貴方が綺麗に達するところを、皆に披露ひろうしましょうか……」
 ……それは決定事項で、覆す気はないのだと声色が物語る。

「皆に知らしめてあげましょうね、俺が貴方を好きにできるのだと」 
「や、やだぁ……っ、にゅくす、あ、あ、あぁ、ぁああ!!」

(だめ、そんなことされたら――僕は、僕は……、)

 ……!!

 
 ◇◇◇

 
「――っ!!」
 
 
 ――なんって夢をみるんだ、僕はっ!?

 夢から一気に覚醒かくせいしたクレイは、顔を真っ赤にしてね起きた。

(す、す、すごい夢をみたよっ!? 僕はなに、そんな夢を見ちゃうほど淫欲いんよくまみれているの? とんでもない内容だったよっ!? 気持ちよかった……な……)

 そろそろと股間に意識を向けると、思った通りっている――夢精はしていないようで、クレイはホッと息をついた。
 そして、自分を静かに見つめるニュクスフォスの目に気付いた……気付いてしまった。

「……」

「……」

(み、視られてる~~!!)
  
 薄暗闇の中、無言の視線が絡み合う。
 クレイは死にたくなった。

 紅色の視線がもの言いたげにクレイの股間に向く。
「クレイ様……夢の中で随分ずいぶんとお楽しみでいらしたようで……?」

(ニュクス、起きてたんだっ? というか、僕はもしかして危うい寝言とか言ってたかなっ!?)
 クレイはそおっと股間を隠して、目を逸らした。

 そこに手が伸びてきて、あごがするりと撫でられる。
 まるで、猫を愛でるよう――視線を合わせるよう顔をくいっと方向転換させられると、クレイはふるふると睫毛を震わせて目を伏せた。
 
「フィニックスの名を呼んでいましたぞ」
「っ!?」 
 恐ろしい真実が告げられて、クレイは情けない悲鳴をらした。
 
 たいそう機嫌を悪くした様子で、嫉妬を隠そうともせずにニュクスフォスが言葉を連ねる。
 
「貴方は――気持ちよさそうにがりながら、俺以外の男の名を……」
(こ、これはいけないっ)
 さすがに焦ったクレイは、慌てて言葉を返した。
 
「ち、ち、ちがうよっ! フィニックスに視られてたんだよ!」
「視る?」 
「ふぃ、フィニックスだけじゃないよっ? 他にもいろんな人がいっぱいいたよっ?」
「他にもいっぱい……?」

 ニュクスフォスが不思議そうな顔をしている。

「僕を気持ちよくさせてたのは、ニュクスだよ! ニュクスがバルコニーでおいたをしたんだよ!!」
(ああ、僕は何を言ってるんだろう――えっ、あれ? 僕は何を打ち明けてしまっているの?)
 しかし、もう言ってしまったではないか……、

 クレイがおろおろとしていると、数秒考えを巡らせる顔をしたニュクスフォスがふわりとクレイを抱き上げる。
「んんっ?」

「バルコニー……」
 ふわふわとした声が面白がるように言って、ちゃっかり香油入りの透明硝子瓶がらすびんを携行するので、クレイはぞぞっと背筋を粟立あわだてた。
「ちょ、ちょっとっ、何をする気――ひっ!」

 
 部屋のバルコニーに連れ出されて、手すりの上に座らされる。
 手すりの細い金属棒は、座るためには造られていない――それが座った脚にひしひしと伝わる。
 
 座る感覚は不安定でぐらぐらして、冷たくて、怖い。
 夜天は吸い込まれそうなほど真っ黒で、凍えるような星の粒が無数に光を放っている――とてもよく晴れていて、すこし寒くて、見晴らしがいい――高い!
 
「ひ、ひっ……!!」
「つまり、こういうことですかな」
 後ろから腕をまわし、耳たぶを食むようにしながらニュクスフォスがクレイの身体をまさぐり、快楽の種をく。

「あ、――あっ」
「殿下はそういえば、『怖いのがお好き』なのですな……」
 意地悪に頬を舐めて、ニュクスフォスはクレイの股間を確かめた。
 びくびくっとクレイの腰が揺れて、背がしなる。
 
「や――」
「ここは、多くの男は恐怖をおぼえると縮こまるものです」
「はぁっ、は……っ」
「クレイ様――クレイ、……気持ちよいのですか?」

 やわやわと揉まれると、クレイの脚がびくびくと跳ねる。

「ひ――」 
 前屈みになった拍子にがくんと体が前に倒れ込む。
 視界が万華鏡のように景色を流して、星が光の尾を引いて美しく――恐ろしい。
「ああっ!!」
(あ、だめ。落ちちゃう。落ちる――)

「おっと。落ちないでください……っ」
 身体を支えられて、手すりから引き上げられる。
 
「は、は、は……ふ、ふーっ」
「怖かったですね、クレイ?」
 
 抱っこして背中をさすりながら、ニュクスフォスはゆらゆらと揺れてみせた。
 ――まるで我が子をあやすように。
 
「でも、興奮なさったのですね。クレイ……」
「……く、くぅ……っ」
「俺が思うに、貴方様のこれは一種のマゾ……いえ、こほん……」
 
 ――僕の隠している性癖がなんか違うニュアンスの性癖として把握されそうっ?

 クレイはおののいた。
 
「ち、ちがう。僕は、怖いのが好きなわけじゃないんだ……っ?」
「ええ、ええ。……死にそうになるのがお好き……?」
「そ、それも違うよっ……!?」
 
 ――僕は、ちょっと悲劇に陶酔とうすいするだけだよっ! 綺麗なエンディング死に方が好みなだけだよっ!?
 
「では――いじめられるのがお好き……ひどい目に遭いたい……?」
「ち、ちが……っ」

 困った様子で呟き、ニュクスフォスはクレイを降ろした。

「では、クレイ。手すりをつかんで、お立ちなさい」
 クレイをバルコニーの手すりに掴まらせて、ニュクスフォスは透明の硝子瓶からいつもの香油を手に垂らす。
(あ、あれっ……あれっ……? 何をするのかな、ニュクス? 何をされるのかな、僕はっ?)
 クレイはふるふると震えた。

「――星が綺麗ですね、俺の殿下?」
 みやびやかな声でそう言って、ニュクスフォスは上品に詩などぎんずるではないか。

「月の遠き夜に見上げれば、星もまたはるかなり。孤独に心を星と定めれば、天は近づき地は遠のいて、故郷の風車ふうしゃはまわるかな、愛しきあなたは眠るかな……」
 その指がゆるゆるとクレイの下衣のうちに忍び込んで、『おいた』を始める。
 
いとしこの夜、俺の月――」 
「アッ、や、やぁ……っ」
(風流な詩を唱えながらすることじゃなぁい……っ!!)

 慣れた指はあっという間に気持ちの良い箇所を探り、ぐずぐずに蕩けさせるような強い快感を続かせる。
 
「それにしても、北国の夜は冷えますね、クレイ」
 世間話でもするように清らかに言いながら、ニュクスフォスは呪術をつづって着々と準備を進める。
 後ろをほぐす指の本数を淡々と増やしながら、白い吐息をほわほわ夜の空気に溶かしている。

 対するクレイは、じわじわと追い詰められている。
 
「あ、あん……っ、た、立ってられな、あ、ああ、あァ……っ!」 
 手すりにぎゅっと縋りついて背を丸め、もだえるクレイのこめかみに、慈しむようにキスがされる。
「ん……もういいでしょう」
 入り口をゆるゆると撫でて診て、ニュクスフォスはクレイの右耳を塞ぐように手のひらをあてた。

 じっとりと左の首筋から頬へと唇と舌をすべらせてのぼり、濡れた吐息が左耳を打つ。
「殿下、俺のこいつが貴方の中にはいりたいと申しているのですが」
 
 クレイの下衣がさげられて、ニュクスフォスの怒張が入り口にゆるく押し付けられる。
「……っ!!」
「お許しをいただけますか」
 渇望の熱を押し付けるようにゆるゆると窄みにアピールしながら、耳を塞いでいた右手が腰に降りていく。
 
「い、……」
 クレイの口が音を紡いだ。許可か拒絶か、本人にもわからない音につづくように、後ろが犯される。
「よい?」
「あっ!!」
 ぐ、と押し入ったそれは、返事のつづきを待たずにあっという間に奥に進む。

あったかいフラーフィエ
 南西アイザール言葉で、嬉しそうに呟く声がきこえる。

(にゅ、にゅくす……っ、また……)
 クレイはそれをそわそわと耳にした。
(ニュクスは、中央出身の北西人だと自分で言ってるから……僕は気付かないふりをしたほうがいい? 気にしすぎ?)
 
 何気ない日常の中、この青年はほろりと母方の言葉を独り言みたいに零すのだ。
 ……きっと、意識しないで言っているのだ。
 
(南西語――母語は、安心する? 嬉しい? いやかな? 僕は『君はいつも中央語か北西語を使っているよ、南西語なんて使ってないよ』って顔をした方がいいのかな)
 クレイはこんな時、悩ましく言葉を選ぶのだった。

 ――人生って選択の連続だ。
 選択の結果、友人だった相手と夜中にバルコニーでこんなことをするようになったりもする……。
 
「やはり、寒さとは人の体温を楽しむ絶好のスパイス、と俺は思うのです」
 
 ニュクスフォスは恍惚とした様子で呟いていた。
 言葉は、中央言葉に戻っている。
「乱暴はいたしませんから、どうぞゆっくり呼吸をなさって……」
 ――動くことなく、じっとしながらそんなことを言っている。
 
(ど、どっちかというと、動いてほしい、かも……っ?)
「っ、ふ、……っ」
 クレイの脚ががくがくと震えて、力を失っていく。後ろがひくひくして、自分では止められない。
 
「気持ちいいですか、クレイ」
「こ、こんなところで……」
「誰かに見られたらと思うと興奮するのですね、クレイ?」
「――!!」
「声を聴かれるかもと思うと、どきどきするのでしょう……?」
 
 それが可愛い、と呟いてニュクスフォスはぎゅっと後ろからクレイを抱きしめた。
 そのまま、緩く腰が使われる。

(あ、あっ、熱い――き、きつい、立ってられないっ)
 クレイの唇から唾液が垂れて、悲鳴のような嬌声が溢れ出た。
「ふぁ、あ、ぁ! ん、っンぅ……っ」 
 
 クレイは手すりにすがる手に顔を寄せ、自分の指をかじるようにして声を殺そうと努めた。
 身体を折り曲げて尻を突き出す格好で後ろから犯される刺激は抗いがたい強い快楽をもたらして、見晴らしのよい周囲が怖くてたまらない。

 人影が今にも視界の端に映るのではないか、誰かにあられもない破廉恥はれんちあえぎ声をきかれるのではないかという恐怖が。
 後ろから責める熱い体温が――、
 
「クレイ、声を出して。我慢せずに、俺に気持ちのよい声をきかせて……」
 とろけそうな声でそう言って、ニュクスフォスが前に手を滑らせる。

「ひ、ひっ!?」
 ぽたぽたと快楽に泣いていた陰茎をかすような手つきでしごかれると、クレイの首がびくっと反り返って高く上擦うわずる声が溢れ出た。
「あっ、あんっぅっ……!!」
 
「ん……その調子で……」
 白い吐息が熱を伝える。
 そんな感覚さえ、欲をあおってたまらない。

「もっと俺に気持ちよいと啼いてください」
 ねだるように奥が抉られる。
 荒々しく、強引に自分を押し付けるような熱が、全身にくさびを打ち付けて、支配するようだった。
「お願いします――俺が興奮するので」 
 びりびりと全身に強い快感が走って、クレイは悲鳴をあげて泣きべそをかいた。
「にゅくすぅっ――!?」 
「俺がききたいので。俺が」
 
「も、もぅやだよっ……、」

「殿下のこちらは、もう放ちたいとふくれていらっしゃいますね」
 抽挿ちゅうそうを速めるようにしながら、ニュクスフォスがクレイの欲望を愛でるように扱いている。
「俺が導くまま、放っておしまい……」 

「あ、あ、や、やだ、やだ……っは、あ、あ、あ、ああッ」
「殿下の『やだ』は、もっとしてという――」
「ッ、あァ、や――……!!」

 視界にあわく光を放つ古妖精のフェアグリンがひらりとあらわれて、二人のまわりをふわふわと飛翔する。

(あっ、あっ、そんな。光って……目立つよ、照らさないで、やだ……)
 クレイはびくびくと全身を痙攣させ、快楽を先端に迸らせた。

 ――視られている。

「殿下、『お母様』が貴方の痴態ちたいを視ていますよ」
 背から被さるように全身を包み込む熱い体温が、低く掠れた声が――あおる。
 
「ッ、ひっ……――!!」
 ――興奮が弾けて、クレイはなにもわからなくなった。

 

 ◇◇◇

 
 ……気付いたら、朝だった。

 朝の光は爽やかで、隣で抱き枕のようにクレイを抱きしめるニュクスフォスがニコニコしているのを見ると、まるで夜の性交が全部まるごと長い夢だったみたいにも思える。
 けれど、クレイの下半身は重怠おもだるく疲労の感を漂わせていて、繋がっていた感覚は生々しく思い出せるのだった。

 
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