清らかに致すだけ~下剋上後の主従が「その一線を越えてこい」ってするだけだけどそれが本人たちには意外と難しいって話

浅草ゆうひ

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6章、幸せのかたち

70、綺麗な後戯とカミングアウト(軽☆)

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   70、綺麗な後戯とカミングアウト(軽☆)
 

「ん……っ、」
「……はっ……」

 キスが柔らかく続いていた。

「く……」
 唇が離れて、あえかな吐息の合間にニュクスフォスから声が溢れる。
「クレイ……、クレイ……」
「ん……」

 優しく触れる唇は濡れた吐息を吹き込むよう。
 長くうちに留めていた想いがあふれて止まらないというように、何度も甘やかにキスが降る。

「俺の」
「うん、……っ」
 
 大切でたまらないといった手付きで頬が撫でられる。
 口付けをされて、慈しむように髪をかれると、クレイは幸せな気持ちになった。
 
 ――繋がった。最後までできた。

 達した余韻が心身を浸している。 
 仰向けに寝転がって目を閉じたら、そのまま眠りに落ちてしまいそうだった。

「は、初めて……」
 感動したみたいに言うニュクスフォスの声がきこえる。
 ――なんだか幼い子供のよう。
 
「うん、うん」
 ――僕たち、初めて最後までできたね……。

 クレイは共感たっぷりにコクコクと頷いた。

 そろそろと布を手繰たぐりよせて、ニュクスフォスは汗を拭ってくれるようだった。
「僕も綺麗にしてあげる」
 クレイも眠気の中で布を引っつかむ。

 寝ころんだまま気怠い手でニュクスフォスの胸元に触れてみれば、とくんとくんと脈打っていた――そんなの当たり前だ。生きているのだもの。
 けれど、クレイはそれを特別に感じて、その鼓動が愛しくてたまらないと思うのだった。
 
 汗に濡れてしっとりとしたニュクスフォスの肌は色っぽくて、大人っぽい。
 それを見ると、クレイはちょっとだけ自分の身体のセクシャルポイントが気になった。
 
(僕の身体は、貧相だからなぁ……)
 ふっくら、やわらかというわけでもなく、筋肉がたくましくてセクシーという感じでもない。
(だ、……抱き心地とか、どうなのだろうなぁ……っ)
 清潔な布で拭ってやりながら、クレイはなんとなくそれを気にしてしまうのだった。

「あの……あ、ありがとう、ニュクス」
 少し迷ってから、クレイはぽつりとお礼を言った。
「僕を抱いてくれて、ありがとう――僕、ニュクスがいつも楽しんでいるお相手の方々と比べたら、しにくかったと思うから……」
 
 面と向かってお礼を言うと、恥ずかしくて隠れてしまいたくなる気持ちと、伝えるべきことを伝えたんだという達成感みたいなのがふわふわと湧いてくる。
 
「な、なんて?」
 ニュクスフォスは、少し驚いたようだった。
「お礼を申し上げるのは、俺の側ですが……」
 そして、クレイの髪を撫でながら、少し迷うような顔をするのだった。
 
「クレイ様には……前々から申し上げようと思っていたのですが」
「なあに」
 自分の髪を撫でてくれる腕に布をふわふわ纏わせて水分を拭うのを楽しんでいたクレイは、続くニュクスフォスの言葉に一瞬、耳を疑った。

「俺は、挿入いたしたのは貴方だけなのでして」
「んっ……?」
 アピールするように腰に触れられ、いたわるようにさすられると、控えめなあたたかさがその掌から伝わって、甘い欲がまた燃え上がりそうになる。

「もちろん、他の者と楽しむ気もないのですよ」
「……っ、うん……?」
 触れられる感覚におぼれそうになりながら、クレイは眉を下げた。
 
 
(あ……あれえ……?)
 ――女好きの遊び人が、妙なことを言うではないか……?
 

「そ、そ……そんなことを言っても――……あっ、ぁ……」
「貴方だけですよ……」
 『真剣です』って感じで語るニュクスフォスの手がクレイの脚をさすると、クレイの身体は素直な反応を返して、喘いでしまう。

(なんかそれ、いかにも悪い男が付き合う女全員に言いそうなセリフなんだよなぁ……っ、まず、その手を……ねえ、その手は無意識? ニュクスッ?)
 クレイは突っ込みをいれたくて仕方なくなった。
「ニュクス……っ」
「俺はねや教育の段階から挿入がいやで……けがらわしいと思ってしまい……」
「それは、うん。前もちょっときいた……っ」
(それで、自分の嫌なことを僕に『これは楽しいのですよ』って教えたんだね。無自覚に僕を昔の自分みたいに思ってた……?)

 頭の片隅で以前聞いた話と情報を擦り合わせつつ、甘い欲のきざしにうっとりと吐息を紡ぐクレイの耳に、真剣に事情を語るニュクスフォスの声が拾われ続ける。
 
「しかし、俺は周りにそれを大いに楽しめと言われたわけで」
 ニュクスフォスの手はやわやわとクレイのももの内側に潜り込んで『おいた』をしていた。
「ん……っ」
 
 探られる感覚が甘美で、クレイはふるふると脚を震わせた。
 それをなだめるみたいに、震えた個所が撫でられるとたまらない。

「友人たちも兄貴たちも、まあ遊び好き揃いでありましてな」  
 
 ――語る声は懺悔するような気配でたいそう真面目なのだが、手は震える脚をすりすりと愛でて、クレイに緩やかな快感を与え続けている……。
 
「はぁ、は……っ」
(ニュクス~~っ!!) 
 クレイは内心で叫びつつ、腰を揺らしてよろんでしまった。

「周りに調子を合わせるように遊ぶ振りをしてしまい……奉仕だと言い訳をしつつ――」
「わ、わ、わか……った。わかったよっ……?」
 コクコク、とクレイが懸命に頷けば、脚を愛でていた手が離れてぎゅうっと抱きしめられる。

「ハァッ……」
「俺に抱かせてくださって、ありがとうございます」
「う、う、うぅ……うん……」
 愛し気に耳元で囁かれると、クレイは背筋が震えて腰を押し付けたくなってしまった。
「ぼ、僕……、気持ちよかった……よ」
 ふわふわとした声で言えば、ニュクスフォスは幸せそうに息を紡いだ。
 
「お身体は大丈夫ですか」
「だ……大丈夫……」
「は……」
 
 しものように清らかで白い睫毛が、目の前で震えている。そして、再びせっせと体を清めて、労わってくれるのだ。
 それを見ると、クレイは『もっと触ってほしい』と思う自分が恥ずかしくなるのだった。
 
「よ、よかった……俺は、俺が乱暴して貴方を壊してしまったらどうしようかと――」
「ま、前から言おうと思ってたけど、僕……そんなに簡単に死なないよ――そんなに弱者じゃないよ」

 クレイはほんのりと頬を染めつつ、手で下半身を隠した。
 
「ここは、自分で拭く……その、今はちょっと恥ずかしい」
「そう仰られますと、俺も意識してしまいますな……」
 
 クレイの恥ずかしがる言葉と仕草に釣られたみたいにニュクスフォスが頬を赤くして、視線を逸らして寝台から離れる。


 
 ――少しして、ふわりと良い匂いが寝室に満ちた。
 
「あたたかい北方果実酒グロッギですよ……」
 甘い香りを漂わせるマグがサイドテーブルに置かれる。
 ニュクスフォスは抱きかかえるようにして、クレイを膝に座らせた。

「汗をかきましたから、水分を補給しましょうね、クレイ」
 
 保護者めいた気配がそう言って、マグをすすめてくれる。

「あ、ありがとう……」
 
 甘い酒香を帯びた湯気が、あったかい。
 ちびちびとすするそれは、大地の恵みを感じさせる味わいで、美味しかった。

 視界には、淡い光の文字が流れてくる。
 いつもの呪術だ――自分を抱えるニュクスフォスが、身体を調べたり、『綺麗』にしてくれている。
(また少しシンプルな術式になっている……) 
 クレイは慣れたそれをぼんやりと鑑賞した。

「おやすみになられます?」
 後ろからすっぽりと包み込むような体温が、空気を淡く震わせて問いかける。
「うん……ん、」
 応えかけたクレイは、ふるりと身を震わせた。
 後ろからクレイを抱っこしていたニュクスフォスの手が、なでなでと胸元をさすっている。

「ん……」
 優しい手があたたかで、気持ちいい。
 クレイは思わずわきをしめるようにして、マグを包む手を震わせた。

「そ、それ……」
 ……気持ちいい。
 うっとりと吐息を奮わせれば、指先があやしげに胸の突起をくすぐるのだ。
「……っ」
 先ほどの熱がじんわりと蘇るようで、クレイはももを震わせてうつむいた。
 
(今度は、無意識じゃないねっ……?)
 クレイはうっとりとその感覚に身をゆだねかけ、手に包むマグの存在を思い出した。
 
「こ、こぼれちゃう」
 マグの内側で揺れる飲み残しを危ぶんでいると、さっさと手が伸びてきてそれを取り上げる。そして、ベッド脇のサイドテーブルに落ち着かせた。

「少しだけ……」
 耳たぶをむようにしてニュクスフォスにささやかれると、うなじのあたりがじんじんとした。

「ま、また……」
 ゆるく反応を示しかけた自分の雄に動揺していると、そこにも手が伸びてくる。
「俺の御子さんは感じやすくて、可愛らしい……」
 いいこ、いいこと柔らかに撫でられれば、甘くしびれる官能の波がそこから生まれて、全身をゆらりひたりと侵食するようだった。

「あ、んン……っ」
 甘く溶かされるような熱に、はしたない声が出てしまう。
 後ろにニュクスフォスの興奮のきざしを感じれば、クレイの高揚はますます煽られた。

「綺麗、綺麗……」
 呪術の文字が周囲をふわふわ巡っている。
 あやすようなニュクスフォスの声が倒錯とうさく的だ。

(ニュクスは、性交にあんまり良いイメージがなかったんだ)
 ゆらゆらとした恍惚こうこつの波の中、クレイは優しく吐息を震わせた。

 ――綺麗にされる。
(ニュクスは、僕を汚すのがいやなんだ。だけど、汚すんだ……だから、綺麗にするんだね) 

 ――汚れるというイメージがあるんだ。
 ……それは、根っこの部分に植えられた感性なんだ。
 
 クレイは淡く息を紡いで、はっきりと言葉を舌にのせた。
「汚れないよ……」

 たかぶりを愛でていた手が、包み込むような形で止まった。
 ぴたりとくっついた二人の心臓の鼓動があたたかに感じられる――生きている。
 それを思うと、優しい気持ちが溢れてきて、自分が優しくてあったかな生き物になれたみたいな気がする。

 クレイは大切に言葉を紡いだ。
「だめじゃないよ……悪いことじゃないよ」
 
 ……ああ、触れてほしい。
 自分の身体と脳が、心が欲している――この欲求を罪深いと思う人は、きっとたくさんいるのだ。

 ――だって、僕たちは動物だけど、賢し気で、頭でっかちで、いろんな理屈をこねくりまわして正しさを戦わせる生き物だから。
 
 動物とは違いますって顔で、着飾って、綺麗な文化人でいたいんだ。
 正しいことがわかっています、自分は社会で生きるのに恥じることのない立派な人間ですって言いたいんだ。

 そうして愛欲を交わし合うのは、それが許された相手とだけ。
 壁で仕切って見えなくしたプライベート空間――寝室限定、伴侶との秘め事なのだ――『』。
 
 
 
「……好きだよ……」
 
 動きが止まったニュクスフォスの腕の中で、クレイは疲労感と欲望を合わせ持つ身体をもぞもぞとさせて、向きを変えた。

「僕の、陛下……僕の伴侶 l’âme soeur――愛しているよ」
  
 いつの間にか、周囲に踊っていた呪術の文字は消えていた。
 クレイの視界には、笑顔を作り損ねたような青年の姿だけがあった。

 その股間で昂る雄を見下ろして、クレイは自身のそれをぴたりと寄せた。

「く――クレイ様っ」
 
 意表を突かれて慌てるような声をききながら、クレイは二つの雄を一緒に撫でた。
 自分から溢れた蜜をまぶすようにしてから、腰を揺らして自分の雄を相手にすりすりとさせた。
 
「ん……っ」
「クレイ……っ、」 
 ――くちくちと、いやらしい濡れた音が鳴る。
 特有の情交の匂いが濃く感じられて、腰が欲情を高めて揺れる――甘い快楽がどんどん溜まって、触れ合う部分がとろけそう。
  
「あぁ……」
 たのしく口の端をもちあげて、クレイは甘やかに微笑してみせた。
「気持ちいぃ、ね、……?」
 囁くと、真っ赤になったニュクスフォスが息を乱してクレイの腰に手をあてる。

「き……気持ち――いい……っ」
「あ゛っ!!」
 
 腰が揺らされると、他者からされる、強引に与えられるという感覚がクレイの興奮を誘い、肌を粟立あわだたせる。
 
 官能の蜜は、毒に似ていた。
 じくじくと広がって、どうしようもなくなっていく危うい感覚は、心地よかった。
 
「はぁっ、はぁっ、は……」
 ――息を繰り返す音が、どちらが発したのかもわからなくなっていく。

 自分と相手の境界が曖昧になって、ふわふわする。
 一緒に気持ちよくなっているのが、幸せだった。
 
「あぁっ、……もっと、もっと……っ!」
「……クレイ……っ」
 甘い声が共鳴し合うみたいにひっきりなしに零れて、肌と液体が擦れ合う音と一緒に興奮をさらにあおる。
 
「――!!」
 そのまま高め合ってぴゅぴゅっと精の飛沫しぶきを迸らせれば、どろどろとした下腹部が二人分の白濁に濡れて、得体の知れない背徳感を覚えさせるような淫猥いんわいな光景だった。
 
 
 
 ぬるま湯に浸かるみたいな心地よい疲労感の中、眠気が再び強く襲い掛かってくる。
「クレイ――クレイ様……」
「ん」 
 ニュクスフォスの呼びかけにクレイが震えるように首を縦にすれば、頬をぺろりと舐められて、まなじりの下を慈しむようについばまれる。

「俺は貴方を愛しています……」
 恍惚とした声にささやかれれば、クレイは夢の中にいるような多幸感にひたされた。

「僕といっぱい、気持ちいいことしようね」
 眠りに落ちる寸前でふわふわとそう呟けば、ニュクスフォスは頷いて『またいたしましょう』と言ってくれたのだった。
 

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