清らかに致すだけ~下剋上後の主従が「その一線を越えてこい」ってするだけだけどそれが本人たちには意外と難しいって話

浅草ゆうひ

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6章、幸せのかたち

69、そして、繋がる(☆)

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   69、そして、繋がる(☆)

 大陸北西の国、共に中央生まれの二者が居場所と定めしその場所。
 立場が変わり、関係性が不確かになりがちな二人が体温を寄せている。

「クレイ」
 寝所にて、ニュクスフォスの唇が振ってくる。

 クレイの柔らかな茶色の髪の毛先に軽く口付けて、額に頬にと降りて、唇に移ろい、触れる。
 南西の血を思わせるなまめかしい肌に高揚の朱をのぼらせて。

 紡ぐ名に敬称を付けぬのは、少し上からの接し方をする時。
 『王様』キングであり、『騎士』ナイトでもある――青年の白髪を抱くように唇を受け入れて、クレイはふわふわとした感傷と胸の鼓動に目を細めた。

(これは、僕の騎士従者である)
 日常があって――非日常もいっしょにある。
(これは、僕の王様主君である……)

 ……ああ、愛しい。
 クレイは宝物を抱きしめるみたいに、その体温に両腕をまわした。
 
 口付けは、最初は優しく触れるだけの柔らかな感触。
 淡い灯りに薄くともされて、口付けの角度を変えるみたいにしながら息を継ぐ。
 
 白いしもめいた睫毛に彩られたニュクスフォスの紅色の瞳が、輝く宝石めいた美しさを魅せていた。
 その瞳の奥にどきりとさせるような切望や執着の熱がちらついていて、クレイのこころを波立たせる。
 いつも。
 
(これだ)
 ――そんな目をするから、僕はお前を意識してしまうようになったんだ。
(ドキドキして、嬉しくなって、『僕をあげる』って言いたくなるんだ)
 
 ……自尊心やら所有欲だか独占欲みたいなのがくすぐられて、有頂天になってしまうんだ。

 切なく零した吐息に封でもされるように、キスが続く。
「ン……ニュクス……」
 もどかしくふわふわとするうちに、ちろりとニュクスフォスの舌が下唇を舐めてくる。

 誘われるように唇を開くと、舌は口腔に忍び込んできた。

「んン……っ、ふ……」
 ぬるりとした熱い感触が歯列をなぞり、戸惑うクレイの舌を追い詰めて、絡めとる。
 お互いの唾液が混ざり合う。
 淫猥な音を奏でて、溢れる想いを伝え合うみたいに、深く激しく口で交わる。
 
 ざらり、ぬるりとした熱い舌が昂りを知らせる。お互いに。
 
 深い絡みの中、息継ぎに苦労しておぼれかけのように呼吸を紡ぐクレイの右頬に手を滑らせて、ニュクスフォスが瞳を笑ませる。
 上機嫌なのは間違いないが、その紅い瞳はどこか獰猛どうもうで妖しい色艶を魅せていた。

 まるで、獲物にありつけると喜ぶ肉食の獣みたい。
 なら、僕はこれから食べられてしまうのか――それはちょっと怖くて、だけど嬉しい。

 ――僕は、食べられたいのだ。

 そんな想いをつたえるようにしがみついて、舌を吸って呼吸を紡ぐ。
 相手の首筋に手を滑らせれば、感じているような気配があって、嬉しくなる。

(ニュクス、気持ちいい? 僕は気持ちよくなってほしい……) 
 気持ちよさそうな吐息を共鳴させるように繰り返して、高揚こうようの視線が絡み合う。
 お返しとばかりにニュクスフォスに舌が吸われると、クレイは腰のあたりがじんじんと痺れてたまらなくなった。

 ハアッと口を放して、呼吸にあわせて肩を上下させるクレイの頬が桜色に上気して、潤む瞳は欲情の色を濃くのぼらせている。
 声は甘く響いて、つづきをねだるよう。

「気持ちいい……ニュクスも、気持ちいい?」
「ええ――お上手ですよ」
「んっ……」

 耳朶へと指が至り、さすられる。
 そうして口腔がまた犯されると、クレイの身体は内側にふわふわと愛欲の熱を燈して、よろこびに震えた。
 角度を変えて重ねる口付けが終わった時には、クレイの身体からはすっかり力が抜けていた。

 しゅるりと寝着が乱されて肌があらわにされていく――胸板に倒れ込むクレイの寝着を乱したニュクスフォスは、寝台の上へとやんわりと押し倒して微笑んだ。

 外気に晒された鎖骨のあたりを舐められて、吸い付かれる。
 きゅう、とうずくような刺激を肌に感じて、痕を刻まれたのだと知る。
 マーキングするみたいなその印が嬉しくてたまらない。
 
(僕は、ニュクスのものなのだ……)

 クレイの唇が震え、息が上がっていく。

「優しくしますからね」
 おまじないのように言いながらニュクスフォスが肌に唇をつけていく。
 肩に。
 胸に。
 脇に。
 身を捩った身体を捕まえるみたいにして、腰骨のあたりに。
 
 ……ちいさく、快感の種をばらまかれていくみたい。
 
「……っ」
 普段はほとんど感覚を覚えない胸の突起をやわやわと優しい力で刺激されると、微弱な電流が流されているみたいにじりじりとした感覚に襲われる。
 下肢に熱を誘うような、痺れるような感覚は控えめだ。
 けれど無視できなくて、続けられるたびに小さな波の揺らぎが大きな高い波に変わっていくみたいで、クレイの胸を切なくさせる。
 
「ん、ん……」
 くすぐったくて、むずむずして――快感を覚えた身体はもっと欲しがってしまう。
 我慢できなくなってしまう。
「……っそこ、」
 
 はあ、はぁと吐息がふわふわと繰り返して、クレイは切なく手を彷徨さまよわせた。
 熱をく青年の肩に触れて、すがってしまう。

「ここがお好きですね」 
 欲を昂らせる身体を慈しむように、ニュクスフォスはクレイの胸元に奉仕を集中した。
「あ……んン」
 甘ったるい声が洩れて、クレイの睫毛がふるりと震える。
 
 弄られた乳首が敏感にうずいていく。
 じっくりと、着実に――みだらな欲がかきたてられていく。
  
「す、……スキ」
 熱に浮かされたように真っ赤になって言えば、褒めるような気配で緩急をつけて胸の突起がなぶられる。
「はぁっ、は……っ」
 
 甘い疼きが肩へ腹へ、腰へと広がり、脚が震える。
 内側で陰茎が反応をきざして、言い訳のしようもないくらい欲情していた。
 
 喉に鼻に快い吐息を詰まらせ、溢れさせて、鼻に抜けるような声が繰り返される。
 快感によろこび、更なる刺激を欲するクレイの身体は活きのよい魚みたいにあちらへこちらへと身をくねらせ、暴れさせ、下肢に興奮と欲情の証をみせていた。
 
「す……、っすき、あ、ふぁ」
「可愛らしい……俺の、殿下」
 
 ニュクスフォスの唇が恍惚と呟いて、胸の突起を挟むようにねっとりと口付ける。
 その舌先がちゅくちゅくと音を立てて乳頭を濡らして可愛がる。
「……っ、にゅくす、っ、んぅー!」 
 クレイの手がもどかしく白い髪に触れて毛先をくしゃりと乱せば、少しあおるような言葉が空気を震わせる。
「気持ちがいいですか? 俺の殿下?」
 クレイは必死に頷いた。
「き、気もちい……」
「素直でよろしい」
 ニュクスフォスはそそられたように自分の唇を舐め、より丹念に刺激を与えるように吐息をクレイの肌に寄せた。
 赤い舌の腹がざりざりと胸粒をなぶって刺激を強めると、びくびくと素直すぎる反応をみせながらクレイが身悶えする。
 
「……ぁあ……っ」
 首を反らして喘ぐ下半身が、じんじんしている。
 雄蕊おしべの先から洩らした透明な液体が股間を濡らしていく。
「あ、あ、あう……っ、ふぁっ、あぁんっ」

「こんなに乱れて……俺のクレイは本当に可愛い」
 熱い吐息を紡ぎ、濡れた唇を舌で舐めて、ニュクスフォスが手を下へと滑らせていく。
 
「こちらはもう少し我慢してみましょうか? できますか?」
「あ、あ! そこ!」
 勃ちあがっている雄の証を布越しになでなでされると、クレイの目から涙があふれた。
 
 ……ずっと触れてほしかったそこを優しく撫でられるのが、恐ろしいほど気持ちが良い!
 
 はぁ、はぁと過呼吸気味に息を荒げて、その快感に集中してしまう。
 腰がゆらゆら動いてしまう。
 
「ずっと触れてほしそうでしたね……ああ、俺の手に押し付けるようになさって――我慢はおつらいですか」
 
 クレイの腰が勝手に動いて、欲しがる気持ちをアピールしている。
 擦りつけるようにして、刺激を求めている。
 
「ニュ、ニュクス……ニュクス、」
 縋るようにして脚を震わせ――まるで相手の身体を一方的に利用して、自慰じいをしているよう。
「我慢できない。僕、我慢できないよ……っ、触れてほしい……」
  
(は、は、はしたない……いやらしい……でも、止まらない! 僕の腰が、あそこが、すりすりしたくて止まらない)
 
「なんて煽情せんじょう的におねだりなさるのでしょう……!」
 頬を染めて呟くニュクスフォスが顔を覗き込むようにして、譫言うわごとめいて熱を吐く。
「ああ、そんな可愛い顔をして。誰に教わったんです、こんなの。俺? 俺じゃないな……」
 ちゅっと音を立てて吐息を奪われると、クレイは酸素が足りなくなってくらくらしながらすすり泣く。

「ん、んん。んんン……」
「大丈夫ですよ、ちゃんと俺が触りますからね」
「ん、ンン……っ」
「我慢しなくてもいいですからね」
「うん、うん……っ」
   
 落ち着かせるように頭が撫でられて、揺れる腰元で下衣がのけられる。
 火照った下半身が空気にさらされると、そこは今にも精を吐いてしまいそうなほど育っていた。
 吐き出したくてつらいのだというように先端が泣いて、震えていた。
 
「おつらかったのですね」
「あ、あっ」
「一度、すっきりしましょうね」
「あ、悦い……っ!!」
 吐き出させるための動きが濡れた音を立ててそこを責め立てて、クレイは歓喜にむせび泣いて達した。

 迸る熱が、あっという間に出口に誘われて飛び出してしまう。
 抑えきれない官能が、口から嬌声となって、先端から白濁の液体として、溢れてしまう。
 
 放ったばかりの陰茎を労うように目を細め、ニュクスフォスはするすると飛び散った液体に指を絡める。
 拭うような動きはさらなる快楽の源となるようで、クレイは快楽に抗うように身じろぎして、大きく吐息を繰り返した。
 息を吐いてすぐに吸い、即座に呼気に返る落ち着かない呼吸は、おさまるどころか乱れる一方だった。

「もう少し、続けてみましょうか? クレイ?」
「う、うん……っ」

 ここで終わったら、いつもと同じだ。
 後ろに触れてすらいない――結婚してからだいぶ経つというのに、一度も最後までたどり着いたことがないのだ。
 
 また時間をかけて丹念に愛撫をなされ、全身がじんじんと熱を帯びていく――クレイが思うに、この『時間をかけて丹念に』が度を越しているのだ。
 まるで『俺の辞書には挿入の二文字はありません』って感じで、延々と愛でられて快楽を与えられるのだ。
 そして、限界を迎えるとその日はそこで終わるのである……。

「う、後ろを――して」
 他はもういい、とクレイが求めれば、頷きが返ってくる。
「いたしましょう」 
 
 慣れた様子で呪術を紡ぎ、準備するニュクスフォスには、不思議な余裕みたいなものがあった。
 獲物を追い詰める獣めいた欲を窺わせながら、一方で『いつ切り上げても構わない』みたいな奇妙な温度も伴いながら。
 ニュクスフォスはナイトテーブルに手を伸ばして小瓶から香油をたらりと手に垂らした。

(僕ががるだけで、お前の性欲は満たされるの?)
 クレイはもじもじとしながら、呼吸を整えた。
(お前も欲を吐き出したいのではないの。触れるだけでは足りないだろう……触れて、僕が気持ち良いといたら満たされちゃうの?)

 ……最初の方は、そうではなかった気がするのだけれども。
 回数を重ねるにつれ、なんだか変わっていったような気がする。
 途中でやめるのが当たり前みたいになって、慣れてしまったような。

「うつぶせになれますか? 俺の殿下?」
 従者のような、支配者のような、お願いするような、命令するような、不思議な温度感。
 そんな『王様ニュクスフォス』の声がする。

「ん……」 
 クレイはうつぶせになって、膝を折る。軽く尻をあげるような姿勢になる。
 間抜けで屈辱的な姿勢だ――今日はこの姿勢で、慣らされるのだ。

「う、うぅ……っ」
 クレイは何度目かの試みに覚悟を決めつつ、指先ですがるようにしてシーツを乱した。
 
「大丈夫ですか」
 気遣わし気なニュクスフォスの声が優しい。
 大丈夫じゃないって言ったら今日はここまでになるのだろう。
(それは、だめだ……っ)
「だ、だいじょうぶ……」
 
 ぬめらせた人差し指が探るようなゆっくりとした気配で後孔をまさぐり、すぼみの中に進んでくる。
 ぬめる香油がちょっと冷たい。
 自分が熱いのか――時間をかけて抜き差しされ、抜くたびに香油を注ぎ足して、ひたひたと香油まみれにするようにしながら、中を攻略されていく。
 暴かれる異物感にクレイが喉を引きらせたような声を零すと、様子を窺うよう進行が止まるのがじれったい。
 
「ゆっくり息をして……」
 背を撫でられ、クレイが呼吸を繰り返す。
 吸うタイミングをはかるようにして内部に指が進んで、い場所を探る。
 
「……此処こちらが悦いでしょう?」
「あ、あ!!」
 
 内部で気持ち良い場所を指で刺激されて、びくりと声があがる。
 こりこりと押されると、ジンと甘いうずきが全身に響いて、おかしなほど感じてしまう。
 
「そ、そこ……!」
 手がきゅっとシーツを乱して、息があがる。

 うつぶせた姿勢で乱れるクレイを見下ろすようにして、ニュクスフォスは嫣然えんぜんと口の端を持ち上げた。
 
「殿下のお好きなところですね」
 
 しつこく絡むような指先が、反応に気を良くしたようにそこばかりを可愛がる。
 クレイは泣きたくなった。

「んぅ……っッ……」
 
 必死で息をするクレイの背を撫でて、ニュクスフォスは一度指を引き抜き香油を増やすと、今度は二本の指を先ほど覚えた感じる場所に届かせた。
 
「ひッ」
 くちくちと濡れた水音が響くのが、羞恥しゅうちあおる。
 
い具合ですよ。慣れを感じますね、素晴らしい……」
「な、慣れたなら、もういいんじゃない……っ?」
「なにがです?」
「な……っ」

(こいつ、なんのために慣らしてるか忘れてるんじゃないだろうなっ!?)
 クレイはおののいた。
 
「い――挿れるためだよ……っ? 挿れるために慣らすんだよ……っ?」
「もちろんですとも!」
 真っ赤になって決死の覚悟で言えば、覆いかぶさるようにして首筋にキスが落とされる。

「っ!」
 びくりと反応すれば、そんな反応が愛しいとばかりに背にキスが降りていく。
 背骨のラインを辿たどるように唇が降りて、片手が体の下側に潜り込むように脇から胸へまわると、襲われている感覚が強くなって、クレイはびくびくと脚を震わせた。
 
「ぁ……」
 尻のあたりに、昂る雄が当てられている。
 熱く脈打つそれが硬くて、軽くこするように腰を揺らされるとぞくぞくした。

「俺は貴方の痴態にたかぶっていますよ」
 ささやくように言われれば、クレイはその声にくらくらした。
「も、もう、いいよ……」

 ――挿れたらいいじゃないか。

 絶対、もうじゅうぶんすぎるほど、準備できてる……っ!

「ん……もうすこし」
 
 なのに、ニュクスフォスはそれを楽しむみたいにまた指を使うのだ。
 
 本数を徐々に増やして、指はたっぷりと時間をかけて――かけすぎだと思うくらい、ゆっくりじっくり、中をほぐされる。
 体が開かれていく感覚に、クレイの雄の証もどうしても固く張り詰めていく。

「んン……ッ」
 中をほぐす事に注力していた指がそろりと抜かれる。
 
 香油でどろどろしたすぼまりがひくりひくりとして、息が落ち着かない。
 ギュッとシーツを握って耐えていた背が撫でられて、刺激が止まる。

「……」
 すこし躊躇するような沈黙が一拍、あった。
 
「?」
「……本日はこれくらいに致しましょうかね」
 具合を確認するように仰向けにされて、青年の手がクレイの下肢に伸びる。
「こちらを放って終いにしましょう」
 
「……」
(結局、それっ)
 クレイははくはくと呼吸して、ちらりとニュクスフォスの股間のたかぶり、屹立きつりつを視た。
 あちらも一応、勃ってはいるのだ。
 
 ――僕は、本日もこのあおられ高められた熱を放出させられて、いつもみたいに「よくできました」とか言われて寝かしつけられるのだ。
 
 それでもって、ニュクスフォスはどっかで自分の熱を綺麗に処理して清らかな顔をするのだ。もしかしたら、その熱のはけ口を他の誰かに求める可能性も――。
 なんといってもこの者は『王様皇帝』なのだ。相手には不足しないのだ。
(それが、ずっと続く……)
 
 ――かような余裕、許してはいけない。
 
 触れられて高められる射精感に抗いながら、クレイは首を振った。
 
「あ、あ、……飽きた」
「えっ」
 
 ニュクスフォスが驚いたように声をあげている。

 性的刺激に息を乱し、がっていたクレイが急にそんなことを言ったのだから当然だ。
 
 手が緩んだ一瞬に、言葉を紡ぐ。
「僕は、半端な児戯に……飽きた!」

 
 クレイは駄々をこねるように両腕をニュクスフォスの首に回して、落ち着かぬ息のまま命令を――或いは、おねだりをした。
「最後までせよ」
 
 聞き分けのない子に言い聞かせるみたいなトーンで、声が返される。
「続けると俺は止まらなくなりますよ。疲れたとか嫌だと仰っても、やめませんよ」
 
 見れば、ニュクスフォスの紅色の目がじっと見つめている。
 瞳の奥に欲に艶めく熱を感じて、ゾクゾクとした。

あおれているのでは? これ、押したらいけるのでは?)
 クレイはこくりとつばを飲み下した。
 
 チェック王手
 
 チェックだニュクス陛下――、僕が完全にお前を落とすのは、本日であった!
 その理性、僕が崩す。
 
「や、やめたら僕は、すごいことをする」
 具体性はないが、クレイははったりをかました。
「『後悔しても、もう遅い』のだ」
「それはこちらのセリフなんですが……まあ、いいでしょう」
 
 ニュクスフォスは困ったような眼を瞬かせて、腕をほどいた。
「『後悔しても、もう遅い』ですからね」

 クレイはその言葉に目を輝かせた。
 ――するのだ。すると言っているのだ!

「うん、うん……」
 必死に頷く頭を撫でて、ニュクスフォスはそっと体温を離した。
 頬が初々しい色に染まっていて、紡ぐ吐息はすこし緊張しているようにも感じられる。
 
「……お待ちを……」
 そう言ってニュクスフォスが自身のそそり立つ肉茎に薄膜めいたものを纏わせているのを見て、クレイはそれが避妊具だと気付いた。
「それ、必要ないよ……」
「いえいえ、これは必要なのですよ。体調を崩したりしてしまいますからね、虚弱な殿下に致すには特に」

 色めいた気配を押しのけるみたいにして、保護者めいた気配が強くなる。
(あっ、これ。詳しい話し始めたら浪漫も情緒も何もなくなるやつだ)
 クレイはそんな危惧をおぼえて、従順に頷いた。 
 
(ああニュクス。お前、他の女性とかを抱くときはこんなんじゃないのだろう? もっとかるーく誘って、さくっと押し倒してぐいぐい抱くのだろう……)
 頭の中で、そんな想いが渦を巻く。
(僕もそんなノリでいいのに。それでいいのに……)

 ともあれ、ニュクスフォスはどうやら致す気配をみせて体温を寄せた。
「ン……」
 先端をあてがわれて、クレイの体がびくりとした。
 確認するように、声が降る。
「挿れますが?」
(ここでまた確認するぅ……)
 
 むかむかするではないか。
 僕がチェックメイトって言ったら詰んで終わりなのだよ……、

「もう……ッ、早く……ぁっ!?」 
 じりじりと頷けば、おずおずとした気配のそれが後孔に慎重に押し入ってきた。
「は……っ」
 
 先ほどまでの指の質量とは比べ物にならない圧迫感と異物感が、凄い。
 これだ。
 これのために指で慣らすんだ、わかる――呼吸が苦しい。目がチカチカして、苦しかった。
 
 痛みだってあるが――それ以上に「やってやったぞ」という勝利の感覚が強かった。

れた。――僕が、れさせた! 勝った……!!)
「ふ、ふ……ふっ」
「っ……、」
 秀麗な眉を寄せ、少し苦しそうに息を詰めるニュクスフォスにしがみつくようにして、クレイは必死に息を吐いた。
 
「……んン、っッ」
 雁首までがいり、ニュクスフォスの少しかすれた声が降る。
「ま、まだ……やめられますが?」
 
(この期に及んで中止を考えられるのか。お前の理性はどうなっているんだ)
 クレイは無言で息を紡ぎ、呆れた。
(こいつ、ほんとに、ほんとに……)

「あ……やっぱ無理だな」
 そんな不満を感じ取ったのかは知らぬが、衝動に耐えかねるように眉を寄せ、秒もたたずに前言を撤回したニュクスフォスは切なそうな声を吐息交じりに零しながらグッと奥深くまで押し入った。油断させてからの騙し討ちみたいな衝撃に、クレイは一瞬頭が真っ白になった。
「あア!!」
 悲鳴みたいに大きな声をあげて、クレイのまなじりから涙があふれた。
 貫かれた。そんな鋭い感覚だった。
 
 心臓の音が騒がしくて、それ以上に繋がっている部分が熱くてつらい。
 はふはふと息を繰り返して、堪える――、
 
(ちょっと今のは、いきなりだったなぁ……っ!? 突然やる気出さないでほしいなあっ? そういうとこなんだよ、にゅくすっ?)
 
「う……っ」
 すこしの沈黙と静寂が呼吸の音を際立たせた。
 
 押し入った青年は少し動きを止めて、何も言わずに調息している。

「だ……」
 だいじょうぶ? と聞こうとして、クレイは馬鹿らしくなった。
(僕が聞くのは変なのでは? むしろ、僕がだいじょうぶじゃないのでは?)
 
 なんだろう――脳内物質だ。
 確かそんなやつだ。それが出ている――それで、なんか興奮している。
 僕が。

 ――自分の身体に意識をやれば、無視できない存在感を内側に感じて、下半身が別モノみたい。
 息をするだけで精一杯になってしまって、つらい。
 動くのがこわい。けれど、じっとしているのもつらい。
 苦しい――心臓の音が、ばくばくする。
 
「……、は、はぁ……っ、は、はあ」
 静寂に乱れた息の音が二人分響く。
 しっとりと濡れてくっつく肌が熱い。
 
 そのまま、じっと耐えて二人そろって熱をため込むように抱き合って、時が過ぎる。
「へ、陛下ぁっ……?」
 そろそろと敬称で呼べば、顔が覗かれる。
 
「あ……」
 
 ぶわりと熱が上がりそうなほど凄絶な色香に彩られたニュクスフォスの顔が、近い。
 秀麗な眉目を快楽に震わせて堪えるような表情がどきりとさせるほど艶やかで、見てるだけでなんだかいけない気分になってしまう。

(う、うわぁ……うわぁ……ご、ごめん。なんかごめん)
 何が『ごめん』なのかは自分でもわからないが、真っ赤になって脳内で悲鳴をあげるクレイに、ニュクスフォスは嫣然えんぜんと微笑んだ。

「殿下、よろしいですか……」
 上品な空気で体裁を繕うように言う――、
 
「ん、……うん?」
「つまり、こう」
 
 朱く染まったクレイの頬に、興奮に乱れる呼吸を寄り添わせてニュクスフォスの腰が震える。
 
「ン……」
 衝動をやり過ごすように呼吸を繰り返して、やがて本能的に欲を満たさんと獣がするように腰がうごめき揺れ、緩く抽挿ちゅうそうが開始された。
「動く、という事で」
 
「あ、あ、あ!」
 
 柔い内壁が擦れて、香油の濡れた音がくちくちと鳴る。
「っ――」
 すっぽりと覆われるみたいに上から被さるニュクスフォスの身体が揺れて、接合部が内部でやらしい音を立てながらゆっくりと動いている。
 
「あ、ああ……!」 
 内壁を擦り、粘膜を蹂躙して、奥に潜る剛直を感じる。
 突きあげられ、悲鳴をあげてしまう。
 確かめるようにぐっ、ぐっと押し込まれれば、怖い感じがした。
 
 波が引くように退いて擦れる感覚でまた快感をかきたてられる。
 引く波に誘われて、洩らしてしまいそうな気持ち良さ――、
 
 好いところを突かれて――蕩けてしまいそうな快感が、暴力的なまでに強く続く。

(こ、これ……これ、なんか、すごい。……すごい)
 
 脚がガクガクする。
 無我夢中で目の前の肩だか腕だかにしがみつけば、一瞬止まってまた体が揺らされる。
 
「ふ、ア……んんンッ! う、うあ」
 
 クレイの喉から、余裕のない嬌声きょうせいがあられもなくあがってしまう。
 熱い――硬い熱ばかりに意識が持っていかれてしまう。
 内側がドロドロに蕩けてしまいそう。
 
「あ、そこ……、そこ、突いちゃ、」 
 強い快楽に思考が染まる。支配される。
 
 覆いかぶさる男の気配は、獲物を貪る捕食者のようだった。
 荒ぶる息遣いは欲に濡れて、クレイを抱く力はいつもより強くて、別人のよう。
 
 もう軽口も叩いてくれない。
 日常が何処かに行ってしまった――、

(こ、こ、こわいぃ……っ!?)
「……ふぇ……っ、」
 
 襲いかかってくる快楽の海と、捕食者に好きなように貪られる感覚に、クレイの全身がガクガクと震える。
 生理的な涙が零れていく。
 
 泣きじゃくるような声が洩れそうになって、クレイは必死に押し殺そうとする。
  
「ふ、ふ……っ、」
 体を揺らされるまま、縋るように両手をまわして荒く吐息をつむいで震えていると、ニュクスフォスが情欲の滲む声で名を呼ぶのが耳朶をくすぐる。
「……クレイ……ッ」
 
 ――ああ、なんだその声。
 なんか、必死な感じで呼ぶじゃないか。
 
(お前、興奮してるんだね。僕を求めてくれて、僕に挿れて気持ちよくなってくれてるんだね)
 そう感じると、クレイの胸がいっぱいになる。
 うるうると瞳が潤み、情緒が乱れて多幸感でいっぱいになる。
 
「にゅ、にゅくす……、ニュクスぅ……っ、ぁ……ああ!!」
 
 言葉を返す気配もなく、言葉のやり取りよりも肉欲を貪りたいとでもいうように腰を揺らされて、クレイは悲鳴をあげた。
 奥を突かれて、全身にびりびりと強い電流が奔るみたい。
「ああ、あああ!」 
 繰り返し打ち付けられる刺激――欲望を押し付けるような屹立きつりつに、クレイはなすすべもなく翻弄ほんろうされ続けた。
 
 間近に覗くニュクスフォスの紅い眼差しが少しずつ嗜虐しぎゃく性をちらつかせる。
 支配欲めいたものをのぼらせていて、ぐずぐずに蕩けた身体の奥を荒々しく征服される気配に震えが止まらない。

 ぐいぐいと突かれて、快楽に溺らされていく。
 強引に高められていく。

 犯されている。好きなようにされている。
 主導権が自分にない。乱暴にされている……それが、興奮する!
 
「ふ……っ」
 気持ちいい。
 ――嬉しい。
 
 でも、怖い。

 気持ちよすぎて怖いのか、叶わない相手に征服される感覚が怖いのか、あるいは両方なのか。
 とにかく、怖い感じが強くなっていく。

 つながった場所が、ぐちょぐちょになっている。
 中がぐずぐずととろけて過敏になっていて、大きな灼熱のくさびがそこを支配して、蹂躙じゅうりんしている。
 
 何度も何度も貫いて、強い刺激を繰り返す――、
 衝動に突き動かされるような、ずっと抑圧されていた獣が檻から解き放たれて暴れるみたいに荒々しくてでたらめな抽挿ちゅうそうが、『怖い』。
 
「ひ、う、う……!」

(痛い? 苦しい? わからない! なんか、わからない! あつい――熱い!)
  
 執拗な責めがつづいて、いつ終わるのかわからない。
 止まる気配がなくて、止められそうな感じもない。

 刺激が強すぎて、おかしくなってしまいそう。
 何もわからなくなってしまいそう。
 
 つらい――怖い!

「こ、こわいぃ! それ、こわいよぉっ!!」
 泣き叫ぶように、子供みたいに悲鳴をあげれば、上から唸るような声が降る。
 
「だ、だから――言ったろう」
 
 飾るのを忘れたような青年の低い声が、クレイの背をぞくぞくさせる。
 
 上なのだ。
 この青年は、自分より上の存在なのだ――それが、ごっこ遊びでもするみたいに従者のふりをしてくれているのだ。紳士に奉仕してくれていたのだ。
 この怖い王様は、気紛れなごっこ遊びをいつでもやめて、クレイを好き放題にできるのだ。
 
「……っ」
 荒い吐息が、昂りを伝える。
 理性が崩れている――本能をきだしにした瞳が、ぎらぎらしている。

 それが凄まじい雄の色香を放っていて、クレイは圧倒的な敗北感に喘いだ。

「へ……陛下へいか……」
「……っ」
 迷子みたいにぽつりと敬称をこぼせば、一瞬きつく唇が結ばれて、目が閉じられる。
 そして、荒々しく奥に剛直がぐりぐりと押し付けられて、もどかしく気持ちを擦り付けられるような刺激が続く。

「あっ、や、やぅ! アぁ!」
 クレイは高く鳴きながら口の端から唾液を零した。
 
 されるがまま、与えられ続ける快楽にぐすぐずに溶かされるようにして、クレイの腰が揺れる。
 全身はじっとりと汗を垂らして震えていて、背中のシーツが濡れている。

「ふ……ふ――っ」  
 腰を揺らしてがるクレイの反応に興が乗ったようにニュクスフォスが責め気を増して、動きを早める。
 
 褐色の頬に透明な汗がつたって、ほたりと滴った。
 淡い灯りに照らされて、それはまるで宝石みたいに綺麗だった。
 
「……っ、俺は言った、ちゃんと言った……ッ、」
「あ、ぁあっ、あっ」
 
 先端がクレイの感じる場所を刺激して、焦らすようにゆっくり抽挿されてから速度をぐんと速めて、責め立てる。
 
「あ、あ、あ、……っ、や、あ、……っ、」

 激しい律動に、クレイの理性が溶けていく。
 何度も何度も打ち付けられて、悲鳴をあげることしかできない。
 喘ぐだけの生き物にされていくよう。
 
「あ───……ッ! あ、あ──……ッ!!」
  
 シーツにぱたぱたと雫が滴っていた。
 濡れた水音が――ぐちぐちと乱れる音がする。
 動きが荒々しさを増していく。
 
「ン……ッ、……俺は、やめない、と……!」
 
 突き上げられて、視野が白く染まる。
 
「申しました、よ……!」
 
 首筋に荒く噛みつくように吐息交じりの口付けを落とされる。
 なぶるようにされる熱さが怖い。

「待ッ、も、もう僕――あ、あ!」
 
(ああ、待ってと言ってももう言うこと聞かないんだ――)
 
 嬌声に応えるみたいに緩慢に腰を揺らされる。
 体を揺らされる度にあられのない声が零れてしまう。
 もう放ってしまいたい。ずっとこんなのが続いたら、おかしくなってしまう。
 
「ふ、あ、あああ!! ンんっ、や、やだ、アあ!」
 
 上手く声が出てこない。
 全身で密着して、しがみついて快感に喘ぐことしかできない。獣のよう――、
 
「お、おすかぁ、オスカー……っ」
 ぐずぐずに蕩けながら夢うつつを彷徨うように名を呼べば、一瞬ニュクスフォスの紅色の瞳が大きく見開かれた。
「はっ……、」
 熱い吐息がよくわからない感情をごちゃまぜにして空気に混ざる。
「……く、……クレイ様……っ」
 切々とした辛そうな声で名を呼ばれると、情緒が乱れて困ってしまう。

(ぼ、僕の方が、偉い――そうでないと……そうしないと)
「にゅ、にゅくす……っ、ぁ、ア!」
 
 内部を擦り上げるように突かれる。
 両手で腰を掴み、激しく打ち付けられる。
 乱暴にされている――、

 求められている感覚が強くて、悦びが湧いてくる。
 追い詰められ、高められる感覚に、クレイはすすり泣くように悶えた。
 
(これを許すのだと言っておかなきゃ)
 
「き、きもちい、」
 気持ち良い。
 実際、とても、気持ち良い――、怖いくらい! 純粋な快感が全身を支配している。
 両腕で相手に縋り、腰も背筋もびくりびくりとさせ、足先までガクガクと震わせながら夢中になる。

(僕が偉い。偉い僕が許してる。だから、いいんだって、言ってあげないと)
 そんな思いが頭の隅にともって、けれどそんなことを喋る余裕がない。
 
「あ。あ、あ――ああああ!!」
 一際強く打ち付けられた瞬間、クレイは放った。

 全身がおかしなくらいビクビクとはねて震えていた――それを絶頂と呼ぶのだと、今は知っている。
 うっかり意識を飛ばしてしまいそうなほどの疲労感がある――それより先に息が落ち着かなくて、つらい。
 
「は、は、はぁ……っ、」
 
 ほぼ同じ頃合いにニュクスフォスが気を落ち着けていて、彼も中で果てたのだと感じると不思議な幸福感が湧いてくる。
 陰茎を引き抜き、膜を外す気配は若干後ろ暗そうな気配があった。
 
「……」
 
 外された膜の内側に白液が溜まっているのを見て、クレイはそわそわした。

 それがとても特別で、価値があって、凄いものなのだと思えてならなかった。
 そのまま捨ててしまうのがもったいなく思えてならなかった――それを無駄にしてしまうしかない自分が、すこしだけ残念に思えた。

「は、は、はふ……っ、」
 
 クレイは必死に呼吸をしながらくたりと脱力して、ニュクスフォスに体重を預けた。
 忙しない呼吸の背や頭を穏やかに撫でてくれる手が熱い。
 日常がすこしずつ戻ってくる感覚がある。
 ほたりと涙が零れると、青年の手が困ったようにハンカチを取って拭ってくれた。
 
「す、すみませんね。怖いことをいたしまして」
 
 若干おろおろとした風情に言う。

 ああ、日常だ。
 そんな空気だ――言わせてしまったじゃないか――クレイはぎゅっと目を閉じた。
 
「にゅ、にゅくすは、わるくない。ぼ、僕がわる――悪かった」
 ぜえぜえと言って、涙を止めて目を開ける。
 
 言わないといけない。
 クレイは必死に言葉を紡いだ。
 
「し、してほしかった。……ちゃんと、かった……っ、僕は、嬉しかっ、」
 唇が降ってきて、柔らかな感触がした。
「ん、」
 呼吸がまだ落ち着かないまま、感情を勢いでありのまま伝えるような熱い舌が喋りかけの舌を絡め取って好き放題し始める。
 
「んン、……」
 
(ぼ、僕が喋り終わるまで大人しくしてないと、だめなんだ……っ、お前はほんとうに、ほんとうに……)
 
 睫毛を伏せたクレイはキスの感覚に浸りながら、『お気に入り』の青年の白髪に手を伸ばし、その感触に安らぎを求めたのだった。
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