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6章、幸せのかたち

67、その一線を越えてこい……!?(☆)

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   67、その一線を越えてこい……!?


 二人きりになった空間で、天蓋付きの寝台に座るクレイは夜の象徴めいた瞳に騎士を映した。
 顔が熱い。火照ほてっている。
 身体の奥から、じりじりとあぶられているような熱を感じる。

「殿下……」
 精悍せいかんな騎士は、かしこまって寝台から少し離れた位置でひざをついている。

 夜着に身を包んだ姿は身軽な感じがする。
 鎧姿とはだいぶ印象が違うのだけれど、かしずく姿を見るとクレイは『彼は騎士なのだ』と思うのだった。

(これも、儀式の続きみたいなものだ)
 いつか読んだ物語のワンシーンを思い出しながら、クレイは淡く吐息を紡いだ。

「苦しゅうない」
 ――僕は、お前好みに振る舞える。

 睫毛を伏せて、片手を自分の胸のあたりに彷徨わせる。

 視線を落とせば、自分の呼吸に合わせて胸が上下して、手が少しだけ冷たく震えている。
(緊張してるんだ、僕は)
 クレイは切なく浅く息を紡いだ。

 ――僕たちの現実って、芝居みたいだな。
 ……そんなことを考えながら。
 
「俺の可愛い殿下。清雅せいがなる俺のお月様……このいやしき身に、貴方の夜にはべるお許しをたまわりたい」

 騎士は美しくさえずり、許しを待つのだ。

「許します」
 こくりと頷き、手を前に差し伸べる。

 すると、静かに距離が詰められて手が取られるのだ。

「手の甲に口付けをしても?」
 ――ああ、酔っている。ふわふわしてる。

 ――ニュクスはこういう、段階を少しずつ踏むような、古めかしくてまだるっこしいのが大好きなんだ。
 それが伝わってくる……。

「どうぞ……」
 震える指先を慈しむように包んで唇を落とされるのを意識の端で追いかけているうち、胸が苦しくなって、じっとしているのが辛くなる。

 顔を覆って逃げ出したくなる。
 ――違う。
 逃げたいわけじゃない。

 ――僕は、抱いてほしいのだ……。

 身を固くして鼓動が速まるのを持て余していると、ふっと苦笑するような気配と共に体温が近くなる。
 顔を覗き込まれるようにすれば、どんな顔をすればいいのかわからなくなった。

「俺ときたら、これ以上気取ったセリフが出て来ないのですが……」
 整った顔がやわらかな表情を浮かべると、日常の気配が強まって、安心させてくれるようだった。

 膝上に置いた手の上からあたたかな手を重ねられ、懇願こんがんするようにささやかれる。

「貴方の騎士は、ただいま、ご主君に触れたくて仕方がないのですが……」
「……っ」

 ――もう触れてるじゃないか。
 
 いや、そうじゃない。もっと触れると言ってるんだ。
 抱くという意味なのだ。
 
 一線を越えたいですよと言ってるんだ。

 クレイは真っ赤になって頷いた。

「陛下のエンプレスは、陛下に触れてほしいのです……!」

 必死に言えば、火をともしたような眼差しが近づいて、肩に手をかけられる。
 ……吐息が震えて、ふわふわする。

「貴方の『騎士王』は、エンプレスが愛しくてくらくらしていますよ……」
 許しを請うように鼻先を擦り、『騎士王』と呼ばれる男が笑む。
「愚かな男が、貴方を自分の物にしてしまいますよ」
 
 吐息が絡む距離に、情欲の炎がゆらりと高まった。

「僕を貴方のものにして」
 愛しく狂おしく両腕を首にまわしておねだりすれば、芝居の幕を引くように一息に線を越える気配がして、気付けばぬるく柔らかに舌が絡み合っていた。

「ン……」
 甘えるように舌先を寄せると、みだらな熱をり込むような動きの舌が、甘く深く返される。
 
 吐息が乱れるまま押し出される――身体の芯からこみ上げる何かが、甘ったるい吐息と化して溢れ出る。
 
 淫欲いんよくの炎がいっしょになって燃え上がる。
 
 ――そこからは、あっという間に色めいた空気にちていった。

 
 ◇◇◇

 
「ん……」
 一糸纏いっしまとわぬ姿、生まれたままの姿で、快感を享受きょうじゅする。
 
 されるがままのクレイは、自分が何もできない生き物になったみたいだと思いながら身を固くしてニュクスフォスにすがりついていた。

「あったまっていらっしゃる」
 慈しむような声に、クレイは泣きそうになった。
 
 そっと触れて離れていくだけのキスの雨が、酒香しゅこうといっしょにふわふわと幸せのシャワーみたいに全身を浸して包み込んでくれるよう。
 絶え間なく与えられる優しくもどかしい快楽の波に、全身がとろけていく。
 
「大切にしますよ」
 ほわりと息を紡ぎ、ニュクスフォスが上気した肌を愛しそうにさすって口付ける。
  
「ふぁ……っ」
 高く甘やかに鳴いて、クレイが熱に浮かされたように首を揺らす。

「俺の殿下は、今夜は特に敏感で――可愛らしい」
 
 それが可愛くて仕方ないといった声で高揚を伝えて、ニュクスフォスが首筋に舌をわせる。
 あとを付けるように吸い付かれると、体が素直によろこんでしまう。

「っ、は、は……っ」
 指先で腰骨のかたちを確かめるようにくすぐられると、クレイは思わず脚をこすりあわせてしまう。

「あう、あ……っ」
「俺の指でこんなに感じて――愛しい……」
 
「……っ」
 潤んだ瞳でふるふると震えながら、クレイはニュクスフォスをにらみつけた。
「恥ずかしい! お前のそれは毎回恥ずかしい……っ!!」  

「殿下のここは、恥ずかしいと興奮していと仰せです」
 素直に欲を伝える股座またぐら陰茎いんけいを優しく撫でられると、ざわりと快感が湧いて、腰がみだらに揺れてがってしまう。
 
「あ、ばか……っ」
 
 クレイは泣きたくなった。
 ――泣きたくなるほど、そこに触れられると喜んでしまって、震えてしまう。
 もだえてしまう。
 
「気持ちいいですね、クレイ」
「あ、あ、だめ」
「もっとして欲しいのですね……」
「あう……っ、」
 
 ……欲が高められていく。
 全身が刺激に敏感になって、続く愛撫を待ちわびている――、
 
「で、出ちゃうよぅ」
 弱音を吐くみたいに言えば、手が速められる。
「出してしまいましょう。我慢なさらなくてよいのです」
「あ、あ! ふあ……っ!」

 ぎゅうっとニュクスフォスにしがみついて、クレイはほろほろと涙を流した。

「あ、あぁ、ぁぁ!」
 ――こんな簡単にてて、いいのかっ。

 特別な夜なのに。
 そう思いながら、射精感に抗おうとしながら――あっさりと最初の射精は訪れた。

「あ……っ!!」
 全身を震わせて、助けを求めるみたいにすがりついて、こらえようとしたのにらしてしまう。
 達すれば、頭が優しく撫でられる。

「よくできました……」
 耳元でとろけるような声で囁かれると、クレイの雄蕊おしべが悦びむせぶように震えて、こらえていた残りをびくびく吐き出してしまう。
 
「我慢なさらず、出したいだけ出して気持ちよくなってくださいね」
 包み込むような手が雄蕊おしべを撫でて、濡れた音を奏でている。

「ひぅ、やだ……っ、」
 吐き出したばかりのそこが快感に敏感すぎて、クレイは泣きながら首を振った。

「やめますか?」
 
 体温をそっとがすようにして、暗闇をあわく仄かに照らす灯りの中、引き締まった雄々しい裸身らしんなまめかしく選択肢を突きつける。

 鍛錬で鍛え上げられた腹に、厚みのある胸板。
 薄暗闇に見える身体が雄の気配を濃厚に溢れさせていて、クレイはたまらなくなった。

「や――やめないで」
 許しに安堵したように抱きしめられると、しっとりとした温もりが吸い付くよう。
「僕、『欲しい』……っ」
 
 悪戯を仕掛けるように、指先でくるくると肌が愛でられる。
「殿下の『やだ』は、『やめないで』なのですかな……」

「ぁ、……それ、……」
 ……どこに触れられても感じてしまって、やりきれなくなる。

「それ?」
「喋るの、やだ……っ」 
 ――言葉が耳から羞恥プレイを強いるようで、いやだ!

「やめないで、と?」
「違うっ……ぁっ」
 
 しっとりと濡れた脇がくすぐられて、へその窪みに指が触れると、腹がびくびくっと震えてしまう。
 
「ニュクス……っ」
「もっとしてほしい、と?」
「あ、あう……っ」

「俺は、もっとたくさん、たっぷりと、貴方を気持ちよくさせてあげたいのですよ」  
 雄の色香を溢れさせる眼差まなざしに見つめられると、体の芯がとろけてしまいそう。

「き、気持ちいいよ……っ、もう」 
 劣情が息を乱す。
 軽く頬を撫でられただけで、声が甘く洩れてあえいでしまう。
 
「もっと、もっとですよ」 
 
 ついばむようなキスを繰り返しながら、過敏になった乳頭に指先が触れる。
 
「っあ」
「こちらも、触れられたいのですね……」
 
 指の腹で円を描くように周囲をくるくると遊ばれると、むずがゆいような、こそばゆいような、焦れ焦れとした感覚が渦巻いた。

「あ、あ……」
 胸を反らすようにして色めいた声を零せば、ふわりと微笑む気配が羞恥をあおる。
「この中心に触れて欲しいのですね」

 ――そうだ。
 その通りだ。
 ……だから。
(それ、言うのがやだっ……)

 指先を待ち焦がれて尖るそこへ、羽毛みたいな刺激がじれったく与えられる。
 
「ひゃっ……」
「なんて可愛くくのでしょう――触れられて、感じて鳴かれたお声ですね」 
「~~っ!!」
 
 うっとりと呟かれると、恥ずかしくて堪らない。
 指が離れて、そろりとまた触れる刺激が恐ろしく気持ちいい。
 
「は、あ、」
 ゆらりと胸をのけ反らして喘げば、気を落ち着かせるように肩が撫でられた。
  
「いいこ、いいこ……」
「~~っ!!」
 
 弱火であぶられるみたいに、撫でられた場所にどんどん熱がともっていく。
 
「こんなに乱れて、……嬉しいのですね」
「ああ……っ!」
 
 淫乱いんらんに肩を竦めてシーツを乱し、クレイは『なにかおかしいかもしれない』と頭の中で繰り返す。

「も、もう、挿れて……っ?」

 ……自分ばかりずっと気持ちよくされている。
 これは、どうなのか。

 クレイは涙目でニュクスフォスを見た。
 応える声は、ふわふわしていた。
 
「俺は、貴方の乱れる姿をもっと見たい……」
 ――お酒の匂いがふわふわする。

 いつの間にか再びきざしている陰茎を、羽毛が触れるように指で掠められる。
「ひあ……っ」
 電流が奔ったように快感が奔って、クレイは背を震わせた。 
「……っ、ぅ……あぁ……っ」
 ちろちろと鈴口の様子をみるようにされれば、過敏なほど反応してしまう。
 切なくももの内側をすりあわせてしまう。

 荒々しく吐息を奪われ、貪るようなキスに愛撫が続いて、酒の香りがふわふわと鼻腔を擽る――酔っている。

(ああ、なんか……嫌な予感がする)
 クレイはそんな思いを覚えた。
 
「ね、ねえ……っ、お前酔ってるね……っ?」
 
 平たい胸元をふにふにと揉まれて、ふっつりとした乳首を柔らかくつまんだり弾かれたりされて、尖りを育てるみたいにされると、女の子になったみたいな倒錯的な気分に染められる。

「ぼく、男だよ……っ、わかる……っ?」

 官能的に舌で舐られると、ぞわぞわとした。

「こんな、感じて……おかしい……っ」
「ここは、男も感じる場所ですよ」
 
 安心させるように、ふわふわした声が言うのだ。
 それが、嬉しい――と同時に、危機感を覚えてならない……、
 
「挿れる、ん、だよね……っ?」

「ええ……」
 吐息交じりに返されれば、同時に与えられた愛撫に甘く痺れるようなめくるめく官能がかきたてられる。

「は、は、は……っ」
(そ、そのつもりは、あるんだ……っ?)
 
 心音が高鳴って、吐息が乱れて濡れていく。
 眩暈がする――くらくらとさせる喜悦きえつがゆるく、ぬるま湯のように広がっていく。

「あ、あ……っ」
 胸粒をしつこくなぶられ続けて、下腹部がじんじんと痺れてつらくてたまらない。
 その勢いを後押しするみたいに、会陰がさすられる。
 以前刺激されたときよりも、明確に「そこで感じさせよう」という動きで性感が呼び起こされると、体が素直に反応を返した。
 
「ぁ、あぁ……っ」
 挨拶をするみたいに何気なく自然に、ふにふにと押されて、未知の感覚が強くなっていく。
 
 そこでの快感を、覚えさせられていく――、
 
「ひ、あ!」
 
 声が出てしまう。止まらない。
 反射みたいに、びくびく反応してしまう。
 
 とん、とん、とリズミカルに愛撫されると、怖いほど感じてしまう。
 
「これ、挿入するのに必要……っ!? ねえ……っ!」
 ――あまりの快感に目がちかちかする!

「ニュクス、……にゅくすぅ~~っ!?」

 ――お返事がないよ……っ!?

 けれど、愛撫は続くのだ。

「あ、ああっ、ま、また……僕、また……っ」

 焦燥が湧きあがる。
 ――我慢できなくなる。また出しちゃう。
 
 腰がふるふると震えて、じわっと先走りの蜜を滴らせている。
 自身の濡れた感覚がいやらしい気分をさらに昂らせる。

 ぐちゅぐちゅと淫猥いんわいな音がする。
 ……自分の滴らせた淫液いんえきの音だ――耳から犯されていくようで、つらくなる。

「ふあ……っ、触ったら、また達しちゃうってば……っ!」

「いいですよ――」
 しごかれる蜜口から、とめどなく淫らな液が溢れさせてしまう。
 自分では、どうにもならない。
 快感から逃れることもできないし、反応する体を落ち着かせることもできない。

「よ、よ、よくないっ」 
 指ですくわれ、塗りつけるように音を立てられると、クレイは上擦った声を押し出してびくびくと過剰なほど反応してしまった。

「あ、あん――!」
 裏返った声が他人のよう。女のよう。犬のよう。
 あられもない声が止められない。
 どうしようもなく乱れて、喘いで、泣いてしまう。

 一方的に快感が与えられて、ひとりだけ狂おしく善がっている。
 それが、なんだかおかしい。
 
「……おかしいよ……っ」
 
 胸で勃ちあがって艶めく乳頭を口に含まれ、音を立てて舐めあげられ、吸われる。

「あ、はう、あぁっ」
 
 腰がじくじくと熱い。
 喉を反らして喘ぐ声が、あられもなくてはしたない。
 自分の声に耳を塞ぎたくなる。

「クレイ、気持ちよくなって」
   
 官能の波が、果てよとばかりに押し寄せる。
 流されてしまう。
 持ち上げられて、浮いて――怖い。

「あ、あ、怖い」
 愉悦ゆえつの波から、逃してもらえない。
 ぐい、ぐいと強いられる。支配される――、

「もう、じゅうぶん気持ちい……っ」
 寄せては返す波のような濃密な官能が、恐ろしい。

 なすすべもなく喘がされるクレイは、必死に呼吸を繰り返した。

 溜まりに溜まった熱が出口を求めて荒れ狂う感覚が下半身にある。

「あーーっ!!」
 白蜜が爆ぜてびゅくびゅくと飛び出し、付近をしとどに濡らすのが情けなく思える。

「いっぱい出せましたね、クレイ」
 ニュクスフォスに飛散した白濁の跡を指でなぞるようにされると、死にたくなった。

「なんだろう……これなんだろう……っ」

「疲れましたか? やめますか……?」
「ち、ちがう。そうじゃない……」

 困惑の中、腰が持ち上げられて枕が下に入れられる。
 下半身を浮かせる格好で、大きく脚を開かせられる。

「あ、あっ、待っ……」

 何をされようとしているか悟って手を伸ばすが、止められない。
 吐き出したばかりの雄蕊おしべに、蜜を啜るようにして艶めかしく唇が寄せられ、熱くぬるりとした舌で舐られる。

「ええっ……」
 背筋がぞくぞくして、クレイは悲鳴をあげてのけ反った。

「あう! あっ、あ、やあ……」
 止めようと伸ばした手が身悶えするだけになり、白髪を乱して煽ってしまう。

「ちょっちょっとぉ……!」

(これも、挿入するのに必要な行為じゃないよね! ニュクス―!?)
 
 いつになったらこの快感は本番を迎えて終わるのか。
 挿入が本番なのだろう。
 でも、これより強い刺激がこの後にきて、僕はどうなってしまうのか……、

 そんな想いで、涙が溢れる。

「も、もう前戯はいい。いいよー!? ひゃぅ……っ」 
 射精感を煽るように勢いよく舐め上げられて、舌先で括れを繊細に刺激されると、悲鳴みたいな声が出る。

 腰を浮かし、背をしならせて泣いてしまう。

「や、やぅ、やだったら。さっきも出した。もうつらい……っ」
 なのに、濡れた音を奏でる粘膜で情熱的に愛でられ促されると、欲求がどんどん高まっていく。

 ――僕のからだが、おかしくなるっ!

 全身がじっとりと汗ばんで、小刻みに震えている。

「お、おかしくなっちゃう。あ、あ」

 性感が自分を支配して、わけがわからなくなってしまいそう。
 自分の身体が感じすぎて、全身が感じるだけの器官になったみたい。

 吸われる刺激に悲鳴をあげながら、腰を自分から押し付けてねだるみたいにしている。
 
 ――恥ずかしい、気持ちいい、やだ……止まらない!!

「こちらに触れても?」
 後ろのすぼまりに伝う蜜を追うようにニュクスフォスの指が滑っていくと、全身が強張ってしまう。

(こ、ここからそこに進むの――!?)
 
 クレイはおののいた。
 正直、もう終わりでもいいくらい、しんどいっ。

「無理には致しません」
「い、いい。……いいっ……!」
 その『いい』が『もういい』なのか『してもいい』なのか、一瞬言ったクレイ自身にもわからなかった。
 
 けれど、ニュクスフォスは『してもいい』と解釈したようだった。
 ああ、この嬉しそうな笑顔といったら!
 
「ゆっくり慣らしてみましょうね」

 ああ、めちゃめちゃ張り切っている――、
 ニュクスフォスが透明な硝子の瓶から垂らす香油は甘い香りがして、疲れた腰に再びの欲を誘引するようで、ずくんずくんと下半身が重苦しくうずくようだった。

「こちらを扱う時は、この術を先につかって清めるのですよ」
 教えるようにしながら呪術を使う指先が濡れていて、淡い照明に艶めくさまが淫靡いんびに感じる。

「ハアッ……」
 クレイは必死に呼吸を落ち着かせて、自分を奮い立たせた。

 正直、もう疲れていて体がずっしり重い感じがする。
 淫らな熱はまだ下半身にくすぶっているが、寝ようと思ったら寝れそうな疲労感だった。

(お前、いっつも他の人とこんな風にまぐわっているの? 僕が体力なさすぎなの? あれえ……)

「しっとりと濡れていて、とても綺麗ですよ」
 そんなことを言いながら、入り口をやわやわと濡らされ、指先で優しく愛でられる。

(そこが綺麗といわれても、反応に困るな……)
 クレイはもじもじした。 

「ん……」
「すこし、お疲れですか」
「だいぶ」
「……やめます?」
「いや……」

 眉をひそめるようにして、ニュクスフォスが行為を続ける。
 中に乱暴に入れるようなことはなく、じっくりと蕾に蜜を浸すようにしながら、形を確かめるようにしながら、撫でられる。
 ……あまり強い感覚はないが、すこしずつ『欲しい』感覚は強くなっていく。

「では、もう少しだけ」
「ん……っ」 
 
 ふるふると欲しがるようにうごめく濡れた蕾は、まだ暴かれる感覚を知らなくて、触れられているとむずむず、そわそわする。

「挿れますよ」
 そこに、浅く様子をみるようにして、ゆっくり慎重にニュクスフォスの指が侵入してくる。
「あ……っ」

 異物感に身をこわばらせると、指の動きがその都度止まって、慣れて受け入れるのを待ってくれるよう。
 出たり入ったりを繰り返して中に香油を慣らすようにされると、どんな顔をしていいかわからなくなった。

(後ろを弄られるのは、なんか……困る……っ)
 クレイは得体の知れない困惑を持て余した。
 
「……っ」
 腕で顔を隠すようにすれば、頬が腕を押しのけるように寄せられる。

「おいやですか」
「いやじゃ、ない」

 ――たぶん。
 
「俺の指を感じますか」
「とても……」

 ――困っちゃうくらい。
 
「中がひくひくしていて、濡れてとろとろですよ。俺は興奮しています……ここは俺しか知らない殿下の秘密の場所ですね」
「ああ、……お前のそれ、ほんと、やだ……っ」

 クレイは唇をきゅっと結んで、奥歯を噛んだ。顔が熱くて仕方ない。
 
「俺の指はもっと奥に探検してみたいと申していますよ」
「だから、それだよ……っ」 
「呼吸にあわせて進ませてみましょうね。よろしいですか……」
「……っ」 

 奥にぬるりと進む感覚に、何も言えなくなる。
 香油を塗り付けるように中を擦られると、尿意をおぼえるような感じもする。
 ひだに馴染んだ香油が中でぐずぐずになっていて、水音がいやらしい……。

「――あ!」  
 探るようなニュクスフォスの指先が内部で一点をかすめて、クレイの全身がびくっと跳ねる。
 
 ありえないほどの直接的な強い快感。
 鋭く脳を突かれるような快楽に、鳥肌が立った。
 
「殿下の好い場所がみつかりましたね」 
「あ、あっ!」
 声が上擦り、未知の感覚におののくクレイに、ニュクスフォスははしゃぐように微笑んだ。

「ここが悦いのですね」
「ああ!」 
「ここが、貴方をとろとろにさせてくれる場所ですね」
「ああ、あぁ、ぁ! や、やあ……!」

 確信を持った指が、しつこくしつこくそこを刺激する。
 
 快感に溺れるように息を繰り返すうち、全身が熱くてたまらなくなっていく。
 前がうずいて、また勃ちあがって。
 
「そ、そこ、だめっ……あ、あ、あ!」

 ――変だ。
 他と違う感覚を呼ぶ場所だ。
 
 ここが好いのだろう、弱いのだろうというように、執拗しつように責められる。
 いつまでも、いつまでも続くような刺激は、体にどんどん熱を誘って、煽って、終わりがみえない。
 ――まるで、拷問!

「だめ、だめ……だめぇ……っもう、やぁぁぁ……っ」
 べそをかいて、を上げてしまう。
 ぽたぽたと前から蜜が滴って、気持ち良いと泣いている……。
 
いですね、ここは気持ちよいですね」

「ああっ、あああ、あ……っ」

 ニュクスフォスは止めてくれない。
 これが悦いのだな、どんどん高めてやろうとばかりに、丹念に丁寧に愛撫する。
 
「僕、ほんとにだめっ、きちゃう――ああっ……」
  
 きざはしをどんどん上へと駆け上らされているような、怖い感じがする。
 身体の芯がぐずぐずに蕩けていて、快感を拾う神経がどんどん研ぎ澄まされて、つらい。

 ――爆ぜてしまう!

「もう限界っ……、」

(どうするの。僕をこんなにおかしくして、どうするの――挿入するまで、もう続けられる気がしないよ! お前の前戯は、前戯っていうより本戯じゃないか!!)
 クレイは軽くパニックを起こしたみたいになりながら、ハアハアと喘いだ。

「イっちゃう。ニュクス、ニュクス、だめ。僕イっちゃうから……!!」
「いいですよ」
「いっ――」
    
 熱がどんどん溜まって、暴れて、苦しい。
 強制的に高められていく。
 もう爆発しちゃう。もう刺激しちゃだめ。
 なのに、やめてくれない。

 ……それどころか、前に手を伸ばして優しく刺激を重ねてくる!

「ほうら、気持ちいい――先へ先へ、押し出されていく感じがわかりますね? そのまま、その感覚に従って出してしまいましょうね」
「あ、ああっ、あああっ!」
  
 快楽の波が、全身をさらって高く打ちあげようとしている。
 抗えない――逃げられない!

「たすけ……っ」 
 肌があわ立ち、余裕のない足先がシーツを絡め取り暴れる。
 けれど、ニュクスフォスは快感を与えるのをやめてくれない。
 
 切羽詰せっぱつまる声が、悲鳴をあげる。
「きちゃう……あっ、あ、ぁ!! き、きちゃう――」

 ――弾けてしまう。

 渦巻く欲望が螺旋らせんを描き、促されるまま、導かれるままに雄蕊おしべの先に昇り詰めていく。
 
 限界を迎えて決壊してしまう。爆ぜてしまう。押し出される――、
 目の前にチカチカと星が飛ぶ。
 
 汗や涙や唾液でぐしゃぐしゃになりながら、絶頂を迎えた。

「ああ……っ!! も、もう……っ」
 そして、意識が保っていられなくなる。

 ――もう、だめだ……、


 挿れるって言ったのに。
 言ったのに――、

 くたりと脱力し、クレイは意識を手放したのだった。

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