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6章、幸せのかたち
66、この国を我が家と呼び
しおりを挟む66、この国を我が家と呼び
視界一面に光の花が舞い、小さな妖精たちが踊っている。
粉雪がゆったり地面に降りる中、天に手を上げ、観衆が笑顔を咲かせていた。
家々の窓からは、その住人が顔を覗かせて祝福を降らせるように植物の花や紙吹雪を注ぐ。
この日、現在のこの時刻、行ったことのない離れた場所、外の国でもそこに生きる民がきっとこんな風にお祝いをしているのだろう。
その国とは自分たちの国と親密な間柄で、将来的にはもっと互いの国を簡単に行き来できるようになる予定なのだという。
友達になったジェミアンとボーニャ、そしてビシが、お互いの家族と一緒になってパレードを追いかける。
「ジェミアン、パレードに知り合いがいるの?」
「あそこの騎士さん、うちの都市出身なんだよ」
犬のボーニャが尻尾をわふわふと振って、屋台に興味を向けている。
「いろんな国の料理が集まってるんだって」
ビシが手を差し出してくれる。
ジェミアンはその手を取って、一緒になって屋台を巡った。
粉雪がちらちらと降る中、皆の呼気が淡く白い。
他国からの来訪者もあって肌色様々な人間たちは、みんなみんな吐く息はおんなじ色で、美味しい料理を美味しいと微笑む顔もおんなじようなにっこり笑顔だ。
「ビシ、この串焼きのお料理はね、ずっとずうっと南に歩いていったところにある国のひとたちのお料理なんだって」
こんがりジューシーで、香辛料が刺激的なお肉に夢中でかじりつけば、あつあつで肉汁がたっぷり――美味しい!
「ジェミアン、このスープは東に馬を走らせて行った先にある山脈地帯のスープだよ」
いつか一緒に行ってみようか、と語り合う二人を、それぞれの家族が微笑ましく見守っていた。
屋台でたくさんの珍しい食べ物を試して、お城のバルコニーを見にに向かえば、前も後ろも人でぎっしり、ぎゅうぎゅうだ。
「はぐれないようにねえ!」
ドルマ―おばあさまがちょっと心配そうに叫んでいる。
観衆が見守る中、北西の国主『騎士王』陛下が姿を見せる。
華奢で中性的な貴人を抱きかかえて。
「『騎士王』陛下だ」
その存在を口々に名に変えて、民は手を振った。
「抱きかかえていらっしゃるのは、噂の……」
「あれが……」
「あの華奢な殿下は、中央の王甥殿下で……」
「皇配殿下になるお方だよ」
幾つもの噂が共有されて、「それはちがう」「それ知ってる」といった声が続く。
割れるような歓声が、皆の高揚を足元から盛り上げる。
高揚を燥ぐ声に変えて大声を出せば、それが他者の発した音と合わさって、全体の歓声の一部になる。
人の声が幾つも重なり、妖精たちが舞い踊る天の高い場所まで揺らがすようだった。
白い陽光が燦然と輝いて、全員を等しく照らしている。
そんな大歓声の中――、
空の果てから、黒い影が飛翔して昼の時間に気紛れに夜が遊びにきたように、大きな夜色を民に見せつけたのだった。
「あれはなんだ……」
「何か来るわ!」
騒然と蒼穹を見上げる地上の民が未知への恐怖に取りつかれてパニックに陥るより疾く、声が響く。
「これは、竜という生き物です」
丁寧に紡がれた声は、呪術で拡声されて観衆の集まる広場中に響き渡った。
『騎士王』に抱きかかえられた貴人が言ったのだと、集まる視線が物語る。
言葉は耳に心地よい、優しく響くやわらかな発音で、紡がれる速さはたいそう遅い。
おっとり、ゆったり、時間を贅沢につかうように、その貴人は語るのだった。
「黒竜、アスライトといいます。ご覧のとおり、大きな体をしていますが、小さな姿になることもできます」
人の都市を見下ろすように、その夜色の竜が上空に留まっている。
大きな翼を上下させて風を生み、妖精たちに不満げにされながらも空の支配圏は自分にあるのだというように傲然とした赤い目で民を睥睨し、地上に影を落としている。
「竜は野生の獣のように、牙や尾、爪で戦うことができます。その皮はかたく、鱗は堅牢にその身を守り、その下の肉も強靭です。さらに、呪術の腕は名高き中央の最上級呪術師よりも遥かに上で、人の身にとって奇跡のような技術を有しています」
あどけないようでいて、大人びた声。
貴人は、その美しい容貌も声も、中庸の二文字を想起させるような、透明感のある穏やかで清廉な気配を発する人だった。
大人のように成熟した魅力を発するようでもあり、少年少女のように未来の可能性を初々しく纏うようでもある。
成人済の男性であるというのは周知済であるものの、年齢も性別もよくわからなくなってしまうような、そんな神秘的な雰囲気のある人だった。
「黒竜は、僕の守護者です。故国では、夜を象徴するものと呼ばれています」
クレイ殿下、という呼び声が観衆の中から生まれる。
中央訛りのある呼び声が発端となって、少しずつそれが広がっていく。
訳知り顔の者が近くの観衆に教えている。
「中央の国では、あのような竜という生き物が王族を守護するんだ」
興奮気味の顔が何人も頷き、つづく声に笑みを続かせた。
「僕はエインヘリアに籍をおき、この国を我が家と呼びましょう。皆様を家族と呼びましょう。ゆえに、ただいま上空にいる黒竜は僕の家族である皆様と、このエインヘリアも守護してくれるのです」
――それはとても特別で、凄いことではないか。
上空の竜と『クレイ殿下』の間に忙しく視線を行ったり来たりさせながら、大衆は興奮を音に変え、手を叩き、騒いだ。
そんな民に頷き、『クレイ殿下』は自身を抱きかかえる『騎士王』に何事かを囁く。
すると、『騎士王』は騎士兜を脱いで、その素顔を露わにした。
「陛下が、お顔を……」
「『騎士王』が!」
ざわめき、どよめきの中、何人かが「以前あった噂は本当だったのだ」と呟くのがきこえた。
その出身に関する噂、南方の出だという話――、
そこに、また穏やかな声が降る。
「僕たちは、共に中央の出身です」
出身は、中央だと語るのだ。
「困っていた僕を、元々友人であった陛下が助けてくださいました。僕は、とても感謝していて――この立派で優しい『王様』が、大好きなのです」
初々しい声が少し恥ずかしそうにしながらそう語ると、民の中には頬を染めて甘酸っぱい感じに同調したように照れてしまう者もいた。
「この国の指輪を巡る制度は、とてもユニークだと僕は常々思うのですが……」
ふわりとした風情で、『クレイ殿下』が悪戯っぽい瞳をみせる。
紫色の美しい瞳が大衆をゆったりと見つめる――、
純真なようであり、毒々しくて剣呑な気配に、皆がどきりとした。
「僕と、僕の黒竜がこの王様をお守りするのだということを、皆様にははっきりとお伝えしたいと思いました」
妖しい微笑を艶めかせ、『クレイ殿下』は締めくくりに『騎士王』に顔を寄せて、そっと頬に口付けをした。
黒竜がその姿をちいさく変じさせながらバルコニーへ降りて、『クレイ殿下』の肩に留まる。
奇跡に邂逅したような顔の観衆が大声で何かを叫ぶ。
何を叫んでいるのかもはや自分にも他人にも判然としないが、興奮しているのは間違いなかった。
歓声が永遠に続くように大きな波となって湧き上がって――、
◇◇◇
ポワルと呼ばれるヴェールが、ニュクスフォスの両肩とクレイの頭を覆う。
白いブーケを手に、一輪を抜いて胸にして。
身も心も洗われるような花の香りにつつまれ、家族や友人たちに微笑んで、1本の蝋燭を祭壇に持って行く。
祝別された葡萄酒を同じ器でいただけば、大地の恵みの温かさが喉から胸に、そこから全身へと広がっていくよう。
握り合った両手をストラで巻いて、神父が祝福してくれる。
フェアグリンがふわふわと周囲を舞い、光の粉を降らせている。
……そっと指輪を交換する互いの指先がすこし冷たくて、初々しい。
この日、この夜から数日は、祝祭がつづく。
各都市では食事が振る舞われ、水汲み場には葡萄酒が置かれて、皆が好き勝手に飲んで喜びを分かち合うことができる。
祝別の司祭が聖水と香を携えた侍者を伴い退室すると、褥には儀式を終えて伴侶の身分となった二人だけの静穏が訪れる。
それは多くの人間にとって特別な意味を持つ夜だった。
(つまり、今夜は……最後までするのだろう?)
その日、皇配という肩書きを新たに獲得したクレイは、そんな夜の中、緊張や期待でハイテンションに浮かれ上がっていた。
(するんだよね? 当然、するよね? ニュクス? わあ、わあ。もう僕は勝利宣言しちゃおうか、「やった」とかそんなやつを。「チェック」、チェックだ……ふふっ、僕たち、本当に……)
若干フラグめいたものを感じつつ、クレイはそわそわドキドキとした心を落ち着かせるように呼吸を繰り返す――。
その瞳には、綺麗な黒の王が映っていた。
生まれてからずっと『自分はコルトリッセンとして白の王を自分の王様としてお仕えするのだ』と思っていたクレイの王様が、今、別の王様になっている。
……それがなんだか、自分の意思で望む未来を選んだのだと思えて、嬉しくてたまらなくなるのだった。
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