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5章、マイノリティと生命の砂時計
65、出会いの酒場と若き皇帝の悩み
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65、出会いの酒場と若き皇帝の悩み
SIDE クレイ
北西の国、エインヘリアに戻ったクレイの元には、配下が集まっていた。
得意満面に戦果を語るのは、テオドールだ。
「イヴァンの奴、建設途中の都市に逃げ込んで籠城しやがったんでさあ。そんでフレルバータルが機転を利かせて、宝を置いて逃げるふりをしたんでさあ」
キンメリア族が誇らし気な目をみせている。
クレイは興味津々に身を乗り出した。
「宝を置いて逃げるとは?」
「騎馬民族がよくやる逃げ方ですよ。逃げろーってなった時、持ってる金目のものをぽいぽいって捨てて逃げるんです」
「ふむ、ふむ……金品を囮にするのだね」
「逃げたふりして呪術で近隣に伏せてたら、あいつらのこのこと門を開けて都市から出てきて宝を拾って」
「ふふふ……、楽しそうではないか」
クレイは地図をみて、「東北――ヒダスレス川の上流に向かうと、エインヘリアが未開の土地があるね」と全員に場所を示した。
「可愛い子には旅をさせよという。お前たちの遠征は終わらない。未知の土地をちょっと冒険してみては、いかが」
「俺は冒険より孤児院でのんびりしたい気分ですよ」
「俺も」
「そうか。なら、のんびりするといいよ」
クレイはやる気がいまいちらしい配下たちに頷いた。
「イヴァンの身柄は抑えているの? なら、あとで『騎士王』にプレゼントしようかな。お誕生日プレゼントにあげる、身代金取って解放してもいいよって……ニュクスは身代金を取るのが好きだから、喜ぶんじゃないかな」
「身代金取るのが趣味みたいに仰る」
「趣味なんじゃねえか? 意外と」
「坊ちゃんが趣味だと言えば趣味になる」
「違いねえ」
『歩兵』たちはいつも通りの緊張感のなさで、身内の温度感で笑い合っている。
「そうそう、孤児院にいた病気の子はすっかり元気になったらしいのだ」
伝えると、アドルフはパッと顔を輝かせた。
「心配していたのだろう。それなのに遠出させて、すまなかったね」
「いえいえ! この後さっそく会いにいこう」
「俺も!」
「俺も~」
和やかに笑みを交わす配下『歩兵』たちに、クレイは肩を竦めた。
「僕、お前たちに価値観を押し付けがちだね。武に秀でているのだから武勇を発揮して、名を高めるのがよい、……など」
「俺たちは元々『人間じゃない』と言われてた罪人上がり、盗賊上がりですからね。坊ちゃんが思ってるより現状に満足度が高いんです」
「そうか、そうか」
クレイは笑って視線を巡らせた。
「キンメリア族は……」
フレルバータルが頬を赤くしている。
期待の眼差しが熱っぽい。
「僕はこの北西に人間種、妖精種問わず性癖の同志を探せる場、出会いの酒場をつくるゆえ、そこで合意の上で一緒に楽しめる遊び相手を見つけると良いと思うのだが……」
真面目な顔で語る主人を、呪術師レネンは壁際でいつもの通り、空気のような存在感で見守っていた。
「世の中は広くて、探せばどこかに同好の仲間というのは、きっといる。ひとりで寂しい想いをしたり、思い悩んだりするひとの助けになればよいな、と。自分と同じ仲間はいるのだとわかって安心できる場所があればよいなと……僕は思うのだ」
のんびり、おっとりと語る声は、「ところで、えすえむって知ってる? 僕はもしかして、そっちの性癖があったりするのだろうか。お前たち、どう思う? お前たちは、えす? えむ? みんなどっちかに当てはまるものなのかな……?」とあやしい話題に進んでいく……。
SIDE ニュクスフォス
フォルトシュリテン城の一角に集まる帝国官吏たちは、久しぶりに見る『騎士王』に緊張感を高めていた。
元々騎馬民族と定住民族が争いを繰り返していて、それが古妖精のいたずらで指輪を巡るシステムに替えられたというこの特殊な北西の国にはよくあることとして、『国は盗ったが国の治め方がわからない』『王様になりたかっただけで国をよく治めようという気概などない』という問題があった。
一部の旧臣勢は、『騎士王』とはこのパターンに当てはまるのではと危惧していた者もいた。
混沌騎士団などという股肱で鎧の中身を入れ替え、自身はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、外交熱心といえば聞こえはよいが、城に籠って政務に勤しむ国主としての人生を生きる覚悟やモチベーションがないのではあるまいか。
そのうち「もうやめた。指輪は誰か欲しい奴にくれてやる。俺はまた子分たちと冒険の日々に戻る」などと言い出すのではないか――そんな不安があったのである。
「長く城を空けてすまなかったな。内事を卿らに任せきりにしたり、政を放りだしたり、疎かにしようってつもりはないんだ」
騎士兜に手がかかり、その下の顔をあらわにして、若き皇帝が玲瓏と声を響かせる。
南の血を感じさせる異国人の容貌は、過去にも何度かさらけ出されていた。
北西の国主は、指輪さえ奪えば他国人でもなれる。
とはいえ、土着の帝国人、愛国の徒の中には当然の心理として、他所からやってきた出自不明の馬の骨が指輪を奪うのをよしと思わぬ者もいた。
ランゲ一族のように表だって反発する者もあれば、胸奥に反意を隠して従う者もいる――それがエインヘリアという歪な国だった。
「外に囲まれて内がある。内とは我が家であり、民とは我が家族である。耕し大地の恵みを得るに難の多いこの北の地は我が血肉に等しく慈しみ富ませたいと思うものなり。汝ら、臣は我が父であり兄であり、友であり同志である」
『騎士王』が流暢な北西語で滔々と語る。
この余所者皇帝の良いところは、ネイティヴ並みに北西語が達者で、どうも貴族の家の生まれらしく――他国風で、国家規模ではなく領地規模のそれではあったものの、それなりに土地を治めたり、人の上に立つ者としての教養があるらしきところだった。
顔を隠していれば、元からの北西人とそれほど変わらぬ自然さでコミュニケーションが取れるし、官吏たちの話もよく通じて理解を示され、鷹揚に仕事を『サポート』してくれるものだから、反発の気も多少削がれるというもの――そう、『騎士王』は、どちらかといえば優秀さを振りかざして主導するというよりは、優秀な官吏を集めて彼らが仕事をしやすいようにサポートするのが得意な性質なようだった。
それも、人懐こく友好的な南の気質で、なんとなく好ましく感じてしまうような純粋さとひたむきさを素直に覗かせる若者の顔で、熟練の年嵩官吏たちに「父」とか「兄」とか呼びかけたり、同年代の臣らに「友」や「同志」と呼びかけるのだ。
大陸を魔王から救いし冒険譚、英雄譚が世に多く語り継がれるこの英雄がそんな風に頼るのだから、反発心を秘めていた者たちも、それをどんどん奥に眠らせてほだされていくのだった。
「俺はこの北の国と民をまだ熟知しているとは言い難いが、他国に行くだけじゃなくてちゃんと自分の国も見てきて、そこに生きる民と交流してきたぞ。もちろん、この広い国土の隅々とはいかぬが」
紡がれる言葉は初々しく北西への好感を窺わせる。
北西で生まれたといっても信じてしまいそうなほど卓越した北西語のスキルが、違和感なく、情感豊かにその心を伝える。
「極寒の地でもしたたかに生きる彼らは愛しいと思えるし、その生活をより良いものにしていきたいと思うのだな! 俺が本日よりまた優秀で立派な卿らの仕事がスムーズにいくようサポートするから、卿らが良いと思う仕事を存分にして、この北西の民の生活をあたたかで豊かなものにして欲しい……一緒に、それを目指していこう」
大陸が混乱に陥った昏迷の時代、各地の戦場や遺跡を仲間の騎士たちと短期間の過密スケジュールで日夜駆け巡ったという青年の言葉は時として南の自由な気質を思わせることもあれば、中央の上品さを匂わせることもある。
妖精の好むまっすぐな心根や、世慣れぬ少年みたいな泥臭さや青臭いところもあって、付き合いを重ねていくうちに誰もが思うのだ。
『騎士王』は、思っていたより親近感が湧き、微笑ましいと思える若者である。
好ましいと思える人物である、と。
「これからもよろしく頼む。経験豊富な卿らを頼りにしているぞ」
遍歴の騎士、武人上がりの国主はそう言って、ふと顔を伏せてもじもじとした。
顔立ちの整った青年の頬が赤く染まると、視ていた官吏たちは年齢に関係なくなんとなく心をさわさわとさせ、その先の言葉を待ってしまう。
一体、なにを仰るのか。
そう固唾を呑んで待っていた全員の耳に、初々しく甘酸っぱい声が届いた。
「ところで、俺は結婚しようと思うのだが……」
皇帝はごてごてした籠手で覆われた両手の指先をつんつんしながら、はにかむように口元をゆるゆる緩めて、視ている方が恥ずかしくなるような初心な気を溢れさせていた。
「実は、挿入を致した事がない。卿ら、経験豊富だろう。ちと俺にコツを伝授してくれないか……いや、知識はあるが、多いほうがより高みを目指せるかと……わかるだろ。知識はどれだけあっても困らない、と……」
官吏たちは顔を赤らめて、ある者はノリノリで皇帝に持てる技を指南し、ある者は「くだらない! 色ボケしよって!」と憤慨して、またある者は「実は臣も童貞で」と一緒にお勉強会を始める。
全員が共通して思うのは、「とりあえず『騎士王』はそれなりに国主をやる気はあるようで、割と好ましい人物ではある」という点だった。
――そして、数か月の準備期間ののち、中央のエリック王子とその婚約者たちと合同での結婚式がひらかれた。
その日、二つの国はおおいに盛り上がり、都も辺境も祭りをして、人間たちは喜びを共有しあい……二つの国を支配する妖精種族たちや友好の縁を持つ他国勢も、微笑ましく祝いの言葉をたむけ、慶事を祝福したのであった。
SIDE クレイ
北西の国、エインヘリアに戻ったクレイの元には、配下が集まっていた。
得意満面に戦果を語るのは、テオドールだ。
「イヴァンの奴、建設途中の都市に逃げ込んで籠城しやがったんでさあ。そんでフレルバータルが機転を利かせて、宝を置いて逃げるふりをしたんでさあ」
キンメリア族が誇らし気な目をみせている。
クレイは興味津々に身を乗り出した。
「宝を置いて逃げるとは?」
「騎馬民族がよくやる逃げ方ですよ。逃げろーってなった時、持ってる金目のものをぽいぽいって捨てて逃げるんです」
「ふむ、ふむ……金品を囮にするのだね」
「逃げたふりして呪術で近隣に伏せてたら、あいつらのこのこと門を開けて都市から出てきて宝を拾って」
「ふふふ……、楽しそうではないか」
クレイは地図をみて、「東北――ヒダスレス川の上流に向かうと、エインヘリアが未開の土地があるね」と全員に場所を示した。
「可愛い子には旅をさせよという。お前たちの遠征は終わらない。未知の土地をちょっと冒険してみては、いかが」
「俺は冒険より孤児院でのんびりしたい気分ですよ」
「俺も」
「そうか。なら、のんびりするといいよ」
クレイはやる気がいまいちらしい配下たちに頷いた。
「イヴァンの身柄は抑えているの? なら、あとで『騎士王』にプレゼントしようかな。お誕生日プレゼントにあげる、身代金取って解放してもいいよって……ニュクスは身代金を取るのが好きだから、喜ぶんじゃないかな」
「身代金取るのが趣味みたいに仰る」
「趣味なんじゃねえか? 意外と」
「坊ちゃんが趣味だと言えば趣味になる」
「違いねえ」
『歩兵』たちはいつも通りの緊張感のなさで、身内の温度感で笑い合っている。
「そうそう、孤児院にいた病気の子はすっかり元気になったらしいのだ」
伝えると、アドルフはパッと顔を輝かせた。
「心配していたのだろう。それなのに遠出させて、すまなかったね」
「いえいえ! この後さっそく会いにいこう」
「俺も!」
「俺も~」
和やかに笑みを交わす配下『歩兵』たちに、クレイは肩を竦めた。
「僕、お前たちに価値観を押し付けがちだね。武に秀でているのだから武勇を発揮して、名を高めるのがよい、……など」
「俺たちは元々『人間じゃない』と言われてた罪人上がり、盗賊上がりですからね。坊ちゃんが思ってるより現状に満足度が高いんです」
「そうか、そうか」
クレイは笑って視線を巡らせた。
「キンメリア族は……」
フレルバータルが頬を赤くしている。
期待の眼差しが熱っぽい。
「僕はこの北西に人間種、妖精種問わず性癖の同志を探せる場、出会いの酒場をつくるゆえ、そこで合意の上で一緒に楽しめる遊び相手を見つけると良いと思うのだが……」
真面目な顔で語る主人を、呪術師レネンは壁際でいつもの通り、空気のような存在感で見守っていた。
「世の中は広くて、探せばどこかに同好の仲間というのは、きっといる。ひとりで寂しい想いをしたり、思い悩んだりするひとの助けになればよいな、と。自分と同じ仲間はいるのだとわかって安心できる場所があればよいなと……僕は思うのだ」
のんびり、おっとりと語る声は、「ところで、えすえむって知ってる? 僕はもしかして、そっちの性癖があったりするのだろうか。お前たち、どう思う? お前たちは、えす? えむ? みんなどっちかに当てはまるものなのかな……?」とあやしい話題に進んでいく……。
SIDE ニュクスフォス
フォルトシュリテン城の一角に集まる帝国官吏たちは、久しぶりに見る『騎士王』に緊張感を高めていた。
元々騎馬民族と定住民族が争いを繰り返していて、それが古妖精のいたずらで指輪を巡るシステムに替えられたというこの特殊な北西の国にはよくあることとして、『国は盗ったが国の治め方がわからない』『王様になりたかっただけで国をよく治めようという気概などない』という問題があった。
一部の旧臣勢は、『騎士王』とはこのパターンに当てはまるのではと危惧していた者もいた。
混沌騎士団などという股肱で鎧の中身を入れ替え、自身はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、外交熱心といえば聞こえはよいが、城に籠って政務に勤しむ国主としての人生を生きる覚悟やモチベーションがないのではあるまいか。
そのうち「もうやめた。指輪は誰か欲しい奴にくれてやる。俺はまた子分たちと冒険の日々に戻る」などと言い出すのではないか――そんな不安があったのである。
「長く城を空けてすまなかったな。内事を卿らに任せきりにしたり、政を放りだしたり、疎かにしようってつもりはないんだ」
騎士兜に手がかかり、その下の顔をあらわにして、若き皇帝が玲瓏と声を響かせる。
南の血を感じさせる異国人の容貌は、過去にも何度かさらけ出されていた。
北西の国主は、指輪さえ奪えば他国人でもなれる。
とはいえ、土着の帝国人、愛国の徒の中には当然の心理として、他所からやってきた出自不明の馬の骨が指輪を奪うのをよしと思わぬ者もいた。
ランゲ一族のように表だって反発する者もあれば、胸奥に反意を隠して従う者もいる――それがエインヘリアという歪な国だった。
「外に囲まれて内がある。内とは我が家であり、民とは我が家族である。耕し大地の恵みを得るに難の多いこの北の地は我が血肉に等しく慈しみ富ませたいと思うものなり。汝ら、臣は我が父であり兄であり、友であり同志である」
『騎士王』が流暢な北西語で滔々と語る。
この余所者皇帝の良いところは、ネイティヴ並みに北西語が達者で、どうも貴族の家の生まれらしく――他国風で、国家規模ではなく領地規模のそれではあったものの、それなりに土地を治めたり、人の上に立つ者としての教養があるらしきところだった。
顔を隠していれば、元からの北西人とそれほど変わらぬ自然さでコミュニケーションが取れるし、官吏たちの話もよく通じて理解を示され、鷹揚に仕事を『サポート』してくれるものだから、反発の気も多少削がれるというもの――そう、『騎士王』は、どちらかといえば優秀さを振りかざして主導するというよりは、優秀な官吏を集めて彼らが仕事をしやすいようにサポートするのが得意な性質なようだった。
それも、人懐こく友好的な南の気質で、なんとなく好ましく感じてしまうような純粋さとひたむきさを素直に覗かせる若者の顔で、熟練の年嵩官吏たちに「父」とか「兄」とか呼びかけたり、同年代の臣らに「友」や「同志」と呼びかけるのだ。
大陸を魔王から救いし冒険譚、英雄譚が世に多く語り継がれるこの英雄がそんな風に頼るのだから、反発心を秘めていた者たちも、それをどんどん奥に眠らせてほだされていくのだった。
「俺はこの北の国と民をまだ熟知しているとは言い難いが、他国に行くだけじゃなくてちゃんと自分の国も見てきて、そこに生きる民と交流してきたぞ。もちろん、この広い国土の隅々とはいかぬが」
紡がれる言葉は初々しく北西への好感を窺わせる。
北西で生まれたといっても信じてしまいそうなほど卓越した北西語のスキルが、違和感なく、情感豊かにその心を伝える。
「極寒の地でもしたたかに生きる彼らは愛しいと思えるし、その生活をより良いものにしていきたいと思うのだな! 俺が本日よりまた優秀で立派な卿らの仕事がスムーズにいくようサポートするから、卿らが良いと思う仕事を存分にして、この北西の民の生活をあたたかで豊かなものにして欲しい……一緒に、それを目指していこう」
大陸が混乱に陥った昏迷の時代、各地の戦場や遺跡を仲間の騎士たちと短期間の過密スケジュールで日夜駆け巡ったという青年の言葉は時として南の自由な気質を思わせることもあれば、中央の上品さを匂わせることもある。
妖精の好むまっすぐな心根や、世慣れぬ少年みたいな泥臭さや青臭いところもあって、付き合いを重ねていくうちに誰もが思うのだ。
『騎士王』は、思っていたより親近感が湧き、微笑ましいと思える若者である。
好ましいと思える人物である、と。
「これからもよろしく頼む。経験豊富な卿らを頼りにしているぞ」
遍歴の騎士、武人上がりの国主はそう言って、ふと顔を伏せてもじもじとした。
顔立ちの整った青年の頬が赤く染まると、視ていた官吏たちは年齢に関係なくなんとなく心をさわさわとさせ、その先の言葉を待ってしまう。
一体、なにを仰るのか。
そう固唾を呑んで待っていた全員の耳に、初々しく甘酸っぱい声が届いた。
「ところで、俺は結婚しようと思うのだが……」
皇帝はごてごてした籠手で覆われた両手の指先をつんつんしながら、はにかむように口元をゆるゆる緩めて、視ている方が恥ずかしくなるような初心な気を溢れさせていた。
「実は、挿入を致した事がない。卿ら、経験豊富だろう。ちと俺にコツを伝授してくれないか……いや、知識はあるが、多いほうがより高みを目指せるかと……わかるだろ。知識はどれだけあっても困らない、と……」
官吏たちは顔を赤らめて、ある者はノリノリで皇帝に持てる技を指南し、ある者は「くだらない! 色ボケしよって!」と憤慨して、またある者は「実は臣も童貞で」と一緒にお勉強会を始める。
全員が共通して思うのは、「とりあえず『騎士王』はそれなりに国主をやる気はあるようで、割と好ましい人物ではある」という点だった。
――そして、数か月の準備期間ののち、中央のエリック王子とその婚約者たちと合同での結婚式がひらかれた。
その日、二つの国はおおいに盛り上がり、都も辺境も祭りをして、人間たちは喜びを共有しあい……二つの国を支配する妖精種族たちや友好の縁を持つ他国勢も、微笑ましく祝いの言葉をたむけ、慶事を祝福したのであった。
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