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5章、マイノリティと生命の砂時計

64、『騎士王』の帰還

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   64、『騎士王』の帰還
 

 中央を離れて北西に帰る日、出立の朝。

「次にお会いするときは合同で婚礼の式を挙げるときでしょうか」
 異母妹のユージェニーが感慨深くそう言って、クレイは軽く頬を染めた。

 ちらりと視線を移せば、エリック王子と『騎士王』も友人同士の温度感で親し気に何かを語り合っている。

「お兄様」
 ユージェニーがちいさな声で呼ぶ気配は、内緒話に誘うようだった。

「ん。なんだい、ユージェニー」
 そっと顔を寄せれば、ユージェニーは別れを惜しんでいるように背に腕をまわしてくる。
 
(僕の妹は、女性だなあ。当たり前のことだけど、僕とは違うや)
 やわらかな体付き、性差を感じながら、クレイは優しい気持ちになった。

(ありのままだ。僕、別に女性になりたいわけじゃない――僕は、男である自分が好き。男として男を愛する自分を誇れる)
 
「ユージェニー、離れていても兄さんはいつもユージェニーの味方だよ」
 兄の顔で微笑むクレイの耳に、ユージェニーが声を忍ばせる。
「あの二人、周りを巻き込んで何か研究をしているようですよ」

「……」
 クレイはそっと息を呑み、表情は変わらぬ微笑を貫いた。

 異母妹の声がつづいている。

「昨日はお父様にも二人一緒に対面なさって」
「アクセルは話ができるの?」
「不安定ですわ。でも、あのお二人は病身に無理やりお会いになられたのです」
「そう……わかった。何かあれば、兄さんが対応するよ。教えてくれてありがとうね」

 ユージェニーは花のように微笑み、離れても手紙を書くと約束してくれた。

(この国の王妃になる僕の妹は、孤児院の出身なんだ。それを誰も知らない――血統なんて、結局そんなものなんだ。目に視えないんだもの。だまし放題さ。……過去にもきっと、血統詐欺はいっぱいいたんだろうな。なら、由緒正しい血統なんて全然信ぴょう性がないよ、どの家も)

 クレイはニコニコして異母妹に別れを告げた。

 北西に帰還する馬車に乗り込んで、ゆっくりとそれが動き出す。

 そっと車窓から外を覗けば、当たり前だった故郷、王都の街並みが風景として流れていく。
 現在が過去になるみたいに、後ろへ過ぎていく。
 
 いつでも戻ることが出来ると思う一方で、望んでも決して元みたいには戻ることが出来ないような気もする。
 
 ――人生って、こんな感じなんだな。

 クレイはしみじみと感じ入った。
 
 『騎士王』が窓の外を一緒になって覗いているのを感じると、かつて妹と一緒にこうして馬車から『白頭』を眺めたのを思い出す。
 
 ――馬車の内と外にいた僕たちは、今は一緒の馬車に乗っているんだ。

 道沿いの景色を楽しむように、距離をゆったりと稼ぐように馬車が道を往く。
 
「黄色い花が綺麗だね」
 母国語でそう呟けば、「その花を近景にして遠景で風車がまわる様子が優美ですね」と返される。

 ……すこしだけ眠そうな声。

 クレイは小さい頃に妹にそうしたように、お兄さんな微笑をたたえて膝を叩いた。

「おいで」
 子猫でも呼ぶように言えば、戸惑いの温度が微笑ましい。

「……?」
「こうするんだ」
 教え導くように肩を引き、頭を抱いて膝に乗せる姿勢を示せば、ニュクスフォスは赤くなった。

「ひ、膝枕というものですかな」
「それだ」
 機嫌よく言えば、しばし躊躇ためらう気配ののちに長身をもそもそと動かして、その姿勢が取られる。

(できるものだな)
 ――なかなかい。
 
「お、お膝がおつらくありませんかな」
「僕は大丈夫。……」
 クレイは一瞬呼称に迷ってから、従者面するニュクスフォスに意趣返いしゅがえしするように従者然とした顔で呼びかけた。
「陛下は、おつらくありませんか」
「……俺は今、情緒が乱れていて何もわかりません」
 
 緊張するみたいに身を固くして、膝にて所在なさげに大人しくしている青年の頬を撫で、白い髪をよしよしと愛でれば、あたたかな気持ちが充ちてくる。

「おやすみ、坊やオミニュ
 ほわほわと微笑んで髪をなでなでしていると、大きな坊やオミニュは恥ずかしそうにしていたが、徐々に慣れていくようで緊張をほどいて呼吸を落ち着かせていく。

 やがて寝息を立てるようになると、クレイの胸は不思議な幸せで満たされるのだった。
 
 
 ◇◇◇

 
 北西、エインヘリアの帝都シュテルンツエレに古妖精フェアグリンが舞う。

 中央から国主が帰還するとあって、街道には妖精や『騎士王』、混沌騎士団を一目見ようという人が溢れていた。
 中には、北の港湾都市から遥々はるばるやってきたイスファリアの一団もいる。
 お母さんと犬のボーニャといっしょに街道に並ぶ子供のジェミアンもそのひとりだ。
 
 勇壮な騎士団の馬隊が街道に姿を見せて、歓声が湧く。
 
 道の脇で人々が旗を振る。
 
 彼らの国の旗。
 彼らが誇りとする、帰属意識を共有する旗だ。

「『騎士王』のお兄ちゃんは、どこかな……、あっ、お母さん、マラートさんがいるよ」
 ジェミアンは頬を林檎のようにして、自分たちの都市出身の混沌騎士に力いっぱい手を振った。
 周りでは、都市から来た大人たちが誇るような顔で同じように手を振り、名を呼んでいる。

「マラート! イスファリアの騎士よ!」
「イスファリアの誇り!」
 
 どうして自分たちの都市出身のひとが花道にいるだけで、こんなに嬉しくなるのだろう。
 マラートさんのことはあまり知らないし、仲良くもなかったのに、なぜこんなに誇りたくなるのだろう。

 ジェミアンはその心理を不思議に思いながらも、一生懸命に旗を振った。

 そして、馬隊に守られる馬車がいくつか連なり姿を現すと人々は興奮の視線を交わして、口々に『騎士王』の名を叫ぶ。
 
 乗っているのはあの馬車だろう、この馬車だろう。
 そんな風に囁きを交わす中、実にこの国らしい怒号が響いて、国盗り挑戦者の一団が武器を手に街道から馬車に向かう。

「『騎士王』! 勝負だ! 指輪を頂くぞ!」
 意外と礼儀正しく叫ぶ声に、混沌騎士団が壁のように集まって取り押さえようとする。
 
「きゃああああっ!!」
「ひゅーっ! いいぞ、やっちまえ!」
 
 国民性が此処に出て、悲鳴があがる中で面白がるような歓声が湧けば、馬車のひとつから身軽に気安く全身騎士鎧が現れて、いっそう観衆の高揚を引き上げる。

「――『騎士王』!」
「『騎士王』だ!」

 ふわりと頭上に舞うのはちいさな妖精フェアグリン。
 その手に握られる剣は彼の武勇伝を語る吟遊詩人のはなしにも幾度となく登場する、魔王を斬り伏せたといわれる魔剣アルフィリオン。

 顔は兜に覆われて視えないが、それが本物なのだと皆にわかった。

「あのお兄ちゃんだよね。商人の」
 ジェミアンは犬のボーニャをぎゅうっと抱きしめて、何度も何度も繰り返した。
「ボーニャ、あのお兄ちゃんだよ。ボーニャ、わかる? あの王様、雪かきしてくれたお兄ちゃんなんだよ」

 挑戦者が次々と地を蹴り、武器の白刃を陽光にぎらりとさせて鎧に迫らせる。
 妖精が見守る中、不死を意味する名を持つ魔剣が鋭い剣閃をはしらせて、なぜか混沌騎士団が「ザコ」という謎のコールをする中、『騎士王』は鮮やかに挑戦者を倒していったのだった。

 レビエという名の、特に『騎士王』からの信頼が厚いと噂の騎士が傍に寄り、その意思を代わりに伝える。

「この晴れの日に大観衆の前で挑戦してくる気概が気に入ったので、忠誠を誓うなら臣下に迎えると仰せです」
 数人がその言葉に頭を垂れて、召し抱えられるようだった。

 ――『騎士王』は無口なのだ。
 あまり自分では喋らないのだ。
 
 そんな風に物知り顔で囁きを交わす民の中で、ジェミアンはニコニコしながら、ボーニャに囁いた。

「お兄ちゃんはお喋りだけどね。これ、ひみつだよ」

 その耳に、温かな感じのする女性の声がきこえる。
 民族感のある衣装は、イスファリアでも視たように思う――騎馬民族のものだ。
 騎馬民族が集団で、馬も連れずに定住の民のような顔をして街道の群衆に溶け込みエインヘリアの旗を振る姿は、少し新鮮な感じがした。

「ビシ、お坊ちゃんがご褒美をくださるから、もらってからお買い物を楽しもうね」
 ビシと呼ばれた少年に家族の温度感で微笑む女性は、ドルマ―おばあさまと呼ばれていた。
 
 ビシという少年とドルマーおばあさまをジェミアンが物珍しく見ていると、ふいに少年の目がジェミアンを見て、にっこりと笑う。

「こんにちは……言葉がわかりますか」
 
 挨拶の言葉は、北西語だ。
 ジェミアンが日常的に使う言葉だ。

「こんにちは! 言葉、わかります!!」
 ジェミアンは元気いっぱいに返事をした。

「ビシ、ビシ」
 自分の名前だ、というように、ビシが自分を指さしてニカッと笑う。

「ジェミアン! こっちは、ボーニャ!」
 ジェミアンは元気いっぱいに笑って、名前を教えた。

 ――この日、騎馬民族の少年とイスファリアの子は友達になったのだった。
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