清らかに致すだけ~下剋上後の主従が「その一線を越えてこい」ってするだけだけどそれが本人たちには意外と難しいって話

浅草ゆうひ

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5章、マイノリティと生命の砂時計

63、その皇帝が初恋童貞をこじらせている話

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   63、その皇帝が初恋童貞をこじらせている話

 夢だ。

 夢をみている――、

 ぼろをまとい、せた幼い娘が絶望を語る。
 自分の命がもう長くないのだと語る――、
 
 ――それは弱者で、自分の一族が治める土地の領民なのだ。

「俺は公子だぞ。うちには医者がいるんだ。助けてやるよ」

 芝居の中のヒーローになったみたいな気分で、幼いオスカーは笑ったのだった。

 ただ、弱者を助けようと、助けられるのだと、そんな軽い想いで。
 何故なら、芝居の中では、物語の中では、弱者は救われたのだから。

 ユンク家には確かに腕の良い医者がいて、術者もいて、病気なんて簡単に治るに違いなかった。

「公子さま……」
 ――ほら、弱者がヒーローを見るみたいな目で俺を見ている。

 紳士的に、王子様みたいに抱きかかえて、助けてやろう。
 そんな俺は、格好良い!!

 
 ――なのに、娘は助けられなかった。
 
「俺たちがなんで栄養のあるものを喰えず、清潔な環境で暮らせないと思うんだ。自分は正義の味方みたいな顔で同情しやがって。薬が買えないのは、お前ら貴族に搾取されてるからだ。公子様だって。立派な存在みたいに言うが、お前の家に薬代にあてるはずだった金をむしり取られて、薬が買えないんだぞ!」

 娘の兄が、そう吠えた。
 両親が共におらず、まだ少年なのに病の妹を抱えて二人で生きようと苦労していた兄は、とてもせていて、その時のオスカーとそう変わらない年齢だった。

 殴り合いになれば、その力は弱く、殴り返せば死んでしまうのではないかと思われてオスカーはやり返すことができなかった。
 
「俺だって、お前みたいに栄養を取れれば、体を鍛える余裕があって、ちゃんとした先生に教えてもらっていたら、お前よりつよくなれたかもしれない」
 
 生まれ環境で差が出るのだ、それはどうしようもない壁なのだ――お前は環境がよく、恵まれているだけなのだ、と恨み言を吐かれる。
 見るからに不潔なぼろぼろの農具で殴り掛かってくる。
 
「お前は全然、正義の味方でもなんでもない! ただ裕福な家に生まれただけの、世間知らずの醜悪な勘違い野郎だ!」
 
 目の前に刃が迫る。
 そこには、初めて触れる他者の憎悪と殺意があった。
 言葉はそれ自体が鋭い刃のようで、毒をはらんで刺さった場所からどんどん広がり、公子の心をさいなんでいく――、

「――おにいちゃん!」
 一瞬の出来事だった。

 身動きが取れないオスカーの前に、その娘は割り込んだのだった。
 
 まるで、物語のように。
 その娘は身をていして、オスカーを守ったのだった。


 それは振り返れば初恋でもなんでもない、ただの傷だった。

 夢見る少年が「そんなものは夢だ」と初めて突き付けられた――「現実を見せてやる」と言われた、そんなきずだった。

 けれどオスカーは、それを初恋の武勇伝として語るようになった。
 軽いノリで、大袈裟に盛って、いかにも嘘くさい感じで。

「たくさん経験すれば、ひとつひとつが軽くなる」

「とびっきり経験豊富な遊び女を何人も連れて来たぞ。心配いらないから好きに遊べ」

「後腐れなく付き合えるいい女を紹介してやるよ」

 周り中がに持って行こうとするのだ。
 に行けというのだ。
 
 いずれも経験豊富で、後に引きずることのない、年上で優しい大人の女たちは、奔放ほんぽうだった。

 公子はひとりひとりにそれなりの博愛と奉仕の精神と義務感で接して、ベッドの上に進む段階になれば、いつも呪術で眠らせた。
 時には呪術で病に気付いて、「自分の腕では治せないが、この医者なら治せる」と腕の良い医者を紹介してあげた。

 ――世の中は、病気でいっぱいだった。
 心も、体も。

 病気というのは詳しく知れば、ちいさな生き物が人の身に巣食って暴れることで生じるらしい。
 
 世界には色々な生き物がいるのだ。
 妖精や竜など、人間よりずっとずっと強くて偉大な生き物もいるし、ちいさくても人を殺すことができる脅威もいる。
 
 世界は、人間という生き物のためにあるのではないのだ。
 色々な生き物がひしめく広い世界の片隅に「自分達も混ざって生きてもいいですか?」といって人間は生きているのだ……。
 
「公子様、昨夜はたのしかったですね」
「気持ちよかったでしょう、坊や」
 経験豊富な女たちは、眠る間に勝手に淫らな夢をみて、経験の浅い初心な公子を自分が導き、最後まで面倒をみたのだと思い込むようだった。
 それに気付いた公子は、「俺は眠らせるだけで遊び人になれるのだ」と喜んだ。
 
 一方で、昂った自身を持て余し自分の手でなぐさめる時間は毎回、ひどい背徳感や罪悪感を感じさせる――、
 それは「遊べ」という指示に従わず親兄弟や教師や友人たちをあざむく自分、愛もないのに獣欲にたかぶってしまう自分、両方面にさいなまれることによる背徳感と罪悪感だった。
 
「教えてあげますよ」
「もっともっと、楽しめますわよ」 
 経験豊富な女たちは皆、面倒見がよくて、プライドも高かった。
 彼女らは仕事として客の相手をするような日々で、いわばプロだった。
 
 初心な公子に色を教えるのが楽しくて仕方ないと言った様子で、実の姉のように自分が知る愛撫のテクニックなどを教えてくれて、それは楽しいのだ、気持ちよいのだと教えてくれた。
 彼女たちと過ごした時間は公子に色々なことを教えてくれた。
 
 蔑まれることもある、色の道に生きる彼女らは、プロ意識高く、生きるためにしたたかで、堂々として自分の武器を誇っていて、公子はそんな彼女らが美しいと思った。
 本が教えてくれないことを、人間は言葉で、肌で、その気配で、生き方で、教えてくれるのだった。

 必要に迫られて使い続けるうちに、呪術の腕は自然と上がっていった。
 同時に、女たちに教えられ、周りの年上の兄たちや同年代の友たちと性談義に興じ武勇伝を交換しあって、性知識も深まっていった。
 

(挿入だけはしたことがないが――皆、よくホイホイと挿れるよな。怖くないのだろうか)
 
 淫靡にひくつき、雄を求める濡れたそこは獣めいた雄の本能を刺激して、呑み込まれてしまいそうで、恐ろしいのだった。

 繋がると、快楽に蕩けて野獣のような衝動に駆られて、我を忘れて貪ってしまうというのだ。
 そして場合によっては病を共有してしまう。
 出したいからと軽率に精を放つことで、そのリスクはより高まり、子供もできてしまうかもしれない――そんな恐ろしい行為なのだった。
 そんな行為に軽率に溺れる事態は、避けないといけないのだった。

(誰彼かまわず挿入しちゃだめだろ。リスキーすぎるだろ) 

 ――なのに、公子の周りではそれが武勇伝になるのだった。

 皆が皆、それを誇り、撃墜数を語り、いかに雄々しく激しく貫いてやったか、相手がどんな風に善がっていたかなどを誇るのだ。
 恋とはこんなものだ、愛はこうだ、そんな風に「全部を知り尽くしてやったぜ」と自慢するのだ。
 

 
 ――そして、今……、

「お、……おはよう、ニュクス」
 なにやら恥ずかしがっているような可愛らしい気配で、腕の中の恋人シェリが目を醒ました自分に微笑む。

「……」
 名前を呼ぶことすらできなかった。

 朝の明るい世界で、やわらかな茶髪が清潔なシーツの上に艶めいていて、白い肌は神聖で眩しく、軽く紅潮した桜色を魅せて、愛らしく自分の胸板に頬を寄せるのだ。

 ――恋人シェリだ。
 これは、このちょろ温い体温は、俺の恋人シェリなのだ。
 
 ニュクスフォスは脚に力を入れて、湧き上がる不埒ふらちな衝動を抑え込むようにした。

 恋とは、焦がれて求めるものだった。
 愛とは、守りたいと慈しむものだった。
 格好つけていられなくなるのだ。
 理性を凌駕して、抑えられなくなるのだ。
 なりふり構っていられなくなり、愚かしく、どうしようもなく――たまらなくなるのだ。

 そんな恋と愛を教えてくれたのが、この恋人シェリだった。


 物を知らない相手に無理に押し付けるのではなく、ちゃんと知識を得て、理解して、お互いに求め合って――そうやって繋がれたら、それは美しいのではないだろうか。
 言い訳をするようにしながら、日々想いが強くなる。
 
 ――この恋人シェリが愛しい、つがいたいと。
 
(いいんだ。いいんじゃないか。誰も、責めない――) 
 ニュクスフォスはそんな思いを自覚しながら、頬を染める。
(全部。全部、俺が願いを叶える。幸せにする。俺は欲しいと仰るなら、どんな手段を使っても、どんなものでも、不可能も可能にする――)

「ニュクス」
 ほんわかとした声が近づいて、悪戯をしかける子猫のように鼻をつけて、瞳を覗かれる。

「……おはよう?」
 甘えるように吐息でくすぐられると、胸の奥がふわふわとする。
 この距離が当たり前なのだと思えるのが、幸せでたまらないのだ。

「おはようございます、クレイ様」
 うっとりと言葉を紡いで、頬を撫でる。

 そうすると、気持ちよさそうに嬉しそうに睫毛を伏せるのが堪らなく愛しいのだ。

 リップ音を立てて唇にキスを落とせば、止まらなくなりそうで。

 落ち着かなくなりそうな手で華奢なクレイの肩を抱き寄せて、ぎゅっと気持ちを籠めるようにする。
 すると、ほっそりとした手が宥めるように優しく背にまわって、縋るようにしてくれるのだ。

 ぴたりと体温をつけてじっとしていると、まるで巣の中で身を寄せ合うひな鳥のような気分になっていく。

 それは不思議な気分で、いやらしさや背徳感、罪悪感――自分が汚れているといった感覚が、どんどん優しく清められていくようなのだった。
 
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