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5章、マイノリティと生命の砂時計
57、現実から心を逃したらいいんじゃないかなって、僕は思うのです。
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懐かしい公爵邸の廊下を歩く靴が硬質な音をたて、影がゆらりと揺れて扉がノックされる。
レネンを部屋の外に待たせ、クレイは父と二人向かい合った。
57、現実から心を逃したらいいんじゃないかなって、僕は思うのです。
実父アクセルは、子供の頃にそうであったように病んだ目をみせていた。
「ああ、時間が巻き戻ったよう」
クレイは仄暗く微笑んだ。
暗殺者を放ってやれば、アクセルはそれを見遣ることすらしない。
ただ、幽霊でも視るようにクレイの紫色の瞳を見つめていた。
「ご不調でいらっしゃる」
その眼差しを受け止めて、怖れぬ声が冷然と呟く。
「理由が僕にはわかります。ストレスなのですね」
室内には、紙が散乱していた。
それが調べ事に夢中になった時の自分の部屋と重なり、クレイは血のつながりを感じた。
紙束を拾いあげて、手近な椅子にさっさと座る。
ぱらぱらと読むうちに、父の手がそれを獲り上げようとして、息子は首を振った。
「そうではないかと思っていたのです」
データを集めたのはレネンだろうか。
それを元に調べたのだろうか。
「呪術や魔術の技術が発展したこともあって、それを使っての人を構成する要素、ジエーネについての研究が進んでいるようですね」
アクセルの緑の瞳が淡い間接照明に美しく映えていた。
「僕は、子供がつくれない躰ではないかなと前々から感じていたのです。つくりたいとも思わないので、僕的には問題ないのですが」
むしろ、「できるのにつくらない」より「できないのだからつくれない」方が、義務を果たさぬ後ろ暗さが薄れるというものかもしれない――クレイはそっと呟いた。
アクセルの指が神経質に踊る。
燭台の灯りがゆらりと揺れて、紙を燃やした。
黒い煙を生みながら、部屋中に散乱していた紙だけが燃えていく。
クレイはこの時、自分の父親が呪術を使うのをはじめて視た。
「お嫌なのですね」
アクセルは無言で、その気配が少しだけ『騎士王』に似ている。
真面目な感じで、ちょっと怖くて不器用な感情があたたかで、優しい気配がするのだ。
「お苦しいのですね」
そっと吐息と音を混ぜて、空気を震わせる。
無色透明な空気は、いつも傍にある。
それは目に視えないけれど、なくてはならないもので、意識すればそこら中にみっしり、隙間なく、溢れている――、
「義務は、もううんざりですよね」
クレイは部屋中に充ちる煙にすこし咳込んで、ハンカチを父の口元にあてた。
父はゆるりと首を振り、無言のまま指を躍らせる。
息子にはできない術が行使されて、父子の周辺が清浄な空気に浸される。
父は自分を守ってくれるのだ――クレイはそれを感じ取り、嬉しくなった。
「想像しただけで我慢ならないのでしょう。狂おしいのでしょう。どうして、と憤るのでしょう。怒りを覚えるのでしょう」
自分も守ってあげたい。
クレイはそう思うのだった。
――そんな風に思える自分が、少し好きだと思えるのだった。
「そうしないといけないという強迫観念が、重圧が。刻一刻失われていく可能性が、喪失感が、焦燥感が。無力感が、罪悪感が。後ろめたさが――現実が貴方を苦しめる」
お父様という存在は、神様ではなかった。
ただ年齢を重ねて体が成熟し、義務で子供をつくった、自分とそう変わらない一人の生身の人間だ。
でも、子供は親を絶対の存在、神様みたいに思いがちなのだった。
幼少期、父に期待して裏切られ、父が怖いと怯えていたクレイには、『父が自分とそう変わらないただの人間だ』という感覚はなかった。
親は特別な存在で、子供のクレイにとっては世界の礎のようなものだった。
そんな親に「お前はなぜ竜が呼べないのだ」「お前は我が子ではないのか」と責められると、とても傷付いたのを覚えていて、けれど今は何を言われても笑うことができるのだった。
だって、彼――僕とそう変わらない生き物なのだもの。
「自分が痛くて他人を傷つけてしまう……それが、また辛い。僕は理解できるのです」
炎が美しい赤色をみせていて、うっとりとする。
(ああ、僕も呪術が使えたらなあ)
――いろんなものをこうやって燃やして、すっきりできるんじゃないだろうか。そう思うのだ。
……そう思うと、自分に呪術が使えなくてよかったと思うのだ。
「現実から心を逃したらいいんじゃないかなって、僕は思うのです」
息子の手が父の髪に触れる。
自分と似た髪質と色合いで、慕わしい。
「お父様は何を好まれますか」
囁く。
心を寄り添わせるように、可能性を探るように、優しく。
「淋しい、むなしい、つらい、そんな気持ちを紛らわすために、苛立ちで人を傷つけないために、気分を上向きにさせるために、人間には、楽しいと思える何かが必要なのでしょう。一見無駄なようなそれは、支えとなり癒しとなるのでしょう――僕、それを学びました」
クレイの片手が呪術を紡ぐように黒竜の名を虚空に綴る。
――僕は、呪術が使えないけど竜は呼べるぞ。
クレイはそれを誇るのだった。
「僕は竜を呼べます――貴方は義務を果たしたのです。僕は、その証拠なのです……」
父がじっと自分を視ている。
これで呼べなかったら、逆効果なのだろうな――クレイは胸の中で竜の名を狂おしく呼び、絶対に来ないといけないのだと念じた。
夜が蠢く気配がすると、ホッとした。
父が夜を視ている――それに気づくと、誇らしくなった。
――ほうら。
僕、できるんです。
ああ、そんな風に言いたかった。
ずっと言いたかった。
そして、褒めてほしかったんだ――、
「負の連鎖を断ち切れたら。終わらせることができたら、それって、幸せなんじゃないかと思うのです。続かせる事は立派かもしれないけど、終わらせることだって、勇気があって素敵なことだと思うのです。子供をつくって、子供に荷を背負わせて、それで自分が楽になる――そんなリレーをやめたらいいんじゃないかと、僕は思うのです。凄く申し訳ないことに、僕はこの名家の血統が絶えればよいと、そんな考えを持っているのです。忌まわしい血だと思っているのです……」
クレイが短剣を鞘から抜くと、炎の明かりが刃に反射して美しい光を煌めかせた。
――ああ、これだ。
いつか見たミハイが他者を暗殺する光景。
その時の短剣の魅せた光は、こんな感じに僕の心を惹き付けたのだ――、
「楽にして差し上げましょうか、お父様」
クレイはすぐ傍の病んだ体温に、愛しく嬉しく微笑んだ。
この最後の可能性を摘み取って、家の歴史に終止符を打つのだ。
そうすると悩めるアクセルは楽になって、クレイは気持ちよくなる――、
(首だ。首を狙うのだ。柔らかいところ――血が通っているところ。血が沢山出るところを一気に斬って、楽にしてあげるのだ)
呼吸をひとつして、震える切っ先を振り上げる。
と、後ろからその手が掴まれて、耳元に聞き慣れた声が囁かれた。
「殿下」
抱きすくめるような体温は、すっぽりと包んでくれるような気配は、鎧をまとわぬニュクスフォスだった。
「なりません」
ふわりと視界の隅に舞う光がある。
――ちいさな妖精、フェアグリンだ。
「ニュクス……」
目の前でアクセルが驚いた顔をしている。
クレイはそれを夢うつつの狭間にいるような気持ちで眺め、凍て空から滑り堕ちた星めいて目を瞬かせた。
「俺は申し上げましょう、なりませぬ、と」
ちらちらと部屋中で燻り燃えていた火が消えていく――消されていく。
短剣を取り上げた手が、その刃を指先で撫でている。
金属の表面は鏡のようで、そこに映った自分の顔はなんだか自分ではないようだった。
「死んだら可能性が消えますが、生きてたら続くものがあるのだと、貴方が仰ったのではありませんか」
すこし困ったような青年の声がそう言って、剣が視界の外にひっこめられる。
代わりに両腕で優しく抱きしめられれば、室内に蔓延っていた燃焼の匂いに代わって柑橘系めいた爽やかな香りが感じられて、ぬくもりが心の表面に立った波をおだやかにあやしてくれるよう。
「苦しさは死んだらなくなるけど、生きていたら思いもよらない何かがあるかもしれない――そう思われていたのではありませんか」
――それが『穏やかな夜』ではないのかと問うようにされれば、室内に呼ばれていた黒竜の気配がいっそう静かに思えるのだった。
「それでも、それでも望まれるなら――主君の手は汚させません。望まれるなら俺に命じなさい、父を斬るようにと」
そっと体を離した体温がいつもの距離感で膝をつき、アクセルを見つめる。
「おひとりだけ斬られるのでは淋しいでしょうから、俺はあれを斬った後、自分の父もおまけで斬りましょう。我が父を冥府への共連れにどうぞ、と」
クレイはそれをきいて、ユンク伯を思い出して目を丸くした。
「そ、そんなおまけ扱いで父を斬ってはいけない」
「はははっ!!」
呆れたように言えば、深刻だった空気をからりと陽気に染め替えるような明るい笑い声がたてられる。
顔をみれば、やんちゃな少年めいてニコニコしている。
「して、いかがなさいますかな、俺の殿下。やっちゃいますかな! ずばっと一思いに致しますかな! 今ならおまけでうちの親父もついてきますぞっ!」
――はしゃぐような声で笑うではないか!!
「い、いい。しなくていい……そんなおまけは嬉しくないっ……!!」
クレイは一気に毒気を削がれて、肩を竦め、父に退室を申し出たのだった。
「夜更かしをしすぎだと思うのですぞ。早寝早起きと常々申していますが、あれは他国でも変わらぬのですよ」
迎賓館への帰り道で囀る声は暢気で、日常の気配が強く、父との面会などなかったような気になっていく。
(ああ、僕の騎士は本当に『夜の光』なのだな)
道案内でもするように二人の周囲を飛翔するフェアグリンの光が柔らかで、肩には気紛れを起こしたのか帰らずにそのまま留まるらしき小型サイズの黒竜アスライトがいる。
「ニュクスも夜更かししてるではないか」
「ええ、ええ。実は俺は眠くて仕方ないのですよ。ですから、お部屋に戻ったら早く寝ましょうな、な!」
その物言いがユンク伯にやっぱりよく似ていて、クレイは楽しくなってしまうのだった。
レネンを部屋の外に待たせ、クレイは父と二人向かい合った。
57、現実から心を逃したらいいんじゃないかなって、僕は思うのです。
実父アクセルは、子供の頃にそうであったように病んだ目をみせていた。
「ああ、時間が巻き戻ったよう」
クレイは仄暗く微笑んだ。
暗殺者を放ってやれば、アクセルはそれを見遣ることすらしない。
ただ、幽霊でも視るようにクレイの紫色の瞳を見つめていた。
「ご不調でいらっしゃる」
その眼差しを受け止めて、怖れぬ声が冷然と呟く。
「理由が僕にはわかります。ストレスなのですね」
室内には、紙が散乱していた。
それが調べ事に夢中になった時の自分の部屋と重なり、クレイは血のつながりを感じた。
紙束を拾いあげて、手近な椅子にさっさと座る。
ぱらぱらと読むうちに、父の手がそれを獲り上げようとして、息子は首を振った。
「そうではないかと思っていたのです」
データを集めたのはレネンだろうか。
それを元に調べたのだろうか。
「呪術や魔術の技術が発展したこともあって、それを使っての人を構成する要素、ジエーネについての研究が進んでいるようですね」
アクセルの緑の瞳が淡い間接照明に美しく映えていた。
「僕は、子供がつくれない躰ではないかなと前々から感じていたのです。つくりたいとも思わないので、僕的には問題ないのですが」
むしろ、「できるのにつくらない」より「できないのだからつくれない」方が、義務を果たさぬ後ろ暗さが薄れるというものかもしれない――クレイはそっと呟いた。
アクセルの指が神経質に踊る。
燭台の灯りがゆらりと揺れて、紙を燃やした。
黒い煙を生みながら、部屋中に散乱していた紙だけが燃えていく。
クレイはこの時、自分の父親が呪術を使うのをはじめて視た。
「お嫌なのですね」
アクセルは無言で、その気配が少しだけ『騎士王』に似ている。
真面目な感じで、ちょっと怖くて不器用な感情があたたかで、優しい気配がするのだ。
「お苦しいのですね」
そっと吐息と音を混ぜて、空気を震わせる。
無色透明な空気は、いつも傍にある。
それは目に視えないけれど、なくてはならないもので、意識すればそこら中にみっしり、隙間なく、溢れている――、
「義務は、もううんざりですよね」
クレイは部屋中に充ちる煙にすこし咳込んで、ハンカチを父の口元にあてた。
父はゆるりと首を振り、無言のまま指を躍らせる。
息子にはできない術が行使されて、父子の周辺が清浄な空気に浸される。
父は自分を守ってくれるのだ――クレイはそれを感じ取り、嬉しくなった。
「想像しただけで我慢ならないのでしょう。狂おしいのでしょう。どうして、と憤るのでしょう。怒りを覚えるのでしょう」
自分も守ってあげたい。
クレイはそう思うのだった。
――そんな風に思える自分が、少し好きだと思えるのだった。
「そうしないといけないという強迫観念が、重圧が。刻一刻失われていく可能性が、喪失感が、焦燥感が。無力感が、罪悪感が。後ろめたさが――現実が貴方を苦しめる」
お父様という存在は、神様ではなかった。
ただ年齢を重ねて体が成熟し、義務で子供をつくった、自分とそう変わらない一人の生身の人間だ。
でも、子供は親を絶対の存在、神様みたいに思いがちなのだった。
幼少期、父に期待して裏切られ、父が怖いと怯えていたクレイには、『父が自分とそう変わらないただの人間だ』という感覚はなかった。
親は特別な存在で、子供のクレイにとっては世界の礎のようなものだった。
そんな親に「お前はなぜ竜が呼べないのだ」「お前は我が子ではないのか」と責められると、とても傷付いたのを覚えていて、けれど今は何を言われても笑うことができるのだった。
だって、彼――僕とそう変わらない生き物なのだもの。
「自分が痛くて他人を傷つけてしまう……それが、また辛い。僕は理解できるのです」
炎が美しい赤色をみせていて、うっとりとする。
(ああ、僕も呪術が使えたらなあ)
――いろんなものをこうやって燃やして、すっきりできるんじゃないだろうか。そう思うのだ。
……そう思うと、自分に呪術が使えなくてよかったと思うのだ。
「現実から心を逃したらいいんじゃないかなって、僕は思うのです」
息子の手が父の髪に触れる。
自分と似た髪質と色合いで、慕わしい。
「お父様は何を好まれますか」
囁く。
心を寄り添わせるように、可能性を探るように、優しく。
「淋しい、むなしい、つらい、そんな気持ちを紛らわすために、苛立ちで人を傷つけないために、気分を上向きにさせるために、人間には、楽しいと思える何かが必要なのでしょう。一見無駄なようなそれは、支えとなり癒しとなるのでしょう――僕、それを学びました」
クレイの片手が呪術を紡ぐように黒竜の名を虚空に綴る。
――僕は、呪術が使えないけど竜は呼べるぞ。
クレイはそれを誇るのだった。
「僕は竜を呼べます――貴方は義務を果たしたのです。僕は、その証拠なのです……」
父がじっと自分を視ている。
これで呼べなかったら、逆効果なのだろうな――クレイは胸の中で竜の名を狂おしく呼び、絶対に来ないといけないのだと念じた。
夜が蠢く気配がすると、ホッとした。
父が夜を視ている――それに気づくと、誇らしくなった。
――ほうら。
僕、できるんです。
ああ、そんな風に言いたかった。
ずっと言いたかった。
そして、褒めてほしかったんだ――、
「負の連鎖を断ち切れたら。終わらせることができたら、それって、幸せなんじゃないかと思うのです。続かせる事は立派かもしれないけど、終わらせることだって、勇気があって素敵なことだと思うのです。子供をつくって、子供に荷を背負わせて、それで自分が楽になる――そんなリレーをやめたらいいんじゃないかと、僕は思うのです。凄く申し訳ないことに、僕はこの名家の血統が絶えればよいと、そんな考えを持っているのです。忌まわしい血だと思っているのです……」
クレイが短剣を鞘から抜くと、炎の明かりが刃に反射して美しい光を煌めかせた。
――ああ、これだ。
いつか見たミハイが他者を暗殺する光景。
その時の短剣の魅せた光は、こんな感じに僕の心を惹き付けたのだ――、
「楽にして差し上げましょうか、お父様」
クレイはすぐ傍の病んだ体温に、愛しく嬉しく微笑んだ。
この最後の可能性を摘み取って、家の歴史に終止符を打つのだ。
そうすると悩めるアクセルは楽になって、クレイは気持ちよくなる――、
(首だ。首を狙うのだ。柔らかいところ――血が通っているところ。血が沢山出るところを一気に斬って、楽にしてあげるのだ)
呼吸をひとつして、震える切っ先を振り上げる。
と、後ろからその手が掴まれて、耳元に聞き慣れた声が囁かれた。
「殿下」
抱きすくめるような体温は、すっぽりと包んでくれるような気配は、鎧をまとわぬニュクスフォスだった。
「なりません」
ふわりと視界の隅に舞う光がある。
――ちいさな妖精、フェアグリンだ。
「ニュクス……」
目の前でアクセルが驚いた顔をしている。
クレイはそれを夢うつつの狭間にいるような気持ちで眺め、凍て空から滑り堕ちた星めいて目を瞬かせた。
「俺は申し上げましょう、なりませぬ、と」
ちらちらと部屋中で燻り燃えていた火が消えていく――消されていく。
短剣を取り上げた手が、その刃を指先で撫でている。
金属の表面は鏡のようで、そこに映った自分の顔はなんだか自分ではないようだった。
「死んだら可能性が消えますが、生きてたら続くものがあるのだと、貴方が仰ったのではありませんか」
すこし困ったような青年の声がそう言って、剣が視界の外にひっこめられる。
代わりに両腕で優しく抱きしめられれば、室内に蔓延っていた燃焼の匂いに代わって柑橘系めいた爽やかな香りが感じられて、ぬくもりが心の表面に立った波をおだやかにあやしてくれるよう。
「苦しさは死んだらなくなるけど、生きていたら思いもよらない何かがあるかもしれない――そう思われていたのではありませんか」
――それが『穏やかな夜』ではないのかと問うようにされれば、室内に呼ばれていた黒竜の気配がいっそう静かに思えるのだった。
「それでも、それでも望まれるなら――主君の手は汚させません。望まれるなら俺に命じなさい、父を斬るようにと」
そっと体を離した体温がいつもの距離感で膝をつき、アクセルを見つめる。
「おひとりだけ斬られるのでは淋しいでしょうから、俺はあれを斬った後、自分の父もおまけで斬りましょう。我が父を冥府への共連れにどうぞ、と」
クレイはそれをきいて、ユンク伯を思い出して目を丸くした。
「そ、そんなおまけ扱いで父を斬ってはいけない」
「はははっ!!」
呆れたように言えば、深刻だった空気をからりと陽気に染め替えるような明るい笑い声がたてられる。
顔をみれば、やんちゃな少年めいてニコニコしている。
「して、いかがなさいますかな、俺の殿下。やっちゃいますかな! ずばっと一思いに致しますかな! 今ならおまけでうちの親父もついてきますぞっ!」
――はしゃぐような声で笑うではないか!!
「い、いい。しなくていい……そんなおまけは嬉しくないっ……!!」
クレイは一気に毒気を削がれて、肩を竦め、父に退室を申し出たのだった。
「夜更かしをしすぎだと思うのですぞ。早寝早起きと常々申していますが、あれは他国でも変わらぬのですよ」
迎賓館への帰り道で囀る声は暢気で、日常の気配が強く、父との面会などなかったような気になっていく。
(ああ、僕の騎士は本当に『夜の光』なのだな)
道案内でもするように二人の周囲を飛翔するフェアグリンの光が柔らかで、肩には気紛れを起こしたのか帰らずにそのまま留まるらしき小型サイズの黒竜アスライトがいる。
「ニュクスも夜更かししてるではないか」
「ええ、ええ。実は俺は眠くて仕方ないのですよ。ですから、お部屋に戻ったら早く寝ましょうな、な!」
その物言いがユンク伯にやっぱりよく似ていて、クレイは楽しくなってしまうのだった。
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