清らかに致すだけ~下剋上後の主従が「その一線を越えてこい」ってするだけだけどそれが本人たちには意外と難しいって話

浅草ゆうひ

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5章、マイノリティと生命の砂時計

53、サミルとハルディア、狼獣人と牛さんのお散歩計画

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「孤児たちは、さまざまな背景を持っています」
 孤児院の所有者であるクレイが、現場を歩きながら混沌騎士団とその主へと説明している。
 主――『騎士王』はランゲ一族から新たに搾り取った身代金をこの孤児院に一部寄付してくれるという。
(とても良い! 美談がまたひとつ広められるね) 
 紡がれる説明の声は嬉しそうで、いつもよりも少し早口で、はしゃぐ内心がありありと感じられた。
「親が亡くなった子供たち、親が病気だったり貧しくて育てることができず預けられた子供たち、虐待されていて保護された子供たち……」
 

   53、サミルとハルディア、狼獣人と牛さんのお散歩計画
 

 孤児院の建物は少しくたびれつつも清潔感を保たれている。
 身ぎれいな装いの子供たちは人懐こい表情を浮かべ、『歩兵』たちに話しかけていた。

 キャンディやグミ、クッキーやチョコレート――お菓子入りのカゴをげた『歩兵』のアドルフが熊のような図体を縮こませてしゃがみこむ。
「よう、兄ちゃんのこと覚えてるかあ?」
「おじさん、ひさしぶり!」
「おじさんじゃない、兄ちゃんだっ」
 アドルフは『おじさん』呼ばわりを否定しつつも、子供に覚えてもらえているのが嬉しいようで、相好を崩して周りに集まる子供たちにひとつひとつ配っている。

「よーしお前ら、かかってこーい」 
 ベルンハルトはやんちゃな少年たちと棒切れを手にちゃんばらをして、少年たちの秘密基地とやらに案内されていた。
「お前はそんなとこでどうした、元気がないじゃないか」
 秘密基地の端っこで膝を抱えるひとりに気付いてベルンハルトが問えば、他の少年たちがそっと教えてくれる。
「妹が病気でずっと寝てるんだ」
「お、おお……そうだったか。俺がいい薬を手に入れてやるよ」
 ベルンハルトは驚いて病状をきき、大慌てで薬を探しに出かけていく。


「なるほど、あいつらが『子守り』と呼ばれるわけだ」 
 一緒にやってきた混沌騎士団は困惑気味にそんな光景を見守り、軽装のニュクスフォスとクレイを警護している。

「わー、鎧の騎士様だ」
「混沌騎士団だ!」
 騎士に憧れる年頃らしき子供たちが目をキラキラさせて寄ってくれば、混沌騎士団のアルティエロが困り顔でニュクスフォスに指示を仰いでいる。
 このアルティエロは、どうも子供が苦手らしかった。
「おい、あの、雑魚。子供がまとわりついてくる」
「騎士は弱者の守護者だ。優しくしろ」
「優しくってどうやるんだよ、俺は子供という生き物が苦手なんだ。鎧をつつくな、こら」
「うわーん!」
「あっ……な、泣くな。泣き止め!?」
 不器用な配下に笑いながら、ニュクスフォスが子供を抱っこしてあやすのが平和の象徴みたいな光景で、クレイはニコニコとした。

「どう? こういう子たちが子供と呼ばれる生き物だ。僕とは違うだろ」
 かなり歳下の子供と比べるように言ってやれば、ニュクスフォスには綺麗に無視される。
「アルティエロはどうだ。違うと思うだろ」
 ならばとアルティエロに視線を向ければ、「殿下とこの生き物は違いますね」と笑ってくれる。
 すると、ニュクスフォスはふるふると首を振りそんな意見を否定するのだった。
「アルティエロはわかっていないな。子供というのは何歳になっても周りがそいつを子供だと思う限り子供なんだぞ。30歳児とか40歳児なんて呼び方も世の中にはある――つまり人間みな死ぬまで子供……」
「じゃあこの世には子供しかいないんだ? お前も子供と」
「その通りっ!」
「否定しないんだ!?」
 笑っていると、子供たちが『なんだかこの辺りは楽しそう』と言った顔で集まってきて、子供の扱いに不慣れでぎこちないアルティエロを面白がったり、いかにも扱い慣れているニュクスフォスにあやされたりしながら和やかな空間を作り出す。
 すると、『あの集まりは楽しそうじゃないか』と、また別の子供たちがやってきて、その集団は大きくなっていくのだった。

 子供たちがわいわいと集まる先に、傭兵を連れたテオドールが妖精牛タルー・ウシュタの手綱を引いてやってくる。

「この牛さんは大人しくて、怖くないよ」
 クレイがお兄さんぶって教えると、子供たちは目をキラキラさせて妖精牛タルー・ウシュタたかった。

「わーっ、妖精だ!」
「綺麗!!」
「わたし、妖精大好き!」
「ぼくも~!」
 
 クレイはそれを視て胸を熱くした。
(みんな、妖精を嫌がらない。妖精を当たり前に好いて、仲良くしようとするんだ。綺麗だと褒めている――誰の目を気にすることなく、そんな風に振る舞えるんだ!)
 
 生まれ育った中央の国ファーリズでは、少し前まで妖精という種族は国土に存在すら許されなかった。
 妖精は、ファーリズでは悪い生き物とされていた。
 妖精が好きだという竜血貴族は変人だと思われていた……。

(けれど、今はどう。僕の周りは妖精と、当たり前のように『妖精が好き』といえる人間たちばかり――中央でも、妖精との共生に国家の方針転換がされている。……面白いね。世の中の『当たり前』って、こんなに簡単に変わるんだ……)

 ――好きなものを堂々と好きだと言える。
 同じだよ、自分も好きだよって声が返ってくる。
 それって、すごく素晴らしいことではないだろうか?
 
 クレイが不思議な感動みたいなものを胸に覚えている間に、ニュクスフォスが傭兵たちに声をかけている。

「あれっ、お前たちは何やってんだ?」

 声をかけられた傭兵は、二人。
 一人は清潔感のある白皙と金髪碧眼の男、ハルディア。
 大きな盾と剣、重厚な金属鎧が特徴で、堅牢な守りの剣士として知られている。
 もう一人は長い黒髪をひとつに編んだ男、サミル。
 こちらは予知夢をみる特殊能力で知られている吟遊詩人風の弓手、あるいは剣士だ。
 二人は共に二つ名持ちの高名な傭兵で、ここ数年は相棒として仕事を受けているのだった。

「誰?」
 金髪のハルディアがきょとんとした顔で首を傾げる。
「俺だよ俺」
「だから誰だよ名前を言えよ」
「言ってもお前は俺の名前知らないだろっ?」
「知り合いじゃないじゃん!」
 なかなか謎な会話が展開している――。

「ハルディア、『騎士王』だぞこれ」
 黒髪のサミルが相棒に教えてやると、ハルディアは「あ、これ。あれか」と薄い反応を見せていた。
「あれとはなんだ。友人だろうが」
 ニュクスフォスが唇を尖らせると、ハルディアは面倒そうに肩をすくめる。
「名前も知らない友がいるかよ」
「ここにいるっ!」
「ええ……」
 
 クレイは不思議な会話を聞き流しつつ、小さな部屋に移動してテオドールが連れてきた傭兵に挨拶をした。
 共に二つ名を持つ高名な傭兵はどうも『騎士王』の旧知でもあるらしいが、今回彼らを招いたのはクレイだった。
 二人のうちの片方、サミルには以前から傭兵仕事の依頼をしたことがあったのだ。
 その際は手紙でやりとりを交わしていたため、直接会うのは初めてだが。

 小さく質素な部屋の椅子をすすめて、傭兵が座ってからクレイ自身も腰を下ろす。
 ニュクスフォスは従者然とした顔をして後ろに控えるようだった。
 
 事前に調べた情報によると、ハルディアという傭兵は偉そうな王侯貴族が大嫌いらしい。
 出身はエインヘリア。好物は酒。
 そして、相棒のサミルとは恋仲らしい――、
 
(僕とは相性が悪そうではないか。しかし、事前にわかっているなら簡単だよ――偉そうにしなければいいのだ。そして、サミルを取り合う恋敵ではないと線を引きつつ僕が同じ性好だとアピールすれば好感度も上がるというものではない?)
 やはり、人間というのは『この相手は自分と同じなのだ』という意識を持つと仲間意識みたいなものが芽生えやすいのだ。
 その『同じ』が少数であればあれほど、きっと貴重な同志だと思われやすいのではあるまいか――クレイはこれまでの自分の経験を踏まえてそう考えたのである。
 
 クレイは事前に頭の中で軽くシミュレーションした通りに北西エインヘリア語で丁寧に言葉を紡いだ。
   
「はじめまして、有名な傭兵のお二人にお会いできて光栄です。僕はクレイ――今のところ、『騎士王』のヒモをしています。僕は『騎士王』のセフレなのです」
「はっ?」
 後ろからはニュクスフォスの驚いた様子の声がきこえる。

「んっ?」
 ハルディアも目を丸くしていて、サミルは面白がるようだった。

「ち、違うぞ、待て待て。その単語は違いますぞ、クレイ様。誤解を招きますぞ、適切ではありませんぞ――お前たち、そんな目で見るなっ……?」
 ニュクスフォスがあたふたと訂正している。
 クレイは「うん、うん」と頷いて続きを話した。
「たまに誤解されますが、僕はこう見えて立派な大人で、僕と『騎士王』は、お互いに恋薬香リーベストランクを盛り会う仲なのです。すこしマニアックですが、この幼く見えがちな容姿を活かして父子プレイに興じることもあるのですよ」
「何を仰る……っ!?」
 
 ――ちょっとマニアックなことを言い過ぎただろうか。ニュクスが慌てるのが面白くて、つい口が滑ったではないか。
 内心で反省しつつ、クレイは真面目な話に切り替えた。
 
「僕がお願いしたいのは、とある工事現場の警備なのです。他に声をかけている傭兵団といっしょに僕の友人の領地を通らせてもらい、現場に向かって欲しいのです」
 詳しい内容はこちら、とまとめ書きした依頼書を両手で差し出して渡せば、今のところハルディアに反感を持たれた様子はなく、二人の傭兵は依頼を受けてくれそうな気配だった。

(僕の作戦は間違っていなかったようだね! ちょっとマニアックなのも、きっとプラスに働いたに違いないっ、きっとっ!)
 真偽は定かではないが、クレイはポジティブにそう考えた。

「僕はミーハーなので、有名なお二人に実際にお目にかかれてとても浮かれています」
「『石ころさん』に実際にお会いできて俺も嬉しいよ」
 サミルがふわりと微笑んで手を差し出すので、クレイはそっと握手を交わした。

 ――『石ころさん』とは、素性を隠して傭兵のサミルに依頼していたクレイのことだ。
 手紙のやりとりをしたときに、『道端の小石』と書いたのだ。

「手紙以外に、実は俺は貴方を予知夢でも視たのだがな」
「僕を、予知夢で」
 クレイは目を瞬かせた。
「どのような?」
「あ……」
 後ろでニュクスフォスが何かに思い至ったような声を零している。
 
 サミルは悪戯っぽく微笑んで、唇に人差し指をあてて言葉を続けた。
「そこな『騎士王』陛下が北西の『覇者の指輪』を獲得する前に視た夢です。貴方が彼を『ニュクスフォス』と呼んでいらした……そして俺は、彼にその名を教えたのですよ」
「へえ? そうなの、ニュクス?」
 
 クレイはそれをきいて目をキラキラとさせた。
 ニュクスフォスは神妙な顔でこくりと首を縦にする。
如何いかにも、如何にも。その通り。その時、二つ名だけを広めて名前というものを持たずにいた『騎士王』は、そこのサミルが『予知夢で観たのだ。貴殿がそう呼ばれるのを』と語るのをきいて『Νύξ φως――ニュクスフォス』という名を自分の名にしたのです――夢の詳細までは聞いておりませんでしたがな!」

「それってすごく面白いね。予知夢をきっかけとして名乗るようになった名を僕が呼ぶのだろ。そして、そんな僕が予知夢でみられるわけだ……その予知夢をもとに名前が名乗られるようになって、僕は名を呼び、それが予知夢でみられ……不思議だね、ぐるぐると因果が輪っかになって過去と未来を巡るみたい」
「そうですな。俺は当時、単に『夜の光』という意味合いの名がたいそうクレイ様の騎士に相応しく思えて気に入ったものですが。俺の中では今、その名はクレイ様が名付けてくださったものだと昇格しましたぞ」
「僕が考えた名前ではないのだけれど……不思議」

 奇妙な予知夢と名前にひとしきり感銘を受けた後、クレイはテオドールを呼びつけて傭兵を率いる指揮役に任じるのだった。

「他に声をかけている傭兵団は、東方の『走火そうか』という名前の黒道邪道の魔教宗教組織らしい。なんでも、団では『走火そうか』と言ったら『入魔にゅうま』と返すのが合言葉だとか」
「それは物騒な組織ではありますまいか――それに、合言葉とは一体なんです、ふざけているように聞こえますな」
 会話をきいていたニュクスフォスが眉をひそめて口を挟めてくる。
「そう思うだろう? いかにも不穏な名前だし。けれど、調べてみたらこの組織、妖精種――狼獣人が主力の傭兵団らしいのだ。なんでも、筆頭ボスがちょっと邪悪ワルぶりたいお年頃で、けれど性根は悪い子ではなくて愛嬌があり、たいそう誠実に一生懸命お仕事をしてくれると評判らしいのだ。そもそもにして妖精種は謀り事とは無縁で、まっすぐな心を好むものが多い――安心安全なのだ」

 直接見れないのは残念ではあったが、と付け足して、クレイはテオドールに言い聞かせるのだった。

妖精牛タルー・ウシュタも連れていって、のびのびと遊んでくるように」

 言い聞かされたテオドールは常はのほほんとしている顔に若干プレッシャーを感じているような緊張をのぼらせ、頷いた。

「いってまいります、坊ちゃん」

(あっ。今の僕の態度、偉そうだったかもしれない)
 やりとりを交わしてから、クレイはハッと気づいてチラッとハルディアを見る。
 ハルディアは気にしていないようだった。
(今まで、僕の周りにいた者たちは僕が偉そうにすると喜んだから新鮮だな……)
 クレイは新鮮さをかみしめつつ、ホッと安堵する。
 
 その耳に、いぶかしむような声が拾われた。
「どこに」
 ニュクスフォスだ。
「どこの工事現場に行くんだよ……おいハルディア、その依頼書を俺にも見せろ」
「守秘義務ってあるだろ。見せられないよ」
 ハルディアは当然の温度で依頼書を見せるのを拒絶した。それを視てクレイは「国主に言われても秘密を守る意思を強く魅せてくれるとは、この傭兵は腕だけでなく人となりも安心して依頼できる傭兵なのだな」と感心するのであった。
 
「……クレイ様っ?」
 不満気にクレイを見つめる紅色の視線を受け止めて、クレイはウンウンと頷いて、丁寧に北西エインヘリア語を返した。

「ああ、陛下。ご安心ください。僕は親愛なる陛下に隠し事をいたしませんので」
「へっ?」
「ハルディアさん、その依頼書をぜひ陛下にお見せください」

 依頼主がそう言うならば、とハルディアがニュクスフォスに依頼書を差し出すと、ニュクスフォスは嬉しそうにそれに手を伸ばした。
「そう、そう。そうでなければ。お父さまに隠し事はならぬのですぞ、殿下。どうれ、どれ。何を依頼なさるのでしょうかな……俺に依頼なさればもっとよいのに」 
 
「なるほど、父子プレイか……」
 呟きをきいたサミルが納得顔で頷いている。
「俺としたことが『何事も経験だから俺たちもやってみよう』という気にもならん」
「しなくていい……」
  
 ニュクスフォスが渡された依頼書を広げるのを見ながら、クレイはのんびりと説明を加えてあげた。

「僕の依頼は、中央貴族であるお友達の領地の近くにある工事現場の警備です。ですが、それは名目で、本当にお願いしたいのは牛さんのお散歩です。その工事現場の近くには、川が流れています。最近手に入れた妖精の牛さんはお水が好きなようなので、もしよかったら川に連れて行って遊ばせてあげてください……」
 
 紫色の瞳が『僕は書いてある文章をそのまま読みました』というようにニュクスフォスを見上げて、反応を窺っている。

「う、牛さんのお散歩……」
 ニュクスフォスは気が抜けたような声で言って、手元の文章を何度も読んでいる。
 
「のんびりしていて、良いお仕事でしょう」
 クレイはニコニコとした。
「僕たちはこれから中央に行くでしょう? そうすると、お出かけについてくる勢と、お留守を守る勢とに陛下の手勢が割かれてしまうでしょう? そんな折なので、僕は傭兵を使って牛さんを遊ばせようと思っただけなのです、陛下――」

 
 そして後日、出発の日が訪れる――ニュクスフォスとクレイは中央行きの馬車に乗り、テオドール率いる傭兵団はクレイの家であるコルトリッセン家の旗を掲げて南東に向かい、『お友達』であるラーフルトン家の領地にお邪魔してその領内を北上するのだった。
 
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