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4章、差別と極夜の偶像崇拝
49、乾杯、乾杯、あなたは僕の王様なのです
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「逃げていった妖精の馬や牛はどこに向かうだろう」
クレイの指が地図をたどり、文献を漁る。
「フェアグリンの配下妖精がこぞって探せば見つかるかな」
師匠レネンに代わり『坊ちゃん』を見守る呪術師メルシムは、そっと首を傾けた。
「ですが、フェアグリンに命令できる者はいませんよ。指輪の所有者とて、フェアグリンの主人というわけではないのですから」
「けれど、逃げているのはフェアグリンの敵で、領土侵犯されているのはフェアグリンの支配圏ではないか」
クレイの声は少しだけ不満そうだった。
「僕は手伝ってやろうというのだよ。フェアグリンは感謝して協力してくれてもよいと思うの。妖精の馬と牛、欲しい」
「坊ちゃん、本音がこぼれてますよ」
メルシムはそっとツッコミを入れるのだった。
49、乾杯、乾杯、あなたは僕の王様なのです
雪がしんしんと降っている。
仮設の避難所はキンメリア族やオーブル族の予備住居を借りていて、まるで定住民と移動民がひとつの『都市』という枠の中で区別をなくして等しき『住民』となったよう。
復興作業に汗を流した後のお楽しみタイムを酒場で過ごす『歩兵』たちは、カタコトのエインヘリア語で現地住民との交流をはかり、それなりに良好な関係を築いていた。
中には、恋愛めいた甘酸っぱい感情をチラつかせたり、一歩踏み込んで大人の関係に発展している者もいる。
「俺はここを離れても手紙を書くんだ」
「今のお前はファーリズを離れる時の俺と重なる……予言してやろう、お前の恋はダメになるぞ」
「いちいち情を移してたら疲れないか?――俺なんて割り切って体だけの関係って互いに言ってる」
酒の香りを共に話に花を咲かせているあたたかな酒場の入り口の鐘がからんからんと鳴り響く。
『騎士王』を連れた華奢なクレイが入ってくると、戸口をなんとなく見た客がハッとした顔で反射のように頭を下げる。それにつられたように、似た気配と動きが連鎖した。
「『騎士王』陛下ではないですか」
「あれは本物か? また偽物では?」
「本物は鎧を着てないし宿に泊まってるんだぜ、ありゃ偽物だよ」
そんな囁きを背景に、『歩兵』のメンバーが丸テーブルの椅子を引き、主人であるクレイを迎えた。
「坊ちゃん、ご体調はよろしいんですかい」
「坊ちゃん、酒場にいらっしゃるとは驚きましたぜ。もうお酒を嗜めるお歳でしたっけ? ちなみにあそこにいる看板娘が俺のコレでさア。可愛いでしょう」
「どさくさに紛れて自慢するな」
賑やかなやり取りに惹かれたようにキンメリア族の若者たちも近くの席にやってくる。
「僕は見ての通り、元気だよ。なので、お城への帰り道にお前たちと寄り道を考えているくらい!」
クレイはそんな配下たちのいつも通りの雰囲気にニコニコとして席についた。
全身に鎧を着込んだ『騎士王』が静謐な気配を纏い、無言で床に膝をついて控えている。
『歩兵』たちにはその鎧の中身の表情までわかるような気がした。
――きっと『俺が一番の従者。俺が』という顔をしているのだ。
「僕が伏せっている間に大変なことがあったというではないか」
特有のおっとりとした言葉を慣れた様子で待つ『歩兵』たちは、訓練された猟犬めいていた。
「お前たちは立派に『混沌騎士団』になりすまし、都市の防衛と復興に従事していると報告を耳にした。ゆえに、僕は『よくやった』と褒めるのである。労うのである……」
下から見上げる角度のクレイの瞳が、上から見下ろす温度感でいかにも偉そうだ。
それが日常である『歩兵』たちは各々の酒杯を掲げて笑みを交わした。
「俺たちの坊ちゃんが今日も偉そうで何よりさね」
「ははっ!」
「坊ちゃん、ゴゴリッ・モゴリッを召し上がれ。もう片方は家出公子にブラッディシーザー、こっちは俺のホットトディー」
テオドールがいそいそとトレイにホットドリンクを乗せて運んでくる。
「家出公子ってなんだよ。非行少年みたいに言うな」
中央語での文句の声が騎士兜から発せられると、周囲で様子を見守っていた酒場の客たちが「喋ったぞ」と視線を交わしている。
「ゴゴリッ・モゴリッとは、呼ぶだけで元気の出る面白い名前だね」
ホットミルクセーキ入りのマグを受け取り、クレイはニコニコとした。
「欲しいものがあれば申すように」
優しい香りに和みながら言えば、『歩兵』たちが盛り上がる。
「坊ちゃん、そんなら乾杯の音頭を頼みますぜ」
「今日のご馳走は坊ちゃんの奢りで」
「なんだ、そんなので良いのか」
『歩兵』たちからおねだりが飛び、クレイは頷いてキンメリア族のテーブルにマグを軽く掲げて見せた。
「どうせなら『騎士王』陛下が全員に奢ることにしたらよいのではない? かく伝えよ」
酒場中に視線を巡らせば、フレルバータルが率先してその意を北西語で伝えて人々を湧かせた。そして、「あとで俺を特別可愛がってください」などと危ういことを囁いて『騎士王』に睨まれている。
「なんだこの蛮族は」
「あ、やっぱり蛮族呼ばわりするんだ」
真実がひとつ明らかになった瞬間だった。
「それは置いておいて……」
こほん、と咳払いをして、クレイは声を華やがせた。
「乾杯、乾杯、乾杯! 楽しさと幸せの波がこの場を浸しますように!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
乾杯の唱和がされて皆がそれぞれの杯を傾けるさまは楽しげで、陽気に誘われたように小さな古妖精フェアグリンがやってきて人々の間をひらひらと飛び回れば、ワッと歓声が湧く。
「フェアグリンはお祭り好きだね」
妖精好きのクレイは人間たちと戯れるフェアグリンに目を細めつつ、傍らに控える『騎士王』に視線を注いだ。
騎士兜を脱いで真っ赤な酒を浸した杯を静かに傾けるニュクスフォスは『クレイの左斜め後ろの床が俺の定位置』とばかりに床に座っている。
(王様が侍童に侍るのはおかしいではないか――)
――逆ではないか。
クレイは椅子からひょこりと立ち上がり、恭しく膝をついた。
「『騎士王』は宴席で床に座りて楽しむ民を慎まやかに見守り控えるものなり――佳い。美談と言えよう。積極的に広めよう、その姿勢」
中央語で好みを意識して声をかければ、驚いたように紅色の目が瞬いている。
続ける言葉は、耳目を意識した北西語で。
ネイティヴの都市民にニュアンスが誤って伝わらぬよう、単語を慎重に選んで、あどけない子供のように微笑んで、にっこりと。
「騎士様、騎士様、謙虚だね。博愛の剣は、献身と奉仕に明け暮れて驕ることなく上にのぼらず下にいる……道を識るその善き魂に夜と光の加護ぞある……」
周囲の民がウンウンと頷く顔が嬉しそうだ。
――ああ、嬉しいのだ。
彼らはこの騎士を自分たちの王様だと認めているのだ。
ゆえに、彼が立派な振る舞いをしたり、それを第三者に褒め讃えられると嬉しくなるのだ。
クレイはそれを感じて幸せな気持ちになった。
だから、その気持ちをそのまま明るい声にして無邪気に微笑んだ。
「王様、王様、あなたは僕の王様なのです……」
初々しい風情で言葉を紡げば、見守る住民たちが微笑ましく頷いている。
――彼らは敬って欲しいのだ。
自分たちが敬っている王様を。
「僕たちは陛下に椅子に座ってくつろいでいただきたいのです」
『僕たち』という表現を用いれば、周囲の者たちが幸せそうな顔をした。
そこには自分もいるのだと誇るような顔だった。
応える『王様』は――ふわふわしていた。
「ほう、ほう。ようわかりませんが、なんぞお可愛らしいことを仰る。お父さまと座りたい? あいわかり申した、おねだりでございますな殿下? よーし、よし」
「ん?」
周囲など目に入らぬとばかりにふわふわとした笑顔で応えて、ニュクスフォスが酒盃をテーブルに置いてクレイに腕を伸ばす。
「……んっ?」
「では、お父さまと座りましょうかな、俺の可愛らしい殿下!」
慣れた様子でクレイを抱えた『王様』は椅子に座り、膝上に座らせた『我が子』をぬいぐるみでも愛でるかのように機嫌良く撫で回してすりすりと頬を寄せた。
「これ、これ。これが俺のご褒美。お前ら羨ましいか、いいだろうこれ。俺のなんだ……」
ちゅっと音を立てて頬にキスして、ふわふわと微笑む顔は実に幸せそうだった。
「きいた? さっきの。お父さまに『抱っこして欲しい』っておねだりしたんだ。きいた? 俺はきいた」
なにやらとてもふにゃふにゃしている。
(……酔っている。酔っているね、ニュクス? 僕はそんな発言した覚えが全くないぞ、他の人たちも『そんな発言なかった』って顔してるぞ)
流暢な北西語が『イメージ戦略など知るか』とばかりにペラペラと大声で妄言を垂れ流している。
何も考えていない――思いついたまま垂れ流している――そんな声だ。
「いいか、この子は俺が推定4歳の時にこさえたお子さんで、他者との性交渉なく神から授かったわけなのだ。つまり俺は処女受胎ならぬ童貞受胎をして……あれ? このお子さん俺が産んだのか。道理で可愛いと思った。やはり胎を痛めて産んだからには立派に育てねばと思い、おしめを変えたり乳を与えたりして育てたわけだな……全く記憶にないがそんな過去があったと思えばあったようにも思えてくる――俺は父ではなく母であったのか――なんと……」
――この王様ったら、こんなタイミングでこんな妄言を垂れ流す!
「……『騎士王』……?」
「陛下?」
ふわふわとした声に困惑の視線が集まっている。
「見てこの成長した可愛い子。このへん。ここに筋肉がちょっとあるだろう。指は五本あるんだ。四本でも六本でもないんだぞ、すごいだろう。それにこう見えて四か国語も話せるんだ、たまに単語のチョイスがひどいけど……このお子さんご自分を支持する貴族に俺を紹介するときアイザール語でセフレって紹介したんだぜ。12歳の時だぜ……ひどい単語チョイス。たぶん意味を知らずに使っていた……今は知ってるんだろうか……俺をセフレ扱いした自覚あるんだろうか」
クレイはあたふたとした。
(いけない、せっかくいい感じだったのにこれでは台無しだ。変な噂が立っちゃうよ……セフレってなんだ。僕は知らないぞそんな単語。僕が12歳の時に何をしたと言うのか)
「テオドール! お水と料理を持ってくるのだっ」
赤いお酒の杯をさりげなく遠ざけてベルンハルトに回収させつつ、クレイはニコニコと微笑んで「陛下はお酒に弱くて冗談がおへた! でも、欠点がある方が人間らしくて親しみが湧きますね」と周囲に笑いかけて同調を促したのだった。
「坊ちゃん、肉です」
テオドールが串焼きを差し出す。
「でかした、テオドール」
クレイは常ならぬ俊敏さでそれを手に取った。
「ちょろくて温い、これを俺は『ちょろ温い』と名付けたわけで……」
「フィオ・ディ!」
耳元でふわふわすりすりと体温を寄せるニュクスフォスに串焼きを差し出せば、ぱくりとかじりついて妄言が止まる。
「さあさあ、これに構わず楽しい宴会と参ろうではないか! 飲めや、歌えや、である!」
やけになったように声を張り上げて誤魔化せば、『歩兵』たちは「坊ちゃん、『これ』扱いしちゃってますぜ」とツッコミを入れつつ陽気な歌で場を誤魔化してくれるのだった。
クレイの指が地図をたどり、文献を漁る。
「フェアグリンの配下妖精がこぞって探せば見つかるかな」
師匠レネンに代わり『坊ちゃん』を見守る呪術師メルシムは、そっと首を傾けた。
「ですが、フェアグリンに命令できる者はいませんよ。指輪の所有者とて、フェアグリンの主人というわけではないのですから」
「けれど、逃げているのはフェアグリンの敵で、領土侵犯されているのはフェアグリンの支配圏ではないか」
クレイの声は少しだけ不満そうだった。
「僕は手伝ってやろうというのだよ。フェアグリンは感謝して協力してくれてもよいと思うの。妖精の馬と牛、欲しい」
「坊ちゃん、本音がこぼれてますよ」
メルシムはそっとツッコミを入れるのだった。
49、乾杯、乾杯、あなたは僕の王様なのです
雪がしんしんと降っている。
仮設の避難所はキンメリア族やオーブル族の予備住居を借りていて、まるで定住民と移動民がひとつの『都市』という枠の中で区別をなくして等しき『住民』となったよう。
復興作業に汗を流した後のお楽しみタイムを酒場で過ごす『歩兵』たちは、カタコトのエインヘリア語で現地住民との交流をはかり、それなりに良好な関係を築いていた。
中には、恋愛めいた甘酸っぱい感情をチラつかせたり、一歩踏み込んで大人の関係に発展している者もいる。
「俺はここを離れても手紙を書くんだ」
「今のお前はファーリズを離れる時の俺と重なる……予言してやろう、お前の恋はダメになるぞ」
「いちいち情を移してたら疲れないか?――俺なんて割り切って体だけの関係って互いに言ってる」
酒の香りを共に話に花を咲かせているあたたかな酒場の入り口の鐘がからんからんと鳴り響く。
『騎士王』を連れた華奢なクレイが入ってくると、戸口をなんとなく見た客がハッとした顔で反射のように頭を下げる。それにつられたように、似た気配と動きが連鎖した。
「『騎士王』陛下ではないですか」
「あれは本物か? また偽物では?」
「本物は鎧を着てないし宿に泊まってるんだぜ、ありゃ偽物だよ」
そんな囁きを背景に、『歩兵』のメンバーが丸テーブルの椅子を引き、主人であるクレイを迎えた。
「坊ちゃん、ご体調はよろしいんですかい」
「坊ちゃん、酒場にいらっしゃるとは驚きましたぜ。もうお酒を嗜めるお歳でしたっけ? ちなみにあそこにいる看板娘が俺のコレでさア。可愛いでしょう」
「どさくさに紛れて自慢するな」
賑やかなやり取りに惹かれたようにキンメリア族の若者たちも近くの席にやってくる。
「僕は見ての通り、元気だよ。なので、お城への帰り道にお前たちと寄り道を考えているくらい!」
クレイはそんな配下たちのいつも通りの雰囲気にニコニコとして席についた。
全身に鎧を着込んだ『騎士王』が静謐な気配を纏い、無言で床に膝をついて控えている。
『歩兵』たちにはその鎧の中身の表情までわかるような気がした。
――きっと『俺が一番の従者。俺が』という顔をしているのだ。
「僕が伏せっている間に大変なことがあったというではないか」
特有のおっとりとした言葉を慣れた様子で待つ『歩兵』たちは、訓練された猟犬めいていた。
「お前たちは立派に『混沌騎士団』になりすまし、都市の防衛と復興に従事していると報告を耳にした。ゆえに、僕は『よくやった』と褒めるのである。労うのである……」
下から見上げる角度のクレイの瞳が、上から見下ろす温度感でいかにも偉そうだ。
それが日常である『歩兵』たちは各々の酒杯を掲げて笑みを交わした。
「俺たちの坊ちゃんが今日も偉そうで何よりさね」
「ははっ!」
「坊ちゃん、ゴゴリッ・モゴリッを召し上がれ。もう片方は家出公子にブラッディシーザー、こっちは俺のホットトディー」
テオドールがいそいそとトレイにホットドリンクを乗せて運んでくる。
「家出公子ってなんだよ。非行少年みたいに言うな」
中央語での文句の声が騎士兜から発せられると、周囲で様子を見守っていた酒場の客たちが「喋ったぞ」と視線を交わしている。
「ゴゴリッ・モゴリッとは、呼ぶだけで元気の出る面白い名前だね」
ホットミルクセーキ入りのマグを受け取り、クレイはニコニコとした。
「欲しいものがあれば申すように」
優しい香りに和みながら言えば、『歩兵』たちが盛り上がる。
「坊ちゃん、そんなら乾杯の音頭を頼みますぜ」
「今日のご馳走は坊ちゃんの奢りで」
「なんだ、そんなので良いのか」
『歩兵』たちからおねだりが飛び、クレイは頷いてキンメリア族のテーブルにマグを軽く掲げて見せた。
「どうせなら『騎士王』陛下が全員に奢ることにしたらよいのではない? かく伝えよ」
酒場中に視線を巡らせば、フレルバータルが率先してその意を北西語で伝えて人々を湧かせた。そして、「あとで俺を特別可愛がってください」などと危ういことを囁いて『騎士王』に睨まれている。
「なんだこの蛮族は」
「あ、やっぱり蛮族呼ばわりするんだ」
真実がひとつ明らかになった瞬間だった。
「それは置いておいて……」
こほん、と咳払いをして、クレイは声を華やがせた。
「乾杯、乾杯、乾杯! 楽しさと幸せの波がこの場を浸しますように!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
乾杯の唱和がされて皆がそれぞれの杯を傾けるさまは楽しげで、陽気に誘われたように小さな古妖精フェアグリンがやってきて人々の間をひらひらと飛び回れば、ワッと歓声が湧く。
「フェアグリンはお祭り好きだね」
妖精好きのクレイは人間たちと戯れるフェアグリンに目を細めつつ、傍らに控える『騎士王』に視線を注いだ。
騎士兜を脱いで真っ赤な酒を浸した杯を静かに傾けるニュクスフォスは『クレイの左斜め後ろの床が俺の定位置』とばかりに床に座っている。
(王様が侍童に侍るのはおかしいではないか――)
――逆ではないか。
クレイは椅子からひょこりと立ち上がり、恭しく膝をついた。
「『騎士王』は宴席で床に座りて楽しむ民を慎まやかに見守り控えるものなり――佳い。美談と言えよう。積極的に広めよう、その姿勢」
中央語で好みを意識して声をかければ、驚いたように紅色の目が瞬いている。
続ける言葉は、耳目を意識した北西語で。
ネイティヴの都市民にニュアンスが誤って伝わらぬよう、単語を慎重に選んで、あどけない子供のように微笑んで、にっこりと。
「騎士様、騎士様、謙虚だね。博愛の剣は、献身と奉仕に明け暮れて驕ることなく上にのぼらず下にいる……道を識るその善き魂に夜と光の加護ぞある……」
周囲の民がウンウンと頷く顔が嬉しそうだ。
――ああ、嬉しいのだ。
彼らはこの騎士を自分たちの王様だと認めているのだ。
ゆえに、彼が立派な振る舞いをしたり、それを第三者に褒め讃えられると嬉しくなるのだ。
クレイはそれを感じて幸せな気持ちになった。
だから、その気持ちをそのまま明るい声にして無邪気に微笑んだ。
「王様、王様、あなたは僕の王様なのです……」
初々しい風情で言葉を紡げば、見守る住民たちが微笑ましく頷いている。
――彼らは敬って欲しいのだ。
自分たちが敬っている王様を。
「僕たちは陛下に椅子に座ってくつろいでいただきたいのです」
『僕たち』という表現を用いれば、周囲の者たちが幸せそうな顔をした。
そこには自分もいるのだと誇るような顔だった。
応える『王様』は――ふわふわしていた。
「ほう、ほう。ようわかりませんが、なんぞお可愛らしいことを仰る。お父さまと座りたい? あいわかり申した、おねだりでございますな殿下? よーし、よし」
「ん?」
周囲など目に入らぬとばかりにふわふわとした笑顔で応えて、ニュクスフォスが酒盃をテーブルに置いてクレイに腕を伸ばす。
「……んっ?」
「では、お父さまと座りましょうかな、俺の可愛らしい殿下!」
慣れた様子でクレイを抱えた『王様』は椅子に座り、膝上に座らせた『我が子』をぬいぐるみでも愛でるかのように機嫌良く撫で回してすりすりと頬を寄せた。
「これ、これ。これが俺のご褒美。お前ら羨ましいか、いいだろうこれ。俺のなんだ……」
ちゅっと音を立てて頬にキスして、ふわふわと微笑む顔は実に幸せそうだった。
「きいた? さっきの。お父さまに『抱っこして欲しい』っておねだりしたんだ。きいた? 俺はきいた」
なにやらとてもふにゃふにゃしている。
(……酔っている。酔っているね、ニュクス? 僕はそんな発言した覚えが全くないぞ、他の人たちも『そんな発言なかった』って顔してるぞ)
流暢な北西語が『イメージ戦略など知るか』とばかりにペラペラと大声で妄言を垂れ流している。
何も考えていない――思いついたまま垂れ流している――そんな声だ。
「いいか、この子は俺が推定4歳の時にこさえたお子さんで、他者との性交渉なく神から授かったわけなのだ。つまり俺は処女受胎ならぬ童貞受胎をして……あれ? このお子さん俺が産んだのか。道理で可愛いと思った。やはり胎を痛めて産んだからには立派に育てねばと思い、おしめを変えたり乳を与えたりして育てたわけだな……全く記憶にないがそんな過去があったと思えばあったようにも思えてくる――俺は父ではなく母であったのか――なんと……」
――この王様ったら、こんなタイミングでこんな妄言を垂れ流す!
「……『騎士王』……?」
「陛下?」
ふわふわとした声に困惑の視線が集まっている。
「見てこの成長した可愛い子。このへん。ここに筋肉がちょっとあるだろう。指は五本あるんだ。四本でも六本でもないんだぞ、すごいだろう。それにこう見えて四か国語も話せるんだ、たまに単語のチョイスがひどいけど……このお子さんご自分を支持する貴族に俺を紹介するときアイザール語でセフレって紹介したんだぜ。12歳の時だぜ……ひどい単語チョイス。たぶん意味を知らずに使っていた……今は知ってるんだろうか……俺をセフレ扱いした自覚あるんだろうか」
クレイはあたふたとした。
(いけない、せっかくいい感じだったのにこれでは台無しだ。変な噂が立っちゃうよ……セフレってなんだ。僕は知らないぞそんな単語。僕が12歳の時に何をしたと言うのか)
「テオドール! お水と料理を持ってくるのだっ」
赤いお酒の杯をさりげなく遠ざけてベルンハルトに回収させつつ、クレイはニコニコと微笑んで「陛下はお酒に弱くて冗談がおへた! でも、欠点がある方が人間らしくて親しみが湧きますね」と周囲に笑いかけて同調を促したのだった。
「坊ちゃん、肉です」
テオドールが串焼きを差し出す。
「でかした、テオドール」
クレイは常ならぬ俊敏さでそれを手に取った。
「ちょろくて温い、これを俺は『ちょろ温い』と名付けたわけで……」
「フィオ・ディ!」
耳元でふわふわすりすりと体温を寄せるニュクスフォスに串焼きを差し出せば、ぱくりとかじりついて妄言が止まる。
「さあさあ、これに構わず楽しい宴会と参ろうではないか! 飲めや、歌えや、である!」
やけになったように声を張り上げて誤魔化せば、『歩兵』たちは「坊ちゃん、『これ』扱いしちゃってますぜ」とツッコミを入れつつ陽気な歌で場を誤魔化してくれるのだった。
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