清らかに致すだけ~下剋上後の主従が「その一線を越えてこい」ってするだけだけどそれが本人たちには意外と難しいって話

浅草ゆうひ

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4章、差別と極夜の偶像崇拝

40、同じ人間じゃないと思っていたのだろうか?

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 ちいさな妖精フェアグリンが面白がるように物陰に身を隠し、偽物の『騎士王』を見物している。
 本物であるニュクスフォスが呆気に取られていると、混沌騎士団を名乗る騎馬民族と『歩兵』は周囲から事情をきき、尻餅をついていた男とニュクスフォスを囲んで『騎士王』の前へと連行した。

 中身が誰なのかわからぬが、『騎士王』の佇まいはなかなか堂々としていて、威厳のようなものを感じさせる。
 声を発することはなく、近くにいた臣下が代弁者のようにその意を伝える――、

「よりにもよって神の家たる教会で、このめでたき日、縁結びの催しで他者を蔑み、暴力にモノを言わせようとの軽挙はならぬ……」
「反省するよろし、めでたい席には混ざれるから水に流して楽しめ、どうぞ。『騎士王』は寛容にして寛大オールオーケー、エンジョイ」
 
 滔々とうとうと言い聞かせる流暢りゅうちょうなエインヘリア語は騎馬民族と思しき臣下から、微妙にぎこちなくあやしいエインヘリア語は『歩兵』からであった。


   40、同じ人間じゃないと思っていたのだろうか?


 一緒に注意喚起を受けたマラートと名乗る男は「こんな悪目立ちしたんじゃコンカツ相手に最初から嫌われちまう」と嘆いていた。

「コンカツってのはなんだ?」
 列に戻りながらニュクスフォスが問えば、マラートからは逆恨さかうらみ混じりの憎々しげな気配が返ってくる。

「薄汚いアイザール人が話しかけるな、お前とは話さん」
「ははあ、俺が汚れてるから? それとも、俺がケチケチしてるから? それとも――力付くで俺に言うこときかせようとして、まんまとやり返されたから面白くないのかなっ」
「全部だ、全部!」
「ははっ、そりゃすまん!」

 だんまりの相手とはコミュニケーションも途絶とぜつしてそれきりだが、このマラートはグチグチとリアクションを返してくれる。ニュクスフォスはニコニコとした。
 
「いやはや、この肌が理由で汚れている扱いされるというのは全く文明的ではないと俺は思うものだが、実際俺が綺麗かというとそうでもない。この心が、魂が汚れているものだから……マラート殿は俺の心を見透かして汚れ呼ばわりするのだな! そう思えば貴殿はなかなかすごい男だ! ウンウン!」
「何を言ってるんだ」
 困惑する気配は中央人とそう変わらない。
 
 喋らない妖精より人間らしいではないか――いや、人間だ。
 人間だった。
 そういえば人間なのだ。
 一瞬流れた思考に目を瞬かせつつ、ニュクスフォスは肩をすくめた。
 
(ふうむ。俺は先ほどまでこいつが自分と同じ人間じゃないと思っていたのだろうか?? ならばこいつもまた俺のことを同じ人間ではないと感じているのかもしれぬ……まあ、いいや)

『騎士王』偽物が扉の向こうに消えていく。
「あれは何をやってるんだろう……コンカツとやらをしているのか?」
「『騎士王』がコンカツするわけないだろ」

 呟けば、マラートが呆れたように返す声が不思議だった。

「そうか、『騎士王』はコンカツをしないのか。ふーん」
 よくわからない存在であるはずの『騎士王』にも、「これはする」「こんなことはしない」みたいなイメージがあるらしい。

 順番が来て中に入れば、中は質素ながらあたたかみのある飾りがされている。
 そして、子犬がはしゃいで遊ぶような可愛らしいピアノの音が響いていた。『子犬のワルツ』――有名な曲だ。

 部屋の至るところで、ヒンメリという名の光のモビールや熟れた果実をモチーフにしたオーナメントが上品で繊細な金の光を魅せている。
 入り口付近には、御馳走が用意されていた。自由に好きなものを取ってよいらしい。
 中央は素朴な丸テーブルと一対の椅子のテーブルセットが並び、壁際には警備らしき偽物の混沌騎士団と、置き物のように座る『騎士王』がいる。

 そして、ピアノがある。
 
 『騎士王』の近くでピアノを弾いているのは、線が細く華奢な麗人――。
 最近健康的な血色を増した白皙の頬に、優しくあたたかな色合いの髪がさらりとかかり、瞳はたまに毒気をのぼらせる宝石めいた紫色アメジスタ
 聖歌隊めいた衣装を纏い、鍵盤に指を滑らせている少年めいた人物の横顔を見て、ニュクスフォスは声をあげそうになった。

 ――クレイ様!

 夢の中にいるように現実感が薄くなる。
 偽物の『騎士王』はいるし、クレイはピアノを弾いているし――しかし、そのピアノがまた以前耳にした時よりつたなくて、いかにも練習サボってましたという感じなのがリアルだ。可愛い。

「ううむ。一生懸命弾いていらしてたいそう微笑ましい――俺は全世界にあのお姿を見せびらかして『可愛い』という感想に共感を示してほしい――これは親心だろうか。演奏が終わったら寄って行って『じゃあ帰りましょうね』とお持ち帰りしてもよいだろうか。だめかな……だめだな」
 恍惚と浸っていれば、近くの席から声がかけられる。
 
「お兄さんは子持ちか」

 見れば、旅装の青年が空き席をたしたしと叩いてアピールしている。

「アイザール人のお兄さん、立ってないでここに座りなよ」
「俺はアイザール人じゃないんだが、まあいいか」
 無駄口を叩いていては演奏を聞き逃してしまうではないか。もったいない。

「俺はカンタータから来たんだ。偶然コンカツパーティがあって面白いから混ざってみたわけだよ。ちなみにあの娘にアタックするつもりだ」
 旅装の青年はペラペラと喋っている。あの娘、と示された先を見れば、先ほどのマラートが熱心に話しかけているようだった。

「この都市いちばんの美人で富豪の娘だってよ」
「そうかそうか、すまん、死ぬほどどうでもいい……俺は今ちと忙しくて。ピアノに集中したくて。いやほんとすまん」

 ――俺のクレイを見てくれ、演奏を終えて満足そうに微笑むあの顔を。
 
 いや、迂闊うかつに見られて「可愛いのでさらいます」とか言われると困るが。
 
 ――いやいや。攫うなんて。俺じゃあるまいし。

 自分に自分でツッコミを入れていると、視線の先でクレイがピアノから離れ、『騎士王』の隣にちょこんと座る。
 それは不思議な光景だった。

「……」
 顔をフードで隠すよう伏せがちにしながら、ニュクスフォスはチラチラと『騎士王』とクレイの様子を窺った。

(何をやってるんだろう)
 あんな偽物を隣に置いて。
 ――あの隣にいるのは、俺ではダメだったのだろうか。

 『騎士王』がお気に入りのクレイはとても可愛い。

 しかし、それを離れて見守るニュクスフォスの心中は複雑だった。
(クレイ様は、クレイは――『騎士王』の中身が俺じゃなくてもいいんだな)
 
 ――むしろ俺じゃないほうがいいのではなかろうか。
 
 例えば中身がフィニックスなら、それはもう最高の理想に違いない。
(いやいや、ネガティヴはいかん。しかし、この薄暗くて寒い環境だとなんとなく気が滅入りやすい気がするんだよな) 
 
 太陽だ。
 太陽の光をめいっぱい浴びたい。
 あたたかな空気に包まれてこの着込んだ重苦しくて窮屈なあれこれを脱ぎ捨て、開放的に肌を晒したい――そんな気がするのだ。

「さっき揉めてたでしょって言われてフラれた……お前のせいだ」
 マラートがすごすごと娘の元から離れて、近くの席に座って恨みがましい目を向けてくる。

(とりあえず笑っておけ! 笑っていれば元気が出るものだ)

 それは、南領でよく言われる言葉だった。
 至言であるとニュクスフォスは思っている。 

「そりゃ残念だったな……だが俺のせいというのは違うよなっ!」
「いいや、お前のせいだっ」
「そうかあ? 逆恨みじゃないかあ?」

 入れ替わるように旅装の青年が席を立ち、娘のもとに寄っていく。

「よし、俺の番だ」
「ふーん。コンカツのノリがわかってきたぞ。応援してやろう」
 要するに口説くんだな――ニュクスフォスは事前に配られた冊子を思い出しつつ、頬杖をついた。

「ふられろ~、ふられて帰ってこい~」

 マラートが念を送っている。

「さもしい……」
 思わず呟けば、噛みつくような返事が返ってくる。

「婚約者がいるお前にこのさびしさがわかってたまるか」
 その顔がいかにも淋しさを持て余した様子だったので、ニュクスフォスは親近感をおぼえてしまった。
 
「いや~実はだな、さっきのあれはミエを張ったのだ! 本当は俺ってば、好きな子をさらったはいいが逃げられたのさ。ほら、お前が言うように俺って醜い外見をしているだろ」
「な、なんだと。攫うのはだめだろう……ランゲの若様じゃあるまいし」
「ランゲの若様?」
 はて、聞き覚えのある名前――首をかしげていると、マラートが会場の隅を指す。

「ほれ、今入ってきた身なりのいい奴」
 視線を向ければ、たしかに身なりのいい青年がいる。
「へえ。視た事あるような、ないような。正直どうでもいい……」

 のほほんと話し込んでいると、つんつんとローブの袖が引かれる。
「ん」
 何事かと振り返り、ニュクスフォスは息を呑んだ。

 なんとそこには「じーっ」と自分を見つめるクレイがいたのである。
 
「……」

(おっとクレイ様……これは、これは――) 
 
 バレているのか、いないのか。
 バラしていいのか、黙っていた方がいいものか。
 
 判断しかねたニュクスフォスはそっとクレイから顔を背けた。
 数秒様子をみるような気配を漂わせて、袖を引いていた手が離れる。
 それに安心するような寂しいような心地でいると、すこししてからほてほてと戻ってくる。

(このお坊ちゃんはただ歩いているだけなのに、どうしてこんなに俺の庇護欲をそそるのだろう……)
 ニュクスフォスはしみじみとした。
  
ヒウムあげる
 あどけない風情のカタコトのアイザール語で告げるクレイの声とともに、テーブルの上に料理が置かれる。

 あたたかで、食欲を刺激するにおいがする。
 鮮やかな春花色をした、ビーツのポタージュだ。
「……」

 それを置いてテーブルを離れたクレイは、再びご馳走が置かれたコーナーに歩いていく。

 ジンジャークッキーとカルダモンクッキーの並ぶ皿をスルーしてトナカイ肉のシチューと人参のキャセロールを見比べて、危なっかしい手付きで両方を取る。
 手を貸したほうが良いのではないかと思わずニュクスフォスが腰を浮かすほど、よろよろふらふらと皿を運ぶ。
 そして、テーブルに戻って来て料理を置いた。
 
ヒウムあげる

「……」

 無言でいると、クレイはてくてくと料理を運んでテーブルの上を自分好みに彩った。

 ローストポーク、ミートパイ、ジャガイモや人参といった野菜とサーモンをミルヒで煮込んだロヒケィット、牛のミルヒからつくられたレイパユーストチーズ、食べやすいサイズのリハプッラミートボール、ライ麦粉と小麦粉の生地にライスプディングやオーラリィニプーロ、マッシュポテトを乗せて焼き上げたカレリアンピーラッカパイ料理……。

ヒウムあげる

 所せましと置かれた料理の山に、隣のテーブルのマラートからも「なにやってんだ」的な視線が注がれている。
 
(つっこみたい。俺はとてもつっこみたいですぞクレイ様……『ヒウム』はあくまでも『~してあげる』という使い方をするものであって、ヒウムだけ言い放っても単体で『これあげる』にはならぬ……)

 テーブルを挟んだ椅子にちょこんと収まり、きらきらとした期待の眼差しを向けるクレイのなんと愛らしいことだろう。

 そして、なんて無防備で危ういことだろう――、

あなたエウ いじわるケリシェ されたヤフタ かわいそうフフル

 ほんわかした口調でカタコトのアイザール語が紡がれる。
 
 ――なるほど、俺は『かわいそう』だから優しくしてもらっているのだ。

 思えばクレイは行き場のないような可哀想な生き物が好きなのだ。
 よく拾ってなでなでしている……、
 ひとによっては気分を害すタイプの傲慢ともいえる態度が、ニュクスフォスには「可愛い」と思えて仕方ないのだ。

 ニュクスフォスは頷いて、手話を試みた。
 
 両方の手で屋根のかたちをつくる――『家』という意味だ。
 右手を胸のあたりにあてる――『自立』という意味だ。
 左手を胸の前に立て、右手をその前で上下させる――『旅』という意味だ。
 両手の人差し指を立て、胸の前から両脇に引く――『落ち着く場所』という意味な気がする。
 最後に掌をぱあにしてヒラヒラと『ない』と表現すれば、理解の色がクレイの瞳に瞬いた。

「なにやってんだ」
 マラートからはそんなツッコミが入っている。

(ちょっと黙っていてくれ。今それどころではないんだ。いいところなんだよ!)
 ニュクスフォスはクレイの様子を窺いつつ、全身で哀れっぽい雰囲気をかもし出した。

 ――俺は貴方好みの哀れな者なのです。さあ、なでなでなさい……!

 そわそわと返事を待つと、クレイの手がスプーンを取ってポタージュをすくい、差し出してくれる。
 
 餌付けだ。
 俺は餌付けをされている――、
 
ラウ ヘンセ あげるヒウム」 
 また妙な文法で、クレイがアイザール語をしゃべっている。

 家をあげるってなんだ……このカタコト具合が可愛いのだ――そして、拾ってもらえるような雰囲気だ。
 
 ニュクスフォスはフードの下でニコニコして、ポタージュを頂きながら従順に頷いた。
 
 ポタージュはあつあつで、たくさんの具材の旨味が混ざり合って喧嘩をすることなく、調和のとれた全体のおいしさを導いている。

 それが口腔をあたため、喉を通り胸をくだって腹におちると、内側からぽかぽかと全身があったかくなっていくようで、不思議なほどの多幸感が湧いてくるのだった。
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