清らかに致すだけ~下剋上後の主従が「その一線を越えてこい」ってするだけだけどそれが本人たちには意外と難しいって話

浅草ゆうひ

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4章、差別と極夜の偶像崇拝

39、港湾都市イスファリアと教会の集い

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 オスカーの名を与えられた連銭葦毛れんぜんあしげの馬が道を行く。
 『歩兵』のテオドールと呪術師メルシムを伴って出かけたクレイは、呪術による移動速度補助を受けつつ北東に向かった。

 自身の名もなき愛馬にまたがるニュクスフォスは古妖精のフェアグリンを話し相手に一定の距離を保ちコソコソと付いていく。
 3頭連れの馬を順に乗り替え、呪術で保護しながら。
 
「すげぇ北に行く……どんどん北に行く……」
 
(なぜこの寒い季節にわざわざ北に行くのですかなクレイ様。行くなら南に行きませんかなクレイ様、俺は南をお勧めしたいですぞクレイ様……)
 やがて港湾都市イスファリアに着く。
 現地は薄明の極夜だった。

 北の海上にフェアグリンの支配の及ばぬ妖精らの海上都市をのぞむ港湾都市イスファリアは、暖流の影響による不凍港。
 雪下ろしの助けとなる明るい色の三角屋根が並び、ピックヨウルというこの地方の冬の祭りのムードである。

「さ……寒い……」
 呟くニュクスフォスをちいさなフェアグリンが不思議そうに見つめている。
 大陸の最北端といっても良いこの都市は、とにかく寒かった。

 

   39、港湾都市イスファリアと教会の集い


 視界は薄い白灰色に染まり、見通しが悪い。

 懸命に目を凝らしても「白いな!」「雪が前からどんどん降ってるな!」という感想しか出てこない。

 びゅうびゅうと雪つぶてが打ち付けている。
 肌が痛いと感じるほどの寒さと冷たさで、指先がかじかんで呪術を紡ぐにも一苦労するほど。

 風雪が馬上に勢いよく注げば呼吸も満足にできず、口と鼻の周りを布で覆って空間を確保して息をする。
 しかし安堵するのもつかの間のこと、すぐに布が湿って肌に貼りつき、逆に呼吸阻害するではないか……。
 
 街中に入れば、人々はだいたい白い肌の色素の薄い人種で、足元を視るようにうつむいて歩いている。
 さもありなん――この気候が自然とそうさせるのだ。
 
(北方人のちょっとシャイで芯の強い気質とはこんな土地柄に由来するのだな!)
 
 ニュクスフォスは納得しつつ、フェアグリンにクレイを追跡させて宿を抑えて馬を休ませた。
 ついでに防寒衣装を揃えて着替えつつ、しみじみとする。
 
 羊毛を編まれた帯紐は端に毛筆めいたふさがついていて、民族感がある。

外套カフタンは裾が長く、全身をすっぽり寒さから守ってくれる感じだ。
 羊毛フェルトの長い靴ヴァレンキは不思議な朴訥ぼくとつとした安心感がある。
 厚手の帽子ウシャンカの上から黒ローブを羽織ってフードで顔を隠してしまえば、あやしい呪術師といった風体。
 
(いや~、俺って奴はなんでこんな寒いところでストーカーしてるのだろうな! いや、気にすまい)
 
 『オスカー』は、自分が王様になって国を治めたいなどと思ったことはなかった。
 実家の領を兄と取り合うことすらしなかったのだ。

 土地持ちの貴族は、一見華やかなようで義務も責任も多くて面倒くさい。自由がない。

 有名な病公爵アクセルのように代官に任せる貴族も多いが、父ユンク伯はああ見えてやる気のある人で、朝から晩まで自領のために頭を働かせ、書類と格闘していた。

 長男である兄はゆるい人で「俺は適当にやるさ」「跡継ぎとしてせいぜい努めるよ」と笑っていた。
 兄弟姉妹の多いユンク家の長男は結構前からよくよくそんな発言をして、要するに「俺が継ぐから妙な気を起こすなよ」と弟たちを牽制していたのだった。

 『オスカー』はそんな兄と跡継ぎ争いをする気も全くなく家を出て――気付いたら今、である。
 
 まったく、ニュクスフォスの人生はつっこみ所満載の人生だ。気にしていてはキリがない。
  
 ふわふわと燐光を放ち、ちいさな妖精フェアグリンが報告にくる。
 どうも、クレイは教会にいるらしい――、
 ニュクスフォスが街中をコソコソと進めば、やがて大きな教会が視えてきた。

 白い雪のよく映えるあたたかみのある赤茶の壁に、縁取りめいた木組みが白く塗装されている。
 三角屋根の建物に、先端に十字を掲げた尖塔がいくつか聳えて、神聖な気配を醸し出している。
 上のほうには魔を祓う銀の大鐘シストラ・チャペルがあり、薄明かりの中で清かなシルエットを際立たせていた。

 ――創造多神教の教会だ。

 教会の前には、人が集まっている。
 ただ集まっているだけではない。
 ずらりと長い行列を作り、並んでいる。それも、妙にめかしこんだりソワソワとした面持ちで。
 
「へーい、らっしゃい。ただいまの待ち時間は30分となっておりやす~」
 
 この付近を活動拠点にしていると思しき騎馬民族と『歩兵』がいっしょになって整理券やホットドリンクを配っている。
 フードを目深にかぶったニュクスフォスに名前を知らない『歩兵』の男が寄って来て、シナモンスティック付きのグロッギホットワインを差し出した。
 なんと無料で振る舞ってくれるらしいのだ――それで人が集まっているのか、と思いながら丁重に断ると、紙の整理券と薄い冊子だけ渡してくれた。
 
(この冊子はなんだ)
 ぱらりとめくってみると、どうもこの先の会場では創造多神教のピックヨウル・パーティがひらかれているらしい。
 パーティでは主に独り身の男女、恋愛相手のいない若者が気になる相手に自己紹介をしたり、雑談したり、告白したりするのだとか。

 冊子には、参加の手順やマナーなどが細かく丁寧につづられている。
『身だしなみのマナー』に始まり、『恋愛とは』『望ましい交際とは』『強引すぎてはいけません』『関係を持つときは合意の上で』といった妙に上品で道徳的な説明がされており、『自己紹介の例』『たのしく会話するコツ』など具体的な導きまでされている。

(……? 変なパーティだな? 神に感謝を捧げるとかじゃないのか? なんだこりゃ)
 冊子をながめながら首をひねっていると、すぐ後ろにいた男が揶揄からかい混じりに声をあげるのがきこえた。

「へえ、アイザール人が遠路はるばるこんなとこまで嫁探しに来てら。肌の白い嫁さんが欲しいってよ」
 手元の肌色をみての明らかな侮蔑ぶべつに、ニュクスフォスはフードの下で目を瞬かせた。

 かような視線や温度感には中央で慣れている。
 しかし、ここは中央ではないのだ。
 
(アイザール人を差別的にみるのは中央貴族の特徴とばかり思っていたが、北国でもそうらしい。人間ってのは、その土地で多数を占める肌色と違う色をみると揶揄からかいたくなる習性でもあるのだろうか?)
 
 色にはイメージがある。
 白い色は清潔だったり純粋さの象徴のように尊ばれ、黒ずむにつれ汚れや不純なイメージがついてまわる、と、そのように。
 褐色肌や色黒の肌が多いアイザールでは、白い肌の奴は奴隷でも高値で取引されたりすることもあるのだ。
 
(俺の場合は、黒という色に夜を連想する。すなわち、何にも染まらぬ高潔な黒竜だ。クレイ様の竜だ。白が嫌いなわけではないが、俺の中では黒は美しく貴い色なのだ)

 自分の肌色は黒竜の夜により近い色なのだ。
 ゆえに、ニュクスフォスは卑屈になったり卑下ひげする必要はないのだ。

「いやあ。それが俺は今日この都市に来たばかりでよくわからずに行列に混ざっちまったんだ」
 へらへらと笑い、ニュクスフォスは後ろを振り向いて指輪をみせた。
 『覇者の指輪』と連なるようにめられた婚約指輪を。

「ちなみに俺は可愛い婚約者がいるんで、嫁を探す必要はないんだ……肌もとびっきり白いぞ。なにより、肌色関係なく中身が可愛い。中身が」
 惚気のろけるように言えば、男は指輪をしげしげと見つめて、とりこにされたような眼をして手を伸ばした。
 
「綺麗な指輪だな……ちょっと見せろよ」
「おっと、お触りは遠慮願おうか。大切な指輪なんだ」

 『覇者の指輪』の特性だ。
 悪戯好きの古妖精フェアグリンが仕掛けた、人の心を惹き付ける魅了の効果だ。 
 指輪を視た者には、程度差はあれど、それを手に入れたいという欲が湧く――、
 
「ケチケチするなよ。見るだけだって」
 荒々しく欲を剥く声が言って、腕が伸びる。
 
 フェアグリンが天井近くで面白そうに見守る気配を感じながら、ニュクスフォスは伸びてきた腕をつかんで相手の前腕に親指側の橈骨とうこつをつけ、下側から内側にまわすようにして相手の腕を捻り上げた。作業じみた動作には迷いがなく、躊躇ちゅうちょもない。相手から手を出したのだ。直前に暴言もある。フェアグリンも望んでいる――、

 相手の腕を巻き取るように手のひらを自分の側に返して引き寄せ、ホールドしたまま相手のひじ関節を下に極めればかえるがつぶれたような悲鳴が湧く。

 男はバランスをくずして前屈みに倒れ込むようになり、顔色を失っている。

「俺は紳士的に対応したんだぞ」 
 
 注がれる視線に快活に言い放ち、面倒になって「ぽいっ」と男を放してやれば、尻餅をついた男は一瞬惚けてから顔を真っ赤にした。
 そして、苛立ちと憎しみの籠った目で睨んで拳を固めている。
 
(妙なパーティはほっといて宿に帰るかな。興がそがれたし)
 このままここに留まっても、この男がしつこく絡んでくる未来しか見えないではないか。

(縁もゆかりもなく、余所者に冷たい北の白い人種――フェアグリン。生まれ育った中央ならまだしも、俺にはこいつらへの愛着も何もないぞ)

 チラリと見上げれば、フェアグリンが楽し気に舞って、もっとやれとけしかけるよう。
 フェアグリンとて、この地上を這いずる人間種は虫ケラかなにかのように思っているのではないか。暇つぶしの種ぐらいに捉えて、遊んでいるのではないか――ニュクスフォスにはそう思えて仕方なかった。
 
 まったく、エインヘリアの物騒なお国柄の6割くらいは、この古妖精の遊び心と悪戯心で出来ているに違いない――、
  
「何を騒いでいる!」

 と、そこに見知らぬ男の凛とした声が割り込んだ。

 周囲の視線が一気にそちらの方向に移ろうのが感じられて、ニュクスフォスも同じように視線を巡らせる。
 そして、フードの下の紅色の目を丸くした。

「ここは神の家であり、エインヘリアの太陽、いと貴き『騎士王』陛下の御前であるぞ!」

 ――そこには、古めかしい騎士鎧に全身を包んだ『騎士王』とその配下らしき者たちがいたのである。
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