清らかに致すだけ~下剋上後の主従が「その一線を越えてこい」ってするだけだけどそれが本人たちには意外と難しいって話

浅草ゆうひ

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3章、野性、飼いならし

36、坊ちゃん、仮病です

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 壁、柱、床――いたるところに、小さな妖精が散見される。
 ここは人間たちが活動する城だが、同時に古妖精フェアグリンとその配下妖精たちの遊び場でもあるのだ。

 小さな妖精たちは皆幻想的でうつくしいはねを魅せていて、無垢と無邪気の象徴のよう。

 言葉を話さない妖精たちは何を考えているかわからなくて、それがクレイには好ましい。
 なんといっても妖精という生き物は、人間とちがって嘘を嫌う生き物なのだ。

 表も裏もなく、ありのまま――それはとっても綺麗な心だとクレイは思うのだった。
 
 
 36、坊ちゃん、仮病です


 外はちらほらと白い雪が降っていた。
 冬の香りはすこし神聖な感じがして、ひんやりと控えめで優しい。
 
 高く澄んだ金属音が連続で響いている。

「坊ちゃん。こちらから覗くのはいかがですかい」
「覗く?」

 先導していたテオドールが茂みに誘ってくる。
 クレイがレネンを連れてテオドールの傍に寄れば、その視線の先に修練場らしき空間に混沌騎士団が集まり、寛いだ様子でやいのやいのとヤジを飛ばしたりしているのが見えた。
 
 果実や杯を手に見せ物めいて観戦されているのは、2人の剣士。
 
「いいぞー雑魚ー」
「雑魚と呼ぶな、本当に雑魚みたいな気分になるだろうが」

 文句を言いながら修練用の剣を振るっているのは軽装のニュクスフォスだ。
 その剣を受け止めた相手は凍てる冬を思わせる白銀の髪をした白皙の青年。
 よく晴れた爽やかな青空を思わせる瞳は吊り目がちで、凛とした高貴な気風を全身から漂わせている。

「エリックだ」

 クレイが呟きをこぼした。
 エリックは少し会わないでいるうちにまた背が伸びて、大人びていた。

 左から右斜め前へと間合いを詰めながら踊るようなステップを踏む足取りは優美で、はしる剣閃は鋭い。
 それを打ち合わせでもしていたかのように弾くニュクスフォスの剣が衝突の音を奏でて、混沌騎士団のアルティエロが持っていた紙切れをぽいっと捨てた。
「あー、負けた」 
 ひらひらと風に飛ばされたそれが茂み近くに飛んできて、レネンがキャッチする。

「何合で負けるか賭けてるようですよ」
「勝つ方には賭けてくれないんだ……」
 クレイは紙切れを受け取り、丁寧に千切っておいた。

「俺のデート代……」 
「ざまぁ」 
 靴のかかとで地面を抉り、ニュクスフォスが口の端を釣りあげている。
 
「オスカー、気を散じてはいけない」
 エリックが戯れかかるように言って、人外めいた恐ろしい瞬発力と俊敏しゅんびんさで跳んでいる。

 秒に満たぬ瞬間に大胆に振り上げた両手が渾身こんしんを籠めて剣を大上段から振り下ろすさまは、人間離れした異様な迫力がある。

 ニュクスフォスの紅い視線と、エリックの蒼い視線が寸刻すんこく交錯こうさくし、刃鳴る音とつばり合いの周囲で剣風の余波を受けて落葉が裂かれる光景が非現実味を帯びていた。
 
 激しい金属音がまるで会話しているようで、両者ともに息を吸うのも同時なら視線を合わせて笑うも同時――余人近寄ること叶わぬ刃の嵐めいた応酬に、テオドールは淡々と告げる。
 
「じゃれあってるんでさあ」
「うん」

 クレイはそっと頷いた。

 中央にいたときに、クレイはオスカーをエリックに押し付けたことがある。
 オスカーが王族相手に騎士ごっこをしたいのだと思ったからだ。

 その時、クレイは自分がラーシャ姫の子ではないかもしれないと思っていたので、エリックを紹介してやったのだ。
 
 そしてその後、エリックとオスカーは互いに剣を使う者同士気があったのか、一緒に剣の稽古けいこをしたり、互いの騎士を名乗ったりとなにやら仲が良さそうに遊んでいた。

 ――二人は友人なのだ。
 
「あれは、……剣を使わない僕がのこのこと入って行って邪魔をしてはいけないな」

 クレイはぽつりと呟いて、きびすを返した。

「戻ろうか、どうせ終わってから僕に会いに来るだろう」
「いいんですかい」
「うん、うん」

 ほたほたと歩いて部屋に戻れば、留守を守っていたマナが「警護にはたぶん、バレてません」と保証してくれる。
 
「それはなにより」
「ついでに警護が話している噂話を耳にしましたが、キンメリア族は帝国の友として牧草地の使用と交易を許されそうだとか」
「聞えよがしに言ってたんだ?」
「それはもう」

 部屋でそわそわと待っていたクレイは、早速地図に情報を付け足した。

「この北の港湾都市があるだろう。このへんからこのへんを拠点に『偽騎士王』を遊ばせたらどうだろう。人が集まる場所は、悪人も掃いて捨てるほどいるだろうから」
「指示を送りますね」
「僕も遊びにいきたいなあ。でも、しばらくは遊びに行く隙がなさそうだね」

 エリックが遊びに来ているんだもの、エリックもこっそり誘ってみたらどうだろう――二人でお忍びの冒険をした日々を思い出し、クレイはニコニコとした。

 そして、待っているだけで一日が過ぎていく……。

「坊ちゃん、エリック殿下帰っちゃったようですよ」

 やがてテオドールが知らせて、クレイはびっくりした。 

「へ? エリックが帰った?」
 来客の予定がなくなったのなら、とレネンが夜着を手に、着替えさせようとしてくる。
「エリック、せっかく来たのに僕に会わないんだ……?」

 されるがままに着替えをさせられつつ、クレイはしょんぼりとした。

「坊ちゃん、仮病です」
「ん」

 レネンがつるりとした声で考えを共有する。

「お体の具合がよろしくなく、面会ができないと言われた可能性がありますよ」
「な、なんだって……」

 それはクレイが自主的に「会いたくない」と思った相手によく使う手段だった。

「僕は仮病を使わされていたと……嘘だとバレないように部屋から出ないように警護されていたと。言われて見れば、そう思えてくるね……」

 クレイの目が不満の色を濃く浮かべる。

「それが真実だとすれば、僕は遺憾いかんの意を表明せねばなるまい」

 クレイの耳に「そして、『騎士王』がこちらに向かっているようですが?」と意見を窺う声が届く。

「僕は体の具合がよろしくなく、面会ができないのだ。『騎士王』とも会わないぞ」
 
 断固とした声がそう言って、寝台に潜り込んでふて寝するのだった。
 
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