45 / 84
3章、野性、飼いならし
36、坊ちゃん、仮病です
しおりを挟む
壁、柱、床――いたるところに、小さな妖精が散見される。
ここは人間たちが活動する城だが、同時に古妖精フェアグリンとその配下妖精たちの遊び場でもあるのだ。
小さな妖精たちは皆幻想的でうつくしい翅を魅せていて、無垢と無邪気の象徴のよう。
言葉を話さない妖精たちは何を考えているかわからなくて、それがクレイには好ましい。
なんといっても妖精という生き物は、人間とちがって嘘を嫌う生き物なのだ。
表も裏もなく、ありのまま――それはとっても綺麗な心だとクレイは思うのだった。
36、坊ちゃん、仮病です
外はちらほらと白い雪が降っていた。
冬の香りはすこし神聖な感じがして、ひんやりと控えめで優しい。
高く澄んだ金属音が連続で響いている。
「坊ちゃん。こちらから覗くのはいかがですかい」
「覗く?」
先導していたテオドールが茂みに誘ってくる。
クレイがレネンを連れてテオドールの傍に寄れば、その視線の先に修練場らしき空間に混沌騎士団が集まり、寛いだ様子でやいのやいのとヤジを飛ばしたりしているのが見えた。
果実や杯を手に見せ物めいて観戦されているのは、2人の剣士。
「いいぞー雑魚ー」
「雑魚と呼ぶな、本当に雑魚みたいな気分になるだろうが」
文句を言いながら修練用の剣を振るっているのは軽装のニュクスフォスだ。
その剣を受け止めた相手は凍てる冬を思わせる白銀の髪をした白皙の青年。
よく晴れた爽やかな青空を思わせる瞳は吊り目がちで、凛とした高貴な気風を全身から漂わせている。
「エリックだ」
クレイが呟きをこぼした。
エリックは少し会わないでいるうちにまた背が伸びて、大人びていた。
左から右斜め前へと間合いを詰めながら踊るようなステップを踏む足取りは優美で、奔る剣閃は鋭い。
それを打ち合わせでもしていたかのように弾くニュクスフォスの剣が衝突の音を奏でて、混沌騎士団のアルティエロが持っていた紙切れをぽいっと捨てた。
「あー、負けた」
ひらひらと風に飛ばされたそれが茂み近くに飛んできて、レネンがキャッチする。
「何合で負けるか賭けてるようですよ」
「勝つ方には賭けてくれないんだ……」
クレイは紙切れを受け取り、丁寧に千切っておいた。
「俺のデート代……」
「ざまぁ」
靴の踵で地面を抉り、ニュクスフォスが口の端を釣りあげている。
「オスカー、気を散じてはいけない」
エリックが戯れかかるように言って、人外めいた恐ろしい瞬発力と俊敏さで跳んでいる。
秒に満たぬ瞬間に大胆に振り上げた両手が渾身を籠めて剣を大上段から振り下ろすさまは、人間離れした異様な迫力がある。
ニュクスフォスの紅い視線と、エリックの蒼い視線が寸刻交錯し、刃鳴る音と鍔迫り合いの周囲で剣風の余波を受けて落葉が裂かれる光景が非現実味を帯びていた。
激しい金属音がまるで会話しているようで、両者ともに息を吸うのも同時なら視線を合わせて笑うも同時――余人近寄ること叶わぬ刃の嵐めいた応酬に、テオドールは淡々と告げる。
「じゃれあってるんでさあ」
「うん」
クレイはそっと頷いた。
中央にいたときに、クレイはオスカーをエリックに押し付けたことがある。
オスカーが王族相手に騎士ごっこをしたいのだと思ったからだ。
その時、クレイは自分がラーシャ姫の子ではないかもしれないと思っていたので、エリックを紹介してやったのだ。
そしてその後、エリックとオスカーは互いに剣を使う者同士気があったのか、一緒に剣の稽古をしたり、互いの騎士を名乗ったりとなにやら仲が良さそうに遊んでいた。
――二人は友人なのだ。
「あれは、……剣を使わない僕がのこのこと入って行って邪魔をしてはいけないな」
クレイはぽつりと呟いて、踵を返した。
「戻ろうか、どうせ終わってから僕に会いに来るだろう」
「いいんですかい」
「うん、うん」
ほたほたと歩いて部屋に戻れば、留守を守っていたマナが「警護にはたぶん、バレてません」と保証してくれる。
「それはなにより」
「ついでに警護が話している噂話を耳にしましたが、キンメリア族は帝国の友として牧草地の使用と交易を許されそうだとか」
「聞えよがしに言ってたんだ?」
「それはもう」
部屋でそわそわと待っていたクレイは、早速地図に情報を付け足した。
「この北の港湾都市があるだろう。このへんからこのへんを拠点に『偽騎士王』を遊ばせたらどうだろう。人が集まる場所は、悪人も掃いて捨てるほどいるだろうから」
「指示を送りますね」
「僕も遊びにいきたいなあ。でも、しばらくは遊びに行く隙がなさそうだね」
エリックが遊びに来ているんだもの、エリックもこっそり誘ってみたらどうだろう――二人でお忍びの冒険をした日々を思い出し、クレイはニコニコとした。
そして、待っているだけで一日が過ぎていく……。
「坊ちゃん、エリック殿下帰っちゃったようですよ」
やがてテオドールが知らせて、クレイはびっくりした。
「へ? エリックが帰った?」
来客の予定がなくなったのなら、とレネンが夜着を手に、着替えさせようとしてくる。
「エリック、せっかく来たのに僕に会わないんだ……?」
されるがままに着替えをさせられつつ、クレイはしょんぼりとした。
「坊ちゃん、仮病です」
「ん」
レネンがつるりとした声で考えを共有する。
「お体の具合がよろしくなく、面会ができないと言われた可能性がありますよ」
「な、なんだって……」
それはクレイが自主的に「会いたくない」と思った相手によく使う手段だった。
「僕は仮病を使わされていたと……嘘だとバレないように部屋から出ないように警護されていたと。言われて見れば、そう思えてくるね……」
クレイの目が不満の色を濃く浮かべる。
「それが真実だとすれば、僕は遺憾の意を表明せねばなるまい」
クレイの耳に「そして、『騎士王』がこちらに向かっているようですが?」と意見を窺う声が届く。
「僕は体の具合がよろしくなく、面会ができないのだ。『騎士王』とも会わないぞ」
断固とした声がそう言って、寝台に潜り込んでふて寝するのだった。
ここは人間たちが活動する城だが、同時に古妖精フェアグリンとその配下妖精たちの遊び場でもあるのだ。
小さな妖精たちは皆幻想的でうつくしい翅を魅せていて、無垢と無邪気の象徴のよう。
言葉を話さない妖精たちは何を考えているかわからなくて、それがクレイには好ましい。
なんといっても妖精という生き物は、人間とちがって嘘を嫌う生き物なのだ。
表も裏もなく、ありのまま――それはとっても綺麗な心だとクレイは思うのだった。
36、坊ちゃん、仮病です
外はちらほらと白い雪が降っていた。
冬の香りはすこし神聖な感じがして、ひんやりと控えめで優しい。
高く澄んだ金属音が連続で響いている。
「坊ちゃん。こちらから覗くのはいかがですかい」
「覗く?」
先導していたテオドールが茂みに誘ってくる。
クレイがレネンを連れてテオドールの傍に寄れば、その視線の先に修練場らしき空間に混沌騎士団が集まり、寛いだ様子でやいのやいのとヤジを飛ばしたりしているのが見えた。
果実や杯を手に見せ物めいて観戦されているのは、2人の剣士。
「いいぞー雑魚ー」
「雑魚と呼ぶな、本当に雑魚みたいな気分になるだろうが」
文句を言いながら修練用の剣を振るっているのは軽装のニュクスフォスだ。
その剣を受け止めた相手は凍てる冬を思わせる白銀の髪をした白皙の青年。
よく晴れた爽やかな青空を思わせる瞳は吊り目がちで、凛とした高貴な気風を全身から漂わせている。
「エリックだ」
クレイが呟きをこぼした。
エリックは少し会わないでいるうちにまた背が伸びて、大人びていた。
左から右斜め前へと間合いを詰めながら踊るようなステップを踏む足取りは優美で、奔る剣閃は鋭い。
それを打ち合わせでもしていたかのように弾くニュクスフォスの剣が衝突の音を奏でて、混沌騎士団のアルティエロが持っていた紙切れをぽいっと捨てた。
「あー、負けた」
ひらひらと風に飛ばされたそれが茂み近くに飛んできて、レネンがキャッチする。
「何合で負けるか賭けてるようですよ」
「勝つ方には賭けてくれないんだ……」
クレイは紙切れを受け取り、丁寧に千切っておいた。
「俺のデート代……」
「ざまぁ」
靴の踵で地面を抉り、ニュクスフォスが口の端を釣りあげている。
「オスカー、気を散じてはいけない」
エリックが戯れかかるように言って、人外めいた恐ろしい瞬発力と俊敏さで跳んでいる。
秒に満たぬ瞬間に大胆に振り上げた両手が渾身を籠めて剣を大上段から振り下ろすさまは、人間離れした異様な迫力がある。
ニュクスフォスの紅い視線と、エリックの蒼い視線が寸刻交錯し、刃鳴る音と鍔迫り合いの周囲で剣風の余波を受けて落葉が裂かれる光景が非現実味を帯びていた。
激しい金属音がまるで会話しているようで、両者ともに息を吸うのも同時なら視線を合わせて笑うも同時――余人近寄ること叶わぬ刃の嵐めいた応酬に、テオドールは淡々と告げる。
「じゃれあってるんでさあ」
「うん」
クレイはそっと頷いた。
中央にいたときに、クレイはオスカーをエリックに押し付けたことがある。
オスカーが王族相手に騎士ごっこをしたいのだと思ったからだ。
その時、クレイは自分がラーシャ姫の子ではないかもしれないと思っていたので、エリックを紹介してやったのだ。
そしてその後、エリックとオスカーは互いに剣を使う者同士気があったのか、一緒に剣の稽古をしたり、互いの騎士を名乗ったりとなにやら仲が良さそうに遊んでいた。
――二人は友人なのだ。
「あれは、……剣を使わない僕がのこのこと入って行って邪魔をしてはいけないな」
クレイはぽつりと呟いて、踵を返した。
「戻ろうか、どうせ終わってから僕に会いに来るだろう」
「いいんですかい」
「うん、うん」
ほたほたと歩いて部屋に戻れば、留守を守っていたマナが「警護にはたぶん、バレてません」と保証してくれる。
「それはなにより」
「ついでに警護が話している噂話を耳にしましたが、キンメリア族は帝国の友として牧草地の使用と交易を許されそうだとか」
「聞えよがしに言ってたんだ?」
「それはもう」
部屋でそわそわと待っていたクレイは、早速地図に情報を付け足した。
「この北の港湾都市があるだろう。このへんからこのへんを拠点に『偽騎士王』を遊ばせたらどうだろう。人が集まる場所は、悪人も掃いて捨てるほどいるだろうから」
「指示を送りますね」
「僕も遊びにいきたいなあ。でも、しばらくは遊びに行く隙がなさそうだね」
エリックが遊びに来ているんだもの、エリックもこっそり誘ってみたらどうだろう――二人でお忍びの冒険をした日々を思い出し、クレイはニコニコとした。
そして、待っているだけで一日が過ぎていく……。
「坊ちゃん、エリック殿下帰っちゃったようですよ」
やがてテオドールが知らせて、クレイはびっくりした。
「へ? エリックが帰った?」
来客の予定がなくなったのなら、とレネンが夜着を手に、着替えさせようとしてくる。
「エリック、せっかく来たのに僕に会わないんだ……?」
されるがままに着替えをさせられつつ、クレイはしょんぼりとした。
「坊ちゃん、仮病です」
「ん」
レネンがつるりとした声で考えを共有する。
「お体の具合がよろしくなく、面会ができないと言われた可能性がありますよ」
「な、なんだって……」
それはクレイが自主的に「会いたくない」と思った相手によく使う手段だった。
「僕は仮病を使わされていたと……嘘だとバレないように部屋から出ないように警護されていたと。言われて見れば、そう思えてくるね……」
クレイの目が不満の色を濃く浮かべる。
「それが真実だとすれば、僕は遺憾の意を表明せねばなるまい」
クレイの耳に「そして、『騎士王』がこちらに向かっているようですが?」と意見を窺う声が届く。
「僕は体の具合がよろしくなく、面会ができないのだ。『騎士王』とも会わないぞ」
断固とした声がそう言って、寝台に潜り込んでふて寝するのだった。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?
七角@中華BL発売中
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。
その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー?
十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。
転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。
どんでん返しからの甘々ハピエンです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
仮面の王子と優雅な従者
emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。
平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。
おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。
しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。
これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる