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3章、野性、飼いならし
33、僕は恋人のキスを所望する(軽☆)
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テオドールを伴って城に戻れば、『騎士王』と混沌騎士団は既に帰っていた。
慌てた様子でレネンの弟子呪術師メルシムが迎えに来て、常人にみえないように姿を隠す術を施してくれる。
これは、使い手の少ない高度な術だ。
「坊ちゃん、つい先ほどお師様がバレてしまいましたよ」
「あっ、一足遅かったか」
「お部屋にいらしたのは本当につい先ほどなので、まだ間に合います」
「うん、うん」
警備の目を呪術で盗み、城の内部に引き入れてもらいながら状況を聞く耳に、ちらりと声がきこえる。
(この声は、ヘルマンと混沌騎士団のレビエではないかな)
「ランゲ卿はお帰りになるようで」
「あの一族はいずれ粛清予定ですが、今は――」
「坊ちゃん、その恰好ではいけません」
メルシムが浴場に誘い、テオドールと二人がかりで急いで洗われる。
流れるお湯に砂がたくさん混ざっていた。
お出かけして汚れて帰ってきた猫のように洗われながら、メルシムは師匠の方針を共有する。
「『僕の真偽がつくかお前の愛を試したのだ』と。とにかく上からいきましょうと、お師様は提案なさいました」
「なるほど。上から。わかったよ」
ナイトローブを羽織って居室に行けば、術を解いたレネンを縛って床に転がした『騎士王』がいた。
(『騎士王』だ!)
懐かしい気持ちでいっぱいになる。
(『本物』だ。今は鎧は脱いでいるようだけど、やっぱり偽者より本物が良いなぁ……!)
状況を忘れて喜ぶクレイの視線の先で、ニュクスフォスが不穏な気配をのぼらせている。
仰向けに倒されたレネンに顔を近づけて、指先で顎をくいと持ち上げて――「レ、レネンに迫ってはいけないっ!!」クレイは思わず声をあげた。
「――クレイ様!」
声に弾かれたようにニュクスフォスが顔をあげる。
そして、直前までのいざこざなど一瞬で忘れたように、おひさまのような明るい笑顔を咲かせたのだった。
33、僕は恋人のキスを所望する
「ちょっと入浴中でもあったので、ついでに僕の真偽がつくかお前の愛を試したのだ」
慌てて来たので、水気がぬぐい切れていない。
ぽたぽたと髪の先から水滴を滴らせながらクレイが言えば、ニュクスフォスは目を大きく見開いた。
そんなに驚くかってくらい驚いているのが伝わり、クレイは戸惑った。
「なんとっ!? それは騎士を試す貴き方の導き、クエストというものですな、クレイ様っ!?」
たいそう嬉しそうに笑って傍に寄り、いそいそと椅子に座らせて髪を拭ってくれる気配が懐かしい。
「うん……うん。それだ」
どうやら誤魔化せたらしい。
――これが『ちょろい』だ。ニュクス、ちょろいぞ。そして、これが僕の『日常』だ……。
クレイはにこにこと微笑んだ。
「僕もそれを知っている。貴き者はよく導き、騎士は精進して高みに至る。とても美しいよね――」
おっとりと言葉を紡げば、「まさに、まさに!」とはしゃぐような声が返ってくる。
どうもツボだったらしい――クレイはそっと安堵した。
そして、ふと思うのだった。
(『上の者が導き下の者を高みに至らせる』というのは、『年長者が年少者に徳を与える』キンメリア族の習わしにも通じるものがあるのではない?)
動物でも、親は子を守り、生きるための身の守り方や狩りの仕方を教えるではないか。
(年長者と年少者の関係、身分が上の者と下の者の関係、そこから生まれる導きの愛。それはきっと、生き物の『自然』なのだね)
「レネンに乱暴を働いては、いけないよ」
そう言ってメルシムとテオドールにレネンを救助させれば、ニュクスフォスからは「乱暴などとんでもない!」と快活な声が返される。
「しかし、久しぶりにお会いしてご挨拶申し上げた主人が偽者というのは、酷い――いやいや、それが試練と言われればお礼を申し上げるべきなのかっ」
そして、思い出したように花を差し出し、眩しそうに眼を細めるのだ。
「少しお会いせぬ間になにやらぐっとご成長なされたような……その首飾りは珍しい嗜好に思えますな」
「そうだろう、そうだろう。僕は大人なのだ」
成長の二文字に気分を良くしつつ、クレイは自分が首飾りを外し忘れた事に気付いた。
(い、急いでいたからそこまで気がまわらなかったな)
「首飾りは……拾った」
「拾っ……? ま、まあ、いいでしょう」
ニュクスフォスが軽く手を伸ばしかけ、触れることはなく高さをはかるように手を上下する。
「背はそんなに伸びてないか……?」
「そういう感想は、心の中に留めておくように」
ジト目になるクレイに笑い、ニュクスフォスは線を引くように距離を取った。
「お元気そうでなによりでございました! さて、今夜はご挨拶に参っただけでしたから、これにて」
「ん……」
クレイは目を瞬かせた。
「まだ、花のお礼をしていない」
――まだ、ちょっとしか触れあっていない。久しぶりなのに。
(物足りないではないか)
離れようとする青年の袖を引けば、大袈裟なほど肩が揺れて顔が背かれた。
これは、この感じは――、
(照れている? 僕を意識している?)
クレイは軽く首をかしげた。
以前、アーサー王と話をつけて一緒にエインヘリアに帰る時も、ニュクスフォスはこんな風に顔を背けて赤くなっていた。
それを思い出せば、胸の奥がふわふわするのだ。
(それで、逃げようとしているんだ。そうだね?)
クレイはにっこりとした。
これは、狩りと同じなのだ。獲物は今ここで、僕に攻略されかけている――、
(僕は『欲しい』のだ……ごめんね)
胸の隅には、罪悪感だって間違いなくある。
けれど、欲しいものは欲しい。
手を伸ばせるのだ。
伸ばしても良いのだ。
「ニュクス、そこへなおれ」
おっとりと高圧的に命じれば、ニュクスフォスは寝台にそろそろと腰を下ろす。
その表情は少し困ったようでもあり、期待するようでもあるのだ。
(お前は、僕に偉そうにされるのが大好きだね)
クレイはほわほわと微笑んだ。
「ニュクスは僕にちゃんとお手紙を書いてくれて、怪我や病気をしないで帰ってきたので、僕はよしよししてあげる。これをアレテーと言う」
アレテーだ。
アレテーをあげよう。僕が、お前に。
「よしよし……」
複雑そうな青年の声が小さく独り言のように何か言っている。
「こ、子供っぽい。さすが……アレテーってなんだ。わからん」
(ニュクスはアレテーを知らないんだ。ふうん、ふうん!)
保護者ぶって、大人ぶっているニュクスの知らないことを僕が知っている――気分がいいではないか!
クレイはいそいそと呼び鈴を鳴らし、例の紅茶を淹れさせた。
「お飲み」
「……」
いや、あやしいだろって感じの目がカップに注がれた液体を視ている。
「お飲み」
「……いただきましょう?」
腹を決めた様子でくいっと紅茶を飲むニュクスフォスの姿が好ましい。クレイは満足した。
(僕は今、ばっちり主導権を握っている。これだ。これで一気に落とす)
「まずは、お花のお礼をしてあげる。目を閉じるのだ」
顔を覗き込むようにして言えば、そっと目が閉じられる。
目を閉じて大人しく待っている顔立ちが彫刻芸術のように美しく見えて、クレイはちょっとだけほわほわと見惚れてしまった。
霜が降りたような睫毛が目元に陰を落としている。
薄らと隈ができていて、どこか痛々しい。しかし、それがまた危うい妖艶さを感じさせる一因になっているような。
(ふむむ。ちょっと顔色が悪いな。隈もあるし……疲れているんだ。そうだね? しかし、なんだろう。この隙みたいなものが……)
形の良い唇は薄く閉じられ、受け身全開に待っている。
はやく、はやくとソワソワ期待するオーラみたいなものが溢れている。
(この感じが、僕の『雄』をそそるではないか。なるほど、これは『雄の気分』を理解した気がする)
「……」
両の手で服の端を引っ張るみたいにしながら軽く唇を触れて、体温を感じるより先に離れれば不思議な喜びが胸に咲く。
(久しぶりにキスができたね。……僕がしてあげたのだ!)
達成感だろうか、満足感だろうか。
そんな幸せな感覚を覚えながら相手を見ると、俯きがちな青年がハッと吐息をこぼしている。
――緊張していたのかもしれない、と思うと、愛くるしい気持ちで胸がきゅんとなった。
「ニュクス、嬉しかった?」
覗き込むようにして聞けば、渇望を揺らすような、葛藤するような眼差しが返される。
飢えた獣が美味しそうな餌を前に欲に駆られつつ我慢するような、そんな気配で。
「とても」
短い返答が素直で、やっぱり照れている。
調心するような気配がストイックで、『らしくない』と思ってしまう。
――『大人になったら』。
声が脳裏を過ぎる。
(僕、もう大人だよ)
キンメリア族の御墨付きなのだ。
(僕、導く側なんだよ)
「では、次にアレテーをあげる」
「なんですかそれ」
「……貴き方の導きをあげる」
厳かに言って手を顎に滑らせれば、訝し気な目が注がれる。
「苦しゅうない。楽にせよ」
「ほう、ほう。いいですね、その雅やかな仰りよう。俺の好みをよくわかっておられる……」
命令口調が気に入ったらしきニュクスフォスが、夜着の内側に潜り込むクレイの手に気付いてぎくりとする。
「クレイ様。そのおてては、何をなさっておいでですかな!」
少年の手はまっすぐに股座に向かい、悪戯をしかけた。
「うむ。僕はアレテーをあげるのだ。大人しく僕のアレテーを享受せよ」
「なんぞ変な本でも読まれましたかな? クレイ様? ちょっといけない感じがしますなクレイ様っ?」
慌てた様子でクレイの手が押さえられる。
これはどうやら本気で拒絶されている、と感じたクレイはすごすごと引き下がった。
本気で拒絶されるなら、退かないと。本気の無理やりはいけない――、
(僕は、無理やりされそうになって嫌だった気持ちがわかる。だから、嫌がるならやめよう)
「むむ。嫌なのか。本当に。本当に? 嫌と言っておいて本当は良いのではなく?」
(僕は触れたかったのに。触れられても嬉しいのに?)
不満気に口を尖らせると、機嫌を取るようにあやすように髪が撫でられる。
「嫌と申しますか、今のはちょっと与えられた試練の刺激が強かったですなっ? 俺の緩い道徳観念と倫理観が欲望に敗北しそうな試練はおすすめしかねます、と」
そして、面倒な調子になって語り始めるのだ。
「『貴き方の導き』は、精神的なつながりであり、奉仕をしつつ獣欲の誘惑に耐えてプラトニックであることが……」
(め、め、面倒くさい)
クレイは眉を寄せつつ、言った。
「僕がしたのだから、次はニュクスがする番だと思うの」
偉そうに言ってあげれば、火を点したような赤い瞳が瞬く。
「ええ、ええ。……お父さまが、おやすみのキスをいたしましょうね」
気を落ち着かせるように淡く息を紡いで、いかにも清らかに大人ぶって言う。
一線の向こう側から。
「恋人」
クレイはまっすぐな目を向けて、線を越えて引き寄せるようにニュクスフォスの袖を引いた。
「恋人のキスがいい。僕は、あれを所望する。あれをせよ……」
すこし迷ってから、唇が寄せられる。
おそるおそるといった触れ方だったそれが奥から舌を覗かせて、様子を窺うように口腔に忍ぶ。
(かかったなニュクス。よしよし、僕がどんどんその気にさせてあげる)
クレイはじゃれるように自分の舌を相手のそれに絡めた。
「んっ」
「ん、ふ……」
二人分のくぐもった声が連なる。
感情をつたえるように、衝動をつたえるようにつついて絡んで誘えば、高揚が全身を駆け巡る。
(いっぱい触りたい。いっぱいぎゅってしたい。僕は、これが好き!)
手が自然と動いて相手の髪を撫でていた。
自分もまた、撫でられている。
(お互いに気持ちよくさせるのが、愛のある行為なんだ。そうだね?)
息が弾む。
自分が浮かれているという自覚を抱きつつ、クレイはすりすりと鼻や頬を擦り合わせて唇をまた合わせた。
息継ぎで離れて、またどちらからともなくくっつくのが嬉しくて堪らない。
求め合っている感じがするのだ。
「ん……」
れろ、れろ、と舌先を絡めあって薄く目をあければ、気持ちよさそうに行為に没頭する年上の青年の顔が見える。
言葉ではなく、舌で心地よさを伝え合って、「もっと気持ちよくなろうよ」と誘うように甘えるように裏筋をくすぐれば、唾液が溢れて互いの口の端から零れるのが綺麗だった。
(ん、……美味しい)
柑橘系の果実をあじわっているような爽やかな味がする。
大好きな香りがする。
「ンふ、ふぅ……っ」
口の中でやわらかな部分を愛でられれば、快感に腰が浮きそうになった。
「ふ、……っ」
溺れかけのようにすがりつけば、すっかり興が乗った様子で口内を蹂躙されながら、慈しむようにうなじが摩られる。
「は……」
切なく甘い吐息を紡いだクレイは、慣れた様子で後ろに押し倒された。
そして、はむっと唇に食いつかれた。
お預けをくらっていたご馳走にようやくありつけるとでも言うように、衝動的でちょっと荒々しいキスが繰り返される。
「はぁっ、」
「ン……」
両頬を包み込むように手のひらを添えられて、味わうように角度を変えながらはむはむとされれば、背筋をぞくぞくと甘く痺れるような感覚が駆け抜けた。
「ふっ、ん、んっ……」
「もっと……」
合間にこぼれる声が熱に浮かされるよう。
ちゅくちゅくと音を立てて、甘えるように舌でぺろぺろと舐められる。
「もっと」
ニュクスフォスの譫言めいた声がする。
「んっ、なに……ぁっ」
「もっと……」
本人も何を言っているか自覚していないのかもしれない。クレイはどきどきした。
(ほ、本当に食べられてるみたい……)
首筋がざわざわする。
首をすくめるようにすると、宥めるように手が下に降りて首を上から下に撫でて、熱を掻き立てて昇らせるみたいにすりすりと頬に戻っていく。
(なにが、精神的なつながりだ。獣欲の誘惑に耐えてプラトニックなんて、フィニックスが言うならわかるけど、お前が言うの。キャラじゃないよ、おかしいじゃないか)
クレイはふわふわと微笑んだ。
『性的行為――遊戯は、崇高で尊厳ある遊戯にて、人生に喜びと幸福をもたらすものですぞ。豊かな感受性を育て、最高の喜びを共有し合う……』
――お前が言ったんだ。
これをしようって、お前が最初に言い出したんだ。
「は……」
弛緩した唇の間に、ニュクスフォスの舌がねっとりと割り込んでくる。
舌をぐいぐいと進ませる動きは以前した時より乱暴で、穏やかじゃない。
口の端から透明な唾液がこぼれて、たらたらと垂れる。
口が離れるのを惜しむような気持ちが胸に生まれて、未練がましくクレイの舌が出る。
間近な距離のニュクスフォスが同じように軽く舌を出していて、舌先から糸を引いた唾液が二人の間で重力に引かれて垂れて落ちる。
「お父さまは……」
青年の声が恍惚と垂れて、少年の拒絶がつづいた。
「お前は父ではない」
「……お兄さま?」
「……僕たちは、兄弟でもない」
「騎士……」
少年が甘やかに囁く。
「なら、お前は僕の従者だね」
はっきりと言われて、騎士が嬉しそうな顔をする。
「ええ、ええ。俺は貴方の従者ですとも!」
(本当は、ここで『恋人』って言って欲しかったけどな)
クレイはくすくすと笑った。
「僕の従者は、僕の言うことを聞かないといけないんだ」
――『上の立場』が導くって、こんな感じだろうか?
クレイは傲然と唇を舐めて微笑んだ。
夜着がするりするりと脱がされて、全身を舐めるように鑑賞され、愛でられる。
「綺麗な肌ですね。このあたりは少し日に焼けましたか」
手のひらであやすように撫でられると、肌から幸福感が塗り込まれるみたいで、ふわふわした。
「僕は、ニュクスの肌も好き……」
蕩けるように言って胸板に手を滑らせると、目が細められる。喜んでいる、と思うと嬉しくなった。
(僕たち、お互いにお互いを喜ばせることができるんだ。それって、とっても素敵だね)
「ここに少し筋肉がつきましたね。健康的で喜ばしいことです」
ニュクスフォスの手で、なぞるようにやわやわと筋を撫でられる。
「運動したんだ」
クレイは誇らしく言った。
「素晴らしい。こちらに痣ができているのは……どこかにぶつけられました?」
「おぼえてないや……んっ」
ぷくりとした胸の突起に吸い寄せられるように唇を寄せて、愛でるように舌先でまわりを舐められる。
じんじんとした甘い痺れがそこから生まれて、あったかい熱がぽやぽやと身の内に広がっていく。
「ここは甘やかに色づいて、愛らしいですね。こうして摘んでほしいと誘うよう」
先端を唇で摘むように揉まれて、舌で嬲られる。
「ん、ふ……っ、それ、くすぐったい……ン、ン」
「お好きな場所なのですね、かように身を捩って、愛らしく悦んで。もっとしてほしいとおねだりなさるお声ですね」
「ぼ、僕、お前のそういうのは、キライ、ふぁっ……」
言葉尻がふにゃりとなったのは、ニュクスフォスの指先がクレイの脚の間を確認するように滑り、興奮を伝える可愛らしい雄の証と後ろの窄まりの間で遊ぶように会隠部を摩るから。
未開発の体が未知の感覚のきざしに戸惑うのが可愛くて仕方ないといった眼で見てから、ニュクスフォスは手を離した。
「ん……」
仰向けの姿勢で緩く膝を立てた脚に、すりすりと何かが擦られる。
もどかしく押し付けられる硬い感触は、それは――、
(あ……勃、勃ってる。ニュクス)
「は、発情してる」
「せめて欲情と」
獣が本能のままそうするように、クレイの手が押し付けられた熱に伸びる。
張り詰めた熱に触れてあげたい、自分がしてもらったみたいに気持ちよくさせてあげたい――、
「だめですよ」
「アッ」
伸ばしかけた手が青年の手に掴まれて、おいたを責められるように頭の上に手が上げられる。
不穏な目がそれを一瞥してから、するりと夜着を脱いだ。
そして、脱いだ夜着で両手を縛られる。
「んっ、はぇっ?」
――縛られた。縛られてる。
(すごい、一瞬だ。そして、そして……僕は今主導権を握られていて、ちょっと……ドキドキする!)
すごい。まるで異母妹が書いた薄い本のよう。
無理やりっぽい感じがして、とても燃える。
(フレルバータルに無理やりされかけた時はあんなに嫌だったのに)
今はどちらかと言えば嬉しくて、興奮してしまっているではないか!
(だって、だって、相手が違うもの。それって大事なことなのではない? 結局、されたいかどうかが大事なのだ……)
僕がされたかったら、しても良いのだ。
僕がされたくなかったら、だめなのだ。
そんな単純なことなのだ――、
満足そうに見下ろす青年の眼が野生を剥きだしにしたような獰猛な色を浮かべている。
首のあたりに一度噛みつくみたいにされて、ふつりと何かが切れる音がした。
みれば、首飾りが歯で噛み切られて、口の端にくわえられている。
「あ――」
首飾りを脇に放り、ニュクスフォスが奔放な笑みを浮かべる。
それは『お父さま』とか『騎士』とか言って浮かべる上品で優しい微笑みとはまったく別の種類の笑顔で、クレイはぞくぞくと身を震わせた。
(これは、これは――怖い感じだ)
怖いニュクスだ。
たまに感じる不穏なニュクスだ。
「俺の……」
そのまま、ニュクスフォスの頭が下に下がっていく。
首から鎖骨にキスの雨を降らせて、舐めたり吸ったりを混ぜられる。
「俺の」
「僕は、ニュクスの?」
「俺の……」
言葉をとめて、左側を下にして体を横向きにされ、後ろからぎゅっと抱きしめられる。
それが抑圧した想いをありったけ籠めたような縋るような抱きしめ方で、クレイは胸がいっぱいになって蕩けそうになった。
「ニュクス、それでいい……」
ほわほわと頷けば、前が優しく扱かれる。
先走りの液が零れ始めると、濡れた音がいやらしい気分を煽った。
羞恥が快楽の波といっしょにゆらりふわりと満ちてくる。
「あ、あ、あ……」
――高められている。
あまり奉仕っぽくなく、求められている感じがする。
(この感じ、この感じ――なんか、最後までするんじゃないだろうかっ?)
クレイは確信めいたものを胸に、言葉を選んだ。
「ぼ、僕が明日死ぬとして、」
一瞬、ぴたりとニュクスフォスの動きが止まる。
快感に浸っていた体がつづきを欲しがって疼く――、
「お前のものとして死ぬのと、そうでなく死ぬのとでは、僕の人生の満足度が違うのだよ……あっ」
後ろから耳をかぷりと噛まれて、びくっとクレイの体が跳ねた。
耳元に不満げな声が囁かれる。
「なんで死ぬことばっかり考えるんだ」
(あ、あたってる……)
後ろに硬い剛直の存在を感じて、クレイはびくりとした。
右脚が軽く持ち上げられて、そそり立ったそれが後ろから自分の雄に密着させられると、自分と相手が触れあっている特別感がぐんと増す。
「ふぁっ」
そっと視線を向けると、自分の股で雄と雄が寄り添うような刺激的な光景がみえてクレイは素っ頓狂な声をあげた。
「く、くっついてる」
「ン……」
腰が揺らされて、雄が一緒に揺れる。
自他の境界がぐずぐずになりそうな変な感覚が生まれて、蕩けそうになる。
「き、気持ちいい……っ?」
「気持ち良い……」
首筋にキスが落とされて、前がやさしく撫でられる。
「あ、あ、あ……」
あられもない声がこぼれてしまう。
「気持ちいいな……」
機嫌のよい声でうっとりと耳元で囁かれ、うんうんと頷けばくっつけられたそれが、上下に動かされる。
「や、あ、あ、ああ、ああ……っ」
はしたなく腰が揺れて、いっしょになって擦れ合う感覚に淫らな息を紡ぐ。
忙しなく呼吸を繰り返しながら、欲しいと思うがままに快感を享受する。多幸感でふわふわする。
「俺は今貴方で気持ちよくなってますよ……」
「僕も、気持ちいい……っ」
――この雄が僕にすりすりしているのだ。
それが嬉しくて、気持ちいいのだ。
膨らんだ雄を慈しむように手のひらで包まれると、幸せな感じが胸いっぱいにふわふわと広がった。
「あ、ん……」
後ろから覆い被さる体温が熱い。
二人分の息が乱れて室内の空気に溶けていく。
一緒に気持ちよくなっていると思うと、嬉しくなる。濡れた水音と鼓動の音が心地よい。
「いいこ、いいこ……」
今更保護者ぶってあやすように、後ろから優しい声と刺激が繰り返される。
それが倒錯的で、滑稽で、いっそう情欲を煽り立てるのが不思議だった。
高められていく。
追い上げられる。
どこか高いところに押し上げられる。
「は、は、は……」
気持ちいい。
その感覚で世界が染まる。
それしかわからなくなっていく。
押し出された水がうねって、あばれて、出口ではじけるような感覚がする。
気持ちいい――とても気持ちいい。
「あ、……っ、~~ッ!」
悶えながらクレイが達すると、それに合わせたようにニュクスフォスが腰を震わせて放っている。
とろとろと混ざり合うような雄同士がいとしくて、クレイはうっとりとした。
くたりとしながら息を繰り返せば、慈しむように後ろから頬や首筋にキスがされて、仰向きに寝かされてまた全身が愛される。
「き、気持ちよかった……」
「や、や、やらかした……」
しばらく行為に溺れてから、ようやく落ち着いた寝台で息を吐くクレイを薬効が抜けて賢者モードらしきニュクスフォスがせっせと清めて、後始末をしている。
その呟く声がはっきりときこえる。
「いやっ、でも挿れてない。これは……セーフ……?」
手が自由だったら、撫でてあげるのに。
クレイはむすっとして手を示した。
「これをそろそろ解いてほしい」
「!!」
今初めて気づいたとでもいうような眼がそれを視て、慌てて手が自由にされる。
「す、すみませ……」
言いかけた口をふさぐように啄むようなバードキスを仕掛ければ、びくりと戸惑う反応が肌越しに伝わって、気分がよい。
「よし、よし」
(これは、楽しい)
クレイは上機嫌で手を動かして、ニュクスフォスの肩をさすって、髪を撫でた。
(これは、可愛い)
「……いいこ」
対抗するように言葉が返される。
「ん」
すり、と頬を撫でられて、耳の手前にキスがされる。
そのあと、唇をぺろぺろと舐められる。目を開けたままでいると、睫毛を伏せて一生懸命に舐めるニュクスフォスの顔が近くて、嬉しくなる。
まるで、恋人のよう。
――ううん。僕は、恋人なんだ!
「ン……」
餌を求める雛の気分で口を開けると、欲しかったキスがもう一度贈られる。
(僕は、これが好き)
想いを伝え合っていっしょに気持ちよくなる特別なパートナーのキス――それが、恋人のキスなのだ。
慌てた様子でレネンの弟子呪術師メルシムが迎えに来て、常人にみえないように姿を隠す術を施してくれる。
これは、使い手の少ない高度な術だ。
「坊ちゃん、つい先ほどお師様がバレてしまいましたよ」
「あっ、一足遅かったか」
「お部屋にいらしたのは本当につい先ほどなので、まだ間に合います」
「うん、うん」
警備の目を呪術で盗み、城の内部に引き入れてもらいながら状況を聞く耳に、ちらりと声がきこえる。
(この声は、ヘルマンと混沌騎士団のレビエではないかな)
「ランゲ卿はお帰りになるようで」
「あの一族はいずれ粛清予定ですが、今は――」
「坊ちゃん、その恰好ではいけません」
メルシムが浴場に誘い、テオドールと二人がかりで急いで洗われる。
流れるお湯に砂がたくさん混ざっていた。
お出かけして汚れて帰ってきた猫のように洗われながら、メルシムは師匠の方針を共有する。
「『僕の真偽がつくかお前の愛を試したのだ』と。とにかく上からいきましょうと、お師様は提案なさいました」
「なるほど。上から。わかったよ」
ナイトローブを羽織って居室に行けば、術を解いたレネンを縛って床に転がした『騎士王』がいた。
(『騎士王』だ!)
懐かしい気持ちでいっぱいになる。
(『本物』だ。今は鎧は脱いでいるようだけど、やっぱり偽者より本物が良いなぁ……!)
状況を忘れて喜ぶクレイの視線の先で、ニュクスフォスが不穏な気配をのぼらせている。
仰向けに倒されたレネンに顔を近づけて、指先で顎をくいと持ち上げて――「レ、レネンに迫ってはいけないっ!!」クレイは思わず声をあげた。
「――クレイ様!」
声に弾かれたようにニュクスフォスが顔をあげる。
そして、直前までのいざこざなど一瞬で忘れたように、おひさまのような明るい笑顔を咲かせたのだった。
33、僕は恋人のキスを所望する
「ちょっと入浴中でもあったので、ついでに僕の真偽がつくかお前の愛を試したのだ」
慌てて来たので、水気がぬぐい切れていない。
ぽたぽたと髪の先から水滴を滴らせながらクレイが言えば、ニュクスフォスは目を大きく見開いた。
そんなに驚くかってくらい驚いているのが伝わり、クレイは戸惑った。
「なんとっ!? それは騎士を試す貴き方の導き、クエストというものですな、クレイ様っ!?」
たいそう嬉しそうに笑って傍に寄り、いそいそと椅子に座らせて髪を拭ってくれる気配が懐かしい。
「うん……うん。それだ」
どうやら誤魔化せたらしい。
――これが『ちょろい』だ。ニュクス、ちょろいぞ。そして、これが僕の『日常』だ……。
クレイはにこにこと微笑んだ。
「僕もそれを知っている。貴き者はよく導き、騎士は精進して高みに至る。とても美しいよね――」
おっとりと言葉を紡げば、「まさに、まさに!」とはしゃぐような声が返ってくる。
どうもツボだったらしい――クレイはそっと安堵した。
そして、ふと思うのだった。
(『上の者が導き下の者を高みに至らせる』というのは、『年長者が年少者に徳を与える』キンメリア族の習わしにも通じるものがあるのではない?)
動物でも、親は子を守り、生きるための身の守り方や狩りの仕方を教えるではないか。
(年長者と年少者の関係、身分が上の者と下の者の関係、そこから生まれる導きの愛。それはきっと、生き物の『自然』なのだね)
「レネンに乱暴を働いては、いけないよ」
そう言ってメルシムとテオドールにレネンを救助させれば、ニュクスフォスからは「乱暴などとんでもない!」と快活な声が返される。
「しかし、久しぶりにお会いしてご挨拶申し上げた主人が偽者というのは、酷い――いやいや、それが試練と言われればお礼を申し上げるべきなのかっ」
そして、思い出したように花を差し出し、眩しそうに眼を細めるのだ。
「少しお会いせぬ間になにやらぐっとご成長なされたような……その首飾りは珍しい嗜好に思えますな」
「そうだろう、そうだろう。僕は大人なのだ」
成長の二文字に気分を良くしつつ、クレイは自分が首飾りを外し忘れた事に気付いた。
(い、急いでいたからそこまで気がまわらなかったな)
「首飾りは……拾った」
「拾っ……? ま、まあ、いいでしょう」
ニュクスフォスが軽く手を伸ばしかけ、触れることはなく高さをはかるように手を上下する。
「背はそんなに伸びてないか……?」
「そういう感想は、心の中に留めておくように」
ジト目になるクレイに笑い、ニュクスフォスは線を引くように距離を取った。
「お元気そうでなによりでございました! さて、今夜はご挨拶に参っただけでしたから、これにて」
「ん……」
クレイは目を瞬かせた。
「まだ、花のお礼をしていない」
――まだ、ちょっとしか触れあっていない。久しぶりなのに。
(物足りないではないか)
離れようとする青年の袖を引けば、大袈裟なほど肩が揺れて顔が背かれた。
これは、この感じは――、
(照れている? 僕を意識している?)
クレイは軽く首をかしげた。
以前、アーサー王と話をつけて一緒にエインヘリアに帰る時も、ニュクスフォスはこんな風に顔を背けて赤くなっていた。
それを思い出せば、胸の奥がふわふわするのだ。
(それで、逃げようとしているんだ。そうだね?)
クレイはにっこりとした。
これは、狩りと同じなのだ。獲物は今ここで、僕に攻略されかけている――、
(僕は『欲しい』のだ……ごめんね)
胸の隅には、罪悪感だって間違いなくある。
けれど、欲しいものは欲しい。
手を伸ばせるのだ。
伸ばしても良いのだ。
「ニュクス、そこへなおれ」
おっとりと高圧的に命じれば、ニュクスフォスは寝台にそろそろと腰を下ろす。
その表情は少し困ったようでもあり、期待するようでもあるのだ。
(お前は、僕に偉そうにされるのが大好きだね)
クレイはほわほわと微笑んだ。
「ニュクスは僕にちゃんとお手紙を書いてくれて、怪我や病気をしないで帰ってきたので、僕はよしよししてあげる。これをアレテーと言う」
アレテーだ。
アレテーをあげよう。僕が、お前に。
「よしよし……」
複雑そうな青年の声が小さく独り言のように何か言っている。
「こ、子供っぽい。さすが……アレテーってなんだ。わからん」
(ニュクスはアレテーを知らないんだ。ふうん、ふうん!)
保護者ぶって、大人ぶっているニュクスの知らないことを僕が知っている――気分がいいではないか!
クレイはいそいそと呼び鈴を鳴らし、例の紅茶を淹れさせた。
「お飲み」
「……」
いや、あやしいだろって感じの目がカップに注がれた液体を視ている。
「お飲み」
「……いただきましょう?」
腹を決めた様子でくいっと紅茶を飲むニュクスフォスの姿が好ましい。クレイは満足した。
(僕は今、ばっちり主導権を握っている。これだ。これで一気に落とす)
「まずは、お花のお礼をしてあげる。目を閉じるのだ」
顔を覗き込むようにして言えば、そっと目が閉じられる。
目を閉じて大人しく待っている顔立ちが彫刻芸術のように美しく見えて、クレイはちょっとだけほわほわと見惚れてしまった。
霜が降りたような睫毛が目元に陰を落としている。
薄らと隈ができていて、どこか痛々しい。しかし、それがまた危うい妖艶さを感じさせる一因になっているような。
(ふむむ。ちょっと顔色が悪いな。隈もあるし……疲れているんだ。そうだね? しかし、なんだろう。この隙みたいなものが……)
形の良い唇は薄く閉じられ、受け身全開に待っている。
はやく、はやくとソワソワ期待するオーラみたいなものが溢れている。
(この感じが、僕の『雄』をそそるではないか。なるほど、これは『雄の気分』を理解した気がする)
「……」
両の手で服の端を引っ張るみたいにしながら軽く唇を触れて、体温を感じるより先に離れれば不思議な喜びが胸に咲く。
(久しぶりにキスができたね。……僕がしてあげたのだ!)
達成感だろうか、満足感だろうか。
そんな幸せな感覚を覚えながら相手を見ると、俯きがちな青年がハッと吐息をこぼしている。
――緊張していたのかもしれない、と思うと、愛くるしい気持ちで胸がきゅんとなった。
「ニュクス、嬉しかった?」
覗き込むようにして聞けば、渇望を揺らすような、葛藤するような眼差しが返される。
飢えた獣が美味しそうな餌を前に欲に駆られつつ我慢するような、そんな気配で。
「とても」
短い返答が素直で、やっぱり照れている。
調心するような気配がストイックで、『らしくない』と思ってしまう。
――『大人になったら』。
声が脳裏を過ぎる。
(僕、もう大人だよ)
キンメリア族の御墨付きなのだ。
(僕、導く側なんだよ)
「では、次にアレテーをあげる」
「なんですかそれ」
「……貴き方の導きをあげる」
厳かに言って手を顎に滑らせれば、訝し気な目が注がれる。
「苦しゅうない。楽にせよ」
「ほう、ほう。いいですね、その雅やかな仰りよう。俺の好みをよくわかっておられる……」
命令口調が気に入ったらしきニュクスフォスが、夜着の内側に潜り込むクレイの手に気付いてぎくりとする。
「クレイ様。そのおてては、何をなさっておいでですかな!」
少年の手はまっすぐに股座に向かい、悪戯をしかけた。
「うむ。僕はアレテーをあげるのだ。大人しく僕のアレテーを享受せよ」
「なんぞ変な本でも読まれましたかな? クレイ様? ちょっといけない感じがしますなクレイ様っ?」
慌てた様子でクレイの手が押さえられる。
これはどうやら本気で拒絶されている、と感じたクレイはすごすごと引き下がった。
本気で拒絶されるなら、退かないと。本気の無理やりはいけない――、
(僕は、無理やりされそうになって嫌だった気持ちがわかる。だから、嫌がるならやめよう)
「むむ。嫌なのか。本当に。本当に? 嫌と言っておいて本当は良いのではなく?」
(僕は触れたかったのに。触れられても嬉しいのに?)
不満気に口を尖らせると、機嫌を取るようにあやすように髪が撫でられる。
「嫌と申しますか、今のはちょっと与えられた試練の刺激が強かったですなっ? 俺の緩い道徳観念と倫理観が欲望に敗北しそうな試練はおすすめしかねます、と」
そして、面倒な調子になって語り始めるのだ。
「『貴き方の導き』は、精神的なつながりであり、奉仕をしつつ獣欲の誘惑に耐えてプラトニックであることが……」
(め、め、面倒くさい)
クレイは眉を寄せつつ、言った。
「僕がしたのだから、次はニュクスがする番だと思うの」
偉そうに言ってあげれば、火を点したような赤い瞳が瞬く。
「ええ、ええ。……お父さまが、おやすみのキスをいたしましょうね」
気を落ち着かせるように淡く息を紡いで、いかにも清らかに大人ぶって言う。
一線の向こう側から。
「恋人」
クレイはまっすぐな目を向けて、線を越えて引き寄せるようにニュクスフォスの袖を引いた。
「恋人のキスがいい。僕は、あれを所望する。あれをせよ……」
すこし迷ってから、唇が寄せられる。
おそるおそるといった触れ方だったそれが奥から舌を覗かせて、様子を窺うように口腔に忍ぶ。
(かかったなニュクス。よしよし、僕がどんどんその気にさせてあげる)
クレイはじゃれるように自分の舌を相手のそれに絡めた。
「んっ」
「ん、ふ……」
二人分のくぐもった声が連なる。
感情をつたえるように、衝動をつたえるようにつついて絡んで誘えば、高揚が全身を駆け巡る。
(いっぱい触りたい。いっぱいぎゅってしたい。僕は、これが好き!)
手が自然と動いて相手の髪を撫でていた。
自分もまた、撫でられている。
(お互いに気持ちよくさせるのが、愛のある行為なんだ。そうだね?)
息が弾む。
自分が浮かれているという自覚を抱きつつ、クレイはすりすりと鼻や頬を擦り合わせて唇をまた合わせた。
息継ぎで離れて、またどちらからともなくくっつくのが嬉しくて堪らない。
求め合っている感じがするのだ。
「ん……」
れろ、れろ、と舌先を絡めあって薄く目をあければ、気持ちよさそうに行為に没頭する年上の青年の顔が見える。
言葉ではなく、舌で心地よさを伝え合って、「もっと気持ちよくなろうよ」と誘うように甘えるように裏筋をくすぐれば、唾液が溢れて互いの口の端から零れるのが綺麗だった。
(ん、……美味しい)
柑橘系の果実をあじわっているような爽やかな味がする。
大好きな香りがする。
「ンふ、ふぅ……っ」
口の中でやわらかな部分を愛でられれば、快感に腰が浮きそうになった。
「ふ、……っ」
溺れかけのようにすがりつけば、すっかり興が乗った様子で口内を蹂躙されながら、慈しむようにうなじが摩られる。
「は……」
切なく甘い吐息を紡いだクレイは、慣れた様子で後ろに押し倒された。
そして、はむっと唇に食いつかれた。
お預けをくらっていたご馳走にようやくありつけるとでも言うように、衝動的でちょっと荒々しいキスが繰り返される。
「はぁっ、」
「ン……」
両頬を包み込むように手のひらを添えられて、味わうように角度を変えながらはむはむとされれば、背筋をぞくぞくと甘く痺れるような感覚が駆け抜けた。
「ふっ、ん、んっ……」
「もっと……」
合間にこぼれる声が熱に浮かされるよう。
ちゅくちゅくと音を立てて、甘えるように舌でぺろぺろと舐められる。
「もっと」
ニュクスフォスの譫言めいた声がする。
「んっ、なに……ぁっ」
「もっと……」
本人も何を言っているか自覚していないのかもしれない。クレイはどきどきした。
(ほ、本当に食べられてるみたい……)
首筋がざわざわする。
首をすくめるようにすると、宥めるように手が下に降りて首を上から下に撫でて、熱を掻き立てて昇らせるみたいにすりすりと頬に戻っていく。
(なにが、精神的なつながりだ。獣欲の誘惑に耐えてプラトニックなんて、フィニックスが言うならわかるけど、お前が言うの。キャラじゃないよ、おかしいじゃないか)
クレイはふわふわと微笑んだ。
『性的行為――遊戯は、崇高で尊厳ある遊戯にて、人生に喜びと幸福をもたらすものですぞ。豊かな感受性を育て、最高の喜びを共有し合う……』
――お前が言ったんだ。
これをしようって、お前が最初に言い出したんだ。
「は……」
弛緩した唇の間に、ニュクスフォスの舌がねっとりと割り込んでくる。
舌をぐいぐいと進ませる動きは以前した時より乱暴で、穏やかじゃない。
口の端から透明な唾液がこぼれて、たらたらと垂れる。
口が離れるのを惜しむような気持ちが胸に生まれて、未練がましくクレイの舌が出る。
間近な距離のニュクスフォスが同じように軽く舌を出していて、舌先から糸を引いた唾液が二人の間で重力に引かれて垂れて落ちる。
「お父さまは……」
青年の声が恍惚と垂れて、少年の拒絶がつづいた。
「お前は父ではない」
「……お兄さま?」
「……僕たちは、兄弟でもない」
「騎士……」
少年が甘やかに囁く。
「なら、お前は僕の従者だね」
はっきりと言われて、騎士が嬉しそうな顔をする。
「ええ、ええ。俺は貴方の従者ですとも!」
(本当は、ここで『恋人』って言って欲しかったけどな)
クレイはくすくすと笑った。
「僕の従者は、僕の言うことを聞かないといけないんだ」
――『上の立場』が導くって、こんな感じだろうか?
クレイは傲然と唇を舐めて微笑んだ。
夜着がするりするりと脱がされて、全身を舐めるように鑑賞され、愛でられる。
「綺麗な肌ですね。このあたりは少し日に焼けましたか」
手のひらであやすように撫でられると、肌から幸福感が塗り込まれるみたいで、ふわふわした。
「僕は、ニュクスの肌も好き……」
蕩けるように言って胸板に手を滑らせると、目が細められる。喜んでいる、と思うと嬉しくなった。
(僕たち、お互いにお互いを喜ばせることができるんだ。それって、とっても素敵だね)
「ここに少し筋肉がつきましたね。健康的で喜ばしいことです」
ニュクスフォスの手で、なぞるようにやわやわと筋を撫でられる。
「運動したんだ」
クレイは誇らしく言った。
「素晴らしい。こちらに痣ができているのは……どこかにぶつけられました?」
「おぼえてないや……んっ」
ぷくりとした胸の突起に吸い寄せられるように唇を寄せて、愛でるように舌先でまわりを舐められる。
じんじんとした甘い痺れがそこから生まれて、あったかい熱がぽやぽやと身の内に広がっていく。
「ここは甘やかに色づいて、愛らしいですね。こうして摘んでほしいと誘うよう」
先端を唇で摘むように揉まれて、舌で嬲られる。
「ん、ふ……っ、それ、くすぐったい……ン、ン」
「お好きな場所なのですね、かように身を捩って、愛らしく悦んで。もっとしてほしいとおねだりなさるお声ですね」
「ぼ、僕、お前のそういうのは、キライ、ふぁっ……」
言葉尻がふにゃりとなったのは、ニュクスフォスの指先がクレイの脚の間を確認するように滑り、興奮を伝える可愛らしい雄の証と後ろの窄まりの間で遊ぶように会隠部を摩るから。
未開発の体が未知の感覚のきざしに戸惑うのが可愛くて仕方ないといった眼で見てから、ニュクスフォスは手を離した。
「ん……」
仰向けの姿勢で緩く膝を立てた脚に、すりすりと何かが擦られる。
もどかしく押し付けられる硬い感触は、それは――、
(あ……勃、勃ってる。ニュクス)
「は、発情してる」
「せめて欲情と」
獣が本能のままそうするように、クレイの手が押し付けられた熱に伸びる。
張り詰めた熱に触れてあげたい、自分がしてもらったみたいに気持ちよくさせてあげたい――、
「だめですよ」
「アッ」
伸ばしかけた手が青年の手に掴まれて、おいたを責められるように頭の上に手が上げられる。
不穏な目がそれを一瞥してから、するりと夜着を脱いだ。
そして、脱いだ夜着で両手を縛られる。
「んっ、はぇっ?」
――縛られた。縛られてる。
(すごい、一瞬だ。そして、そして……僕は今主導権を握られていて、ちょっと……ドキドキする!)
すごい。まるで異母妹が書いた薄い本のよう。
無理やりっぽい感じがして、とても燃える。
(フレルバータルに無理やりされかけた時はあんなに嫌だったのに)
今はどちらかと言えば嬉しくて、興奮してしまっているではないか!
(だって、だって、相手が違うもの。それって大事なことなのではない? 結局、されたいかどうかが大事なのだ……)
僕がされたかったら、しても良いのだ。
僕がされたくなかったら、だめなのだ。
そんな単純なことなのだ――、
満足そうに見下ろす青年の眼が野生を剥きだしにしたような獰猛な色を浮かべている。
首のあたりに一度噛みつくみたいにされて、ふつりと何かが切れる音がした。
みれば、首飾りが歯で噛み切られて、口の端にくわえられている。
「あ――」
首飾りを脇に放り、ニュクスフォスが奔放な笑みを浮かべる。
それは『お父さま』とか『騎士』とか言って浮かべる上品で優しい微笑みとはまったく別の種類の笑顔で、クレイはぞくぞくと身を震わせた。
(これは、これは――怖い感じだ)
怖いニュクスだ。
たまに感じる不穏なニュクスだ。
「俺の……」
そのまま、ニュクスフォスの頭が下に下がっていく。
首から鎖骨にキスの雨を降らせて、舐めたり吸ったりを混ぜられる。
「俺の」
「僕は、ニュクスの?」
「俺の……」
言葉をとめて、左側を下にして体を横向きにされ、後ろからぎゅっと抱きしめられる。
それが抑圧した想いをありったけ籠めたような縋るような抱きしめ方で、クレイは胸がいっぱいになって蕩けそうになった。
「ニュクス、それでいい……」
ほわほわと頷けば、前が優しく扱かれる。
先走りの液が零れ始めると、濡れた音がいやらしい気分を煽った。
羞恥が快楽の波といっしょにゆらりふわりと満ちてくる。
「あ、あ、あ……」
――高められている。
あまり奉仕っぽくなく、求められている感じがする。
(この感じ、この感じ――なんか、最後までするんじゃないだろうかっ?)
クレイは確信めいたものを胸に、言葉を選んだ。
「ぼ、僕が明日死ぬとして、」
一瞬、ぴたりとニュクスフォスの動きが止まる。
快感に浸っていた体がつづきを欲しがって疼く――、
「お前のものとして死ぬのと、そうでなく死ぬのとでは、僕の人生の満足度が違うのだよ……あっ」
後ろから耳をかぷりと噛まれて、びくっとクレイの体が跳ねた。
耳元に不満げな声が囁かれる。
「なんで死ぬことばっかり考えるんだ」
(あ、あたってる……)
後ろに硬い剛直の存在を感じて、クレイはびくりとした。
右脚が軽く持ち上げられて、そそり立ったそれが後ろから自分の雄に密着させられると、自分と相手が触れあっている特別感がぐんと増す。
「ふぁっ」
そっと視線を向けると、自分の股で雄と雄が寄り添うような刺激的な光景がみえてクレイは素っ頓狂な声をあげた。
「く、くっついてる」
「ン……」
腰が揺らされて、雄が一緒に揺れる。
自他の境界がぐずぐずになりそうな変な感覚が生まれて、蕩けそうになる。
「き、気持ちいい……っ?」
「気持ち良い……」
首筋にキスが落とされて、前がやさしく撫でられる。
「あ、あ、あ……」
あられもない声がこぼれてしまう。
「気持ちいいな……」
機嫌のよい声でうっとりと耳元で囁かれ、うんうんと頷けばくっつけられたそれが、上下に動かされる。
「や、あ、あ、ああ、ああ……っ」
はしたなく腰が揺れて、いっしょになって擦れ合う感覚に淫らな息を紡ぐ。
忙しなく呼吸を繰り返しながら、欲しいと思うがままに快感を享受する。多幸感でふわふわする。
「俺は今貴方で気持ちよくなってますよ……」
「僕も、気持ちいい……っ」
――この雄が僕にすりすりしているのだ。
それが嬉しくて、気持ちいいのだ。
膨らんだ雄を慈しむように手のひらで包まれると、幸せな感じが胸いっぱいにふわふわと広がった。
「あ、ん……」
後ろから覆い被さる体温が熱い。
二人分の息が乱れて室内の空気に溶けていく。
一緒に気持ちよくなっていると思うと、嬉しくなる。濡れた水音と鼓動の音が心地よい。
「いいこ、いいこ……」
今更保護者ぶってあやすように、後ろから優しい声と刺激が繰り返される。
それが倒錯的で、滑稽で、いっそう情欲を煽り立てるのが不思議だった。
高められていく。
追い上げられる。
どこか高いところに押し上げられる。
「は、は、は……」
気持ちいい。
その感覚で世界が染まる。
それしかわからなくなっていく。
押し出された水がうねって、あばれて、出口ではじけるような感覚がする。
気持ちいい――とても気持ちいい。
「あ、……っ、~~ッ!」
悶えながらクレイが達すると、それに合わせたようにニュクスフォスが腰を震わせて放っている。
とろとろと混ざり合うような雄同士がいとしくて、クレイはうっとりとした。
くたりとしながら息を繰り返せば、慈しむように後ろから頬や首筋にキスがされて、仰向きに寝かされてまた全身が愛される。
「き、気持ちよかった……」
「や、や、やらかした……」
しばらく行為に溺れてから、ようやく落ち着いた寝台で息を吐くクレイを薬効が抜けて賢者モードらしきニュクスフォスがせっせと清めて、後始末をしている。
その呟く声がはっきりときこえる。
「いやっ、でも挿れてない。これは……セーフ……?」
手が自由だったら、撫でてあげるのに。
クレイはむすっとして手を示した。
「これをそろそろ解いてほしい」
「!!」
今初めて気づいたとでもいうような眼がそれを視て、慌てて手が自由にされる。
「す、すみませ……」
言いかけた口をふさぐように啄むようなバードキスを仕掛ければ、びくりと戸惑う反応が肌越しに伝わって、気分がよい。
「よし、よし」
(これは、楽しい)
クレイは上機嫌で手を動かして、ニュクスフォスの肩をさすって、髪を撫でた。
(これは、可愛い)
「……いいこ」
対抗するように言葉が返される。
「ん」
すり、と頬を撫でられて、耳の手前にキスがされる。
そのあと、唇をぺろぺろと舐められる。目を開けたままでいると、睫毛を伏せて一生懸命に舐めるニュクスフォスの顔が近くて、嬉しくなる。
まるで、恋人のよう。
――ううん。僕は、恋人なんだ!
「ン……」
餌を求める雛の気分で口を開けると、欲しかったキスがもう一度贈られる。
(僕は、これが好き)
想いを伝え合っていっしょに気持ちよくなる特別なパートナーのキス――それが、恋人のキスなのだ。
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