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2章、汝、善良であれ
26、欲望のままに好きにして何がわるいんだ。そんなんだから俺はクズなのだ
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SIDE クレイ
――北の国、真昼、オーブル族の集落に気ままな風が遊ぶ。
族長らしき壮年の男が眼光鋭くバヤンとその連れを見て、バヤンが何かを説明している。
「ごらん、バヤンがなんかいい感じに説明してくれそうじゃないか」
『歩兵』たちに得意顔で言って、クレイは馬を進めてオーブル族に近付いた。
「僕がエインヘリア語で彼らとコミュニケーションを取るところをみるがよい」
なにせ、エインヘリア語は結構がんばって学んだのだ。
『騎士王』や混沌騎士団やヘルマンとも、日常会話ができているのだ。
大人から子供まで、家族的な雰囲気のある部族は揃いの部族衣装に身を包み、紐に木片を通した首飾りをさげていた。
(ちいさな子供もいるではないか。かわいいね!)
きらきらした眼で顔を見てにこりと手を振れば、あどけないはにかみみたいな表情が返される。
(あっ、笑ったぞ。いいね、仲良くなれそうではないか)
子供から視線を移した先の族長は抜き身の刃みたいな気配があって、すこし怖い。
「はじめまして。僕は、……」
「これは奴隷商人に売られていた可哀想なガキだ」
何か言うより先にバヤンがぴしゃりと遮って、雫型の木片を通した首飾りを首にかける。
「僕……」
「後ろの連中は暇な義賊だ。ポウンとかいうらしい」
「ぼ、僕……」
――バヤンが挨拶をさせてくれないっ。
「おやまあ、かわいそうに……ひどい目にあったのだろうね、」
「馬乳酒をおあげよ」
「定住民の子なのかい? ずいぶん綺麗な子じゃないか」
「これは裕福な家の子じゃないのか」
大人たちが周りを囲んであれこれと話しながら世話を焼き始める。
「僕、……あれえ……」
こうして、『歩兵』は暇な義賊として、クレイはなぜか可哀想な子供としてオーブル族とすこしの間、生活を共にすることになったのである。
数日後、あたたかな衣装に包まれたクレイは、面倒見のよいドルマ―という名前のおばあさまといっしょに馬乳酒を混ぜていた。
「そうそう、上手だよ」
ドルマ―おばあさまは目尻のしわがチャーミングで、働き者の手をしている。
「僕、水汲みもできるよ」
『歩兵』のアドルフやベルンハルトはそんなクレイを見て「意外と溶け込めるもんだな」と感心していたが、テオドールあたりは「いやいや、溶け込んでいいんですか?」とおろおろするのであった。
そんなのどかな草原の青空を鳥がぱたぱたとやってきて、レネンからの手紙をもたらしてくれる。
「おお。南西がやっと長城の攻略を始めてくれたぞ。これは好いお知らせ」
クレイはほんわかと手紙に微笑み、水汲みに行こうとしていた年下の子供の手から桶を取って「お兄さんが持ってあげる」と年長ぶるのだった。
――それはもう、どや顔で。
26、欲望のままに好きにして何がわるいんだ。そんなんだから俺はクズなのだ。
SIDE ニュクスフォス
「相手はなんだ、平民か。気に入らない奴は殴ってやれ」
「ほしいものは奪えばいいんだぞ」
この領地は自分たち一族が支配する土地なのだから。
そう語る家族の声がする。
波の音がとおく聞こえる。潮風が生暖かく頬を撫でる。
「医者に診せようと思ったんだ」
言い訳の声がする。
「うちで療養すればすぐよくなる、と……」
まるで物語に出てくる悪役のように、あわれな病弱な少女を攫って、死なせて、言い訳をしていた。
誰が? ――自分が。
「やらかしたのはあくまでも娘の兄であって、お前ではない」
「たいしたことじゃない、ちょっとしたよくある事故だ」
「他に女はいくらでもいる、運が悪かったと思って忘れてしまえ」
――大人の声がする。
「ひとりしか知らぬから重くなるのだ。たくさんの中のひとつになれば、どうでもよくなるわ」
「そうそう! 笑って話せるようになるさ」
善良である必要などないのだと、そんな価値観は抱く必要がないのだと、周りを囲み、肩を抱き、親しくやさしく声を揃えて語るのだ。
青空の下、国籍がばらばらの少年たちが紹介される。
「アーサー王の強兵策だ。実験的な施策だが、うちはやるぞ。お前に丁度いいんじゃないか。ちょっとやってみろ」
ひとり、またひとり、父が連れてくる。
連れてきて、様子をみて新しく連れてきた誰かと取り換える。
「とびきりの精鋭を引き抜いて周りを固めるから、全員を踏み台にしてお前が目立つように。正々堂々やらなくていいから、結果につなげるように」
世界中から集めてきた天才たちが、常に競わされる。
より良い人材がどんどん引き抜かれてきて、実力順に席を入れ替えられる。
いつ新人と交代させられるかわからない精鋭の席を取り合う中、替えられることのない席にふんぞり返って笑っているのは、スポンサーの息子だ。
見劣りしてはならない。
それどころか、一番実力があると証明しなければならない。
目立たなければならない。
見世物の舞台で、沢山の視線にさらされて――
実際、強兵策は大当たりだったと言えるだろう。
なにせ、混沌騎士団の連中ときたら初めての実戦でも堂々と能力を発揮してすぐに実戦に慣れて、近くでみていた公子は「こいつらはまさに強兵」と思ったのだから。
――東の国、妖精が見守る夜の天幕。
天幕を淡く照らすランプの灯りが書きかけの手紙の紙面をしろく浮かび上がらせている。
古妖精のフェアグリンが見守る中、ニュクスフォスが文字を綴ろうと試みてはそれができずに溜息をついていた。
外の木々は色鮮やかな紅葉をみせていて、自分は離れて過ごす我が子だか主君だか恋人だかよくわからないクレイに誕生日を祝う手紙を書きたいのだ。
お決まりの文言をちょっと書けばいい。
誕生日おめでとう、と軽く書いて、自分のことばを足せばいい。
しかし、それがどうもできないのだ。
自分のことばが出てこないのだ。
「か、か、書けない」
軽いノリで書けばいい、こんなもの。
顔をみて話すわけでもないのだ。
会いたい、触れたい、そんな風に自然にさらりと書いて送ればいい。
有名な詩の文言をすこし混ぜてやってもいい。
しかし、どうもそれが書けないのだ――、
(もう、さっさと帰って直接モノでも贈ったほうが楽なのではあるまいかな!)
『まだるっこしいのだ、中央風の優雅で風流な文通など』――そう心の中で言い放つ自分がいる。
同時に、『清雅で奥ゆかしく、良いではないか、こういうのが好いのではないか』――そう反論する自分もいる。
『俺は本物と触れ合いたい。ガッとこう、ぎゅっと。すりすりと……』。
『まあ待て俺よ。そう思うだけに離れていた方が良いのではないか、いかん、いかん。お前は接近禁止だ。俺が許さん』。
『知るか。欲望のままに好きにして何がわるいんだ』
『悪いに決まっているだろう。そんなんだから俺はクズなのだ』
――そんな風に心の中で自分と自分が喧嘩しているのだ。
別に人格が増えたりはしていないと思うのだが、どうもハッキリと対立する意思がある。
「これはもう、あれか。代筆か。誰かに文を考えさせて俺はそれを書くだけに……いや、それはだめだな。それよか、あっさり一言贈るほうがよほどいい……ッ、よし、俺はそれでいく! そして寝るッ」
妖精が「それでいこう」みたいな肯定の気配を漂わせてふわふわ飛んでいる。
それに励まされたように、青年の手はなんとか短い文をつづることに成功するのだった。
こうして、誕生日を迎えたクレイのもとには、たいそうあっさりした祝いの手紙が届き、受け取った『レネン』は「わあ、お父さまがお誕生日をお祝いしてくれたよ」とわざとらしく喜んでみせるのだった。
――内心で「なんですか、このやる気のなくて手抜きっぽい祝いの文言は? これを坊ちゃんに知らせよと?」などと思われつつ。
――北の国、真昼、オーブル族の集落に気ままな風が遊ぶ。
族長らしき壮年の男が眼光鋭くバヤンとその連れを見て、バヤンが何かを説明している。
「ごらん、バヤンがなんかいい感じに説明してくれそうじゃないか」
『歩兵』たちに得意顔で言って、クレイは馬を進めてオーブル族に近付いた。
「僕がエインヘリア語で彼らとコミュニケーションを取るところをみるがよい」
なにせ、エインヘリア語は結構がんばって学んだのだ。
『騎士王』や混沌騎士団やヘルマンとも、日常会話ができているのだ。
大人から子供まで、家族的な雰囲気のある部族は揃いの部族衣装に身を包み、紐に木片を通した首飾りをさげていた。
(ちいさな子供もいるではないか。かわいいね!)
きらきらした眼で顔を見てにこりと手を振れば、あどけないはにかみみたいな表情が返される。
(あっ、笑ったぞ。いいね、仲良くなれそうではないか)
子供から視線を移した先の族長は抜き身の刃みたいな気配があって、すこし怖い。
「はじめまして。僕は、……」
「これは奴隷商人に売られていた可哀想なガキだ」
何か言うより先にバヤンがぴしゃりと遮って、雫型の木片を通した首飾りを首にかける。
「僕……」
「後ろの連中は暇な義賊だ。ポウンとかいうらしい」
「ぼ、僕……」
――バヤンが挨拶をさせてくれないっ。
「おやまあ、かわいそうに……ひどい目にあったのだろうね、」
「馬乳酒をおあげよ」
「定住民の子なのかい? ずいぶん綺麗な子じゃないか」
「これは裕福な家の子じゃないのか」
大人たちが周りを囲んであれこれと話しながら世話を焼き始める。
「僕、……あれえ……」
こうして、『歩兵』は暇な義賊として、クレイはなぜか可哀想な子供としてオーブル族とすこしの間、生活を共にすることになったのである。
数日後、あたたかな衣装に包まれたクレイは、面倒見のよいドルマ―という名前のおばあさまといっしょに馬乳酒を混ぜていた。
「そうそう、上手だよ」
ドルマ―おばあさまは目尻のしわがチャーミングで、働き者の手をしている。
「僕、水汲みもできるよ」
『歩兵』のアドルフやベルンハルトはそんなクレイを見て「意外と溶け込めるもんだな」と感心していたが、テオドールあたりは「いやいや、溶け込んでいいんですか?」とおろおろするのであった。
そんなのどかな草原の青空を鳥がぱたぱたとやってきて、レネンからの手紙をもたらしてくれる。
「おお。南西がやっと長城の攻略を始めてくれたぞ。これは好いお知らせ」
クレイはほんわかと手紙に微笑み、水汲みに行こうとしていた年下の子供の手から桶を取って「お兄さんが持ってあげる」と年長ぶるのだった。
――それはもう、どや顔で。
26、欲望のままに好きにして何がわるいんだ。そんなんだから俺はクズなのだ。
SIDE ニュクスフォス
「相手はなんだ、平民か。気に入らない奴は殴ってやれ」
「ほしいものは奪えばいいんだぞ」
この領地は自分たち一族が支配する土地なのだから。
そう語る家族の声がする。
波の音がとおく聞こえる。潮風が生暖かく頬を撫でる。
「医者に診せようと思ったんだ」
言い訳の声がする。
「うちで療養すればすぐよくなる、と……」
まるで物語に出てくる悪役のように、あわれな病弱な少女を攫って、死なせて、言い訳をしていた。
誰が? ――自分が。
「やらかしたのはあくまでも娘の兄であって、お前ではない」
「たいしたことじゃない、ちょっとしたよくある事故だ」
「他に女はいくらでもいる、運が悪かったと思って忘れてしまえ」
――大人の声がする。
「ひとりしか知らぬから重くなるのだ。たくさんの中のひとつになれば、どうでもよくなるわ」
「そうそう! 笑って話せるようになるさ」
善良である必要などないのだと、そんな価値観は抱く必要がないのだと、周りを囲み、肩を抱き、親しくやさしく声を揃えて語るのだ。
青空の下、国籍がばらばらの少年たちが紹介される。
「アーサー王の強兵策だ。実験的な施策だが、うちはやるぞ。お前に丁度いいんじゃないか。ちょっとやってみろ」
ひとり、またひとり、父が連れてくる。
連れてきて、様子をみて新しく連れてきた誰かと取り換える。
「とびきりの精鋭を引き抜いて周りを固めるから、全員を踏み台にしてお前が目立つように。正々堂々やらなくていいから、結果につなげるように」
世界中から集めてきた天才たちが、常に競わされる。
より良い人材がどんどん引き抜かれてきて、実力順に席を入れ替えられる。
いつ新人と交代させられるかわからない精鋭の席を取り合う中、替えられることのない席にふんぞり返って笑っているのは、スポンサーの息子だ。
見劣りしてはならない。
それどころか、一番実力があると証明しなければならない。
目立たなければならない。
見世物の舞台で、沢山の視線にさらされて――
実際、強兵策は大当たりだったと言えるだろう。
なにせ、混沌騎士団の連中ときたら初めての実戦でも堂々と能力を発揮してすぐに実戦に慣れて、近くでみていた公子は「こいつらはまさに強兵」と思ったのだから。
――東の国、妖精が見守る夜の天幕。
天幕を淡く照らすランプの灯りが書きかけの手紙の紙面をしろく浮かび上がらせている。
古妖精のフェアグリンが見守る中、ニュクスフォスが文字を綴ろうと試みてはそれができずに溜息をついていた。
外の木々は色鮮やかな紅葉をみせていて、自分は離れて過ごす我が子だか主君だか恋人だかよくわからないクレイに誕生日を祝う手紙を書きたいのだ。
お決まりの文言をちょっと書けばいい。
誕生日おめでとう、と軽く書いて、自分のことばを足せばいい。
しかし、それがどうもできないのだ。
自分のことばが出てこないのだ。
「か、か、書けない」
軽いノリで書けばいい、こんなもの。
顔をみて話すわけでもないのだ。
会いたい、触れたい、そんな風に自然にさらりと書いて送ればいい。
有名な詩の文言をすこし混ぜてやってもいい。
しかし、どうもそれが書けないのだ――、
(もう、さっさと帰って直接モノでも贈ったほうが楽なのではあるまいかな!)
『まだるっこしいのだ、中央風の優雅で風流な文通など』――そう心の中で言い放つ自分がいる。
同時に、『清雅で奥ゆかしく、良いではないか、こういうのが好いのではないか』――そう反論する自分もいる。
『俺は本物と触れ合いたい。ガッとこう、ぎゅっと。すりすりと……』。
『まあ待て俺よ。そう思うだけに離れていた方が良いのではないか、いかん、いかん。お前は接近禁止だ。俺が許さん』。
『知るか。欲望のままに好きにして何がわるいんだ』
『悪いに決まっているだろう。そんなんだから俺はクズなのだ』
――そんな風に心の中で自分と自分が喧嘩しているのだ。
別に人格が増えたりはしていないと思うのだが、どうもハッキリと対立する意思がある。
「これはもう、あれか。代筆か。誰かに文を考えさせて俺はそれを書くだけに……いや、それはだめだな。それよか、あっさり一言贈るほうがよほどいい……ッ、よし、俺はそれでいく! そして寝るッ」
妖精が「それでいこう」みたいな肯定の気配を漂わせてふわふわ飛んでいる。
それに励まされたように、青年の手はなんとか短い文をつづることに成功するのだった。
こうして、誕生日を迎えたクレイのもとには、たいそうあっさりした祝いの手紙が届き、受け取った『レネン』は「わあ、お父さまがお誕生日をお祝いしてくれたよ」とわざとらしく喜んでみせるのだった。
――内心で「なんですか、このやる気のなくて手抜きっぽい祝いの文言は? これを坊ちゃんに知らせよと?」などと思われつつ。
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