清らかに致すだけ~下剋上後の主従が「その一線を越えてこい」ってするだけだけどそれが本人たちには意外と難しいって話

浅草ゆうひ

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2章、汝、善良であれ

16、僕は黒幕だけど、黒幕ではないのです、陛下?

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 からりとした暑気。
 爽やかな風にそよぐ、濃い緑に大きな花弁の色鮮やかな花々。
 生命が皆、各々の生を謳歌おうかするように大地の上で鼓動を刻む、南の地。
 隙間が見当たらぬほど人やモノで賑わう街中を、母と手をつないだ幼い公子が歩く。

 「あれはなに」「これはなに」と言いながら珍しい異国の品々をありったけ買い込んで。
 白色人種の中央貴族たちへの憧れとコンプレックス強き母が白粉を選んでいる間に、公子は劇の呼び込みを耳にする。
 パンフレットを貰って母のもとに行き、「おれはあれが観たいのだ」と駄々だだをこねる――、

 舞台で歌う麗しの姫君ラーシャは、まさに母が憧れる白皙はくせきに白銀の髪をした理想の姫君であった。
 姿を現すことも加護を与えることもまれだと言われる黒竜アスライトと姫とが語り合う夜のシーンは神聖で、美しく、幼いこころを熱く震わせ、物語の世界に魅了したのだった。
 

16、僕は黒幕だけど、黒幕ではないのです、陛下?


 外からの音が耳を騒がせている。

 きいているだけで楽しくなるような音楽に、人々が沢山あつまって親しい者と談笑する声――今日は、お祭りなのだ。
 
 何のお祭りかというと、『騎士王』のお誕生日を祝うお祭りだ。
 メルギン伯が他国から手をまわして情報を市井に流して、何人かに扇動せんどうさせて祭りの流れをつくってくれたのだ。

 『騎士王』ニュクスフォス本人はあまりよくわかってない顔でいるが。

 クレイはニコニコとアイザール語で話しかけた。

あなたのエウ・イン お祭りエスタ ですねレン 陛下マジェステ?」

 理由はシンプルで、先日酔っていたときにニュクスフォスがアイザール語でふわふわしていたからである。

 このクレイの騎士だかクレイの王様だかよくわからぬ青年は元々複数の言語を流暢に操り、父伯が息子のために集めてくれた各国出身の有能な子分らケイオスレッグとコミュニケーションを取っていた。

 どの国の言葉も巧みながら、母国語と呼ぶのは生まれ育った国である中央のファーリズ言葉で間違いないと思われるのだが、考えてみれば母方はアイザールの出身なのだった。
 クレイがラーシャ亡き母と幼少を過ごしたように、オスカーも母と過ごして母のつむぐアイザールの言葉に自然と触れていたに違いない――

 返される言葉は、考えるより先に紡いだ自然さで、もしかすると『今、アイザール語で会話している』という認識すらないのかもしれない。

祭りエスタ? ラウ? キュェ指輪レイグルル狙うジェクティフ祭りエスタ?」

(ふむ。聞き取りもできて、意味はわかるが)
 クレイは軽く首をかしげた。

 おそらく、お忍びの情報が洩れて覇者の指輪を狙う祭りでも始まっているのかと思われている。

 『あなたのお祭り』という言い回しが、『あなたを狙うお祭り』という解釈をされてしまうとは。
 言葉とはむずかしいものである……。
 
悪い想定マリディをするのはイニイル 良い習慣ポォンエウィシェデ だねレン僕はエウ・イル 褒めてワフト あげるヒウム

 実際、狙われやすいのだから警戒意識が高いのは良いことだよね――クレイはうれいがちに睫毛を伏せた。

(僕の黒竜がいればなあ。『僕が傍にいてお守りするので、陛下は安全なのですよ』なんて言ってあげるのだけど。あいつ黒竜、呼んでも空の国から帰ってこないのだ……)
 
 ちらっと視線を向けるニュクスフォスの手には、大陸北西を支配する古妖精フェアグリンが魔法をかけた特別な指輪が煌めいている。

 それを奪った者はエインヘリアの玉座とフェアグリンの加護がセットで貰えるのだ――、

(王様業は嫌だし、ニュクスが大切にしているから奪う気なんてないのだけれど……、いよいよ危険そうだったら僕が指輪を獲っちゃおうかしら。僕は、自分が狙われるのに慣れているし。時々妙に無防備なこの者ニュクスが危険な状態よりは、僕が危険なほうがこころが穏やかなのではない?)

 小さいころからの念願の、はねの綺麗な妖精だって手に入るではないか……、
 

 そんな不穏な考えを巡らせる気配を察してか、すすっとさりげなく指輪をめた手が隠される。
貴方がエゥィラ黒幕でカリッシェ?」
 
 ……物騒極まりないことを言われている気がするっ!

 クレイは「なんのことかなぁ……いや、ある意味そうかなぁ……」と曖昧な微笑みをたたえた。

(誕生日のお祝いのお祭りなら、僕が手をまわしたのだぞ! お外をもっとよく観なよ。賑やかで楽しそうなんだから)
 アイザールの料理が好きだろうと思って、アイザール料理フェスと銘打って屋台まで並べさせたのだ。
 
 それに、それに……下町にありそうな、安っぽい硝子玉とか貝殻のアクセサリーとかのお店もあるのだよ。
 指輪はもう間に合っているけど、首飾りとか腕飾りとか、カフスとか、お揃いで買ったら楽しいと思うの。

 
 ――君の初恋の町娘に対抗するわけじゃ、ないけどさ。
 

 ちらちらと外を見る耳には、深刻そうな声が届いていた。
ついにフィネイル……そうかェイレン……いやアニュ覚悟はレペレシエ・イラしていたイニア……」
 
(僕、そんなにお前を裏切りそう? 前から指輪や妖精を見せないようにされてるとは思っていたけど、そんなに覚悟をされてたんだ……)

 クレイは若干機嫌を損ねつつ、車窓を軽くたたいた。

「陛下、ええと……お祭りは、お誕生日のお祝いをしているんですよ。それで、僕は、お外に出たいわけです」

 紡ぐ言葉は母国ファーリズ語で。
 ――それなりに熟達していても、他国語の会話は疲れるのだもの。

 不機嫌さをあらわににらんでやれば、失態を悟ったらしき慌てた気配が返ってくる。

「おお、お祝い! 俺の! いや、そうではないかと思っていた! そうか、そうであったかー、いや、俺って奴はよく正体が知られてないのに祝われてしまう果報者なんだな。あっ、さては貴方様が――」
「こういう時の決まり文句テンプレを教えてあげる。『もう遅い』――馬車を御留おとめ。拒否権は、ないっ」
 

 馬車を留めて外に出ると、南国を思わせる料理の良いにおいがふわふわと北国の風にのって充ちている。

 エインヘリアといえば玉座を巡るシステムなどもあって、住人は血の気が多くて喧嘩好き、祭りと言えば拳や武器を持っての争いごと、といった物騒なイメージがあるものだが、今日はアイザールにでも迷い込んだみたいに食や異文化を楽しむ人々で溢れているのだ。


「あれっ、ここエインヘリア?」
 ――思わず国主がそう呟くほど!

 
 『騎士王』は人前に出るときは全身騎士鎧に身を包んでいて、顔も隠していることが多い。

 出自なども情報を積極的に出していないので、武勇伝は広まりつつも、ミステリアスな存在であった。

 外交の場などで顔を晒したりした情報が出回ったり、メルギン伯が積極的に広めた情報により、『自分たちの国の王様は、詳細はわからないが、アイザール大陸南部系の若者で、最近誕生日を迎えたらしい』くらいに認知された結果のお祭りは、ひとめでお祝いの気持ちが伝わる華やかで楽し気な雰囲気だった。

 楽し気に笑い騒ぐ声、陽気な楽器の調べ、頭上の建物の窓から住人が降らせる花吹雪……とてもい!


 ――なにより、さっきまでのちょっとぎこちない雰囲気が薄れたのが、とてもよい!
 やはり、南育ちには南の風が安心できるのだね!


(ふふん! 紅薔薇は、こういう工作も得意なのだ。いや、ニュクス本人にはこれを紅薔薇がしたとは言うまいが……僕はちょっと自慢したい) 

「僕は、あれを買っていって劇をみながら食べたら良いと思うの」 
 クレイはほわほわと機嫌を上向きにさせながら屋台を示した。

 大地の贈り物といった揚げ色明るい『ファラフェルひよこ豆のコロッケ』、厚めの紙に包まれた細長い筒状に具材をぎっしり詰めた『シャワルマ羊肉串サンド』。そして珍しい食材の『火蜥蜴の炙り焼き』!
 混沌騎士が料理を買い込み、荷物持ちよろしくついてくる。

「それから、それから、あのお店……」
 アクセサリーが並ぶお店へとそわそわ、ちらちらと促そうとしたとき、少し離れた場所で『エインヘリアらしい』怒鳴り声がした。悲鳴みたいなものも連鎖していて、周囲の騎士たちの警戒が一気に高まる。

「殿下、こちらへ」
 ニュクスフォスに抱き寄せられながら視線を向けたクレイは、じゃらじゃらと重そうな黒鎖を引きずり、人垣を掻き分けて走る傷だらけの人物を発見した。


 野性味のある引き締まった筋肉質の痩身に、よく日に焼けた肌。

 キンメリアと呼ばれる部族風の顔立ちは彫りは深めで、髪も瞳も燃えるように赤くて、ちらりと視えたのが片手の小爪に塗られた薄紅色の紋様――、

 オーブル系と呼ばれる民族特有の、『忠誠を誓った部族の長の色を爪に塗る』という風習だ。
 
 ――キンメリアだかオーブルだか混ざり者だかはよくわからぬが、要するにあれは、要するにあの者は。

「……騎馬民族の奴隷だ。そうではない?」

 クレイは場違いなほど恍惚とした顔で呟いた。

 逃亡奴隷だ。
 たぶん、そういう者なのだ。

 あんなに鮮やかな赤を魅せて、――ちょっとフィニックス憧れの騎士を思い出すではないか!?

 あんなに痛々しく傷だらけで、鎖を引きずって追われていて。
 しかも、しかも、『誰かに忠誠を誓っている』! それなのにご主人様と引き離されて、ああ、なんて可哀想!!

 ご主人様のところに、帰りたいんだね……!? なんて、健気なの――
 
 クレイの母譲りの菫色の瞳が、周囲をサッと見てテオドールに目配せをした。

 レネンは若干、クレイに強く出ることができて、あまりお莫迦なことをすると渋るが、テオドールは基本逆らうことはなく、素直で言いなりなのだ。

(テオドール、あれだ。あの悲劇的な奴隷を所望する。あれが欲しいっ。僕はあれをいい子いい子したい。キャッチ&リリースして、ご主人様のところに逃がしてあげるのだ。想像しただけで気持ちいい……!!)

 慣れた気配で頷きが返り、テオドールが『歩兵』らとともに奴隷を追っていく。

(わあ、わあ。あいつら、獲りにいった! 僕、あれをゲットできるかもしれぬ……わあ、わあ!! 何てお名前だろう。何語を話すのかな? あの赤い髪、なでなでしてみたいな!)

 わくわくとしていると、クレイを抱き寄せていたニュクスフォスがねたような声を降らせてくる。

「……欲しいんですかな」
(あっ……)
 クレイはハッとした。

 見上げた眼が、もの問いたげな紅色の瞳と合う。

(わあ、わあ。僕、いまのを欲しがったら……僕のないしょの性癖がばれてしまう! こじらせたあれこれが芋づる式にばれてしまう!)

 かわいそうな子を拾ってなでなでするのが気持ちいいのだとか。
 ちょっとした赤色フェチだとか。
 特に、フィニックスに似ている奴隷をほしがるなんて……わりとバレバレで、恥ずかしいのではない?
 
「なにがかなぁ……? 僕、屋台でアクセサリーを買いたいなって、思っていたのだけれど……?」
「殿下の『歩兵』がお使いでも命じられたように走っていきますが……?」
「僕、もうすぐ劇のお時間で、お祭りをぜんぶ見て回れないから、かわりにめずらしいものを探してきてねってお願いしたんだ……」
 
 取り繕う背後で混沌騎士らが『歩兵』のあとを追って走って行く。
 
(ああっ、僕の騎馬民族が獲られちゃう! ああ……)
「欲しいんですな」
「ほ、欲しくない」

 邪念を振り切るように視線を逸らして、クレイは劇場を指さした。

「そろそろ劇場に入ったらよいとおもうの。僕は、歩き回ってちょっと疲れた」

(僕は奴隷なんていらないんだ。ちょっとキャッチ&リリースをして善行気分に浸ろうとしただけだよ!)

 じーっと視線が注がれる。

 紅薔薇勢相手にきたえた表情筋を動員して、クレイはそよそよとした風情で怯えたような顔をした。

「それに、あれは、あれは……移動しながら定住の民の糧を奪ったりするのが日常の、あまり言葉も通じないような、感性がすこしかけ離れているような……機動力に溢れる戦士の部族なのであろう? 僕は、ちょっと怖かったのだ……」
「なんと。怖かったのですね……それは、怖い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」

 ハッとした声が降る。
 信じたらしい。
 クレイはにっこりとした。

(ふふん、ニュクスフォス。お前は僕を『ちょろい』というが、お前だって『ちょろい』ではないか! おねだりをしたらよいのだ。それが今、有効である……)

「僕は、安全なところでのんびりしたい」
「ええ、ええ。仰せのままに」
 甘やかすように微笑んで、ニュクスフォスの腕がいつものように抱っこしてくれる。

(あ、アクセサリー……買い損ねたではないか……)
 遠くなるお店にすこしだけ未練を残しつつ、クレイはニュクスフォスの首に腕をまわしてしがみついた。

「混沌騎士が離れてしまったら、護衛が減って心配なのではない? 僕は、彼らを呼び戻したほうがいいと思うの」
「歩兵は? クレイ? 貴方の歩兵は?」
「……」
「……」

 微妙な笑顔の沈黙を交わしつつ、劇場に入っていく。
 
(こいつ……、さては、実はあんまり信じてないな?)
 
 クレイはこの日、自分があまりニュクスフォスに信用されていないという現実に気付いたのだった。
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