清らかに致すだけ~下剋上後の主従が「その一線を越えてこい」ってするだけだけどそれが本人たちには意外と難しいって話

浅草ゆうひ

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2章、汝、善良であれ

15、お前は、そういうキャラじゃないだろう?

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 帝都は、中央系の文化が広められていた。
 けれどその日は特別で――
 
 
   15、お前は、そういうキャラじゃないだろう?


 観劇の約束をした朝は、少し空気が乾燥しているような心地がした。

 実父の意見も取り入れつつ用意したお忍び用の衣装を呪術師のレネンに着替えさせてもらい、意見をきくのはテオドールに。

 何故かというと、テオドールという『歩兵』は比較的感性が一般寄りで、常識的な反応をすることが多いから。

「お前、この僕をどう思う。あざといだろうか? 恥ずかしい感じだろうか?」

 もじもじと問うクレイは、同色の大きめリボンタイをふわりとさせた白いパフスリーブブラウスに、清楚なミモレ丈、モスグリーン色のハイウエストのコルセットスカート。
 
 足元はあたたかみのある黒茶のデミブーツで、コルトリッセンの特徴である茶髪をウイッグでもつけたのか、長髪にしてゆるくハーフアップにしている。

 一言で言うと町娘、らしい。

「坊ちゃん、それは女装というやつですね」
「テオドールは一言で僕を表わしてくれたね」

 テオドールは若干頬を染めつつ、「いや、可愛いと思いますよ」と言って仲間を呼んだ。
「おい、てめえら大変だ。坊ちゃんが嬢ちゃんになった!」
「朝から何言ってんだてめえ」
 ワイワイガヤガヤと『拾い物』が集まってくる。

「おお!? クオリティが高いっすね、坊ちゃん。いいじゃないっすか」
「リボンとかこの辺につけません?」
「俺の好みはもうちょい髪に軽くウェーブかかってると……」
「爪に色を乗せたらどうだ」
「いや、自然なほうが俺は好みだな……」 
 
 ちなみにレネンはいつも通りの空気で、無言で軽く化粧まで施している。

(アクセルは、『大いに錯覚させて惑わせてやるがよい』と言うのだ。しかし、これは……みじめな感じにならないだろうか?)

「坊ちゃん、ちょっと立ってポーズを」
「スカートの裾もちあげてみてくだせえ」
「セリフ言ってみましょうセリフ」 
「セリフってなんだよマニアックだな」
 
 『拾い物』が段々妙な盛り上がり方になっている。
 
(この者たちはもしかして、異性にえているのでは……?)

 クレイは盛り上がる配下が哀れになった。
 中には、以前恋人を見つけたのに遠距離恋愛になってダメになってしまった者もいるのだ。

「お前たち……今度またお前たちのための出会いの場婚活パーティーを用意するからね……なんか、いつもごめんね……」 

 そんな騒ぎの部屋へと先に訪れた混沌騎士のマヌエルが「な、なにやってんだぁ!?」とあたふたしている。

 そのあるじニュクスフォスは後ろから花束を持って部屋に入り、不穏な気配をのぼらせた。

 なにせ、盗賊団上がりの屈強な『歩兵』どもが主君クレイを囲んで「坊ちゃん、ポーズを」だの「坊ちゃん、セリフを」だの注文しているのだ。
 
「は!? な、何をやってるんだ!? 何騒いでるんだ!! 『歩兵』は安全だと思っていたが、やはり雄は雄か? お前ら、ちょっとクレイが可愛いからって理性を失ってたかりやがって。従者としてあるまじき事だぞ!」
「お前が言うと説得力が……」
 マヌエルがぼそぼそと何か言っているのを背景に、ニュクスフォスは花束を置いて『歩兵』を押しのけ掻き分け、クレイを抱き上げた。

「騒いでた奴はクビだッ、全員、クビッ!」
「僕の配下を勝手にクビにしちゃだめだよ!?」
「しかし、クレイ様――、」
  
 声に視線を下げ、ニュクスフォスが目を見開いて硬直する。

「はっ!?」 

 自分の腕の中にいる主君の出で立ちに気が付いたのだ。
「な、なんだその恰好――」 
 ニュクスフォスの頬から耳に朱色が燈り、視線が周囲に向く。周囲からは、『歩兵』どもからの好奇の眼が集中していた。
 いかにも、『どうだ、感想を言ってみろ』といった眼だ。
 
「こ、このような…………お前らが? これを? 同意の上?」
 うなるように問う声が動揺に震えている。

 『歩兵』らは一瞬レネンを見てから、レネンが頷くのを待って声を揃えた。

「「俺らがやった」」
「同意の上だぞ」

 ウンウンとクレイが声を寄り添わせている。微妙にもじもじと、頬を染め、恥じらう気配で視線を背けて。
「だから、罰してはいけないのだ。どちらかといえば、僕はノリノリであった」
「……っ、さ、さようでしたか……っ」
 
 花束の日課を忘れたように、そのまま部屋から連れ出して馬車に向かう背に『歩兵』どもの野次が飛ぶ。

「ヘイ公子! 誉め言葉がないぞ! 歯の浮くような言葉を言ってみろよ」
「女タラシのお貴族様、お前の得意な口説き文句を言わないのかあ?」
「それじゃ遊び人じゃなくて奥手のチェリーだぜ!」


 ――あおる、あおる。


「おい、チェリーにチェリーと言ってやるなよ。一応皇帝だぞこれ」
 混沌騎士のマヌエルがいかにも仲間想いな顔をして自分的にはフォローしているらしい言葉を連ねている。

 貴公子然とした笑顔をたたえたニュクスフォスが耳を赤くして笑顔を引きらせている。
 
「お前たち、煽りすぎですよ」
 途中でラインを察したらしき呪術師レネンが音を遮断しゃだんする始末。

「……」 
「……」 
 馬車の座席に座らせてもらい、馬車が出ると不思議な緊張と沈黙が訪れた。
 
 ニュクスフォスは微妙な距離感で視線をちらちらと向けては、口元に手を当てて、なんとなーく困ったような顔をしている。

 直前までお祭り騒ぎだっただけに、それはなんだかとてもソワソワする感じで、喋らない『騎士王』が以前の顔を隠していた時と重なってしまう。クレイはそわそわと口を開いた。
 
「『歩兵』は、あとで叱っておきますね。ごめんなさい、陛下」
(あいつらがあおるから……話しにくそうにしているではないか) 
「いえ、いえ」
 
 眼を伏せがちにして言葉が返される。
 クレイは以前『騎士王』に話しかけて返事が返ってきたときみたいに嬉しくなった。

「ニュクスは今日は、騎士の隊服なのだね。旧帝国騎士勢が着てる……。僕は、とてもよく似合っていると思うの」 

 クレイは袖に手を伸ばした。
 中央でも、『オスカー』がエリックと遊んでいた時にこんな騎士の隊服を着ていた。

 なんか、取り巻きに囲まれてわちゃわちゃしていた――、とても楽しそうだった。
 それを思い出すと、少し懐かしい。

 袖を軽く引くと、動揺の気配が伝わってくる。
 感情を持て余すように、視線が逸らされる。

 クレイは心配になって首を傾げた。

「ちなみに、この格好はお嫌いですか、陛下」
「!! まさか!」

 弾かれたように視線が返る。その眼差しは、どきりとさせる煽情せんじょう的な色を浮かべていた。

 火をともしたような紅色の瞳には、何か渇望めいた情を必死に押しとどめて隠そうとするような理性のちらつきが視える。
 まなじりが赤くなっていて、感情の昂りが感じられて、胸に迫る感じ――クレイはつられたみたいに頬に熱を感じた。


 ――割と、良い感じなのでは?


 この、あてられてのぼせてしまうタイプの色香がまた感じられるではないか。

 ――僕は思うのだけど、薬よりよほど僕をのぼせさせる効果が高いのでは。この者のこの感じ……。
 
「では、好き?」
(別に、歯の浮くような言葉じゃなくてもいいんだ、僕はそう思うんだ。好き、でいいじゃないか、意地悪な『歩兵』たちよ)

 そっと問えば、ニュクスフォスは微かに息を呑んで首を縦にした。
「す……」
 言いそうなようでいて、途切れる。

(そしてお前はお前で、そこでなぜ躊躇ためらう……っ?)
 ひたりと見据えて待てば、なにかを恐れるような、壊れ物に触れるような気配で褐色の手が伸びてきて、袖を引いているクレイの指先に触れる。
(離せと?)
 指を袖から離せば、青年の指がそっと指先をつまんで、持ち上げた。


 ちいさな花を大切に愛でようとするみたいに。
 それを摘むのを迷い、葛藤かっとうするみたいに。


 おごそかな儀式でもするように、ふわりと指先に唇を寄せられる。
 すくい上げたクレイの指先に吐息を寄せ、すこし硬い声がようやく呟く。
 くすぶがれる想いを切々と伝えるように。

「お慕い申し上げています」

 そのまま淡く息を紡がれると、指先が熱くてくらくらした。
 
(な、なんだそれ……っ、なにそれ……っ、)
 クレイは真っ赤になって固まった。
 これは、リアクションに困る――
(お前、そういうキャラじゃないだろうっ、なんか、『俺は好きですよ!』とかかる~いノリで。お花を『美しいあなたに』とか言ってあげて、『このあと俺といかが?』とかそういうノリで軟派なんぱするんじゃないのっ!? 僕のイメージ……)

 目の前の整った顔が一瞬、決まり悪そうになって、目を伏せて言葉を加える。

「好きですよ」
(あっ、それも言うんだ)
「あ、あ、……ありがとう?」

「俺は好きですよ」
「んっ? うん、うん」

(あれっ、ちょっとずつ軽くなっていく……)

「お花はおいてきてしまいましたな」
「あ、そうだね……」
「……このあと俺と観劇でもいかが?」

 指先に仕切り直したみたいに軽い調子で、いかにも気障ったらしくキスが落とされて、するりと離される。

「あっ」
 クレイはハッとした。
「声に出てた? 僕、喋ってた……? す、すまない……?」
 
 少し困った様子の声が、また繰り返す。

「……このあと俺と観劇でもいかが?」

 耳が赤くなっている。
 クレイは必死で頷いた。

「うん、うん。劇を、みようね……」
「ええ、ええ」

 そろそろと手が繋がれる。

 軽く重ねたみたいな触れ合いはもどかしくて、少し恥ずかしい感じで、けれど決して嫌ではないのだった。
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