清らかに致すだけ~下剋上後の主従が「その一線を越えてこい」ってするだけだけどそれが本人たちには意外と難しいって話

浅草ゆうひ

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2章、汝、善良であれ

14、僕の『騎士王』をいじめては、いけないのだ!

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 気高き権門勢家アリクトラット、権勢強く貴き竜血血統の良い貴族、中央貴族、紅薔薇ハートモア勢の中でクレイが特に気に入っているのは、『じいや』と呼ぶメルギン伯だ。
 伯はクレイの母ラーシャ姫の信奉者で、生前は姫を玉座につけようと画策して裏で糸を引いて大衆演劇までつくり、その名声を高めた人物であった。
 権謀術数、百戦錬磨の老伯は、優雅な遊戯ダンスがお得意で、姫亡き後は忠誠を遺児であるクレイに向けて、大切な姫の思い出に浸りつつせっせと『優しい爺』として接してくれる。
 そのスタンスは紅薔薇の中でも温厚派で、『わしの目が黒いうちは、殿下の御心に添わぬ勝手など通りませんとも』と言って過激派をよく抑えてくれるのだ。
 

  14、僕の『騎士王』をいじめては、いけないのだ!


 離宮の中にある、フォルトシュリテン城を窓から眺められる一室に、『拾い物』たちが衣装や冊子を運んでくる。

「坊ちゃん。劇の台本が手に入りましたぜ!」
 盗賊あがりのテオドールが飛び込んでくると、主のクレイは顔を輝かせて台本を手に取った。

「よくやったぞ、テオドール。そこに座って休むといい――他の者も、荷を置いてお茶にしては、いかが」
 
 『拾い物』のひとりでもある、混血妖精のメイドのマナが人数分の紅茶を淹れてくれる。
 部屋に落ち着く者はみな、過去にクレイに拾われた身の上であった。
 中でも特にくつろいだ顔をしているのは、テオドールと故郷を同じくする元盗賊団、『歩兵』の連中である。

 『拾い物』はだいたい、身寄りがなかったり他に行き場のない者が多いのだが、『歩兵』も同様で、主の少年があっちにいったりこっちにいったりするたびに「他に行く場所ないしなあ」とついていき、なんとなく身内感を高めた彼らは、最近では『子守り』という別称も持っている、まあまあ気の良い連中だった。
  
 台本をあらためる前に紅茶をひとくち――と、クレイはメイドのマナが注いだ紅茶のカップを手に首を傾げた。

「そういえばお前たちの意見をきいてみたいのだが、よい?」
 アドルフ、ベルンハルトが視線を交わし、テオドールが頷く。
「僕は『騎士王』に言われたのだけど」
「惚気の話ですかい、坊ちゃん」
 早速茶々が入る。クレイはふるふると首を振った。
「これは真面目な相談である」
 
「なんと、恋愛相談ってやつですかい」
お姫様ラーフルトンの次は皇帝『騎士王』と、坊ちゃんも忙しいおひとだねえ」
「アーサー王の血なんじゃないか。あの王様も何人もお妃がいておさかんってきいてるぜ」
 『歩兵』たちがカードゲームを始めながら好き勝手言っている。
 
「俺はあの公子も『拾い物』の仲間になりたいんだな~って思って見てたけどな」
「坊ちゃんが仲間に入れてあげないからグレて皇帝になっちゃったじゃないすか」
「グレて皇帝ってすげえな」
 
 ちなみにこの連中は、ニュクスフォスがオスカーだった頃を知っているのだった。
 
「お前たちにはデリカシーがない……」
「坊ちゃん、坊ちゃん。俺らにそれを求めちゃいけませんって」
 メイドのマナがじとっとした眼で「これはもうダメですね」と言っている。

「まあ、よい。お聞き。陛下は『大人になったらもっと恋人らしいことをしましょうね』と仰ったのだ」
 『歩兵』たちが「どう反応したらいいんだよ」的な顔をして視線を交わしている。
 もっとも忠誠心の厚いテオドールがそろそろと気配を探るようにして相槌を打った。
「ははあ……俺らにはお貴族様の恋やら婚約やらのあれこれはわかりませんが、お上品で結構なんじゃないですかい」
 すると、仲間たちがそれに続く。
「坊ちゃんは確かに子供っぽく見えるしな」
「それは間違いない」

 上品、という言葉に首を傾げつつ、クレイはテオドールに視線を向けた。

「そうではなく、それってつまり、まず僕は現状恋人らしいことをする対象に見えないと線引きしつつ、大人の男は抱く趣味はあるということなのではない?」
「「おお」」
 『歩兵』の連中が手を打った。
 あの皇帝ニュクスフォス、『元公子元オスカー』が異性愛者だというのは、彼らの共通見解であった。

「イケるのか。ベルンハルト、ちょっと試しに誘惑してこいよ」
「まあ、待て。手を繋いだりキスをするような行為を指しているのかもしれんぞ。お貴族様だからな」
「そんな純な奴じゃないだろ。お前、お貴族様を坊ちゃん基準にしちゃいかん。悪い貴族は街中で好みの娘を見つけたらさらって食って飽きたらぽい、だ」
「うん、うん。貴族にも幅広く色々なタイプがいるのは間違いない……」

 盛り上がる『歩兵』らを尻目に、クレイはそっと台本をめくった。

「というか、その話で言うなら公子って悪い貴族じゃないのか? 言ってる奴いたじゃないか、病気の妹をさらおうとした貴族と揉めて妹を死なせた……」 

 声が途中でとぎれたのは、主の心情をおもんばかってか。

(一応、デリカシーはあったらしい)

 面白く思いつつ、クレイは頷いた。
 彼が言いかけたのは、罪人のひとりが以前言った話だ。

 さらおうとした貴族にたて突いてめた拍子に妹をその手で殺めてしまった――そう嘆いていた青年。
 
「ちなみに、本人はその妹と交わした指輪を宝物にしている……本人は両想いで、将来を誓い合ったと語っていた……」

 ……クレイがエリックのチェック詰めから逃れようと『ゲーム』をしたときの話だ。

 ――本人がそれを語るときはたいそう大袈裟に、嘘か本当かもわからぬ調子で語っていて、聞いた者たちに「嘘だな」みたいな目で見られていたものだが。

『これは俺が子分たちと港町で海賊ごっこに興じた時に、海に身投げした病弱な町娘を助けて親しくなり、夜の祭りに一緒に出掛けて揃いで買った指輪なんですよ。身分違いでしたが、俺は幸せにすると約束をしてですね、しかし彼女はたいへん残念なことに亡くなってしまい――』

 けれど、その指輪が夜の海に落とされた後は、一生懸命びしょ濡れになって探していたのだ。
 クレイがそれを見付けて差し出してやったら、あの赤い瞳が奇跡を見つけたみたいに輝いて、本当に嬉しそうだったのだ。

「……ところで、この台本はなにか?」
 声がすこし低くなる。

 思い出はともかくとして、目の前の台本はなかなか酷かった。

「ちょっと。皆の者、見てみるがよい」

 なんだなんだ、と『歩兵』らが集まってくる。

「ラーシャ姫の亡くなった後のお話も劇でやるんですかい。こりゃめずらしい……おっと、坊ちゃんが出てくるじゃありませんか」
「ほー! 俺らの坊ちゃんが劇にねえ!! 俺は?」

 そう。この劇、ラーシャ姫の代で終わらずに御子の代もやろうという内容なのだ。
 しかも、その内容がひどい。

前線基地リーン砦に追放された『ラーシャの御子坊ちゃん』が『騎士王』に連れ去られていきますねえ」
「そのあとは後宮に監禁かあ」
「この暗転シーンはヤられてますね」

 メイドのマナがそっと覗いて、「これは……ダメですね」と呟いた。

「これはとんでもない話なのだよ?」

 クレイは重々しく呟いた。

「ラーシャ姫の劇としか触れ込みには書いていないのだもの。普通のラーシャ姫の劇だとおもって観てこんな内容だったら、『騎士王』が物凄いショックを受けるのは間違いないではないか! 想像してごらん、どんな反応するか」

 想像しただけで、いたたまれない――クレイの手がフルフルと震えた。

「な、なんて可哀想……なんて、なんて痛々しい……劇なんてしょせん作り物なのに可愛い……」
「坊ちゃん、最後」 
「こほん……」

 そもそもにして『ラーシャ姫の劇』自体、中央貴族、紅薔薇勢がラーシャ姫の人気取りのためにつくった劇なのだ。
 『騎士王』はそれを真に受けて、あんなにラーシャ姫を愛しているというのに。

「だ、だ、誰だ。僕の『騎士王』をけがそうというのは。紅薔薇? 紅薔薇だね? これ、中央から来た劇団だねっ? わざわざエインヘリアにまで劇団を派遣して――即刻、この劇団を買収せよ! 台本は書き直しを命じるのだ……これを画策した貴族が誰なのかを調べるのだ……っ!!」
 
 『拾い物』たちが慌ただしく動き始める。
 主のクレイは呪術師レネンを呼んで、呪術の鳥をつくってもらい、メルギン伯爺やに涙目で手紙を送るのだった。
 
『伯、老伯、僕を幼き頃から可愛がってくださったいと篤実高雅とくじつこうがにて仁義と理を知るおじいさま。僕は困っている。僕を助けよ。これをどうしたものか。僕は悲しい。僕は今、たいそう心が痛むのだ……紅薔薇の誰かが、『ラーシャ姫』のタイトルで客を釣り、僕の『騎士王』をひどい悪役にした劇をつくったのだ。それを、わざわざ北西エインヘリア、『騎士王』お膝もとの帝都シュテルンツエレで興行しようとしているのだ。僕の名誉もけがされるのだ。お母様ラーシャ姫の美しい劇をも汚す行いなのだ。こんな悪意ヘイト創作蔓延はびこってはいけないと、僕は思うのだ……』

「……僕の『騎士王』をいじめては、いけないのだ! いじめていいのは、僕だけなのだ……! いや、僕もいじめたりはしないけど!」
「坊ちゃん……」

 クレイはこの日、ひさしぶりに黒竜の名を呼んでみた。

 黒竜アスライトは、人嫌いかつ厭世的で、ラーシャ姫と絆の深い竜だった。

 かの竜はクレイが生まれた時にラーシャ姫の御子であるクレイを守護すると宣言していたのだが、基本は放置主義で、生死のぎりぎりじゃないと助けたりはしない。

 根っこの部分が優しいので、本当に何もしないでいると死ぬようなときには迷った末に仕方なく助けてくれて、助けた後に「なんで助けてしまうんだ」と嘆いたりする――クレイの中では少なくともそんな竜として認識されている。

「アスライト、僕の黒竜。王国の夜だか帝国の夜だかもうわからないけど、とにかく『夜』は、僕が呼んだら来ないといけないっ!!」

 凛とした声が室内に響き渡る――

 しかし、声には沈黙が返るのみで、一向にクレイの黒竜が現れることはない。


「これは、ダメですね」
 メイドのマナが呟くと、全員が揃って頷いた。 
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