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1章、その一線がわからない
13、忠犬ごっこ――僕らの時間は戻らない
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クレイが初めて寮に宿泊すると言って呪術師を帰したあと、4つ年上の少年オスカーが「これで大人もいなくなりました」と笑って言った。
それが、その当時のクレイにはなにやら特別に思えたのだった。
クレイにとって大人とは、アクセルにせよ紅薔薇勢にせよ、どろどろとして全くいやらしい生き物でしかなかったから。
――もちろん、レネンはそんな大人には分類しないけれど。ともあれ、『大人がいない』という言葉には、なんとなく、とても特別な強いイメージを感じたのである。
13、忠犬ごっこ――僕らの時間は戻らない
(そもそも、みだりに他者がみたり触れたりはせぬと言いつつお前は触れたではないか、二回も? それは、僕がお前を特別だと思っているから許しているのだが?)
クレイはじっとりとした眼でニュクスフォスを見つめた。
言葉にして突き付けないのは、それを責めれば本気で気にするだろうという確信めいたものがあるからだった。
(僕が『王位を狙わない』と刷り込まれて玉座に座るのを嫌がるように、お前もお前できっと何かがあるのだろう。それはもうあるだろう――)
「ところで、お部屋にこれが落ちていました、陛下」
話を変えるようにして『拾ったもの』を寝台に置いていく。
――ジェルにオイル、チェーンつきの魔道具、首輪、5色セットの粉末薬瓶――明らかに大人の遊び用とおぼしき玩具の数々に、『落としたひと』の目が大きく見開かれた。
「そ、それは……」
「うん、うん」
いったいどんな説明をするのだろう。
クレイはワクワクした。
異母妹が以前押し付けてきたものとよく似た玩具の数々に「これは、なあに。ぼく、わかんないなぁ……?」といった微笑みを向けながら首輪を取る。
「これは、猫さんが首につけるものかなぁ……大きいなぁ……、まるで人間用。奴隷に付けたりするのかな。エインヘリアには、人身売買したり奴隷を扱う文化があると、僕はきいたことがあります、陛下」
「確かに、そのような文化はあるようですな。闇市や奴隷オークションなど」
「おお……」
クレイのテンションがちょっと上がった。
(闇市に奴隷オークションとは、たいそう面白そうではないか。僕はちょっと遊んでみたい……)
「その『おお……』に不安を覚えるのですが、『僕が売られたら幾ら値が付くのかしら』なんてお考えじゃないでしょうな」
「!!」
――ニュクスフォスがとても刺激的な発想をくれるではないか。
「お前は、いつも本当に僕に新鮮な発想を提供してくれるね」
「失言であったか……」
目をキラキラさせて呟けば、ニュクスフォスは眉根を寄せつつ首輪をちゃっかり取り上げて、自分の首に付けている。
これが、なかなか似合うのだ。
「ちなみに、この首輪は俺がクレイ様の忠犬ごっこを楽しもうと思ってつけるつもりでしたッ」
「そうなのか。なかなか似合うね」
お前の咄嗟の言い訳は毎回けっこう、酷いぞ――思いつつ、クレイはニコニコと頷いて手のひらを上向きに差し出した。
「お手」
「……」
ぽふりと手が置かれる。
(これは、楽しいかもしれない)
クレイは機嫌を上向きにしてニュクスフォスの手にチェーンつきの魔道具を握らせた。
「この魔道具は、どのようなものかなぁ……」
「これは、殿下に以前いただいた竜の卵を保護するための魔道具ですな。そばに置いておくと不埒な者が近づいたときにこのチェーンが絡みついてくれるわけです」
すらすらと言い訳が出る。
調子がよさそうではないか――楽しくなってジェルとオイルを渡せば、「こちらは殿下のお世話用」と不穏なことをいけしゃあしゃあと言っている。
「ふ、ふむぅ……」
お世話とは明らかにアレだろう。
自分のそれは触れてはいけませんと言ったくちで、自分はお世話をすると言うのだから、これはちょっといただけない――
「では、僕が今から未来の后として陛下のお世話にそれを使いましょう」
清らかな顔で厳かに申し出てやれば、后の単語にはちょっと嬉しそうにしつつも、ニュクスフォスはふるふると首を横にしてジェルとオイルを隠すのだ。
「俺がクレイ様をお世話するのであって、その逆にはならんのですよ。そこにラインがあるのでして」
「そんなとこにお前のラインがあったのっ?」
――衝撃の事実であった。
「他のところにもありますぞ!」
「気になる……すごく気になる」
肩をそびやかして言い放つ青年が日常の気配をほんわかとさせるので、クレイは微妙に毒気を抜かれつつ5色セットの粉末薬瓶を順に視た。
「僕はこれに詳しい」
「でしょうなあ」
すっかり開き直った様子のニュクスフォスは相槌を打ちながら着替えなどを始めている。首輪の存在を忘れていそうなのは指摘してやるべきだろうか――クレイは悩んだ。
「僕に幻覚を魅せてくれるの」
どれもなかなか面白そうなお薬ではないか。
寝台に腰掛けたまま足を揺らして、クレイはワクワクと呟いた。
「薬を使わずとも、幻影ならお魅せしたではありませんか」
薬瓶を取り上げてテーブルに置き、すっかり着替えを済ませたニュクスフォスが衣装棚をひらいている。
「ちなみに、病公爵からお小遣いを貰ったそうですな」
「ああ……うん。元々、そのために会ったのだもの」
中央風のひらひらした衣装を手に戻ってきたニュクスフォスが微妙に不服そうな顔を見せ、寝着を脱がせてくれる。着替えさせてくれるらしい。
(首輪が気になって仕方ないのだが?)
クレイは曖昧な笑顔をたたえて視線を逸らした。
(よく似合っているが……そのままではいけないのでは……?)
「お小遣いなら、俺におねだりすればいいじゃありませんか、俺に。この俺に。他の誰でもない俺に」
不満そうに呟く声に、クレイは目を瞬かせた。
(アクセルから巻き上げたほうが心が痛まないじゃないか)
直接会った治りかけだかの実父アクセルは案外、接してみると悪感情も薄れたのだけれど――会う前は、好感はほとんどなかったのだ。
「おねだり……」
「お花以外にも、欲しいものがあれば俺がご用意いたしますよ。他の者に頼る必要なぞ、ないのです。遠慮なく仰い」
「うん」
閃くのは、この青年が過去に発音指導と称して言わせようとしていた文言だった。
――あれを言ったら、喜ぶのだろうな?
すなわち、『当代一の英雄騎士は騎士王』とか『僕の望みはニュクスフォス』とか。
(僕のとっておきのサービスに喜ぶとよい)
ちょっともじもじしてから、ボタンを留めている手をつんつんとつついて気を惹いてみる。
何か? と言ったニュクスフォスの顔が視線をあげる。
たいそう清らかで、従者然として、疚しい想いなど一片もありませんって顔だ。
(お前、そんな顔をして――)
それがちょっとムッとさせるのだ。「攻略しちゃってごめんなさい」な気分を薄くさせるのだ……。
(僕とて、ご令嬢をきゃあきゃあ言わせたり、きゅんってさせたりできるのだぞ。見るがよい……)
――こういうのは、本音半分、演技半分だ。
雰囲気を演出して本心を包んで贈るのだ。
僕は、異母妹にも「がんばりましたね」と言われるくらい努力してきたのだ。
口説く練習を……。
睫毛を伏せてそわそわと視線を彷徨わせ、ためを置いてから、誘うように腕を伸ばす。指先で服をつまむようにして、ちょっと引いてから上目遣いに瞳を覗く。
子どもっぽくならないように気を付けながら、焦りそうになるのを堪えて、上流の気も感じさせるようにゆったりと。
「僕の 望みは……」
間近に覗いた紅色の目が驚いたように自分を視ている。
――ここで『フィニックス』と言ったら面白いんだろうな。
ほんの一瞬イタズラ心が掠めて、誘惑を感じつつ言葉を連ねた。
「ニュクスフォス」
「……!」
目の前の青年の顔がそれはそれは嬉しそうに輝いて、首輪が似合っているだけに可愛らしく思えて仕方ない。
もし尻尾が生えていたらぶんぶん振っているのだろう
な――微笑ましく思っていると、ふわりと寝台に押し倒される。
(おお、やる気になっ……?)
――効果はあると思っていたが、大当たりだったね?
手応えを感じていると、そよ風のように一瞬キスが落とされて、すぐに離れ――近い距離でじっと見つめられる。
寄せられた体温があったかい。
真っ白な髪がさらりとした毛先を額に触れさせていて、少しくすぐったい。
見慣れていても思わず見惚れる顔立ちは、成長と共に健康的に大人びた男らしい色香を醸し出していた。端正な面立ちには躾の行き届いた気品ある貴公子然とした雰囲気があって、首輪なんてつけているものだから謎の罪悪感やら背徳感が掻き立てられる始末。
睫毛は霜が降りたようでいて、睫毛に彩られて、引き立てられるように輝く紅玉の瞳は奥のほうに燈る熱がどうにも「見てはいけない」と思わせる類の、落ち着かなくさせる色なのだ。
「――クレイ」
するすると頬から滑ったニュクスフォスの手の指先が、軽く唇をなぞる。
「……っ、」
頬が熱くなる。
(ああ、また僕は……)
この色香に負けたような気になるのだ……。
どこか切々とした吐息をこぼして、ニュクスフォスが嫣然と微笑む。そこには、匂い立つような蠱惑的な艶があった。
(またそんな見てはいけない感じの……それ……それ!)
クレイは身動きも瞬きもできずにそれに見惚れた。
「――大人になったら、もっと恋人らしいことをしましょうね」
甘やかに囁いて、するりとその身が離れていく。
そして、たいそう機嫌の良さそうな気配を全身から立ち上らせて、いそいそと着替えの続きをしてくれるのだった。
――それはもう、清らかに、従者然として、疚しい想いなど一片もありませんって顔で!
(大人になったら……だって)
以前は「大人はもういなくなりました!」と言って少年ばかりで「これが青春ですよ!」と笑っていたというのに。
ひとりでさっさと大人になったような青年をみて、クレイはすこしだけ戻ることのできない時間を思うのだった。
(僕は……大人だが?)
理由をつけられた。
線がはっきりと引かれた。
クレイには、そんな印象が感じられたのだった。
それが、その当時のクレイにはなにやら特別に思えたのだった。
クレイにとって大人とは、アクセルにせよ紅薔薇勢にせよ、どろどろとして全くいやらしい生き物でしかなかったから。
――もちろん、レネンはそんな大人には分類しないけれど。ともあれ、『大人がいない』という言葉には、なんとなく、とても特別な強いイメージを感じたのである。
13、忠犬ごっこ――僕らの時間は戻らない
(そもそも、みだりに他者がみたり触れたりはせぬと言いつつお前は触れたではないか、二回も? それは、僕がお前を特別だと思っているから許しているのだが?)
クレイはじっとりとした眼でニュクスフォスを見つめた。
言葉にして突き付けないのは、それを責めれば本気で気にするだろうという確信めいたものがあるからだった。
(僕が『王位を狙わない』と刷り込まれて玉座に座るのを嫌がるように、お前もお前できっと何かがあるのだろう。それはもうあるだろう――)
「ところで、お部屋にこれが落ちていました、陛下」
話を変えるようにして『拾ったもの』を寝台に置いていく。
――ジェルにオイル、チェーンつきの魔道具、首輪、5色セットの粉末薬瓶――明らかに大人の遊び用とおぼしき玩具の数々に、『落としたひと』の目が大きく見開かれた。
「そ、それは……」
「うん、うん」
いったいどんな説明をするのだろう。
クレイはワクワクした。
異母妹が以前押し付けてきたものとよく似た玩具の数々に「これは、なあに。ぼく、わかんないなぁ……?」といった微笑みを向けながら首輪を取る。
「これは、猫さんが首につけるものかなぁ……大きいなぁ……、まるで人間用。奴隷に付けたりするのかな。エインヘリアには、人身売買したり奴隷を扱う文化があると、僕はきいたことがあります、陛下」
「確かに、そのような文化はあるようですな。闇市や奴隷オークションなど」
「おお……」
クレイのテンションがちょっと上がった。
(闇市に奴隷オークションとは、たいそう面白そうではないか。僕はちょっと遊んでみたい……)
「その『おお……』に不安を覚えるのですが、『僕が売られたら幾ら値が付くのかしら』なんてお考えじゃないでしょうな」
「!!」
――ニュクスフォスがとても刺激的な発想をくれるではないか。
「お前は、いつも本当に僕に新鮮な発想を提供してくれるね」
「失言であったか……」
目をキラキラさせて呟けば、ニュクスフォスは眉根を寄せつつ首輪をちゃっかり取り上げて、自分の首に付けている。
これが、なかなか似合うのだ。
「ちなみに、この首輪は俺がクレイ様の忠犬ごっこを楽しもうと思ってつけるつもりでしたッ」
「そうなのか。なかなか似合うね」
お前の咄嗟の言い訳は毎回けっこう、酷いぞ――思いつつ、クレイはニコニコと頷いて手のひらを上向きに差し出した。
「お手」
「……」
ぽふりと手が置かれる。
(これは、楽しいかもしれない)
クレイは機嫌を上向きにしてニュクスフォスの手にチェーンつきの魔道具を握らせた。
「この魔道具は、どのようなものかなぁ……」
「これは、殿下に以前いただいた竜の卵を保護するための魔道具ですな。そばに置いておくと不埒な者が近づいたときにこのチェーンが絡みついてくれるわけです」
すらすらと言い訳が出る。
調子がよさそうではないか――楽しくなってジェルとオイルを渡せば、「こちらは殿下のお世話用」と不穏なことをいけしゃあしゃあと言っている。
「ふ、ふむぅ……」
お世話とは明らかにアレだろう。
自分のそれは触れてはいけませんと言ったくちで、自分はお世話をすると言うのだから、これはちょっといただけない――
「では、僕が今から未来の后として陛下のお世話にそれを使いましょう」
清らかな顔で厳かに申し出てやれば、后の単語にはちょっと嬉しそうにしつつも、ニュクスフォスはふるふると首を横にしてジェルとオイルを隠すのだ。
「俺がクレイ様をお世話するのであって、その逆にはならんのですよ。そこにラインがあるのでして」
「そんなとこにお前のラインがあったのっ?」
――衝撃の事実であった。
「他のところにもありますぞ!」
「気になる……すごく気になる」
肩をそびやかして言い放つ青年が日常の気配をほんわかとさせるので、クレイは微妙に毒気を抜かれつつ5色セットの粉末薬瓶を順に視た。
「僕はこれに詳しい」
「でしょうなあ」
すっかり開き直った様子のニュクスフォスは相槌を打ちながら着替えなどを始めている。首輪の存在を忘れていそうなのは指摘してやるべきだろうか――クレイは悩んだ。
「僕に幻覚を魅せてくれるの」
どれもなかなか面白そうなお薬ではないか。
寝台に腰掛けたまま足を揺らして、クレイはワクワクと呟いた。
「薬を使わずとも、幻影ならお魅せしたではありませんか」
薬瓶を取り上げてテーブルに置き、すっかり着替えを済ませたニュクスフォスが衣装棚をひらいている。
「ちなみに、病公爵からお小遣いを貰ったそうですな」
「ああ……うん。元々、そのために会ったのだもの」
中央風のひらひらした衣装を手に戻ってきたニュクスフォスが微妙に不服そうな顔を見せ、寝着を脱がせてくれる。着替えさせてくれるらしい。
(首輪が気になって仕方ないのだが?)
クレイは曖昧な笑顔をたたえて視線を逸らした。
(よく似合っているが……そのままではいけないのでは……?)
「お小遣いなら、俺におねだりすればいいじゃありませんか、俺に。この俺に。他の誰でもない俺に」
不満そうに呟く声に、クレイは目を瞬かせた。
(アクセルから巻き上げたほうが心が痛まないじゃないか)
直接会った治りかけだかの実父アクセルは案外、接してみると悪感情も薄れたのだけれど――会う前は、好感はほとんどなかったのだ。
「おねだり……」
「お花以外にも、欲しいものがあれば俺がご用意いたしますよ。他の者に頼る必要なぞ、ないのです。遠慮なく仰い」
「うん」
閃くのは、この青年が過去に発音指導と称して言わせようとしていた文言だった。
――あれを言ったら、喜ぶのだろうな?
すなわち、『当代一の英雄騎士は騎士王』とか『僕の望みはニュクスフォス』とか。
(僕のとっておきのサービスに喜ぶとよい)
ちょっともじもじしてから、ボタンを留めている手をつんつんとつついて気を惹いてみる。
何か? と言ったニュクスフォスの顔が視線をあげる。
たいそう清らかで、従者然として、疚しい想いなど一片もありませんって顔だ。
(お前、そんな顔をして――)
それがちょっとムッとさせるのだ。「攻略しちゃってごめんなさい」な気分を薄くさせるのだ……。
(僕とて、ご令嬢をきゃあきゃあ言わせたり、きゅんってさせたりできるのだぞ。見るがよい……)
――こういうのは、本音半分、演技半分だ。
雰囲気を演出して本心を包んで贈るのだ。
僕は、異母妹にも「がんばりましたね」と言われるくらい努力してきたのだ。
口説く練習を……。
睫毛を伏せてそわそわと視線を彷徨わせ、ためを置いてから、誘うように腕を伸ばす。指先で服をつまむようにして、ちょっと引いてから上目遣いに瞳を覗く。
子どもっぽくならないように気を付けながら、焦りそうになるのを堪えて、上流の気も感じさせるようにゆったりと。
「僕の 望みは……」
間近に覗いた紅色の目が驚いたように自分を視ている。
――ここで『フィニックス』と言ったら面白いんだろうな。
ほんの一瞬イタズラ心が掠めて、誘惑を感じつつ言葉を連ねた。
「ニュクスフォス」
「……!」
目の前の青年の顔がそれはそれは嬉しそうに輝いて、首輪が似合っているだけに可愛らしく思えて仕方ない。
もし尻尾が生えていたらぶんぶん振っているのだろう
な――微笑ましく思っていると、ふわりと寝台に押し倒される。
(おお、やる気になっ……?)
――効果はあると思っていたが、大当たりだったね?
手応えを感じていると、そよ風のように一瞬キスが落とされて、すぐに離れ――近い距離でじっと見つめられる。
寄せられた体温があったかい。
真っ白な髪がさらりとした毛先を額に触れさせていて、少しくすぐったい。
見慣れていても思わず見惚れる顔立ちは、成長と共に健康的に大人びた男らしい色香を醸し出していた。端正な面立ちには躾の行き届いた気品ある貴公子然とした雰囲気があって、首輪なんてつけているものだから謎の罪悪感やら背徳感が掻き立てられる始末。
睫毛は霜が降りたようでいて、睫毛に彩られて、引き立てられるように輝く紅玉の瞳は奥のほうに燈る熱がどうにも「見てはいけない」と思わせる類の、落ち着かなくさせる色なのだ。
「――クレイ」
するすると頬から滑ったニュクスフォスの手の指先が、軽く唇をなぞる。
「……っ、」
頬が熱くなる。
(ああ、また僕は……)
この色香に負けたような気になるのだ……。
どこか切々とした吐息をこぼして、ニュクスフォスが嫣然と微笑む。そこには、匂い立つような蠱惑的な艶があった。
(またそんな見てはいけない感じの……それ……それ!)
クレイは身動きも瞬きもできずにそれに見惚れた。
「――大人になったら、もっと恋人らしいことをしましょうね」
甘やかに囁いて、するりとその身が離れていく。
そして、たいそう機嫌の良さそうな気配を全身から立ち上らせて、いそいそと着替えの続きをしてくれるのだった。
――それはもう、清らかに、従者然として、疚しい想いなど一片もありませんって顔で!
(大人になったら……だって)
以前は「大人はもういなくなりました!」と言って少年ばかりで「これが青春ですよ!」と笑っていたというのに。
ひとりでさっさと大人になったような青年をみて、クレイはすこしだけ戻ることのできない時間を思うのだった。
(僕は……大人だが?)
理由をつけられた。
線がはっきりと引かれた。
クレイには、そんな印象が感じられたのだった。
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