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終章、御伽噺な恋をして
156、勇者の故郷、幾千の鳥
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友達を両手で抱きしめて、ステントスがにっこりとする。
真っ白なローブがふわふわ揺れる。
無風の部屋の中に優しい風が吹いているみたいで、埃の匂いに自然の草や花の匂いが加わるようで、ひんやりした空気はいっそう綺麗に澄んでいくようだった。
「我の友達が自由になるように。誰も、彼も。そう、ランプも」
ステントスの声が言葉を紡いで、僕は一拍遅れてからそれが『願い』なのだと気付いてドキリとした。
黄金のランプがぴかぴか光る。
太陽がそこに降臨したみたいで、眩しい。
「むずかしい。むずかしい、願い」
ランプの精は少し困ったように声を返した。
「求めているものは、わかる。……むずかしい」
「対価は、なんでもいい。我が所有するもの、全部いらない。自分もいらない」
ステントスはそう言って、ランプに魔力を注いだ。
真っ白な魔力は少しだけ歪んでいて、強くて濃厚で、寂しい淋しい冬のようだった。
僕の傍らでノウファムが腰に佩いた剣を外している。立派な剣だ。僕があげた剣だ……。
一瞬だけパチリと目が合って、目元に影が揺れた。睫毛の影だ。
何をしたいのかを察して、僕は頷いた。仕方ない。自分もいらないなんて言われたら、そこは待てと言いたくなる。
「友よ、俺も持てる物を捧げたい」
「僕も、持っている物を捧げます」
――対価を足すのだ。
そう声を揃えれば、父が呆れたような顔を見せた。
不死の剣アルフィリオン。
赤竜の杖。
覇者の指輪。
三つを捧げると、黄金は優しい温かさを魅せた。
「私も」
無言だった仮面の『カザン』が進み出て、膝を折る。
「捧げます。全て、……生命も惜しみません。罪を重ねたこの生命が役に立つなら」
フードを目深に被ったまま頭を垂れた手が注ぐ魔力は、ステントスに負けず劣らずの真っ白な輝きだった。
「……生命を惜しまないと軽々しく口にするのはどうか」
ノウファムが唸るように低く呟いて、僕はぱちぱちと目を瞬かせた。
二人の兄弟を順番に見つめる。
どちらも、互いを見ようとはしていない。
「えーっと……君たち? 何をするんだい。友達が自由にって、なんだい。お父さんにもわかるように説明してくれないかい」
「お父様……」
僕はかいつまんでステントスの呪いと友人関係について説明した。
「つまり、呪いを解いてくれると言っているのではないかと」
「本人がいるのに周りが推測で語らないといけないのもおかしな話だな」
「それはまあ」
視線を向ければ、ステントスはマイペースな気配でゆらゆら揺れた。人間に近い姿で、人の言葉も話すけれど、やっぱりどこか人間とは違う、そんな雰囲気だ。それがステントスなのだ。
「……魔力を捧げればいいかい」
父が狼狽えつつ、杖を振ってくれる。
「我が家傘下の魔術師たちが日々蓄えている四塔の魔力も捧げちゃうかい?」
それは一存でしていいのだろうか。
僕はちょっとびっくりして父を見た。父はじゃっかん、やけになっている様子だ。
「子供たちが身を削るっていうんだから、そりゃあ親世代だって身を削るさ。そうともさ」
「「子供」」
僕たちの声がぽかんと揃う。
緊張感が削がれるようなちょっと間の抜けた音が合わさって、本当に子供返りしたみたいな気分になる。
「生命を寄こせというなら、年功序列で親世代から獲っていってくれないとね。順番を大事に、だよ。ランプくん」
父が「ランプくん」と呼ぶ声がドゥバイドの声を思い出させる。
「願いを叶えましょう 友達よ」
ランプの精はくすくすと楽しそうに笑って、きらきらとした光を二つの時計盤に降り注がせた。
時計盤は二つ一緒に溶けあうようになって、寝た姿勢からむくりと垂直に起き上がる。
床にまっすぐに立った時計盤はその姿をちくたくと変えていって、やがて扉へと姿を変えたのだった。
「我の故郷に」
勇者の声がそう唱えると、カチリと扉が音を立てた。
ステントスの前に未知につながる扉がひらかれる。それは、まったく現実味が薄くて、幻想的で、本当に夢でも見ているみたいな光景だった。
「我が旅の果てに 友は自由を手に入れるだろう」
ステントスがランプを抱えたまま、扉の内側に進んでいく。
その背中は、頼もしかった。
旅立つ勇者の声は、気高く意気揚々として、聞く者に希望を想起させ、心をワクワクさせた。
扉の向こうに白いローブ姿の勇者が消えると、扉はゆらりとその姿を歪めて、幾千の鳥へと変化した。
赤い鳥、黄色い鳥、紫の鳥、緑の鳥、青い鳥――、
羽搏きの音とともに扉の鳥が飛び立つと、部屋の中には僕たちが何もしないでいる間にも淡々と過ぎ去る時間と、僕たちの視界から外れた場所で紡がれる誰かの物語が感じられた。
その時間はあっけなく、一瞬で、けれど様々な人生を魅せた。
それは例えば、寄り添いながら最期を一緒に迎える老人と火竜の一幕をみせたり、風に飛ばされた絵を追いかける画家をみせたり、主の遺体を囲んで子供のように泣きじゃくる美男子たちだったりした。
それはいずれもその場にいる僕には手が届かなくて、捕まえたと思った手の指の隙間からするりと抜けて逃げていくような、そんな物語だった。
それはとても綺麗で、儚くて――自分たちは儚いからこそ美しいのだ、と僕に強く訴えかけるような何かだった。
僕はしばらく何も言えずに物語に浸って、やっぱり奇跡ってずるいなと思ったのだった。
真っ白なローブがふわふわ揺れる。
無風の部屋の中に優しい風が吹いているみたいで、埃の匂いに自然の草や花の匂いが加わるようで、ひんやりした空気はいっそう綺麗に澄んでいくようだった。
「我の友達が自由になるように。誰も、彼も。そう、ランプも」
ステントスの声が言葉を紡いで、僕は一拍遅れてからそれが『願い』なのだと気付いてドキリとした。
黄金のランプがぴかぴか光る。
太陽がそこに降臨したみたいで、眩しい。
「むずかしい。むずかしい、願い」
ランプの精は少し困ったように声を返した。
「求めているものは、わかる。……むずかしい」
「対価は、なんでもいい。我が所有するもの、全部いらない。自分もいらない」
ステントスはそう言って、ランプに魔力を注いだ。
真っ白な魔力は少しだけ歪んでいて、強くて濃厚で、寂しい淋しい冬のようだった。
僕の傍らでノウファムが腰に佩いた剣を外している。立派な剣だ。僕があげた剣だ……。
一瞬だけパチリと目が合って、目元に影が揺れた。睫毛の影だ。
何をしたいのかを察して、僕は頷いた。仕方ない。自分もいらないなんて言われたら、そこは待てと言いたくなる。
「友よ、俺も持てる物を捧げたい」
「僕も、持っている物を捧げます」
――対価を足すのだ。
そう声を揃えれば、父が呆れたような顔を見せた。
不死の剣アルフィリオン。
赤竜の杖。
覇者の指輪。
三つを捧げると、黄金は優しい温かさを魅せた。
「私も」
無言だった仮面の『カザン』が進み出て、膝を折る。
「捧げます。全て、……生命も惜しみません。罪を重ねたこの生命が役に立つなら」
フードを目深に被ったまま頭を垂れた手が注ぐ魔力は、ステントスに負けず劣らずの真っ白な輝きだった。
「……生命を惜しまないと軽々しく口にするのはどうか」
ノウファムが唸るように低く呟いて、僕はぱちぱちと目を瞬かせた。
二人の兄弟を順番に見つめる。
どちらも、互いを見ようとはしていない。
「えーっと……君たち? 何をするんだい。友達が自由にって、なんだい。お父さんにもわかるように説明してくれないかい」
「お父様……」
僕はかいつまんでステントスの呪いと友人関係について説明した。
「つまり、呪いを解いてくれると言っているのではないかと」
「本人がいるのに周りが推測で語らないといけないのもおかしな話だな」
「それはまあ」
視線を向ければ、ステントスはマイペースな気配でゆらゆら揺れた。人間に近い姿で、人の言葉も話すけれど、やっぱりどこか人間とは違う、そんな雰囲気だ。それがステントスなのだ。
「……魔力を捧げればいいかい」
父が狼狽えつつ、杖を振ってくれる。
「我が家傘下の魔術師たちが日々蓄えている四塔の魔力も捧げちゃうかい?」
それは一存でしていいのだろうか。
僕はちょっとびっくりして父を見た。父はじゃっかん、やけになっている様子だ。
「子供たちが身を削るっていうんだから、そりゃあ親世代だって身を削るさ。そうともさ」
「「子供」」
僕たちの声がぽかんと揃う。
緊張感が削がれるようなちょっと間の抜けた音が合わさって、本当に子供返りしたみたいな気分になる。
「生命を寄こせというなら、年功序列で親世代から獲っていってくれないとね。順番を大事に、だよ。ランプくん」
父が「ランプくん」と呼ぶ声がドゥバイドの声を思い出させる。
「願いを叶えましょう 友達よ」
ランプの精はくすくすと楽しそうに笑って、きらきらとした光を二つの時計盤に降り注がせた。
時計盤は二つ一緒に溶けあうようになって、寝た姿勢からむくりと垂直に起き上がる。
床にまっすぐに立った時計盤はその姿をちくたくと変えていって、やがて扉へと姿を変えたのだった。
「我の故郷に」
勇者の声がそう唱えると、カチリと扉が音を立てた。
ステントスの前に未知につながる扉がひらかれる。それは、まったく現実味が薄くて、幻想的で、本当に夢でも見ているみたいな光景だった。
「我が旅の果てに 友は自由を手に入れるだろう」
ステントスがランプを抱えたまま、扉の内側に進んでいく。
その背中は、頼もしかった。
旅立つ勇者の声は、気高く意気揚々として、聞く者に希望を想起させ、心をワクワクさせた。
扉の向こうに白いローブ姿の勇者が消えると、扉はゆらりとその姿を歪めて、幾千の鳥へと変化した。
赤い鳥、黄色い鳥、紫の鳥、緑の鳥、青い鳥――、
羽搏きの音とともに扉の鳥が飛び立つと、部屋の中には僕たちが何もしないでいる間にも淡々と過ぎ去る時間と、僕たちの視界から外れた場所で紡がれる誰かの物語が感じられた。
その時間はあっけなく、一瞬で、けれど様々な人生を魅せた。
それは例えば、寄り添いながら最期を一緒に迎える老人と火竜の一幕をみせたり、風に飛ばされた絵を追いかける画家をみせたり、主の遺体を囲んで子供のように泣きじゃくる美男子たちだったりした。
それはいずれもその場にいる僕には手が届かなくて、捕まえたと思った手の指の隙間からするりと抜けて逃げていくような、そんな物語だった。
それはとても綺麗で、儚くて――自分たちは儚いからこそ美しいのだ、と僕に強く訴えかけるような何かだった。
僕はしばらく何も言えずに物語に浸って、やっぱり奇跡ってずるいなと思ったのだった。
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