魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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終章、御伽噺な恋をして

154、多くの民は奇跡と無縁の現実の地に足をつけて生きている

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 王国に帰還した僕たちは、戴冠式までの日々を粛々と過ごした。
 僕は寝込みがちになりつつ、フェアリス・クロウやクロノス・フロウについて調べたりして過ごしていた。

 父フューリスは体調を診て僕から薬を取り上げようとしたけれど、僕が聖杯になるという意思を譲らないでいると折れてくれた。父が許してくれるということはスゥーム家が後見として話を進めてくれるということなので、僕はちょっとだけ安心した。なんだかんだ言って、父は優しい。そして、頼もしい。

「そこの魔術師くんはたいそう有能でね……旅に出るというのだけど戴冠式までゆっくりしていきなよ、と引き留めたんだ」
 比較的体調の落ち着いている日に父フューリスに連れ出されたのは、王国の英霊たちが眠る共同墓地だった。
 
 父は、愛用の仮面を外していた。
 代わりに灰色のローブを纏ったカジャが仮面をつけている……。
 
「……な、名前は?」
「カザンくんだよ」
「噴火しないカザンくんですね」
 カジャは喋ることがない。無言のまま、護衛然として付いてくる。戴冠式まで浄化の旅はお休みらしい。

「見てごらん。あの母子のお父さんもここで眠ってるんだ。カジャ殿下とノウファム殿下が争われていた中央の内乱時に、ノウファム殿下をお守りして亡くなった名誉の死というやつさ」
 
 父は父は防諜の魔術を使い、おっとりとした声で母子を示した。
 見覚えのある母子だ。箒を貸してもらった縁がある。元気そうだ。子供は、ちょっと成長した感じがする。
 子供の成長は早いのだ。僕は微笑ましく成長を実感して、なんとなく自分の背筋を伸ばした。
 
 僕も、なんとなく以前よりも背が伸びた気がする。
 前回の人生までの自分の身長には届かないけれど、ちょっとは伸びた気がする。薬を中断していた間に、遅れを取り戻すように成長したのかもしれない。
 自分で自分に嫉妬するのもおかしな話だけど、過去のノウファムは過去の僕を気に入ってくれていたのだろうと思うと、以前より低い身長はやっぱりちょっと気になっているのだ。
 しかし、再び薬を飲むとなると、せっかく遅れを取り戻そうと伸びかけている勢いにストップしてしまうだろうか……そう考えると、残念な感じはある。
 
 僕がしみじみしている間にも、父は柔らかな声を響かせている。
「名誉より生きてた方がよいと思うけど、そうできないときに名誉は慰めになる」
 お金もね――父は仮面に覆われぬ素顔に無神経そうでいて繊細な表情を浮かべて笑った。

 視界の端でカジャが無言で頭を下げる。
 
 それを視て、僕は過去にロザニイルが自死したときや、リサンデル王を弑したときにカジャに対して感じたのと近い感覚を覚えた。

 僕は知っている――カジャは、善人だった。
 罪を誰に指摘されなくても自分で気に病む感性を持ち合わせる、善良な王子様だった。

「カ――、……ザン……」  
 僕がその手を握って励ましてあげたくなる衝動に駆られていると、父は無言で首を振り、僕を制止しつつ、カジャに花を差し出した。
 白い花は慎まやかで、清楚で、何も語らない。
 けれど、カジャの手がそれを受け取り墓に手向ける姿は、僕が安易に手を握って何かを言うよりもよほど意味がある儀式か何かのように感じられるのだった。
 
 ふわふわと、花の香りを運ぶ控えめな風が吹く。
 無色透明の風は低く駆けて、世界の空気に溶けていく。
 
「この世界には奇跡もあるけれど、多くの民は奇跡と無縁の現実の地に足をつけて生きている」
 父が困ったように微笑みながら僕の手を握った。
 その手の感触に僕は、子供の頃を思い出した。

 まだ過去の人生の記憶があった頃、僕が子供っぽく振る舞おうとしていた頃に何かを見透かしたように微笑んで大人に対するように話しかけてきてくれたこと。
 記憶を失ったばかりの僕の名前を必死に呼びかけていたこと。
 エーテル、エーテルと繰り返していた声。「気が付いたのか! よかった……っ」そう言ったときの顔。必死な気配をのぼらせていたこと。
 聖杯化が決まってから数年間、僕の時間が病床で飛ぶように過ぎていった中、異常な魔力と未来情勢知識を有するカジャと敵対するノウファムの支持者として僕の見えないところで奮闘する父の話を、ネイフェンがこっそりと教えてくれたこともあったものだった。

 父の手は、あたたかかった。
 
 カジャの手を握り損ねた手をそうやって父に包まれると、まるで自分が小さな子供になったみたいな気分になった。
 そして、ノウファムやカジャにこんな体温をくれる存在はいないのだ、と考えてしまうのだった。
 僕たちはリサンデル王を弑して、正義で蓋をした。けれど、思い返すとかの王様も結局はただの人間で、カジャとノウファムにとってはきっと温かな思い出もある父親で、彼なりに自国を思いやって開拓政策を進めていて、もっと言うなら……呪われていた。
 だから、記号のように正義の対義語を札としてペタリと貼り付けて自己を正当化するのはやっぱり間違っているように思えるのだった。
 
「奇跡はめったにないから、民は奇跡にあやかれない現実を不公平に思わずに、御伽噺の奇跡に夢をみることができる」 
 父と一緒に見る世界は、雑草や畑の色がして、人の肌の温もりがして、土と緑の匂いがした。
「はい、お父様」
  
 青空に輝く太陽は真っ白で苛烈な光をぎらぎらさせていて、隅々まで全部視ているぞって感じの明るさがある。
 この世界に神様はいないんだ。
 僕はランプの精に聞いた話を思い出して、ふと思った。
 けれど人間は、神様がいることを心の支えにしたりもする。
 つらくて仕方がないときや、道外れの美味しい禁断の果実に誘惑されつつも道を外れぬことを選び、清く正しく空腹に耐えるとき、人間はそんな自分を誰かに見ていてほしいのだ。
 神様のような存在を心に戴いて、そんな超常の存在がきっと正しくあろうとする自分をわかっていてくれる、つらい自分を見ていてくれると思うから、救われる。そんな瞬間があるのだ。

「存在する神様は公平になれないけど、存在しないから公平になれる」
 僕がそっと呟けば、父が微笑むのがわかった。
「人の努力の賜物、技術の粋である薬で聖杯になるのはよいが、奇跡で聖杯になってはいけない」
 ――そこに父の定めしラインがあるのだ。僕はそれを感じ取り、そっと頷いた。

 それはきっと、リサンデル王に悪の札を貼り付けて叫ぶ正義に似ている。
 どんなにそれが楽でも、どんなにそうしたいと思っても、誰かが良いと言ってくれたとしても、それをするときっと人間の僕の心のどこかが気にしてしまって、ずっとずっと自分の中に未消化の納得できない尾を引いて、後悔してしまうのだろう。
  
 
「お花、おとうさんにありがとう。おにいちゃん」
 子供の声が無邪気で、明るい。  
 カジャが目深にフードを被り直して、手でしっかりとフードを抑えて頭を下げる。
 
「次はフェアリス・クロウの時計塔に行こうか」
 父は僕の手をゆらゆらと揺らして、「カザン」を呼んだ。
「君のお兄さんも見学に来るから」

 僕はその「お兄さん」が誰を指すのかを察した。
 父はカジャの正体を理解した上で引き留めて、僕と一緒に墓地に連れてきたのだと理解したのだった。
 
 
 ――太陽がきらきらしている。綺麗だ。
 

「王国の太陽は、本日もご機嫌うるわしく」

 王国の太陽――僕とカジャの『お兄さん』は、僕たちのことをよく知っている。
 人生一回分多く知っていて、見守っていてくれて、本日はご機嫌うるわしく、呪いの影響も薄いようだった。
 
 父フューリスが背後に灰色のローブ姿のカジャを連れているように、その背後には真っ白なローブ姿のステントスが伴われていた。
 ステントスはすっかり理知的になって、歪んだ気配がほとんど感じられない。
 清浄といってもよい気配だ。

 ちくたく、ちくたくという時を刻む音が響くフェアリスクロウの時計塔は魔女家の自慢する四つの塔のうちひとつで、この塔の設計者は王家に伝わる神器を遠い昔、興味深く研究したことがあるのだという。
 時計塔にある『寝た切りの時計盤』は平たくて、丸い。時計の針は動いていないが、魔術師が魔力をこめて時間を唱えれば、その時間を指し示す。
 そして、時間に対応する塔内の部屋へと使用者を移動させてくれるのだ。本当かどうかはわからないが、冬妖精の城を訪れたことのある魔術師がその城にあった仕掛けを真似をしたのだとも言われている。

 父フューリスは浄化済の黄金のランプを手にノウファムに視線を向けた。
 ノウファムは頷いて、何かを取り出して『寝た切りの時計盤』の上に置いた。

「時戻しの神器」
「クロノス・フロウ」
  
 ――そっくりの見た目をした時計盤は、とびきり特別なアイテムだった。
 
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