魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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終章、御伽噺な恋をして

151、僕はお話の中の『恋のライバル』とは違う

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 砂漠の国での日々を後に、王国勢は故国への旅路についていた。

 『エターナル・ラクーン・プリンセス』という名前の船は沈んだ2隻の船によく似ていた。今度はきっと沈まない。そんな名前だ。ラクーン・プリンセスよ、永遠なれ。
 
 ロザニイルとノウファムがチェスをしているのをじーっと観戦するのに飽きて、僕は甲板で外の空気を吸っている。
 海には、そよそよと潮風に吹かれながら船に並走するように泳ぐアザラシ妖精の群れとアルマジロトカゲがいた。
 世界は無限の広さを視界一杯に広げていて、開放的な気分になる。
 
「きゅーぅ!」
 キューイが群れの仲間たちといっしょにバチャバチャと海水を跳ねて、アルマジロトカゲにじゃれついている。
 アルマジロトカゲは身をくねくねさせていた。

「奴め……種族を越えた恋をしている」
 モイセスが船の縁に張り付いて深刻な表情でアルマジロトカゲを睨んでいる。重低音の渋い声が発した単語の意味を一瞬つかみ損ねて、僕は瞬きをした。
「こ、恋? ……誰と、誰が?」
 そっと問いかける僕は、アルマジロトカゲがキューイをしきりにチラチラ見ているのがすごく気になった。すごく。

「わかりませんか」
「……えぇ――」
 好きなのぉ――――?

 キューイはどう想っているのぉ……?

「――聖杯ではなくなったと……」
「名門クヴェルレ家の令嬢にさっそく縁談が」
「婚約者候補をリストアップして選考会が開かれるらしいですよ。内務卿が実に張り切っていると知らせが」
 
 ちょうど耳に届いた噂話もあって、僕はシャツの胸元をきゅっと握った。

 人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものだ。
 僕が聖杯ではなくなったという事実は、もうすっかり噂として広まっている。
 そうなると当然、あちらもこちらも「我が派閥の令嬢を次王の妃にできるかもしれない」と色めいてくるわけだ。

「……僕は耳がいいんだぞ」
 僕の指に填められた指輪なんて、彼らにはいずれ外されるものとしか映っていないに違いない。
 耳飾りを外すと、キューイがつぶらな瞳でこちらを視る。

「きゅ?」
 可愛い声だ。

 アルマジロトカゲはともかく、同じ種族の仲間たちと海にいる姿はとても自然に思えた。
 僕はその姿にネイフェンを重ねつつ、耳飾りを海に投げた。

「海にお帰り。僕との契約は終わりにしよう」
「きゅう」
「海にいた方が仲間もいるし、その……」
「きゅう、きゅう」
「んっ……」

 耳飾りを拾い上げて、キューイは船にぴょこんと乗ってきた。
 ぺしっと全身で体当たりするみたいに胸に飛び込んで、耳飾りを僕に押し付けるようにするキューイはびしゃびしゃだ。
 冷たい。そして、冷たさの下にぬくぬく、ぽかぽかした温かさがある。

「きゅーう」
 僕に懐いてくれている。そんな温度だ。
 まだ海に帰らないって駄々をこねるみたいな声だ。
  
「ん……もうすこし僕といてくれるの?」
「きゅうっ」
「そか。キューイたちの寿命は、長いしね……」
 
 僕の人生がどれだけこの先続くかはわからないけど、その一生分の時間もキューイにとっては大した時間ではないに違いない。
 彼らは、人間と比べればずっとずっと寿命が長いのだ。
 この目の前の妖精にとって僕と一緒にいた時間は、ほんの一瞬なんだろう。
 空に打ちあがった花火がパッと咲いて落ちるみたいな。
 
「お別れはなし、でございますな。坊ちゃん」
「!」
 ネイフェンがいつの間にか隣にいて、僕はビクッと飛び上がった。
「坊ちゃんは相手を気遣われて、自分のそばから手放そうとする癖がおありですかな」
「えっと……そ、そうかな」
  
 そういえば、ネイフェン相手にも同じようなことをしたんだ。
 思い出しながら視線を向けると、ネイフェンはニコニコとした顔で僕を見守っていた。
 
「坊ちゃん、スゥーム家は元来、控えめで優しく、権力を理由に膝を屈さぬ家柄でございます」
「うん」
 
 ネイフェンは昔からよく僕の家を「好い家だ」と語る。

「本にも伝えられているものね。有名な……カジャが好きだった『皇帝とお姫様』の本とか」
 本には、我が家のご先祖も登場するのだ。
 どの程度が事実でどの程度が虚構かはさておき、天才魔術師のスゥームはお姫様に個人的な忠誠を誓っていた。

「あのお話は、わが国では多様な解釈による創作話があふれていますな。遠い過去の王族をモチーフとして、想像を働かせ、様々な解釈の物語が創作されて」
「うん」

 作者によって喜劇だったり悲劇だったり、恋愛物語だったり冒険物語だったり、はたまた戦記ものだったりなその時代の空想物語は、何冊も読んだ。
 僕が好きなのは、無理やり皇帝に娶られたと思われていたけれど、お姫様も結局は皇帝と結ばれたかった、皇帝の子供を欲していた、という解釈だ。

「スゥーム殿は皇帝には忠誠を誓いませんでしたが、姫君個人への忠誠を貫き、その子孫を見守ると誓約なさったのです」
「そういう話が伝えられていたね」
「娯楽小説の中には、スゥーム殿がいわゆる『皇帝の恋のライバル』として描かれていたり、姫君と駆け落ちする恋愛話もございまして」
「あっ、そうなの。それは、知らなかったなぁ」
「だいたいは『従者の身分をよくわきまえ、姫君の幸せを優先して私心を殺し、健気に尽くして守るのみ……』と、そんな人柄に描かれています」
  
 僕はキューイを撫でながら、ネイフェンを視た。
 いろいろな解釈が出来る言葉だ。

「……そういう血筋なんだと言いたい?」

 ぽつりと呟けば、ネイフェンはヒゲをしおしおとさせて困ったように笑ってくれた。

「でも、血筋なんて関係ないよ。ネイフェンだって、そんな人だ」

 僕はそっと呟いて、海に視線を向けた。
 キューイに「遊んでおいで」とけしかけると、キューイはぱしゃりと飛沫をあげて仲間たちに再び混ざるようだった。

 明るい日差しが海面にきらきらと光の色艶を魅せていて、晴れという空の状態を海が教えてくれている。
 それは雄大で、とても心に響く景色で、僕は世界が美しいと思った。

「僕だって、血筋がどうあれ、お話の中の『恋のライバル』とは違う。譲ったりしない」

 潮風とともに心が上に昇っていけるような気がして、僕はネイフェンに視線を戻した。
 頭上で鳥の群れが飛んでいる。どこからか飛んできて、どこかに向かう、そんな僕の知らない鳥たちだ。
 
 僕の視界で、ふわふわの猫の手が恭しく小瓶を差し出す。
 嫌で嫌でたまらなかった魔女家の秘薬が、今はとても懐かしくて愛しいものに思えるのが不思議だった。
「ねえ、ネイフェン。この秘薬って、ご先祖様が皇帝とお姫様のためにつくったっていう言い伝えもあっただろう? 本当かどうかはさておき」
「ございましたな」

 僕は一粒手に取って、ぱくりと飲んだ。
 これを今から服用して、果たして僕の身体はまた変わるのだろうか。変わるとして、どれくらい時間がかかるのだろうか。
 不安を胸の奥に追いやって、僕はことさらに明るい声を発した。

「もしそれが真実なら、お姫様も皇帝の子供が欲しかったんだって裏付けになるよね。だって、忠義者のスゥームがお姫様の望まない薬を開発して皇帝に献上するわけないもの」

 可能性が僕の中で溶けていく。
 未知の未来と過去に思いを馳せながらネイフェンの手をつかむと、部屋までエスコートしてくれる気配だ。
 
「真実はわかりませんが、当家はもっと傲慢で不遜に振る舞ってよろしいのだと、常々思っておりますぞ」
「そう思っているひとが多いから、傲慢で不遜な魔術師が育つんだろうね」
 
 僕はネイフェンが望む強気な視線を意識しながら、風の魔術を行使して甲板に声を渡らせた。

「僕の耳に風がいたずらをして、興味深いお話が聞こえました。王国の太陽、新たな国王陛下と番うのは僕だと思っていましたが、違うのでしょうか? 帰国してから内務卿にお会いしなければなりませんでしょうか」
 
 ――僕は譲らないぞ。
 そう周囲に知らしめるように視線を巡らせると、ネイフェンがヒゲをぴんとさせてウンウンと頷いている。

「当然でございますな。魔女家は王家の命により、大切な公子様を何年もかけて準備して参ったのですから。ここにエーテル様がご健在だというのに軽挙な企ては全く遺憾としか言えませぬ。王室も、不遇な時代のノウファム殿下を匿いご支援申し上げて参った当家の恩を忘れることはありますまいに」
 
 ネイフェンの声を共に響かせると、僕の耳には心地よいざわめきが聞こえてきた。
 ざわめきを背に、遠くに置き去りにするように歩く足取りは、思っていたより重くない。一緒に歩いてくれるネイフェンの存在が大きいのだ。

「坊ちゃん。万が一、いや億が一にでもです」
「うん?」

 船内を二人分の足音を立てて歩きながら、ネイフェンは穏やかに言葉を連ねた。

「もしもノウファム殿下が坊ちゃん以外のお妃を迎えられるようでしたら、半月の後に朔が見られるよう手配いたすも一興と」
 
 前科のある騎士の声はごくごく平穏で、しかし中身はかなり物騒だ。本気だ。これ、本気で言ってる。
 僕はまじまじとネイフェンを見つめて「手配はしなくていい」と真剣に言い聞かせたのだった。
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