魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

文字の大きさ
上 下
148 / 158
七章、勇者の呪いと熱砂の誓い

147、お父様、ご都合主義を禁止しないで

しおりを挟む
 平穏な日常の温度を湛えた朝日に世界が照らされると、僕はいそいそと計画を実行に移した。
 
「動いてはいけません」
 ぼんやりとした顔で座るノウファムの対面に座して、僕は真剣に小さな刃をその顎元に当てていた。
「ああ……」
「頷いてはいけません」
 シェービング剤でぬるぬるとした肌に刃を滑らせてから洗う僕に、傍で控えるモイセスが引き気味だ。こそこそとアップルトンが防諜の魔術を使っている。僕にナイショのお話をするんだな、よし。全部聞いてあげようじゃないか。

「殿下、お二人の仲に口出しするのもどうかと思いますが、お世話されすぎではありませんか」
「主導権を握られすぎでございますぞ」
 ノウファムは無表情だ。
 銅像になったみたいに微動だにしない。
「殿下、我々から差し入れをいたしますのでここはぜひ雄々しくリードしていただいて」
「バブはいけません、バブは」
 雄々しいとかリードはわかるけどバブってなんだモイセス。僕はよっぽどツッコミを入れたくなったが、黙ってニコニコした。
「坊ちゃんはリードする側なのですな。さすがです」
 ネイフェンが僕に感心した様子で機嫌よく眼を細めていて、気分がいい。

「終わりました。とても清潔感があり、雄々しいですよ。僕の殿下」
「ん」
 銅像化していたノウファムが頷いた。従順だ。僕はモイセスとアップルトンを意識しながら手を伸ばし、ノウファムの顎をするすると撫でた。 
 
「ふふふ……」
 モイセス、アップルトン。君たちの殿下は僕がリードするのだよ。
 得意満面な僕に、ノウファムは首を傾げた。その左手が僕の肩に軽く触れると、首のあたりがポッと温かくなる。
 褐色の右手が僕の後頭部を包むようにして、顔が寄せられる。
 僕がこの手でキレイキレイってしたお顔は神々の芸術品って感じの整った顔立ちで、男らしい色気を漂わせている。距離が近い。

「エーテル」
 唇が右耳に寄せられる。これはナイショのお話かな? 僕はドキドキした。
「ふぁい」
「おはようのキスをしたい。構わないか」
 起き抜けの少し気怠そうな声が妙に甘ったるくて色っぽい。耳から首にかけてがザワザワする――僕はもじもじと頷いた。
「許可を取らなくてもよいです」
 ちょっと背中を反るようにして肩を持ち上げ気味に言えば、小鳥がついばむような可愛いキスが唇に落とされた。
 甘酸っぱい感じが胸を締め付ける。

「もう少し触れたい。構わないか」 
 どこにでしょうか、とのぼせそうになりながら呟けば、頬がすりすりと撫でられる。
 子猫になった気分で目を細めれば、ノウファムは僕の手を取った。揃いの指輪が填められた指に唇がつけられると、カーッと頬が熱くなる。
「……っ」
「夜に続きをしよう」
 上機嫌で笑む唇に一瞬赤い舌が覗いて、それは決定事項なのだと僕に知らせる。

「つ……続き」
 何をするのかな?
 久しぶりにそういう行為をするのかな?
 僕はもう聖杯ではないけれど……?

 胸の中で心臓が騒いでいる。音が聞こえてしまいそうで、僕は本気で防諜魔術を使おうか迷った。
 
「やればできるではありませんか殿下、その調子で押して参りましょう」
「ノウファム殿下は私が育てた……」
「見世物ではございませんぞ」
 三人の臣下が和やかにコソコソ話を楽しんでいる。いい加減、「ずっと全部聞いてるよ」と注意したほうがいいかもしれない。
 部屋の片隅に、モイセスとアップルトンが運んできた謎の箱がある。
 中身をチラッと確認したノウファムはすぐに蓋を閉じて嫌そうな顔をしていた。
 
「食事にしよう、エーテル」
 自然な仕草で手が差し出されて、僕は箱を気にしつつその手を取った。
 ノウファムが嫌そうにするということは、差し入れだったのだろうなぁ……。
 

 ◇◇◇


 食事を済ませた後、僕は魔法のランプを確保してネイフェンと共にお父様のところを訪ねた。

 僕のお父様は久しぶりに会うけれど、元気そうだ。
 僕が聖杯ではなくなったのだと打ち明けると、お父様は驚きつつはしゃぐような声をあげた。
 
「それでは婚約の話は遠慮しよう。聖杯ではなくなってしまったのだから、仕方ない!」
 覚悟はしていたけど、やっぱりそういう話になるよね。だって、子供も作れないじゃないか――僕は表情筋を働かせて曖昧な笑顔を保った。
 ネイフェンがじーっと僕を視ている。

「そもそも我が魔女家は王家に必要以上におもねる必要はないのだ。欲しいと言ってもくれてやるものかっ」
 お父様が機嫌よく魔法のランプを磨いて浄化している。
 わしわしと磨かれる魔法のランプは、つやつやキラキラしていた。

「エーテル。今までつらかったね。でもこれからは今までの分も取り戻すように健やかな人生を……あれっ、なんでしょんぼりしているんだ」
 お父様が目を丸くしている。僕の表情筋が早くもへばってしまったらしい。

「こほん。ご当主様……坊ちゃんはノウファム殿下を慕っておいでなのでして」
 ネイフェンが気遣わしげに僕の内心を語るではないか。
「と……嫁ぎたかったのかい」
「……っ」
「……御子を産みたかったと……?」
「……!!」

 家族に言葉にしてはっきり言われると、恥ずかしい。
 僕は真っ赤になって縮こまった。

「お、お慕いしていますが、僕は男としての自分を自然な状態だとも思っており……」
 しどろもどろな声が小さく掠れる。
 あまり考えないようにしていたことでもある。それが、今になって。
「子供を産むとかは、違和感しかなくて。恐ろしいことだと……男に生まれた者にとって聖杯化というものは酷い仕打ちだと思っておりましたが……」

 そろそろと言葉を選べば、お父様は真剣な気配で頷いてくれる。

「当たり前さ。望みもしないのにそんな仕打ち、あってはならないことだ」

 声は優しい身内の温度だ。
 僕の味方だよって言ってくれている。
 僕がいやだと言ったら、いいよって言ってくれる。そんな声だ。

「でも、僕はノウファム様の……」
 ノウファム様の、……なんだろう。
 臣下として支えたかった。カジャみたいに弟になりたかった。勝たせたかった。
「ノウファム様の、特別な――」
 そう、特別がいいんだ。
 誰より特別でいたい。
「……は、伴侶になりたいです」

 言いながら、僕はよく熟れた林檎みたいに真っ赤になっていた。

 そうだ。僕は伴侶になりたいんだ。
 
「けれどエーテル、ノウファム様は国王になるのだから伴侶には御子を成す義務があるのだよ」
「ぐっ……」

 お父様が現実を突き付けてくる。
 
「聖杯器官がなくなった例をそもそも聞いたことがない。成長期に何年もかけて聖杯器官を作ってきたものを、成人後にまた何年もかけて作り直せるかもわからない」
「ノウファム様は、僕が聖杯じゃなくてもよいと仰ってくださったことがあって……」
「では、次代の王国の後継問題はどうするんだい。エーテルとは別にお妃を迎えて御子をもうけるとでも?」
「……」

 僕はチラチラと魔法のランプを見た。
 あれにお願いしたらなんとかなるんじゃないか、なんて甘ったれた考えが浮かんでいるのだ。

「な……なんとかなるんじゃない、かなぁ……」
「エーテル。今、魔法のランプに頼ろうと考えたのかな?」
「うっ」

 お父様は魔法のランプを僕の眼から隠すようにして、子供に言い聞かせるように告げた。

「奇跡に安易に縋ってはいけない。そもそも聖杯器官を失ったのが、この歪んだランプに願いをしたからだというではないか。今度は対価に何を差し出すんだい。何も考えてなくて、行き当たりばったりなんじゃないのかい。こういうアイテムは人という生き物を堕落させ、道理を歪め、世の中のバランスを崩してしまうのだ。誘惑されてはならない」

 お父様がとてもまともなことを言っている。しかし。しかし。

「魔女家はこの魔法のランプを封印する。奇跡に頼るのはやめるように」
「お、お父様……っ!!」

 その魔法のランプを活用すれば、とっても便利なのに!
 ありとあらゆるご都合主義が叶うのに!!

 それがいけないだって……!?

「せ、世界が危機ではないですか。そのランプをうまく使ったら、世界を救ったりも……」
「そういう考えがまず堕落しているよエーテル!」
「お……お父様ぁぁぁ!! ご都合主義を禁止しないでぇぇ!!」

 ネイフェンが同情的な目で見ている。よかった。ネイフェンは僕の味方だ……。

「絶対取り返してやるぅ……っ」
「聴こえてるよ、エーテル」

 取り上げられた魔法のランプを取り戻す計画を脳内で練りながら、僕はお父様の部屋を後にしたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...