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七章、勇者の呪いと熱砂の誓い
146、クロノス・フロウと昔のお話
しおりを挟むランプの精は、ぽつりぽつりとお話をしてくれた。
お話の中には僕が知っている内容もあれば、知らなかった内容もあった。
聞く側の僕はノウファムの腕の中でじっと寝そべっているので、寝物語でも聞くような気分だ。うっかりするとそのまま寝付いてしまいそう。
「寝てしまいそうだから話をまとめてみるんだけど」
防諜の魔術を使いながら、僕はランプの精のお話を自分なりにまとめてみた。
まず、僕が教えてもらったのは、歴史に残っていない時代の話だ。
「歴史がはっきりと残っていない神話の時代には、神様が本当にいたんだね。そして、今はいないんだ」
神様はたくさんいて、個性豊かだった。
神々は、世界に生き物をつくった。
神々がつくった中でも特に「自由な存在であれ」と許されたのが長命で強いちからを持つ妖精たちで、人間たちは短命で非力だった。
「なぜ生き物は長命のものと短命のものがいるのか。なぜ強い者と弱い者がいるのか。不公平だ――人間たちは不満だった」
――世の中の生き物がみんな同じではない。
それは当たり前だ。
神様はそう答えたらしい。
その理由はたくさんあったのだという。
「理由はさておき……」
神々は、生き物の未来を定めた。
例えば、ある村に生まれた女は隣の家の男と何歳のときに結ばれるとか、何歳のときに子供を何人つくり、何歳のときにこういう死因で死ぬとか、そんな風に。
「つくられた生き物たちの中に、自分たちが自由に生きているようでいて、その生きている時間のすべては神の決めたレールの上を歩いているだけだと気付いた人たちがいたんだね」
彼らの中には、そんな生が嫌だと思う感性を持つ者が現れた。
自分の意志で未来を選択できる生を求め、ありのままの生を望み、運命に逆らう者が現れたのだ。
そして、「自由な存在であれ」と許された妖精たちが主に力を奮い、この世界と神々の世界を切り離した。
「それから、この世界は神々の定めた未来のない、ありのままの自由なる世界になった、と」
妖精たちは人間に友好的だったり支配的だったりと、人間とのかかわり方は様々だった。
人間に友好的で可愛がったりする趣向の者は、魔法のアイテムをつくって人間と『遊ぶ』のを楽しんだ。
その代表的なのが、小妖精族の長、『光の』フェアグリンという強い妖精だったらしい。
「フェアグリンは【覇者の指輪】をつくり、自分が気に入った者を人間の王にした」
僕はチラリとノウファムを見た。
その指に填められているのは、まさにその【覇者の指輪】だ。
填めたばかりの数刻は小妖精族が暴走していたらしいが、今は治まっている――ということは、ノウファムはフェアグリンに気に入られたのだろうか?
そこのところは、よくわからない……。
「魔法のアイテム以外に、人間たちは神々が遺した神器を発見した……」
僕たちの王国にある神器も、そのひとつだ。
時が過ぎて、神々が介入していた時代の知識が失われつつある中で、人間たちは神々を宗教のかたちでぼんやりとした概念のように認識していた。
神器を発見した人間たちは、「これは神がつくったものだ」「神は存在するのだ」と喜んだ。
「非力な人間への救済措置だ。神々が我々を憐れみ、愛をこめて、奇跡の提供装置としての神器をつくったのだ」
神器は世界の理に沿わない奇跡をもたらす代わりに、危険もあった。
まず、人間たちは神器の機能や使い方を正しく理解できないことが多かった。
いくつかは正しく使用され、伝説にその名を残したものの、希少な神器のいくつかは暴走して望まぬ結果を引き起こし、いくつかはその危険性を慎重に判じた賢き者により封印された。
「王国が所有する神器は、機能や使い方を正しく理解されていなくて、かつ封印されていたんだ」
ランプの精が語るところによると、王国が所有する神器は【クロノス・フロウ】という神器らしい。
僕が思うに、その使い方は魔女家の魔術塔【フェアリス・クロウ】のひとつにある寝た切りの時計盤に似ている。名前も似ている……。
「我が家のご先祖様はきっと神器を研究して似たような時計盤を造ったんだろうなぁ……」
ちなみに、【フェアリス・クロウ】の寝た切りの時計盤は塔内限定だけど、空間を移動する機能がある。時計の針の何時、と指定すれば、それに対応する部屋に瞬間移動できるのだ。
魔女家の魔法技術は凄いのである……。
「人間たちは妖精たちと共存していたけれど、神々や妖精がつくったアイテムを集め、魔法技術を磨き、段々と世界の理に干渉するようになっていった。彼らは自分たちの手でも便利な道具をどんどんつくり、世界の謎を探求し、世界の理を変えて自分たちに都合の良いように変えようと挑んだ。それが進むうち、人という生き物を歪めてしまう者も出始めた」
人間は器用で、向上心があって、便利さを追求する生き物だ。
「古代に実在した皇帝は男性を娶り、その体質を変化させて子供を産ませた。これ、カジャが読んでいた本にそういうお話があったなぁ……溺愛する『姫』が最初は反対するんだ。そういう技術はよくない、怖いって言って。皇帝はいったんそれで『あなたを怖がらせるような研究はしません』と引き下がるんだけど、実は諦めていなくていつか子供を産ませたいって望みをずっと秘めて研究を続けるという……」
僕たちの時代では、作り話だと思われている。
そんな昔のお話だ。
「病を治したい、性別にかかわらず子供を宿せるようになりたい、老いを克服したい、寿命を延ばしたい、空を飛ぶ羽がほしい、水中で生活できる体質になりたい……人の欲には限りがなかった。人間たちは種族を不自然に変化・強化させ、魔物と呼ばれる存在をつくりだし、大地を汚した……」
僕はもそもそと体勢を変えて、ノウファムの腕から抜け出そうとした。
「僕が【クロノス・フロウ】を正しく使用できたら、ステントスは弟さんを救える?」
起き上がり、ベッドから出ようとした腰に腕がまわされ、引き戻される。ノウファムだ。
ぼんやりとした顔で目を閉じたまま僕を抱き寄せる気配は半分夢の中にいるようで、覚束ない様子。
「す、すみません。起こしてしまい……ました?」
「エーテル……」
むにゃりと紡がれる自分の名が、面映ゆい感じだ。
「そばにいてほしい」
寝惚けた様子の声がふわふわと甘えるように呟くと、僕の胸がキュンとした。
「おそばにいますよ、誓って。誓って――僕、離れません」
愛しさを伝えるように誓って両腕でノウファムを抱きしめると、安堵したようにノウファムの全身が弛緩するのが感じられた。
「我が自分で弟を救うのは、良いな」
ステントスは小さく呟いて、微笑ましい生き物をみるように僕たちに口元を笑ませた。
「今夜はこれくらいにしておこう。おやすみ、友達」
理性的な声が優しく呟いて、いつものように去っていく。
その存在はもう危険には思えなくて、僕は希望を抱きながらゆったりと眠りに身を任せたのだった。
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