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七章、勇者の呪いと熱砂の誓い
137、悪いひとには、誰でも簡単になれる(SIDE エーテル)
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SIDE エーテル
ハレムでの日々が過ぎていく。
初日こそ危うい目に遭った僕たちだけれど、ドゥバイドは二日目以降は性的な楽しさを求めることはしなかった。
ドゥバイドは不死剣アルフィリオンには商人心がくすぐられたらしく、僕が情報を渡せばさっそく捜索隊を派遣した。
不死剣を手に取って見たいと望んでいるのだろうから、きっとその願いは叶うだろう。ランプの精が、叶えてくれる。
あてがわれた部屋の中。
手に小さなナイフを握り、僕はロザニイルの首輪に慎重に丁寧に刃をあてていた。
ロザニイルも同様で、僕の首輪にナイフをあてている。
皮膚を傷つけないように気を付けながら、体を動かさないようにしながら、お互いにそーっとそーっと手を動かしている。
「エーテル、そろそろドゥバイドに呼びつけられる時間だぜ」
「じゃあ、そろそろ今日の作業は終わりにして隠さないとね、ロザニイル」
僕たちは連日、隙をみては向かい合って座り、ナイフに魔力を通して互いの首輪に傷を刻む作業をしていた。
首輪は魔力が籠められているのもあって頑丈で、僕たち自身が「逃亡しないように」と首輪の魔力に力を制限されてしまうのもあって、なかなか作業は進まない。
けれど、励まし合いながら少しずつ地道に傷をつけ、傷付いた箇所に刃を滑らせていけば、少しずつ希望が見えてきた。
「もうちょっとで外せると思うんだ」
「こっちもだぜ」
進捗に笑みを交わし、仕上げに幻術を使って傷を隠したタイミングで、ちょうどドゥバイドからの呼び出しがかかる。
呼び出されて侍る夜のドゥバイドは、赤ら顔でキャンバスに筆を走らせていた。
絵を描いているのだ。彼は、絵を遺すことに価値観を見出したらしい。
汗ばむ顔は楽し気で、その行為が好きなのだと雄弁に物語っていた。
「バクラワを召し上がれ。可愛い子ちゃんたち」
ドゥバイドはそう言って、僕たちを近くに座らせた。
バクラワは、パイに似ている。薄い生地を何層も重ねていて、間にクルミやアーモンド、ピスタチオが挟まれている。甘いシロップをとろりとかけて食べると、美味しい。
「静寂も良いけれど、ずっとひとりだと寂しいわ。おしゃべりしてちょうだい……」
ドゥバイドはそう言って笑み、キャンバスの中に広がる砂漠の空に虹を描き足した。
降雨が稀な砂漠の空には、めったに見られない色合いだ。
絵だからこそ見れる、そんな風景だ。
「オレからは、……そうだなあ。オレたちの友達の話をしようか、王様」
ロザニイルが僕の隣で肩をすくめる。
「友達と、その弟の話をしようか――」
ロザニイルはあたたかな声でノウファムとカジャについて語った。ちょっと困ったところがあって、仲が良かったのに拗れてしまっていて、きっともう修復が難しい――けれど二人とも生きているから、それがロザニイルにとっては嬉しいのだと語る声は、優しかった。
「やっぱりさ、死なれるよりは生きてるほうが友達としては嬉しいっていうかさ。生きてるなら、可能性がつづくっていうかさ」
「ふふ。わかる気がするわ」
ドゥバイドは理解の色を浮かべつつ、キャンバスに薄い色をすっ、すっと重ねていった。
砂漠の夜はとても寒くて、けれど囚われの部屋の中は生ぬるい居心地の良さがある。
こういう夜が続くのは、少し危険だ。
……情が移ってしまうじゃないか。
僕はドゥバイドに話しかけた。
「僕の耳に情勢を語る声がきこえたのですが、大陸の有志の国々が結束して、あなたを討とうとしているのだとか。海岸の結界は破られて北に進軍を許しているらしいですね、ドゥバイド様」
さらさらと筆を動かしながら頷く気配は王様というより芸術家だ。
「ドゥバイド様、楽しいですね?」
そっと確認すれば、芸術家はふわりと笑んで頷いた。夢見るようにはにかむ瞳にはきっと、未来が見えている。
「ドゥバイド様の王子様が、きっとこれから来るのですね」
……王子様に討たれたら、ドゥバイドは幸せなのだろうか。
まるでカジャのよう。
けれど、この王様はカジャではない。
僕はロザニイルの手をきゅっと握った。
ロザニイルは目に理解の色を浮かべて、僕の手を握り返して励ましてくれるようだった。
「僕、あなたが……嫌い……」
前世から、ずっと。
そう呟けば、ドゥバイドは気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らした。
……マゾな男め。
不幸になりたいんだ、そんなエンディングを望んでいるんだ。
僕はなんともいえない気持ちで甘いお菓子を頬張った。
そして、すこしずつ情報量を増していく絵の中の世界と孤独で変態な描き手へと、「楽しい」お話を寄り添わせた。
「むかしむかし、あるところに――」
……
「わるい魔法使いがいました」
わるい魔法使いには、友達がいました。
「……わるいひとには、誰でも簡単になれる。魔法使いは、そう思うのです」
この人は悪い人だ。
そう思われるのは、簡単だ。
「わるいひとになろうとする友を止めるのは、難しい」
友達はそう言って、僕を止めました。
……そして、彼がわるいひとになってしまったのでした。
「誰かの価値観を変えるって、難しい」
――魔法使いは、そう思うのです。
ハレムでの日々が過ぎていく。
初日こそ危うい目に遭った僕たちだけれど、ドゥバイドは二日目以降は性的な楽しさを求めることはしなかった。
ドゥバイドは不死剣アルフィリオンには商人心がくすぐられたらしく、僕が情報を渡せばさっそく捜索隊を派遣した。
不死剣を手に取って見たいと望んでいるのだろうから、きっとその願いは叶うだろう。ランプの精が、叶えてくれる。
あてがわれた部屋の中。
手に小さなナイフを握り、僕はロザニイルの首輪に慎重に丁寧に刃をあてていた。
ロザニイルも同様で、僕の首輪にナイフをあてている。
皮膚を傷つけないように気を付けながら、体を動かさないようにしながら、お互いにそーっとそーっと手を動かしている。
「エーテル、そろそろドゥバイドに呼びつけられる時間だぜ」
「じゃあ、そろそろ今日の作業は終わりにして隠さないとね、ロザニイル」
僕たちは連日、隙をみては向かい合って座り、ナイフに魔力を通して互いの首輪に傷を刻む作業をしていた。
首輪は魔力が籠められているのもあって頑丈で、僕たち自身が「逃亡しないように」と首輪の魔力に力を制限されてしまうのもあって、なかなか作業は進まない。
けれど、励まし合いながら少しずつ地道に傷をつけ、傷付いた箇所に刃を滑らせていけば、少しずつ希望が見えてきた。
「もうちょっとで外せると思うんだ」
「こっちもだぜ」
進捗に笑みを交わし、仕上げに幻術を使って傷を隠したタイミングで、ちょうどドゥバイドからの呼び出しがかかる。
呼び出されて侍る夜のドゥバイドは、赤ら顔でキャンバスに筆を走らせていた。
絵を描いているのだ。彼は、絵を遺すことに価値観を見出したらしい。
汗ばむ顔は楽し気で、その行為が好きなのだと雄弁に物語っていた。
「バクラワを召し上がれ。可愛い子ちゃんたち」
ドゥバイドはそう言って、僕たちを近くに座らせた。
バクラワは、パイに似ている。薄い生地を何層も重ねていて、間にクルミやアーモンド、ピスタチオが挟まれている。甘いシロップをとろりとかけて食べると、美味しい。
「静寂も良いけれど、ずっとひとりだと寂しいわ。おしゃべりしてちょうだい……」
ドゥバイドはそう言って笑み、キャンバスの中に広がる砂漠の空に虹を描き足した。
降雨が稀な砂漠の空には、めったに見られない色合いだ。
絵だからこそ見れる、そんな風景だ。
「オレからは、……そうだなあ。オレたちの友達の話をしようか、王様」
ロザニイルが僕の隣で肩をすくめる。
「友達と、その弟の話をしようか――」
ロザニイルはあたたかな声でノウファムとカジャについて語った。ちょっと困ったところがあって、仲が良かったのに拗れてしまっていて、きっともう修復が難しい――けれど二人とも生きているから、それがロザニイルにとっては嬉しいのだと語る声は、優しかった。
「やっぱりさ、死なれるよりは生きてるほうが友達としては嬉しいっていうかさ。生きてるなら、可能性がつづくっていうかさ」
「ふふ。わかる気がするわ」
ドゥバイドは理解の色を浮かべつつ、キャンバスに薄い色をすっ、すっと重ねていった。
砂漠の夜はとても寒くて、けれど囚われの部屋の中は生ぬるい居心地の良さがある。
こういう夜が続くのは、少し危険だ。
……情が移ってしまうじゃないか。
僕はドゥバイドに話しかけた。
「僕の耳に情勢を語る声がきこえたのですが、大陸の有志の国々が結束して、あなたを討とうとしているのだとか。海岸の結界は破られて北に進軍を許しているらしいですね、ドゥバイド様」
さらさらと筆を動かしながら頷く気配は王様というより芸術家だ。
「ドゥバイド様、楽しいですね?」
そっと確認すれば、芸術家はふわりと笑んで頷いた。夢見るようにはにかむ瞳にはきっと、未来が見えている。
「ドゥバイド様の王子様が、きっとこれから来るのですね」
……王子様に討たれたら、ドゥバイドは幸せなのだろうか。
まるでカジャのよう。
けれど、この王様はカジャではない。
僕はロザニイルの手をきゅっと握った。
ロザニイルは目に理解の色を浮かべて、僕の手を握り返して励ましてくれるようだった。
「僕、あなたが……嫌い……」
前世から、ずっと。
そう呟けば、ドゥバイドは気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らした。
……マゾな男め。
不幸になりたいんだ、そんなエンディングを望んでいるんだ。
僕はなんともいえない気持ちで甘いお菓子を頬張った。
そして、すこしずつ情報量を増していく絵の中の世界と孤独で変態な描き手へと、「楽しい」お話を寄り添わせた。
「むかしむかし、あるところに――」
……
「わるい魔法使いがいました」
わるい魔法使いには、友達がいました。
「……わるいひとには、誰でも簡単になれる。魔法使いは、そう思うのです」
この人は悪い人だ。
そう思われるのは、簡単だ。
「わるいひとになろうとする友を止めるのは、難しい」
友達はそう言って、僕を止めました。
……そして、彼がわるいひとになってしまったのでした。
「誰かの価値観を変えるって、難しい」
――魔法使いは、そう思うのです。
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