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七章、勇者の呪いと熱砂の誓い
136、友よ、竜旗のもとに心を寄せられたし(SIDEシーディク)
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SIDE シーディク
「我らのもとには国を追われた正統なる砂漠の王シーディク陛下がおられる」
「悪逆の簒奪王ドゥバイドから玉座を奪還するため、王国は義によって開戦いたす。友よ、竜旗のもとに心を寄せられたし」
王国の英雄にして暫定国主ノウファムにより発せられた声明に、大陸中が注目し、友好国は次々と支援を表明し――そして現在、『大陸連合軍』は正義の旗を掲げて砂漠へと迫っていた。
南東の海から、そして北東の陸から。
「しかし、結界が張られて侵攻はままならぬでしょう」
海上を往く船中で案ずるのは、王国に一度亡命を果たして、保護された砂漠の国の元国王シーディクだ。
「王国の方々には感謝していますが、大丈夫なのでしょうか? 商王は魔法のランプを有しています。願いを連発していて、ランプの精は奇跡を大判振る舞いとききます、我々がどう抗ってもなすすべなく……」
陽光に艶めく浅黒い肌に金細工のような煌めく繊細な髪、瞳は優し気な緑色をしたシーディクは、賓客用の室内で王国の騎士にもてなされていた。
「ランプの精とやらは恐ろしい存在に違いありませんが、我々の殿下もなかなか恐ろしい――いえ、こほん。ともかく、シーディク陛下におかれましてはご心配なさらず御心安らかにお過ごしくださいますよう。どちらかといえば、『正統な王が国を奪還するのをご助力申し上げる』という大義名分としてシーディク陛下を利用させていただいているようなものですからな」
ネコの獣人である騎士は、ネイフェンと名乗っている。
ネイフェンは眼をしばしばとさせ、ネコヒゲをしおしおとさせた。種族が異なる者でも、わずかな表情の変化や身体の所作から、なんとなく気持ちは理解できるものだ。シーディクはネイフェンの様子を見て、思いを口にした。
「王国にも多数、行方のわからない方々がいらっしゃるようで。さぞご心配でしょう……」
新鮮な風の吹き込む窓からは、有機的な匂いと音が聞こえてくる。
潮の香り、濡れて湿った木の香り、よく研がれた鐵の香り。
同じ空間に集う人間たちの有機的な香り。
世界には、たくさんの香りがぐちゃぐちゃと溢れて混ざっている。
耳に聞こえるのは穏やかな潮騒、ウミネコの鳴き声、人間たちの交わす言葉。
「――消息の知れない誰かを案じるお気持ちは、私にもとてもわかります」
シーディクは言いながら壁際へと視線を移した。
そこには、まだシーディクが王子と呼ばれる立場だったころに見知らぬ画家から貰った素描がある。
彼にとって精神安定剤の代わりにもなる大切な絵は、王宮から逃げるときにも手放せず、持って逃げたのだ。
「私の大切な人たちも……落命した者もいれば、今現在生死不明の者も多く……」
ひとりひとり、大切な人たちを脳裏に浮かべる。
シーディクは悲嘆に暮れそうになる己を叱咤して、意識して前向きな表情をつくった。
「この絵は、大切なものなのですな」
ネイフェンは察しが良い騎士だった。
繊細な心の動きを見逃さず、優しくあたたかに心を寄り添わせる気配に、シーディクはぐっと拳を握って唇を引き結んだ。
「ええ、そうです。私がまだ少年だったころ、たった一度会っただけの一目惚れの相手が描いた絵です。美しい人でした。名前もわからぬ彼を手に入れたくてサロンをつくりましたが、彼は来なかった……」
まるで、オアシスの幻影みたいな恋だった。
現在の姿もわからない。名前もわからない。今どこでどうしているかもわからない。生きているのか、それとも死んでいるのか。
一枚の絵と思い出だけを残して、無名の画家はシーディクの世界から消えたのだった。
「……商王は美男子を好むと言います。もし彼が存命で、商王に酷い目に遭わされていたらと思うと……」
そう思うと――たった今、爆音を鳴らして外で盛大に光を弾けさせた恐ろしい王国の英雄にも共感ができる。彼もまた、大切な存在の安否が知れず殺気立っているのだという。
「……殿下が結界を破られたようで」
「結界を破られたのですね、破ることができるのですね……なるほど」
ネイフェンが穏やかな声で天気を語るように状況を説明してくれたので、シーディクはそっと緊張の息を吐いた。
「ノウファム殿下も普段は比較的穏やかなご気性なのですが、いかんせん大切な方の安否が知れぬものですから、今は常よりも急いておられるようで」
「ええ、お気持ちはわかります。わかるのです、はい。大丈夫です」
魔王の治世を終わらせた『王国の英雄』はもうじき即位する予定らしい。
噂によると寡黙で温厚な人物と伝えられていたが――初対面から現在までのシーディクの感想は、「怖い」だ。
魔王を討伐したというが、実は彼が魔王なのではないかと疑ってしまうほど魔力が強く、全身からは強い覇気が――殺気のようなものと一緒に放たれているので、近くにいるとシーディクはいつもビクビクと怯えてしまう。
光が落ち着いた外では、雲が少ない青一面の空を、渡り鳥が隊列を成して飛んでいく。
鳥たちの遥か下で、旗が風に揺れて鮮やかな色を主張している。
大陸の北西から中央、中央南にかけてを国土として、人間族のほとんどが所属する大国。飛竜で有名な大王国旗。
東方の大森林地帯、森妖精たちの森林旗。
隣接する獣人たちの戦旗。
そんな中に南西の砂漠の国……愛する故国の旗が混ざって並んで風に揺れているのが、希望の象徴のようだった。
「我らのもとには国を追われた正統なる砂漠の王シーディク陛下がおられる」
「悪逆の簒奪王ドゥバイドから玉座を奪還するため、王国は義によって開戦いたす。友よ、竜旗のもとに心を寄せられたし」
王国の英雄にして暫定国主ノウファムにより発せられた声明に、大陸中が注目し、友好国は次々と支援を表明し――そして現在、『大陸連合軍』は正義の旗を掲げて砂漠へと迫っていた。
南東の海から、そして北東の陸から。
「しかし、結界が張られて侵攻はままならぬでしょう」
海上を往く船中で案ずるのは、王国に一度亡命を果たして、保護された砂漠の国の元国王シーディクだ。
「王国の方々には感謝していますが、大丈夫なのでしょうか? 商王は魔法のランプを有しています。願いを連発していて、ランプの精は奇跡を大判振る舞いとききます、我々がどう抗ってもなすすべなく……」
陽光に艶めく浅黒い肌に金細工のような煌めく繊細な髪、瞳は優し気な緑色をしたシーディクは、賓客用の室内で王国の騎士にもてなされていた。
「ランプの精とやらは恐ろしい存在に違いありませんが、我々の殿下もなかなか恐ろしい――いえ、こほん。ともかく、シーディク陛下におかれましてはご心配なさらず御心安らかにお過ごしくださいますよう。どちらかといえば、『正統な王が国を奪還するのをご助力申し上げる』という大義名分としてシーディク陛下を利用させていただいているようなものですからな」
ネコの獣人である騎士は、ネイフェンと名乗っている。
ネイフェンは眼をしばしばとさせ、ネコヒゲをしおしおとさせた。種族が異なる者でも、わずかな表情の変化や身体の所作から、なんとなく気持ちは理解できるものだ。シーディクはネイフェンの様子を見て、思いを口にした。
「王国にも多数、行方のわからない方々がいらっしゃるようで。さぞご心配でしょう……」
新鮮な風の吹き込む窓からは、有機的な匂いと音が聞こえてくる。
潮の香り、濡れて湿った木の香り、よく研がれた鐵の香り。
同じ空間に集う人間たちの有機的な香り。
世界には、たくさんの香りがぐちゃぐちゃと溢れて混ざっている。
耳に聞こえるのは穏やかな潮騒、ウミネコの鳴き声、人間たちの交わす言葉。
「――消息の知れない誰かを案じるお気持ちは、私にもとてもわかります」
シーディクは言いながら壁際へと視線を移した。
そこには、まだシーディクが王子と呼ばれる立場だったころに見知らぬ画家から貰った素描がある。
彼にとって精神安定剤の代わりにもなる大切な絵は、王宮から逃げるときにも手放せず、持って逃げたのだ。
「私の大切な人たちも……落命した者もいれば、今現在生死不明の者も多く……」
ひとりひとり、大切な人たちを脳裏に浮かべる。
シーディクは悲嘆に暮れそうになる己を叱咤して、意識して前向きな表情をつくった。
「この絵は、大切なものなのですな」
ネイフェンは察しが良い騎士だった。
繊細な心の動きを見逃さず、優しくあたたかに心を寄り添わせる気配に、シーディクはぐっと拳を握って唇を引き結んだ。
「ええ、そうです。私がまだ少年だったころ、たった一度会っただけの一目惚れの相手が描いた絵です。美しい人でした。名前もわからぬ彼を手に入れたくてサロンをつくりましたが、彼は来なかった……」
まるで、オアシスの幻影みたいな恋だった。
現在の姿もわからない。名前もわからない。今どこでどうしているかもわからない。生きているのか、それとも死んでいるのか。
一枚の絵と思い出だけを残して、無名の画家はシーディクの世界から消えたのだった。
「……商王は美男子を好むと言います。もし彼が存命で、商王に酷い目に遭わされていたらと思うと……」
そう思うと――たった今、爆音を鳴らして外で盛大に光を弾けさせた恐ろしい王国の英雄にも共感ができる。彼もまた、大切な存在の安否が知れず殺気立っているのだという。
「……殿下が結界を破られたようで」
「結界を破られたのですね、破ることができるのですね……なるほど」
ネイフェンが穏やかな声で天気を語るように状況を説明してくれたので、シーディクはそっと緊張の息を吐いた。
「ノウファム殿下も普段は比較的穏やかなご気性なのですが、いかんせん大切な方の安否が知れぬものですから、今は常よりも急いておられるようで」
「ええ、お気持ちはわかります。わかるのです、はい。大丈夫です」
魔王の治世を終わらせた『王国の英雄』はもうじき即位する予定らしい。
噂によると寡黙で温厚な人物と伝えられていたが――初対面から現在までのシーディクの感想は、「怖い」だ。
魔王を討伐したというが、実は彼が魔王なのではないかと疑ってしまうほど魔力が強く、全身からは強い覇気が――殺気のようなものと一緒に放たれているので、近くにいるとシーディクはいつもビクビクと怯えてしまう。
光が落ち着いた外では、雲が少ない青一面の空を、渡り鳥が隊列を成して飛んでいく。
鳥たちの遥か下で、旗が風に揺れて鮮やかな色を主張している。
大陸の北西から中央、中央南にかけてを国土として、人間族のほとんどが所属する大国。飛竜で有名な大王国旗。
東方の大森林地帯、森妖精たちの森林旗。
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