魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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七章、勇者の呪いと熱砂の誓い

131、新春初剣壊し+好感度を上げに来たアルマジロトカゲさん=船は犠牲になったのだ…

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 新しい年を迎えた船上は、夜も昼もみんなが明るい表情で騒いでいる。
 ロザニイルやアップルトンが短杖ワンドを振って空に花火を打ち上げるのが日常となって、昼は明るい青に負けじと淡く色を爆ぜさせる光、夜はここぞとばかりに鮮やかに色を誇る光と、まるで空もお祭り気分で浮かれているよう。
 
 甲板に用意されたテーブルセットに集まるのは、大体いつも見慣れたメンバーだ。
 テーブルに並ぶのは、ミートローフ、酢と香辛料で煮た鶏肉、魚貝が乗った塩味パスタ……多種類の料理だ。

 豚肉にニクズクの種を挽いて粉末にした香辛料や樹木の内樹皮から得られる香辛料、香りのよい花蕾を加えたソーセージが美味しい。
「おいしい」 
 貨幣に似た形の丸い副豆が添えられていて、一緒に並ぶ海鮮サラダが瑞々しい彩を魅せていた。
「美味しい」
 オリーブ油をたっぷりと熱し、葡萄酒や刻みトマト、緑野菜やバサル玉ねぎと一緒に煮込んだいか料理はとろりと熟した赤色ソースを纏っていて、ベイリーフの緑がよく映える。
「うーん、美味しい……」
 
 魚の串焼きはあつあつで、レモンの絞り汁やバサル玉ねぎの汁、すりおろしアーリョにんにくといった多彩な味が調和する味わい深いソースに漬けられていた。

「坊ちゃん、おすすめしたい料理がございます」
 ネイフェンが何やら改まってネコヒゲをぴくぴくさせている。なんだろう。
「どうしたの、ネイフェン」
 僕が問いかけると、ネイフェンはサッと一つの皿を示した。

 真っ赤で、つやつやの大きなシー・ブリーム魚(タイ)の姿煮だ。
「あちらのお皿に乗っているシー・ブリームは、今朝釣れたばかりでございます」
「うん? 新鮮なんだね?」
 ロザニイルがにやにやとして口を挟んでくる。
「ネイフェンが釣ったんだってさ」
「そうなんだ? すごいね。大きくて立派なシー・ブリームだ」
 ネイフェンはネコミミをぴこぴこさせている。尻尾がそわそわしていて、可愛い。

「このお魚はみんなで分けよう」
 全員で一斉に最初のひとくちを口に入れて、顔を見合わせる。

「「おいしい!」」
 声を揃えれば、ネイフェンは嬉しそうに目を細めている。嬉しそうな姿を見ていると、僕も一緒になって嬉しくなってしまった。
 
「ノウファム。あとでチェスしようぜ。オレが勝つけど」
 ロザニイルがノウファムに挑戦的な視線を向けると、ノイヤースプレッツェルのこんがりな輪っかを僕のお皿に乗せていたノウファムが思案気な目を返した。
「やる前に勝負が決まっているなら、しなくてもよいのでは?」
「お前、そこは『負けないぞ!』って返せよ、覇気がねえなあ!」


「キュー!」
 そんな『ニュー・ラクーン・プリンセス』に、愛らしい鳴き声が聞こえる。

「きゅーっ」
「きゅぅー」

 僕の使い魔アザラシ妖精、キューイに似た可愛い声は、波間に覗く群れから発せられていた。
 妖精の群れだ。それも、アザラシ妖精の群れだ。
  
「あの子たち、キューイと同じ種族じゃないかな? キューイ、お仲間だよ」
 耳飾りに魔力を注いで使い魔アザラシ妖精のキューイを召喚すれば、キューイは嬉しそうに目をくりくりさせて海へと飛び込んでいった。


 ゆらゆらと揺れる穏やかな海の波間で、僕のキューイが群れに近付いていく。
 僕はドキドキしながらキューイとアザラシ妖精の群れを見守った。

「きゅぅう?」

 愛らしいキューイが甘えるように鳴く。
 すると、キューイに気付いたアザラシ妖精たちが次々と寄ってきた。

「きゅう」
「きゅっ?」
「きゅ~」

 鼻先をつついたり、ぱしゃっと海水を跳ね上げて体を擦りつけたり、アザラシ妖精たちはキュウキュウ鳴きながら友好的な雰囲気をみせていた。よかった。
「よかった、キューイが楽しそうで」
 
「おー、遊んでら。和むじゃねえか」
 ロザニイルも手を笠のように目の上に持ち上げて、仲睦まじいアザラシ妖精たちを見守っている。

「あのアザラシ妖精たちは海底洞窟を根城にしているのだったか……」
 ノウファムが記憶を探るように首を傾げている。
「海底洞窟……」

 僕は自分が調べていた情報を思い出した。
 妖精の勇者の冒険譚。以前の僕が探していた伝説。そこには似た特徴を持つ洞窟が出てきたのだ。
「ノウファム様、キューイに海底洞窟を探らせましょうか。そこにもしかしたら……」

 ――【不死の剣アルフィリオン】があるかもしれないっ!
 
 僕がドキドキしながら目を輝かせたとき、ざぱーんっと大きく波が揺れて、船がぐらりと傾いた。

「ふあっ……?」
 傾いた方向に倒れかける僕をノウファムが咄嗟に支えてくれる。お礼を言いかけた耳には、警鐘と報告が聞こえた。

「魔物です! 魔物がこちらに接近しています!」

 モイセスが剣を抱えて走ってくる。配下が一緒になって両腕いっぱいに剣を抱えているのがシュールだ。
 
「殿下、ノウファム殿下っ、奴は、あやつは……」

 僕の視界の隅には、船を挟むようにして前後から二体の魔物が姿を見せて対峙するのが視えた。

 一体は、船尾方向から出現したぬるぬるとした巨大な白い体。
 長細い触腕がざぱーんっと海面を叩いて波を起こす、イカのようなタコのような――クラーケンだ。

 そんなクラーケンに抗議するように威嚇しているもう一体は、船首方向にいる全体的にトゲトゲしたトカゲのフォルムをして、意外と可愛い顔付きの――、

「あやつは、あのとき殿下が逃したアルマジロトカゲです! 間違いございませぬ!」

 モイセスの声が朗々と響き渡る。
 
 やっぱり?
 僕も『あっ、あの魔物なんだか見覚えがある』って思った。
  
「殿下ぁっ、殿下はあのとき、『この後は人を怖れて人前に姿を出さなくなるから』と仰ったではございませんかぁぁっ」

 ノウファムは忠臣に頷き、僕をロザニイルに預けて剣を抜いた。
 そして、アルマジロトカゲとクラーケンを見比べながら危険度を図るような目でクラーケン側に寄って行った。

「よくわからないが、あの生き物も環境の変化にあわせて変わったのだろう。過去のことを言っても仕方がない。両方倒せばよいのではないか……いや、待てよ」
 
 船上の人間たちが戸惑っていると、二体はざぱーんざぱーんと派手に波をたてて争いを始めた。

「きゅっ」
「きゅううう」
 アザラシたちが悲鳴をあげて、散り散りに逃げていく。

「――!?」 
 なんとアルマジロトカゲはクラーケンの触腕がアザラシの群れを襲おうとしたところに割り込み、その身を挺してアザラシの群れを守っているではないか!


「奴め、ここに来て我々の好感度を上げに来るとは」
 モイセスがしみじみと呟き、ノウファムをけしかけた。

「殿下! 昨日の敵は今日の友と申しまする。ここはひとつ、奴と共闘してはいかがかっ」

「あれも友になるのだろうか」
 初々しい風情で呟いて、ノウファムが膝をくっと柔らかく折りたたんでからヒラリと超人的な跳躍を魅せる。
 空に高く跳びあがったノウファムは空中で両腕をあげ、抜き身の剣を上段からたたきつけるようにしてクラーケンの触腕に斬りかかった。

 勢い付いた剣の刃がずぷりと触腕に届いた瞬間に、魔力が爆ぜる。
 ぱきっと剣が砕けるのが全員に分かった。
 クラーケンの触腕を足場に再跳躍したノウファムがそのままクラーケンの頭へと登るのを確認して、慣れた様子でモイセスが新たな剣を投げる。

「殿下! 新しい剣でござる!」

 ぐらり、と大きく大きく船が傾く。
 ばきっ、という嫌な音が聞こえて、見ると下から回されたクラーケンの触腕に突き上げられたように船がぽーんっと海上から攫われて、空中に全員が投げ出される。
 クラーケンは持ち上げた船をまるごとアルマジロトカゲに向けて投げつけた。甲板にいた人間たちは海へとなすすべなくパラパラ落ちて、船内の人間たちは内部で全身が天井にぶつかり壁にぶつかりの大シャッフル状態だ。

「うわああああああっ!?」
 人間たちの悲鳴を他所に、二体の魔物は激しく体をぶつけあい、海は盛大に波立ち、渦巻き――『ニュー・ラクーン・プリンセス』は海の藻屑となったのであった。


 

 ――ああ、やっぱり。僕の嫌な予感は当たるんだ……。
 
 
 でもまさか、また沈んでしまうとは思わなかったな。

 僕は大きくうねり乱れる海の水流に全身をもみくちゃにされながら、キューイに全員の救助を命じてありったけの魔力を注ぎ込み、意識を失ったのだった。
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