魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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七章、勇者の呪いと熱砂の誓い

130、海上、初日の出

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 人間たちを乗せて『ニュー・ラクーン・プリンセス』は休むことなく海を往く。
 穏やかで優しい夜のあと、広大な海の果てに新しい太陽が顔を出すと、夜通し騒いでいた者や早起きしてきた者が皆同じ景色に歓声をあげた。

 海と空の狭間で生まれた太陽は、丸い。
 中心が一切の穢れを寄せつけぬ苛烈で清潔な白で、縁がぼやけているのが優しく柔らかな印象だ。
 白光の周りには黄金の光が強い色を魅せていて、水平線に添ってその色を伸ばし、世界に日の出を知らせていた。
 
 空はこれより陽光を高く迎えて、その光で眩く万民は照らされて、明るい時間を過ごすのだ。
 

「新しい年があなたにとって特別なものとなりますように」
  
 船上のみんなが交わす言葉はあたたかで、隣人への親愛に満ちている。

「報われる年になりますように」

「平和と健康と幸福で満たされますように」

「最良の希望と願いを!」

「実り多き年でありますように!」

「最高にハッピーで良い年になりますように」

「あなたに沢山の幸せと微笑みをもたらしてくれますように」

 お互いの良い一年を願い合い、祈り合い、共に新しい一年を過ごそうと交わす笑顔は明るくて、優しい気持ちに溢れている。
 みんなが笑っていて、ひとりひとりが楽しげだ。
 
「そういえば、この海域に勇者伝説の本に出てくる海底洞窟があるらしい」
「人魚とは別の妖精族も近くに群れで生息してるんだってさ」
「魔物の出没情報もあるから、気を付けないとな」
 
 噂話に花を咲かせる声も楽し気だ。
 僕は風の魔術で声を楽しみながら、特別な時間を特別な体温と寄り添って迎えていた。
 柔らかな抱擁の中で小さく祝いと祈りを贈れば、ノウファムは僕の手を取った。
 そして、小さな指輪を指に填めてくれた。

「……」

 魔術の力は感じない。
 普通の指輪だ。
 ぼんやりとした中で、冷静な自分がそう思った。

「くださるのですか?」
 言ってから、僕は耳を紅くした。
 間抜けな問いかけだ――くれるから指に填めてくれたのだろうに。

「俺が即位したら、正式に婚約しよう。これはその前の……仮だ」
 ノウファムはそう言って指輪にキスを落として、独占欲を剥きだしにした声で呟いた。
「相手がいるのだという印がここにあれば、お前に寄ってくる相手を減らす効果も期待できるだろう?」

 僕は胸がじぃんとなるのを感じながら、頷いた。

「もう一つ、揃いの指輪があるんだ……」
 ノウファムがそう言って指輪を見せた。
「では、僕が貴方に指輪を填めます」

 いそいそと指輪を填めて小鳥が交わすような可愛いキスをすると、ノウファムは甘やかすように髪を撫でた。

「エーテル、前から言おうと思っていたのだが、お前はたまに俺を呼び捨てにしたり敬語なしで話す……」
 僕はぎくりとした。
 やはり、無礼だっただろうか。
 以前の人生の僕は自分で言うのもなんだが、王族への敬意なんて持ち合わせていなかったのだ……。

「ああ、咎めているわけではない。それは俺にとって好ましいので、遠慮しなくてもいいと言いたかったのだ」
「へっ……」

 ――そっちっ。 

 僕はそわそわとした。
 そうは言っても、現在の僕はノウファムを王族や想い人だけでなく、義兄としても認識して慕っているのだ。
 僕の中の弟な部分が、カジャにちょっと憧れたり羨ましいと思っていた部分が、敬いたいと思ったりもするのだ。
 特に人前では、やはり貴い立場なのだから敬意を払う必要もある。王国のみんなはあまり気にしていないけど、ある。
 
「ぼ、僕は呼び捨てにしたり敬語なしで話すより、敬意を払って大切に接したいと思っています」
「そうか?」
「あの、えぇっと……僕、貴方のことをお兄様としても慕っていますから……その、カジャみたいになりたかったと思った過去があり」

 もごもごと打ち明けてから、そこまでは告白しなくてもよかったのではないかという羞恥の念がこみ上げる。
 でも、もう言ってしまった……僕は真っ赤になって俯いた。
 
「そ、そうか……まあ、気が向いたらでいい。俺が嫌ではないということだけ伝えておきたかった」
 ノウファムは満更でもなさそうな顔で頷き、口元を緩めている。
「カジャみたいになりたかったと言われると複雑な気持ちもあるが、俺もエーテルが自分の義弟なのは好ましい」
「ありがとうございます……」

 あやすみたいに背中がぽんぽんと叩かれて、僕はホッと安心して体温を寄せた。
 隙間をなくすみたいにくっついたら、兄だか恋人だか王様だかごちゃまぜな声が「二度寝するか」と笑って提案してくる。

「ノウファム様が好い夢をみられますように」
 そっと祈りを捧げれば、あたたかな声が返される。
「エーテルが俺の夢をみるように」

 その声の調子が我儘な少年めいていて、僕はちょっとくすぐったいような微笑ましいような、嬉しい気分になった。

「では、ノウファム様が僕と一緒に幸せでいる夢をみるように祈ります」
「はは、……夢をみるのが楽しみになる」
 ノウファムはゆったりと満ち足りた顔で目を閉じて笑ってくれた。

 
 ――この人が幸せでいられますように。
 

 僕はそっと心の中で祈りを繰り返しながら、優しい温もりと安らぎのひとときを過ごしたのだった。








***


はっぴーにゅーいやー!

貴方にとって良い一年となりますように!

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