魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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六章、逆転、反転、繰り返し

119、ロザニイルと性嫌悪症のお話

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 聖夜が明けて、王国は静かな年末を迎えていた。

「エーテル、本持ってきたぞ。これで合ってるか?」
 城内に用意してもらった自室に、ロザニイルが訪ねてくる。実家から持ってきてほしいと頼んだ本は、妖精族や古代の伝承、勇者伝説にまつわるものばかり。

「ありがとうロザニイル」
 凝った装丁の表紙は古めかしくて、重みのずっしりとした本は抱えているだけで嬉しくなる。
「妖精の勇者について調べてるんだよな? オレも調べようか」
 ロザニイルは察しがいい。
 
 本を置いて供された紅茶のカップを手に取り、僕は頷いた。
 華やぐ香りは柑橘系で、満開の花にも似ている。ほろ苦い紅茶の味は高雅で、美味しい。

「あと、僕はノウファム様の剣も探そうかなって」
「ノウファムの?」
「うん。壊れない剣を……」
 ……以前の僕が探していたから。
 続く言葉を呑み込んで、代わりにスコーンをつまんだのは、ロザニイルと情報共有をどれくらいしたらいいか迷ったからだ。
 ロザニイルと話すときは、あまり「以前」のことには触れないほうがいいんだろうな、と思うのだ。

 ロザニイルは、自分の夢で以前の人生を少しだけ観ている。
 その上でノウファムの記憶もそれなりに見てしまっている――、

『オレはお前のことが好きなのかな? 憎らしいのかな? わかんねえ。もう、わかんねえ……っ』

 あの時、ロザニイルは本当に苦しそうだった。
 心に傷がある。
 僕が与えてしまった傷だ。

「あと、こっちはな」
 コトン、と置かれた小包は、ロザニイルお手製の薬が入っている。僕の発情期を抑制したり避妊したりする薬は、立場上あまり大っぴらに服用しているとは言いにくい。聖杯器官を退行させる薬まであるのだ。

『俺はお前が聖杯でなくても構わないが、お前はどうしたい?』
 ――僕はどうしたいんだろう。自分のことなのに、決めかねている。
 
「ありがとう」
「うん。役に立つならいいけど。お前……」
 ロザニイルが口ごもる。
 言いにくそうだ。
「お前ら、好き同士だしな。オレの時と違ってさ」

 ぴくりと指が震える。
 ロザニイルは聖杯だった自分をただの夢ではなく現実として受け入れている。
 それがはっきりと感じられて、僕は俯いた。
 
「えっと、でも発情期を抑制したり避妊したりする薬は、すごく助かるよ。便利だと思う……」
 もじもじと言いながら紅茶を飲む僕の耳に、ロザニイルは頷いた。
「そっか。ところで、あいつとのセックスはどうよ?」
「ごふっ!? ごほっ、ごほっ」
 
 ――今なんか、とても刺激的な質問をされた気がするっ!?
 
「せっ……」
「嫌ではないんだろうけどさ。正直どう? 上手いか? ノウファムはちゃんと出来るのか?」
「……!!」
 なんて話題だ!
 僕はふぁーっと赤くなった。
「い、いいよ」
「そか? オレ勝手にあいつ下手そうだなって思ってたぜ。媚薬を盛られようがオレがどれだけ発情しようがしねえって頑固だったし」  
 ふっと力を抜いて笑ってから、ロザニイルは眉を下げた。
「オレはセックス、大嫌いでさ。あいつも嫌いだと思ってたなあ。いや、お前のことが好きなのは知ってたけどさ、それ以上に……性嫌悪症っていうの?」
 
 これはさすがに謝らないといけないんじゃないだろうか。
 というか、暗に「おい、そろそろオレに謝れ」と求められている可能性まであったりしない?
 
 僕は姿勢を正して、心からのお詫びの言葉を口にした。

「あの、ロザニイル。以前の僕が魔力増強装置扱いして本当にごめんなさい」
「ああ、いや! 謝ってほしいわけじゃなかったんだぜ!?」
 ――違ったらしい!

「ただ、あいつもお前もセックス楽しめてるならよかったなあと思ってさ……悪いように受け取るなよ? オレは単にそう思っただけなんだから」
 
 鼻を軽く擦りながら目を逸らすロザニイルは、ちょっと言いにくそうにしながら彼自身が現在も変わらず性的繋がりに抵抗があることを打ち明けてくれた。

「それは……僕のせい、だなぁ……」
 心の傷は深いのだ。
 尾を引いているのだ……。
「ん、まあ。オレが思うに、人生ってセックスしなくてもいいと思うんだよな。当主になったときの子作り義務がネックではあるけど……養子とか選択肢あるし、一族の中で優秀な奴を次期当主にすればいいだけだ」
 
 真面目な話だ。
 これは茶化したり流したりしてはいけない。
 僕のせいで彼はトラウマに苦しんでいて、それなのに僕は楽しんで幸せ気分になってしまっている。
 そんなの、そんなの――ダメじゃないか!?
 
 僕は真剣な表情で頷いた。

「ノウファム様は、たまにちょっと軽いトラウマ症状をみせてるよ。僕が媚薬を盛ったのを思い出してるときがあるもの」
「おおっ、あいつもか」
 むしろ僕よりもノウファムに相談するべき案件なんじゃないだろうか、トラウマ仲間だし――ちょっとだけそう思った僕は、すぐにその考えを改めた。

 抱く側と抱かれる側は、やっぱり違う。
 あと、ロザニイルの場合は身体の変化で苦しんだり、発情に悶えたり、カジャに実際に抱かれたりもしているわけで……うわぁぁぁ、それは心の傷も深くて当たり前だよね! ロザニイル、ごめん。僕は本当に反省しています……。

「ロザニイル、僕は反省しています」
「おっ、おう。敬語使わなくていいぞエーテル」
「ロザニイルには聖杯症状に効く薬もつくってもらってるし、以前の僕が酷いことをしたせいでもあるし、責任持つよ」
「いや、そんな深刻にならなくてもいいんだけどさ!」
「ううん。僕、ロザニイルにセックス楽しいって思ってほしい」
「ぶはっ!?」

 ロザニイルが紅茶を噴いている。
 ちょっとはしたない発言だったかもしれない。僕はこっそり反省した。 

「……まあ、その話は置いといてさ」
 ロザニイルは軽く頬を上気させ、ぱたぱたと手で扇いでからスコーンをぱくりとつまんだ。
 そして、色めいた空気を薄めるように話を変えたのだった。

「ノウファムの即位はまだだけどさ、近々砂漠の国に訪問するかもしれないって話が出てるぜ」
「砂漠の国に? 国内も落ち着かないのに?」
 初めて聞く話だ。
「うちと似てるっつーか。時期的にも同じくらいの頃に、砂漠の国では前王が奴隷商人に玉座を奪われて行方不明になったんだって」
「……!」

 そんな事件、最初の世界や二回目の世界であっただろうか。
 僕は記憶を探った。
 あった――気がする。あった。

「そんで、砂漠の国って行商人が商王を名乗って好き勝手し始めて大変なんだと」
「ああ~……」
 
 商王。聞いたことがある。
 火山の噴火と同じように、「この国で最近こんなことがありました」みたいに報告を聞いた気がする。
 過去の世界では、ノウファムと正反対に、性に奔放すぎる狂った暴君だった。
 
「エーテルお前、その反応……記憶あるな?」
「うっ」

 ロザニイルが目をキラリと光らせる。
 ノウファムの記憶の映像で、僕とカジャが時を戻していたのは見られてしまっている。

「よし、話せ! オレたち仲間だろ!」
「う、うん。うん」
「オレは胸襟きょうきん開いてセンシティブな話でも打ち明けてるんだぜ」

 僕は頷いて、自分の記憶を共有することにした。
 
 過去の世界では色々な異変が時を追うごとに世界中で増えてきて、加速度的に非日常が日常を侵食していった。
 世界中で同時に多発した異変は増える一方で、把握も対策もどんどん間に合わなくなっていったのだ。

「えーっと、まず、僕は確かに記憶がある……」

 上目遣いで様子を窺えば、ロザニイルは真面目な顔で先を促してくれる。
 ロザニイルが真面目だと妙に緊張するのはどうしてだろう。
 いつもふざけてるからかな?
 僕は紅茶で軽く唇を湿らせて、先を続けた。


「商王は元々が奴隷商人で、砂の遺跡で対価を捧げるとお願いを叶えてくれる妖精憑きの魔法のランプを手に入れたんだ。ランプの精は遺跡近くのオアシス住人に恨みを抱いていて、狂いかけだった。彼は『自分を王様にしてくれ』ってお願いして、対価として妖精にオアシスの水と住人の生命を捧げたんだ」

 ロザニイルはふむふむと興味深々で耳を傾けて、メモを取ってくれる。
 なんだかカジャと一緒に「頑張ろうね」ってやってた時みたいだ。
 僕は懐かしく思うと同時に、「ノウファムとはどうしてこんな風にできないんだろう」と思ってしまった。

 記憶を辿り、声を発する頭がちょっと熱くなる。痛くなる。
 思い出しつつ、僕は情報を言葉に変えて伝えた。

「商王――商王ドゥバイドは、王様になった後もどんどん妖精に精気を捧げていって、最後には妖精が負の感情に染まり切って暴走して、砂漠の人間たちは全滅する……」

 
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